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異なる世界で  作者: OMF
14/15

Stand up

異世界へ迷い込んだ、異質な力を持った少年の顛末


主要人物


雄輝

異世界に来た人迫害されたことで少し大人びた少年。現代では小学生

迫害されたせいで自己主張が得意ではなく、従順


サリウス

サリウス

異世界の人。所謂お偉いさんだが、放浪癖

元旅人の狩人。辛辣だが基本的には良い人


ザンバ

異世界の人。元ディレント人で日本人であり妖怪

成り上がりでお偉いさんになれた。お偉いさんらしさは皆無

 怖かった。

 話に聞くよりもずっといい人だって思ってたのに。

 あの時はすごく怖かった。触れてくる手が凄く気持ち悪くて。

 でもなんでかうまく抵抗できなくて、すごく怖くて。

 だからだと思う。自分は───




 西洋の田舎の集落のような、木組みの家が並ぶのどかな町。

 程々に人の集落が存在する此処を『アルナスル』と人々は呼んでいる。


 人が賑わう道を駆け抜ける、銀髪を束ねた妙齢の女性。 

 青を基調とした軍服に細身の剣を携える凛々しさを持ちつつ、

 妙齢の女性らしい可憐さもあわさった彼女は、時にすれ違う人の視線を惹きつける。

 そんな彼女が向かっていたのは、こんな田舎町では目立つひときわ大きな建造物。

 赤レンガを基本とした建物は、この町における病院のような場所だ。

 歩みを止めることなく足を踏み入れ、該当する場所へと急いで向かう。

 注意はされるものの、はやる気持ちのせいで耳に届いてはいなかった。


「ユウ───」


「うるさい。」


 ドアを開けながら彼女は叫ぼうとするが、

 遮るように枕が飛来して声を塞がれながら軽くのけぞる。

 個室の病室にはベッドの上でシーツにくるまった十代半ばの少年と、

 彼の傍にオレンジの外套を羽織った、エルフ耳の中性的な人物が立つ。


「サ、サリウス様!? し、失礼───」


「だから騒ぐな。」


 追加でサリウスと呼ばれた人物に枕を投げ飛ばされる彼女の名前はアンスリア。

 この世界で自警団にギルド等を兼任した『ホロック』と呼ばれる組織に属しており、

 アンスリアは主に魔物の討伐などの武力で、それなりには名が売れている女性だ。

 だが相対するサリウスは、そのホロックを束ねている『管理人』と呼ばれる一人。

 彼女が属する地域とは別と言えども、当然ながら目上の相手になる。

 失礼な態度は出来ないと咄嗟に身体が反応したが、完全に余計だった。


「ほら坊主、保護者の迎えだ。」


 ひょい、と片手で持ち上げて少年を彼女の方へと向けさせる。

 シーツの中から出てきたのは、黒を基調とした服装に銀髪の子供。

 十代半ば子供だが、黒いジャケットを筆頭とした大人びた格好と、

 整った顔つきから大人っぽくも見えると同時に、周囲の恰好と比べると浮いてる。

 街並みやアンスリアの恰好と比べると周囲からは浮いた格好だが、

 それもそのはず。彼はこの世界の住人ではなく別の世界からやってきた存在だ。

 ホロックはディレント(異世界)人を保護する役割もあり、彼は見た目通りの子供。


「ユウキ君、大丈夫!?」


 そして彼女は少年、雄輝ユウキの保護者の代理人となっていた。

 元々怪我で倒れていた彼を見つけたのと、諸々の事情によって今はそうなってる。

 此処へ来たのも彼が事件に巻き込まれたとの通達を受けて駆け付けたわけだ。

 年端も行かぬ子供。異世界と言う知らない土地。この幼さで働く必要もある。

 様々な事情もあって普通の人以上に心配して彼に駆け寄るが、


「あ、あ───」


 何か怯えたような表情を見せると同時。

 彼の身体から無数の刃物が生えるように突き出す。




 ◇ ◇ ◇




 数十分後。


「ほんっとうに申し訳ありません!!」


 病院の人に叱責されながら、必死に頭を下げるアンスリア。

 先ほど彼女達がいた部屋は壁に穴やヒビは勿論のこと、

 ベッドも使い物にならないぐらいに損壊していた。

 雄輝は異端(人外、超能力者の総称。迫害される存在)で、

 彼は『物質の生成に近い力』を持ち、その結果が先程の展開だ。 

 手足から生えるようにそれっぽい物が作れるが、彼は見た目通りの子供。

 精神的には未熟で、極限状態に追い込まれると力が暴発してしまう。

 これでも以前よりずっと力を抑えることができているのだが、

 どうして先の行動で暴発してしまったのか。


「簡単な質問を終えたところ、まあ典型的な『女性恐怖症』だね。

 女性に対する恐怖や不安が、自己防衛という形で暴走。実に単純だ。

 異端の概念が混ざったことで、嘔吐や拒絶ではなく能力の暴走が起きるとは。

 いや、実にいい記録だ。可哀想だが彼の経験は保存して今後に活かせるものだ。」


 頭を下げる彼女を尻目に、

 その