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異なる世界で  作者: OMF
15/15

Friendship

一つのものを求めた少女の、友情のお話

主要人物

異世界に来た人。現代では引きこもり

所謂陰キャ。人となれ合うのがすごく苦手

優佳

異世界に来た人。現代では高校生

困った人が放っておけず、ヒーローのように人を助けることを願う

アリス

異世界の人。十歳で大人顔負けの才覚を持つ

子供らしく好奇心旺盛でなんにでも興味を持つ

 頭を抱えることに出くわした。

 これは大半の人にとっては大したものではないだろう些細な事柄。

 多分それに慣れたらきっと私でも『何やってたんだろう』と思うことだ。

 でも私にとってそれは、酷くのしかかる重い問題でもある。それは───


「舞さーん、こっちですよー!」


 明るく振る舞う一人の少女。私とは正反対を往くような年の近い子。

 陰と陽でいえば間違いなく陽だ。そんな子に、私は誘われて一緒にいた。






 関節などを銀色の防具で覆いつつも、

 身軽さを重視した軽装に身を包んだ女性が、やつれた表情で馬車から降りる。

 年は十代中ごろで、瞳の下にある隈が目立つ紫のショートヘアーの少女だ。

 ローブを羽織ったその恰好の装備はさながらゲームの盗賊のようではあるものの、

 別に彼女はそういう仕事ではない。仕事もどちらかと言えば善よりのものになる。

 馬車から降りれば石畳に木組みの街と、西洋でありふれた街並みが広がっていて、

 人も賑わう光景には少々場違いのような格好にも思えてしまう。


(苦手な雰囲気……こういうのは何処の世界でもあるよね、そりゃ。)


 彼女、マイはこの世界の人間ではない。

 自分が超能力者、世間的には『異端』と呼ばれる環境から、

 まっとうな人生が送れなくなったことで居場所を見いだせず、

 その結果自殺を選んだものの、その自殺した瞬間にこの異世界に飛ばされた。

 別に特別だとか、選ばれたとかではない。単に異世界では自然現象として発生する、

 ゲールと呼ばれる次元の穴がたまたま彼女の飛び降りた場所にあっただけで、事故で来ただけ。

 紆余曲折の末、異世界の人間を保護する組織『ホロック』にて在籍する形で生活していた。

 賑わってる人達から目を逸らしながら、街並みを見渡しながら歩いていく。


「それにしても、疲れた。」


 溜息が喧騒の中に溶けていく。

 彼女は他のホロックで討伐の仕事のため、離れた地へと向かった。

 今は仕事が終わり帰りの途中なのだが、距離についてはかなり離れている。

 道中もいくつもの中継地点がある為、往復だけでも時間が割とかかるもので、

 時間をかけて南東のホロックの中心地となる『アルゲディ』まで辿り着いた。

 因みに彼女が本来戻る場所は北北東なので、まだまだ遠い場所になる。


「此処から後どれだけよ……手軽に移動できる魔術や魔法とかないわけ?」

 

 一人ごちりながら舞はとぼとぼと歩く。

 異世界は言うなればファンタジー寄りな世界で、

 機械と言った類は(地域差もあるが)特別元の世界程発達してない。

 代わりに魔術や魔法があるので移動速度を上げるとかならまだ別として、

 パッとワープするような便利なものは覚えてる人も希少であることもあるそうだ。

 彼女は別にこの世界を楽しみたいとも、功績を残したいとかそういうつもりはない。

 自分がどうあっても適応できなかった元の世界では叶わなかった、人並みの生活。

 それを望んで生きてるだけで、魔術ができる楽しさとかそういうのに余り興味はない。

 楽をしたいがために苦労をする、と言った行為をしたいわけでもなかった。


「お腹空いた……」


 ずっと移動してた都合軽食ばかりで、ちゃんとした食事は余り取れてない。

 お昼時も近いので、近くにあった雑貨屋にて食器をしばらく眺める。

 『場所だけを訪ねるのもなんだか悪い』と言う必要以上に人のことを気にする、

 元の世界で形成された、所謂陰キャみたいな性格が滲み出た行動だ。


「あ、あのすみません。この辺で程々のお金でいい料理がある場所ってありませんか。」


「だったら特にホロックがいいわよー!

 管理人のアリス様がいるから質が高いのさ。

 値段も従業員に提供する都合、値段は良いしお勧めよ。」


「あ、ありがとうございます……?」


 恰幅のいいふくよかな女性が気さくに答えてくれる。

 勢いの強さに、少々気おされて軽く後ずさりしつつ、

 話題を逸らすような感覚で近くに置かれたガラス玉に反応する。

 白い靄がかかってるようで、中の様子は全く見えない。

 主に食器類などの生活必需品多い中で置物は珍しく見えた。


「あの、これってなんですか?」


「それ? マジックグローブって言う置物よ。

 魔力を込めると、中にある魔力がこうやって連動して……」


 言葉と共にカウンターから席を立ってガラス玉へと手をかざす。

 手が淡く輝いたあと、ガラス玉の靄が消えて中の小人と家が映し出される。

 サイズの都合自由度に限度はあるが、視覚的に楽しませてることが伺えた。


「中の小型のゴーレムが動いてくれるのよ。」


(要するにこっちでのスノードームの可動域を増やしたやつか。)


 魔力やドームの中を駆けまわるゴーレムと言った、

 こっちの世界ならではの要素はあるが、基本は似ている。

 物を運んだり窓から外を眺めたり小さいだけあって可愛らしい動きで、

 こういうのに特別興味があるわけではない彼女も、興味は持つことができた。


(ちょっと高い。)


 舞は彼女を拾った人物が過保護(厳密には違うが)の為、

 生活に関しては何一つの不自由がないまま気楽に過ごせている。

 働いてからと言うもの、交通費や生活費以外でろくな消費をしてない。

 元々舞は引きこもりの学生だった為金のありがたみは理解してるし、

 金銭感覚を壊したくないのもあって、食事以外には消極的だ。


(どうせ、生活費以外に使うなんてこっちにはないのに。)


 元の世界ではネットゲームが趣味だったが、

 当然そんなものはこの世界にあるはずがない。

 事実上趣味がないのに躊躇う理由がさほどなかった。


「すみません、もう暫く考えてみます。」


 店員に一言断りながら店を出ていく。

 興味は惹かれるがこういう品を買って、

 後で困らないかと言う疑問も少なからずある。

 あくまで観賞用。実用性と言ったものは皆無であり、

 それなら便利や日用品にお金を使う方がいい気もしてしまう。

 いかんせん長い引きこもり生活があったため、利便性を優先しがちだ


(そういえば、此処はアリスって管理人がいる場所なんだ……)


 管理人とは周辺のホロックを統括する人物であり、

 言わばこの街はお偉いさんの御膝元のような場所ということ。

 舞も地域は違えど風の噂で高名な魔法使いであることは聞いている。

 どんな人物かはよく知らないが。


(ってことは……)


 以前出会ったと、ある少女を思い出す。

 自分が元の世界では忌み嫌われた異端だと言うのに、

 相手は元の世界では相容れないとされた人間だと言うのに。

 異常者とは思わず個人として、友人のように接してくれた子が。

 今になってとも言うべきか、此処だからこそ出会えたとも言うべきか。

 異端を擁護する人間も異端視されやすい世間体を考えれば、

 しがらみがなく言えるこの世界だから故に成立した結果か。

 そして彼女がいる地域はアリスのいる場所だと聞いており、

 ひょっとしたら、彼女がこの街の何処かにいるのではないかと。


「まあ、いるかどうかは別だよね……」


 ホロックで働いてるので、

 いるかどうかを考えれば確率的には低くはない。

 一方で彼女が今もこのアルゲディにいるかはまた別だ。

 自分のように研修で遠くに行ってることだってあるし、

 住み心地がいい方に拠点を変えてる可能性だってあるのだから。

 会うことは難しいとは思いつつも、此処のホロックへと向かう。


(アリアさんとこもだけど、やっぱ大きい。)


 屋敷と呼ぶのが適切な、白を基調とした建造物が彼女の前にある。

 ホロックの管理人の権威を示すかのように存在感が違うのは、

 単に建物が大きいからとか、町の中心にあるからとかだけではないだろう。

 自警団や仕事を斡旋する、いわゆるギルドのような場所でもあり人の往来は多く、

 雑多な音と共に彼女は向かって中へ入れば、ゲームではよく見る酒場とでもいうべきか。

 木製のテーブルや椅子は年季が入っており、店の雰囲気に一役買ってくれる。

 老若男女問わずに喧騒も彼女は苦手だが、人気であることは伺えた。

 店の扉が閉まると、獣耳が生えた若いウェイトレスが対応する。


「申し訳ございません。個人席が現在満席でして、

 他の人との相席でよろしければご案内できます。」


 いきなりえげつないこと言ってきたぞ、

 とでも言わんばかりの表情になりそうになる。

 彼女は改善はされつつあるも、元々は暗い部類の人間。

 見知らぬ人と相席とは一体何の拷問だと思うが、


「じゃあ、それで……」


 相席一つで断るのもなんだかなと言う、

 変なところで気にしてしまう性格は変わらない。

 少し待った後、店の端の方の席へと案内される。

 相席の相手は、十代半ばに入るか怪しい少女が読書をしていた。

 金髪にフリルのついた青と白の少女らしい服装をしており、

 さながら人形や童話の物語の人物のようにも見受けられる。

 窓際の席で外を眺める姿は、ある種の絵画のようにも見えた。


「此方の方ですが、よろしいでしょうか?」


「んー……問題ないわ。」


「かしこまりました。」


 外見通りの少女らしい声。

 軽く頭を下げながら店員は仕事に戻り、

 『相席、失礼します』と軽く挨拶してから席につく。


「見かけない顔だけど、此処は初めて?」


 自分で選んだこととは言え、

 相席の相手から普通に話しかけられる。

 子供なので、余り抵抗がないのが数少ない救いだ。


「え、ええ。ディレント(異世界)人で、

 普段はアリアさん……北北東のホロックにいるの。」


「と言うと研修帰り?」


「厳密には仕事帰りになる、のかな。

 行きは別のルートだから寄らなかったけど。」


「ああ、以前土砂崩れで通行止めがあったわね……フフッ。」


 含みのある笑う姿も 

 彼女がするとなれば可愛らしくなるものだ。


(何が楽しかったんだろう。)


 今の会話は他愛ない雑談。

 笑う要素があったようには思えない。

 それとも何か変なものがついてるのかと思うが、

 特にそれらしいものは何処を触れても見つからなかった。


「ごめんなさい。余りこの街から出ないから、

 初めてくる人が新鮮に感じてしまうのよ。

 良かったらだけど、お話に付き合っていただける?」


「え、あ、いや……余り、楽しくないと思うよ?」


 正直これ以上は勘弁してください。

 どもらないだけましだが、キャパシティが限界に近付きつつある。

 この状態で果たして飯に喉が通るのかとすら思えてしまう。


「大丈夫よ。楽しくなかったらやめるだけだもの。」


(それが困るんだけど。)


 結局断る勇気は出せず、素直に相手することにした。

 相手は所謂箱入りの御嬢様の様子。嘗ての自分とは違い、

 御家の事情か何か大事な理由で満足に外界へ出られないのだろう。

 せめて子供の頼みぐらい聞ける人間になりたいとも思うところもある。


「でもその前に注文は何にするの? 此方も決めたいのだけど。」


「じゃあ、えっと……」


 メニューはオーソドックスな物が揃っている。

 この世界由来から、元の世界でもありそうなものが。

 値段も、良くも悪くも外食の値段らしいそれなりの値段だ。

 ただ、明らかに一つだけ浮いていて、後で書き足したようなものが一つ。


「……ユウカ、ヤキ?」


 今川焼とかそういう類だろうか。

 しかもこの世界での通貨はギルのはずなのに値段の表記は日本円表記。

 なにもかもが取ってつけた感じがあるような存在感あるそれが妙に気になる。


「ああ、それ? この店の看板料理よ。

 安価で、プロ程ではない庶民的な味で、

 でもなんだかんだ此処で親しまれている特別な料理。

 お値段はエンって書いてあるけどちゃんとギルだから。」


(二百ギルって安くない? 他が七百とか千とか、

 ギルが日本円そのままだったら普通の料理よりも安いんだけど。

 あれかな……フライドポテトとかの類の料理なのかな?)


「気になる?」


「一応は。何なのかなこれ。」


「注文すれば分かるわ。ただ、プロが作ってない、

 素人の料理だから。他の方ならもっとおいしいものがでるわ。」


「矛盾してない?」


 人気の料理と言うのであれば味が保障されているものだ。

 でも素人の料理。癖のあるタイプの料理なのかとも思うが、

 この安さで癖が出るとは一体何なのだろうかと疑問が尽きない。


「ええ。ユカが作ってくれたあれは、

 どこにでもある普通の味。はっきり言ってお店で出す味じゃない。」


「それってお店として───」


「だからいいの。その、ありふれたその味が人を引き寄せるの。

 あ、頼むなら無難にこのニホン風野菜炒めセットにしておくといいわ。」


 手を組んで、その上に顔を乗せながら少女は答えた。

 評価が高くないのに、誇らしげに語ってくるその料理。

 私は少しばかりそれに対して興味がわいてきていた。


「じゃあそれと、ユウカヤキにしてみようかな……」


 日本風の料理に合うであればなら、

 元々日本人である自分の口にも合うだろう。

 と言うより安いなら損もないと、気軽に頼むことにした。


「同じのにするわ。」


 店員を呼んで注文を終えると、

 先ほど中断された少女の会話の続きをすることになる。


「それで、どんなお仕事だったの?」

 

「えっと、魔物退治って思うのが近いのかな。」


 機密情報なのかどうかが判断つかないのもあり、

 とりあえずそれっぽいもので当てはめて話を進める。

 彼女が受けた仕事はとある吸血鬼が起こした事件であり、

 人を襲うようになった吸血鬼は魔物同様の扱いとして討伐される。

 ちょっとしたことで名がある程度売れている彼女も招集された。

 かなり命懸けで戦う羽目になったので正直二度と相手したくないが。

 報酬が弾まれたとしても、三途の川が見えた気がする仕事だ。


「と言うと、お姉さんはとても強かったの?」


「全然。寧ろ足を引っ張りかけてた。」


 多少は名が知れる程の知名度を誇るとは言うものの、

 彼女は特別強い人間ではないし、異端としても強くない。

 彼女が有する超能力も『影を泳いだり潜れる』という隠密向け。

 直接の戦闘では役に立てる場面は少なく、余り有用とは言えない。

 いや、熟練者が使えばきっと強力なのかもしれないが、彼女は素人。

 此方でも戦闘の技術は身につけたとしても、実力的には下の方だ。

 戦いに身を投じるような世界で生きていないので、

 どうしても頭のいい使い方ができなかった。


「私は『特別な力』を持ってるけど『特別な才能』はないって痛感したわ。」


 結局は普通のレベルなんだと嫌でも理解させられる。

 所詮は持ち腐れ。ディレント人としては経験者だが、

 経験の割にはまともな成長を余り望めていない。

 戦果はあれども結局のところそれは武器の性能ありきのもの。

 素の自分は、元の世界で何処にでもいるような普通の人間と変わらない。


「正直力がない方が良かったって今でも思うの。

 この力があって人を助けられるのはいいことだけど、

 でも今になっても、変な未練みたいなのはあって……あ。」


 今更になって舞は我に返る。相手は初対面の子供だ。

 そんな相手に何一人で自分の心情の語りをしているのかと。

 こんなだから人に嫌われるっていい加減理解するべきだと。

 高速で猛省と示威をしつつ、手を振って今の話をなしとする。


「ご、ごめんね! つまらなかったよねこんな話───」


「確かに、力があるっていいことばかりじゃないわ。」


「え?」


 予想外に食いついて言葉に詰まる。

 こんな話のどこに食いつく要素があったのか。


「自慢になってしまうけれど、少しばかり同い年より秀でたの。

 でも、秀でたせいで酷い目にあった。特別だから今の立場だけど、

 賞賛や栄華よりも、普通の生き方を望むのも心のどこかにあるの。」


 どういう過去を背負うと、そう言えるのだろうか。

 気落ちした表情。同じか定かではないが、

 余りいい過去ではないことは察せられた。


「でもね、特別な力があったから今の私があるの。

 望むことはいい。でも、今が楽しいと思える時があるなら、

 『そっちの方が良かった』と、今を否定してあげないでね。

 今の貴女、とてもつまらない生活をしてる風には見えないから。」


 少女の言葉に思うところはある。

 能力のお陰で理解してくれる人に出会えた。

 あの子との関わりはこの能力ありきなところでもある。

 なければ、ただすれ違うだけの間柄に終わっていた可能性。

 そういう意味だと、この力にも僅かにでも意味があったと思えた。

 勿論僅かだ。なかった方が良かったとずっと思いながら生きた身で、

 今すぐ全てを肯定できるほど簡単な切り替えなどできるわけがない。

 それに、今後もこの力で苦しむ可能性だってないわけではないのだから。 

 

「……年下の子供にそう言われると、年上の面目がないなぁ。ありがとう。」


 自分語りからの年上のような相手の返しの発言。

 どうにも気恥ずかしくて視線を合わせられず俯いてしまう。


「年の功とは言うけれど、全てがそうとも限らないわ。ところで、貴女もディレント人?」


「えっ、なんでそれを聞くの……?」


 此処で肯定すれば自分は異端のディレント人と確定する。

 別に異端のようなファンタジーな力はこの世界ではよくあるもの。

 だから人種差別的なことになることは少ないとはいえ、だ。

 何か不安になるようなワードに軽く身構える。


「ああ、別に差別的な意味合いではないわ。

 寧ろよかったわね。此処で働いてるディレント人は皆、

 異端に対して寛容な人がいるってだけ。だから気にしないでね。」


「そ、そうなんだ。」


 異端に寛容な人については彼女もいるんだろうな。

 なんてこと思いながら安堵の息を吐く。


「異端は随分嫌われてるみたいだけど、

 ホント分からないわね。それぐらいありふれてるのに。」


「普通じゃなかったのよ、向こうでは。」


 人間は自分にないものを持つ存在に恐怖する。

 人は空を飛ばない。人は電気を操れない。人は心を読めない。

 所謂『普通』を求め続けているのだろう。できる奴の方がおかしいと、

 枠の外にいる存在として異端と言う烙印を押してくるものだ。

 加えて、異端を擁護する人間も異端と言う傾向も地域によってはあったらしい。

 だからますます迫害されるような立場にはあったりはする。

 もっとも、彼女はこっちの世界に来るまでは家族以外には隠し通したので、

 特別そういう迫害が正確に影響したわけではないのだが。

 (異端のせいで性格が内気になったので遠因ではある)


「普通じゃない奴なんて、世界中に何処にでもいるのに変なの。」


「異常な奴ほど排他的なのかもね、世界って……」


 これは異端に限った話でもない。

 同性愛と言ったものから障害を持った存在。

 『自分はこうなんだから君もこうなるべき』と言う同調圧力。

 理解したくないが、そういう世界なのだと割り切るしかない。


「そうね……『この場所』にいる皆もきっとそうよ。」


「そうなの?」


 周りを見る限り皆いい人そうで、

 彼女が反応する異常者とは余り思えない。


「ええ。国に幽閉されていた人、人に追われていた人、訳ありの人達だけがいるの。」


「前科がある人の集いか何かなのここ?」


「あながち間違いでもないわ。因みに私も、人を殺した経験のある物騒な子供よ。」


 時としてホロックは人を殺す戦いにもなる。

 と言うより、舞もそういった経験を持つ側だ。

 なので彼女だから恐ろしいとか思うことはなく。

 此処での命は元の世界よりも、ずっと軽いのかもしれない。

 こんな幼い少女であっても殺しの手段を覚えているのだから。


「でも此処は皆受け入れてくれる『楽園』なの。

 『おかしい人たちだけで集えば普通』でしょ?

 だから楽しいの。まあ、折り合いつかず悪い人も出ちゃうけどね。」


 なんとも暴論だとは思うが、

 なんとなくその意見に賛同してしまう。

 人類皆異端だったら確かに『異端だから差別』はなくなる。

 『能力の強弱の差別』に移り変わってしまうかもしれないが、

 それでも『いつ異端だとバレるか』と言ったことは絶対にない。


「お待たせしましたー! ご注文の日本風野菜炒め定食と

 当店の何故か看板料理の、優佳特性の卵焼きことユウカ───あれ?」


 会話を遮るようにはきはきとした女の子の声が店内の喧騒の中に消える。

 私達の下にどこか醤油の懐かしくもあり食欲をそそられる香りが迫っており、

 すきっ腹だった私にとてもいいものではあったが、それどころではなくなった。

 店員がフリルのついたロリータ服を着た、高校生ぐらいの相手なのは別にいい。

 誰が何を着ようとも、舞も人の事が言えないので普段はそういうつもりはなく。

 問題は相手だ。十代中ごろの少女で、黄緑色のショートヘアーの可愛らしい店員。

 髪型が多少変わってはいるものの、その少女には覚えがあった。

 向こうも同じで、私の姿を見て強く反応する。


「ま、舞さん!?」


 思わず料理を落としそうになるが、

 無事零すことなく一度テーブルへと盆を置く。

 ディレント人でありながら異端を疎む考えをする世俗にも反対し、

 異端である舞自身を一人の人として接してきた、世間的には異端な少女。

 しかし、彼女は何処にでもいる日本人。私が何度も思い返した相手だった。


「え、ゆ、優佳、さん?」


 会えればラッキーだなと思ってたとは言え、本当に再会するとは思わなかった。

 運がいいと呼べるほど、恵まれてないことは人生経験からきている。

 だからこういう、いいことに対する不意打ちには滅法弱い。


「え、ユウカヤキってもしかして……」


「ユカの作った料理よ。」


「ですから優佳で……いえ、今はいいです。」


 どこか諦念めいた溜息と共に、料理をテーブルに乗せる。

 出されたものは名前に恥じぬ、コンビニ弁当とかにありがちな野菜炒めだ。

 キャベツやタマネギなどを筆頭として、そこに肉を交ぜられた一般的な物。

 ユウカヤキと言うのは、黄色と白の入り混じった卵料理。世間的に言えば卵焼き。

 どこか懐かしくもある雰囲気の料理ではあるが、彼女はそれどころではない。


「舞さん。良かったらですけど仕事が終わった後少し……」


「待ちなさいユカ。休憩してないなら今しなさい。」


「え、いいんですかアリスさん。」


「立ちっぱなしだったから、足震えているわよ。

 慣れてきたと言っても人には限界と言うものがあるの。

 まあ、上がダメだったとしてもアリスが管理人権限使うから。」


「職権乱用はだめですって。」


 アリスと呼ばれた少女の視線である彼女の足元を見る。

 彼女の言う通り、僅かながらに震えていて余りよくはなさそうだ。


「お友達なんでしょう? ユカのお友達の話、興味があるから聞いてみたいわ。」


「アリスさん……分かりました。ですが、一度厨房に戻って言ってきます!」


 出会えたことが本当に嬉しいのだろう。

 アリスの提案に嬉々とした表情で優佳は厨房へと向かっていく。

 ……それはそれとして。


「ところで、今アリスって。」


 アリスの名前が何かは知っている。

 いやまさかと思いたかった。と言うかそうであってくれ。

 今までため口で会話していた相手がそれだとは思いたくない。


「ホロック管理人、アリス=シーよ。アリスって呼んでね?」


「舐めた口きいてすいませんでした。」


 相手がそれでテーブルに頭突きのように頭を下げる。

 勢いが強すぎて近くの席の人からも音に反応した人もいたが、

 正直どうでもいい。目の前の相手の方がよほど大事なのだから。


「休憩と賄い貰って……って舞さん!?

 アリスさん、また一般人装って遊んだんですか!?」


 後に知ったけど、

 その幼さを利用してアリスさんは立場を隠して遊ぶと言う行動に時折乗じる。

 なんせ彼女は見た目通りの外見で、十歳かその程度ぐらいの年齢の少女。

 だからこういういたずらな行為に関しても割と遠慮なくやってくるそうで。


「心臓に悪いと言われたから一般人はやめたわ。

 今度はホロックのご令嬢を装ってみたけどどう?」


「一緒ですからねそれ!?」


 一先ずアリスさんのしたことを隣で優佳が代わりに謝罪し、

 その後私たちは三人で昼食を取りながら雑談を交える時間を過ごすことになった。






「驚かせたことについてはごめんなさいね。

 これはただのお遊びだから気にしないでいいわ。

 ただ、余りに無礼だったら首を飛ばすつもりだったけど。」


 地雷原の上を知らず知らず歩いていたのか。

 事実を知ると寧ろ余計に舞は血の気が引くような気がしてくる。

 折角懐かしみのある味も、味がしないという感想になりかけてしまう。

 辛うじて醤油の味が『あ、これ懐かしい』と想起させてくれているのが救いか。


「だって興味深いじゃない。人は肩書きがなければ、

 何処まで礼節を弁えないか。年相応の対応が殆どだけどね。

 気を悪くしたのならお詫びにケーキでもいかが? 高いのでも遠慮なく。」


「あ、では折角なので……チョコレート系のケーキを。」


「それにしても、お久しぶりです舞さん!」


 優佳は北北東のホロックに研修の際には交流があったが、

 言い換えれば彼女とはそれを終えれば出会うことはなかった間柄だ。

 例えるなら、夏休みに家族の実家へ行った際に出会った人物程度の時間。

 あれから半年近くは出会ってないので、髪もそれなりに伸びて印象はかなり違う。

 まあ、それについては彼女も割と変わってたりはするのだが。


「以前よりも変わりましたね。装備もですが、髪型とかも。」


 以前の彼女は整えもせずただ伸ばしただけのロングヘアーで、

 加えて手入れも粗雑であったため余り見た目がいいとは言えなかった。

 なのでショートヘアーにしたり、装備も以前より整った格好で清潔感がある。


「そ、そう? あ、ありがとう。」


 照れくさそうに頬を掻く。

 元が引きこもりもあって身だしなみを気にしなかった方だが、

 優佳と出会って以降は、僅かでも前向きに生きられるようにはなった。

 だからその心機一転として、多少でも身だしなみを気にするようにしている。

 言うなれば彼女がきっかけであり、当人に褒められるのは嬉しいことだ。

 二人のやりとりを、アリスはお茶を片手に静かに見届けている。


(ユカ、楽しそう。)


、注文したケーキが届く。

 それをテーブルの隅へと置き、食べながら雑談を続ける。

 雑談を続けると言っても殆どは優佳の言葉に相槌を打つ感じで、

 殆ど舞から率先して話しているわけではないのがアリスの視点から分かる。

 元々天真爛漫とまではいかずとも明るい性格なのが優佳と言うべき人物。

 異端でも何でもない、戦う術なんてものは覚悟でさえ持ち合わせてない。

 生きていくだけでも厳しいこの世界でも、なお屈強な精神を持っている。

 でも今の彼女は普段よりもずっと楽しそうだ。何ならアリスといる時よりも。

 自分より後に出会ってる癖に、旧来の親しそうな姿を見て軽いヤキモチを妬いている。


「……そういえばユカ、休暇とってないよね。」


「え? はい、有給休暇の類は一度も使ってませんが。」


「だったら今日早退扱いで休みにしなさい。」

 

「え、ですが……」


「遠くから友達が来ているのでしょう?

 いつ会えるか分からないのに、使わないなんて勿体ないわ。」


 遊びに行く、という感覚で行くにしても本来の距離は遠い。

 此処を逃せば、二人が再会するのは当分ない可能性だってある。

 ジェラシーを感じるものの、だからと言って優佳の楽しみを奪う。

 そちらのほうが嫌なので、彼女が楽しめる方向へと誘導していく。

 もっとも、自分をそっちのけで仲良くしてる二人が見たくないと言う、

 個人的な理由が含まれていることについては否定できないのだが。


「それとも、休みはお友達の為には使えないとか?」


「い、いえ、そういうわけではないです!」


 優佳の誘導は物凄く楽だ。

 彼女は自分の為に誰かに迷惑を掛けたくない、

 と言うのが多くの行動のブレーキになっている。

 だったら単純な話だ。自分の為に使わせなければいい。

 誰かの為と言った大義名分を与える。それ一つで済む。

 それだけで彼女はあっさりと否定できなくなってしまう。

 無論、何も考えずそれに従うと言うわけではないので、

 悪い方向に転がらないところも安心ではある。


「なら、後はお友達の都合ね。」


「あの、私一応仕事帰りで……」


「北北東在住なら管理人アリアのお姉さんでしょう?

 二、三日でも何も問題はないわ。不安ならアリスが連絡しておくけど。」


 随分押しが強い相手に少し戸惑う。

 先ほどからの反応から優佳を気に入ってるようで

 休ませたいと言う意味合いもあることはなんとなく察せられる。

 ただ、それはそれとして何処か突き刺さる視線が痛い。

 何か粗相をしたのかなと考えるも、先の時点で粗相しかない。


「えっと、一応急ぎの仕事はないので……」


 正直なところ仕事帰りが微妙に憂鬱だ。

 何日もかけて移動して仕事して、直ぐに移動する。

 多少休みながら、のんびりと帰りたいとは思っていた。

 脳死で仕事をしているよりは、十分有意義なことでもあり、

 此処で管理人の機嫌を損ねるのも怖いので素直に受け入れる。


「はい決定。ユカの午前中の分もお給金に入れるから、存分に遊んでね。」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 時間が惜しいのか楽しみなのか、

 少しばかり食事のペースが速い優佳。

 彼女の交流関係を把握はしてないが、

 同年代の人間と遊びに出かけるなんて学生らしいこと、

 此処では余り出来なかったのではないだろうかと察する。

 ほどなくして食べ終わると、同じく食べ終えた席を立つ舞の手を取る。


「行きましょう、舞さん!」


 笑顔と快活な声から、とても楽しそうだ。

 どういう反応をすればいいか分からず、ただ戸惑いながら手を引かれる。

 二人の後姿を軽く見届けた後、アリスは突如として不機嫌な表情へ変わった。

 譲ったとはいえ、優佳との時間が取られたことについては納得はいってない。

 愛憎渦巻く複雑な感情が、彼女の心の奥で無限にせめぎ合っている状態だ。

 誰が見ても不機嫌そうな顔をしており、視界に入れた人がすぐさま目を逸らすほどだ。


「御嬢。ザンバ様から火急の要件が。」


「はいはい、仕事し……え、ザンバ? あの成り上がりのディレント人が?」






 舞の先を歩きながら、西洋の街並みを歩く優佳。

 何処からどう見ても楽しんでるオーラを醸し出しており、


(やばいやばいやばいやばいやばいやばい。)


 そのオーラに気圧された舞は戸惑っていた。

 彼女にとって同年代の付き合いなど小学生が最後だ。

 自分が異端だと明かさないように振る舞おうとした結果

 内気な性格になってしまった、ありていに言えば陰キャである。

 多少改善されようとも根元は変わってるわけでもなく。


(こういう時どこ? ゲーセン?

 ないけどそんなの。え、何? どこ行けばいいの?)


 しかも此処は現代ではなくファンタジーな場所。

 普段の同年代の学生が行く場所などほぼほぼないし、

 それが正解なのかどうかすらあやふやで内心は酷く焦っていた。


「舞さんはどこか行きたい場所はありますか?」


「コヒュエ!? え、あ、え……」


 当然、今の状況で話を振られて答えられるわけがない。

 脳内でバッドコミュニケーションと頭を抱えているところ、

 優佳はそんなことに欠片も気づかないまま話を進める。


「あ、この街初めてなんですよね。良かったら私が案内───」


 優佳もかなりの月日をこの街を中心に過ごしている。

 なので彼女が率先して町を案内しようとしたところ直ぐに足が止まり、


「ごめんなさい、私もよく知りませんでした。」


 終始仕事していて休暇も勉学に励んだので、

 はっきり言って舞とそこまで変わらなかった。

 申し訳なさそうな苦笑を浮かべる。


「なので、適当に歩きますけどいいですか?」


「あ、はい、それでお願いします。」


 寧ろその方が落ち着くんで。

 などと内心で呟きながら二人して街を徘徊する。

 この後の二人の過ごす時間と言うのはそう珍しいものでもない。


「あ、こんなところに服屋さんあったんですね。」


(これ、服なの? ダメージジーンズも真っ青の穴あきっぷりだけど。)


 服を見たり、


「ん~~~クレープってやっぱり美味しいですね。」


(苺、久しぶりに食べたかも。)


 食べ歩きをしたり、


「舞さん、これスノードームでしょうか?」


(さっき見てたお店だ……)


 雑貨を見たり。

 世界観はどうも違うが、

 やってることは多分、ありふれたものなのだろう。

 彼女が欲しくてやまず、手に入れられなかった普通。

 こういうありふれたものを誰かと共有したかった。


「近所でも探せばあるというのが、楽しいですよね。」


「そう、ね……その通りだと思う。」


 日も沈みかけ、茜色に染まる街。

 ホロックから少しだけ離れたオープンカフェ。

 二人は足を休めるためのティータイムの時間を過ごす。

 魔物の討伐だなんだので殺伐とした時間を何度か過ごして、

 穏やかな時間と言うのも久しぶりでゆっくり、楽しく過ごせてたのだが。


「ところで、舞さんってどちらの学校に通っていたんですか?」


 一瞬にして、彼女の心が冷めきったような感覚を覚えた。

 遊んでいたテレビゲームを親が電源を切るかのような、

 現実に引き戻されたかのような感覚だけが残される。


「……どうして、そんなことを?」


「あ、いえ。大した理由ではないのですが。

 元の世界へ戻った時もこうした関係を築ければなぁ……なんて思いまして。」


 同じ街や市内にいるとは限らないので、

 基本的には文通やネットで会うのが主流だろうか。

 ネット文化を考えると今よりは交流は難しくないだろうと。

 元の世界へ戻れる算段もできてない中では皮算用ではあるものの、

 帰った後の楽しみが増えると言う物に彼女は思いをはせていた。


「……いの。」


「え?」


 そう、それは決定的な違いだ。

 優佳と舞の決定的な考えの違い。


「私、元の世界に戻る気はないの。」


 優佳にとっては帰るべき場所はあっちだ。

 でも舞にとっては違う。あの世界に居場所なんてない。

 学校に友達はなく、あるのは典型的なスクールカーストによるいじめだけ。

 自宅に帰れば親から異端故に恐怖され、同時に忌子のような腫物扱いをされる。

 唯一の居場所だと思えたネットゲームの世界でも他人とのずれを認識して以降、

 楽しむことができず、最早彼女はあの世界で居場所を作る気力さえない。

 否。作ろうにももうどうにもならない。ろくに学校も行けてないのでは、

 もうまともな職に就くことすらできず、ありふれた社会不適合者の道だけ。


「私はあの世界に馴染むことができないの。だから、戻りたくない。」


 でも此処ならどうだろうか。

 自分をまだ理解してくれる場所が存在し、

 まだ十分に自分で居場所が作れる可能性がある。

 生き地獄の中居場所を見つけるのよりも、はるかにましだ。


(あれ、私何言ってるんだろう。)


 引きつった顔と、上ずった声で彼女は言葉を紡ぐ。

 たった一言、ごめん無理で済むような内容を長々と、

 必要でもない内面まで語ってまで彼女の提案を断る。

 何でこんなこと言っているんだろうと思うも止まらない。


「そ、そうだ! 優佳さんもこっちに残ればいいじゃない!」


 言の葉を紡ぎながらなぜそんなことを言うのかを察する。

 彼女ともっと過ごしたり遊びたいとか、そういうのではない。

 彼女に対して性別を超えた恋愛感情を懐いてるわけでもない。


(ああ、そうか。)


 何故こんなことを言ってるのか。これは嫉妬や憧憬なんだと。

 ずっと苦悩して、最終的に死を選んだ元の世界での決断を、

 さも否定されてるかのように感じた、ただの哀れな被害妄想。

 だから彼女をこの世界に留まらせたいのだ。もし留まってくれるなら、

 あの世界は変わらず捨てるべきクソな世界であり、

 自分の間違いじゃないと肯定できると。


「こっちなら事実上もう実質永久就職できてるし、

 無理しなくたって安定した収入が得られるんだよ?

 魔物とか危険はあるけど、交通事故とかとさして変わらないし。

 アリスさんからも気に入られてるなら今後も安泰なんだし、だから───」


「ごめんなさい。それはできないんです。」


 たった一言で舞の言葉は止められた。

 自分を理解してくれてると思える相手からの否定。

 交流が多い人間であれば、それはままあることだ。

 全てを肯定だけする相手は、当然いないのだから。

 けれど彼女にはまともな友人は久しい存在であり、

 唯一の友人と呼べる彼女からの否定の言葉は余りにも重い。


「舞さんの前で言うことではないのかもしれないとは思います。

 ただ、私は幼いころに叔父に引き取られて育ってきました。

 幼い頃から一人で面倒見てきてくれたので、とても大切な家族で。

 今も行方不明の元の世界では、恐らくは待ち続けてると思うんです。

 叔父を心配させたくない……なので、私は此方には残れないんです。」

 

 分かっている答えではないか。

 戻りたい場所があるからそう考えていた。

 もう答えは出ていたのに、何を言っていたのか。

 独りよがり、身勝手。そんな言葉ばかりが舞の脳裏に過る。


「ごめんなさい。軽率な発言をしてしまって。」


 同じように優佳も思う。

 分かっている答えではないか。

 戻りたい場所がないと答える異端の方が自然だ。

 常に力を隠したり、誰かに迫害され続けて生きる人生と、

 力をある程度自由に使って、それで迫害されるかは人間性次第。

 どっちがいいかなど、最初から出ている答えだったのだと。


「そう、だよね……うん。私が、おかしいだけだもんね。」


「いえ、そんなことは───」


「白けさせてゴメン。私、今日の宿探さないとだし行くね。」


「ま、待ってください!」


 話を強引に切り上げながら、逃げるように離れる。

 即座に追いかけたが、途中で影へと潜って姿を消してしまう。

 こうなったら常人の優佳ではどうやっても探すことはできない。

 ただ一人、後ろ髪を引かれるような感覚で彼女は立ち尽くしかなかった。






 ───朝。


 あの後、適当な宿に泊まっていた舞が宿を出る。

 表情は昨日とは真逆で死人のような顔つきで、

 受付の人も軽く悲鳴を上げそうになるほどの状態だった。


(ホント、最悪。)


 相手は気遣ってくれてたのに。

 勝手に癇癪起こして勝手に自滅して。

 自分勝手を極めたような行動に嫌気がさす。


(帰ろう。帰って忘れたい。)


 とっととこの街から逃げたい。

 いつ彼女に会うのかもわからない。

 雰囲気を台無しにしてどの面下げて会えと言うのか。

 まだ人が寝静まった早朝から移動手段を探そうとした矢先。


「あ、見つけた。」


 近くの路地から姿を見せるのはアリス。

 先日とは違い、何処か睨まれる視線で軽くたじろぐ。

 ホロックの管理人は尋常じゃない戦闘能力を持つ。

 故に一瞬死を悟りかけてしまった。


「あの、どうしてここが?」


「宿屋を片っ端から調べただけよ。

 この街は広いから数は多少あったけどね。

 それで、アリスが此処にいる理由もわかってる?」


「優佳さんの件、ですよね。」


 話も大体聞いているのだろう。

 彼女は優佳に対してはかなり気に入ってる節はあった。

 お気に入りの相手を落ち込ませた相手にどう思うかは予想は付く。


「聞くけど、貴女の友達の定義は何?」


「え。」


 何かしら言われるとは思っていたが、その内容は意外なものだ。


「あの、脈絡がなくて意図が分からないのですが。」


「貴女にとって友達は、近くにいなきゃ友達じゃないわけ?」


 言いたいことは分かった。

 離れてたところで友人であることは変わらない。

 だったら、元の世界へ帰ったところでそれは変わらないと。


「アリスだって離れるのは嫌だから気持ちはわかるけどね。

 現に、研修で出張してた間はなんかやる気が二割落ちるし。

 でもね。ユカにとって元の世界に帰還するのが幸せなら、

 アリスは友達としてそれを応援するものだと思ってるの。

 離れてたって、友達って言うことには変わりはないんだから。」


 友達ができたのが久しぶりすぎて、

 舞にとっては感覚が分かってないのもあった。

 一般的な、友人を築ける生活をしてれば問題ないとしても。

 この世界でも友人らしい友人は作ってなかったのもある。

 初めてできた友人と二度と会えないことを嫌った。

 その結果がこれだ。束縛しなければ続かない。

 嫉妬や憧憬に紛れた無意識がそれを望んだ。


「帰ってしまったら、もう会えないんですよ?」


 言いたいことは分かってはいる。

 痛いほど痛感して、本当は返す言葉もない。

 でも彼女の言う離れるというのは一月かそこいらだ。

 そのうちまた戻ってくると言うのが十分希望が持てるが、

 一度向こう側へ行ったら二度を戻ることなど期待できない。

 休みをもらって遊びに行くと言ったことすらも不可能な次元。

 同じような割り切り方ができるわけがないと。


「誰が決めたのよそんなこと。」


「えっ。」


 元の世界へ帰れないから帰りたい人は皆困っている。

 だと言うのに、根幹を否定する一言に変な声が出てしまう。


「確かにゲールでこっちの世界へ事故で来るのは良くないわ。

 それで死亡してるディレント人は実際に何百といるんだから。

 でも、己の意思で次元の往復を確立したら……どうなると思う?」


 次元の移動と大層な行為にはなるが、

 これが確立されたらそれはただの道路とかと変わらない。

 誰でも、特に異端なら受け入れてくれる世界に行けると言うこと。


「できれば、苦労はしませんよ。」


 普通に考えて不可能としか思えなかった。

 何一つ保障のない机上の空論、絵空事の類だ。

 都合のいいものはない。縋れるほど夢を見れなかったのだから、

 彼女がそんなものを想える想像力はない。


「でしょうね。でもあなたの世界でも、

 不可能なことに挑戦し続けて可能にした人がいる。

 アリスも同じよ。困難に挑戦し続けた末に今じゃ魔法使いだし。」


 魔術師では到達できない神秘の領域。

 奇跡に等しきそれを行使できる人物は限られる。

 アリスはその幼さで優れた魔法使いとして名高い人物だ。


「この手段を確立したいとは、ホロックの大体がそう思ってる筈よ。

 一々ゲールを探さなくてもいいし、気軽に遊びに行けるわけだし。

 だからホロックの悲願でもあるこれを、遠くない未来で実現させるつもり。」


「……前向きですね。」


「貴女がとにかく後ろ向きなだけよ。

 アリスも貴女も、諦めるほど年を取ってないんだから。

 未来へ歩ける足があって、未来を掴むことができる手があって、

 未来を見ることができる目がある。どうせなら全部使ってから死にたいわ。」


「子供なんですか、本当に。」


 なんか達観しすぎてると言うか

 また年下相手に諭されていて何処か惨めに感じる。

 事実そうなのではあるので、少しぐらいは変わりたいとは思うが。


「祝福された子であり、呪われた子って呼ばれてるわ。」


「どっちとも受け取れるのが怖い。」


 所謂ギフテッドなのかもしれないが、

 同時に人と馴染めないのなら呪いと似たようなものだ。

 事実、この幼さでホロックの管理人を務めているのは異例らしく、

 彼女がどれだけ突出した人物であるのかを想像するのは難しくない。


「舞さーん!!」


 名を呼ぶ声に身を強張らせる。

 なんで? と言う疑問しか出てこなかった。

 振り向けば、息を切らしながら走る優佳の姿があったから。


「え、なんでここが……」


「ユカの部屋に地図を置いたのよ。

 アリスがいる場所が特定できるようにね。

 向こうではこれを『じいぴいえす』って言うらしいわ。」


「……足止め、だったんですか?」


「別に? 本気だったけど?」


 会話が終われば適当に馬車にでも乗っておさらばだ。

 でもできなかった原因は、長々と話し続けたこの子である。

 その意味合いは含まれていたが、本当にやるつもりなのもまた事実。

 次元の超越。まだ事故の産物でしか起こりえないその理を人の手にする。

 ある種の魔法の極致。魔法使いと名乗るのであればそれを目にしたい。

 本気でそれを目指している。


「あの、舞さん。先日はすみませんでした!」


 出会って即座に頭を下げる優佳。

 されると分かっていてもやはり慌ててしまう。


「いや、あれは私が悪いだけだから!」


「あの、気休めにはならないかもしれないんですが、

 遠くにいても友達って、心強い存在だと思うんです!」


 反論させる気がないかのように、

 バッと顔を上げながらそのまま話を続ける。

 勢いの強さに言葉を挟む余地など何処にもない。


「遠くにいても、きっと頑張っているかもしれない。

 そう思えるとなんだか、私も頑張ろうって思えるんですよ!

 ですから、あの、えっと、その……」


 だったが、言葉が見つからず、次第に優佳が慌てふためく。

 彼女の言う考えとは『いつか会える』と言った感覚のものだ。

 今回の場合、会いに行こうと思っても会いに行ける手段は現状ない。

 アリスの言うことが叶うのにも何年かかるかなんてわかるはずもなく。


「良いわ、無理に気遣わなくて。

 言ったでしょ。白けさせた私が悪いって。

 そこだけは絶対譲れないって言うか、譲っちゃいけないし。」


「ですが……」


 互いに自分に非があることを譲らない。

 互いが思い遣る都合、譲れないと言うべきだろうか。

 人の好さが感じられる光景だが、一人にとっては違う。


「あーもうじれったいわね!!

 そもそも何か忘れちゃいないの二人とも!」


 いつまでも話が延々と進まない。

 それもあるが、いつまでも蚊帳の外なのに痺れを切らし、

 叫ぶように二人を押しのけてアリスが割って入ってくる。


「ゲールはこっちにとっても研究対象になってるの!

 それを譲るってことなんだからお金はとってもかかるわ!

 ユカの今の労働で、明日や明後日に払える額じゃないんだから!」


 夜明けともあり大声はよく響く。

 近所迷惑だろと怒号を上げたくなる人もいるが、

 声からアリスであると分かって物申す人はいない。

 無論、それを直に聞き届けている二人にすら。


「今一緒にいられるなら、今遊んじゃえばいいじゃない。

 昨日は昼からだったから行ける場所、限られてたでしょ?」


 帰るなんて先の話だ。

 勝手に悲劇にしてるんじゃない。

 そう思わずにはいられずアリスが提案する。


「え、ですが二日連続も遊ぶのはまずいのでは。」


「貴女の代わりはいくらでもいるって、

 こういう時に言うべきだと聞いているわ。」


「それ意味合いちょっと違います。」


「友達と遊べるユカの代わりはいないんだから合ってるでしょ。

 ほら、ユカも準備する! 朝からならもっと遊べるのは当然じゃない。」


 背中を強く叩き、小気味よい音と共に突き飛ばされ軽くよろめく。

 妙に押しが強いアリスに違和感を持ちながらも、時間は有限なのは事実。

 もっと舞と遊びたいし、もっと友達として過ごして思い出を作りたい。

 そういった気持ちの方が強いため、


「は、はい!!」


 元気のある声と共に駆けだす。

 先ほどまで走っていたのに普通に走っている姿は、

 以前聞いた元陸上部の賜物だろうかと内心で思う。


「……ユカの言ってたことも事実よ。

 再会は難しくても、距離があっても原動力にはなるから。

 合理的な理由とか一切の根拠のない、アリスの持論だけどね。」


「あ、ありがとうございます……?」


 フォローや気休めなのだろうか。

 なんてことを思いながらお礼を言うが、


「言わなくてもいいわ。アリスあなた嫌いだから。」


 とんでもない一言に思わずフリーズしてしまう。

 罵声については慣れたものでさして傷つきはしないが、

 いきなり予期せぬ言葉については思考停止にならざるを得ない。


「ユカは自分よりも他人の痛みを気にする子よ。

 だから貴女と別れた後も、ずっと悩み続けてたの。

 アリスは仕事柄色んな人を見たけど、ユカが一番人を思いやる人よ。

 で? ユカが昨日泣いてたのよ。突然現れた人にユカを泣かされて、

 こうして気遣ってるだけでもありがたいと思いなさい。」


「いや、それで寧ろよく私に気遣ってくれましたね。」


「大好きなユカが、一緒に居たいと思った友達がいるのよ。

 大好きなら、好きな相手を尊重するのはおかしくないでしょう?」


「……多分、それが普通ですよね。」


 夫婦とか、恋人とか。

 思いやる相手を尊重するのは当たり前の事だろう。


「じゃあ、アリス帰るから。後は精々二人で楽しみなさい。」


 こうして朝の軽い顛末は終わりを迎えた。

 この後どうなったかは言うまでもなく、二人で存分に走った。

 食べて、遊んで、見て回って。忘れられないひと時を過ごし、別れて。


「……此処に置くかな。」


 自室の枕の近くの棚に置かれる、マジックグローブ。

 優佳がお詫びとして、贈ってくれたものだ。

 舞もまた、アリスとのためにティーセットを贈った。

 それをひとしきり眺めた後、二人は遠く離れた地で眠りにつく。

 忘れぬ友情と共に。

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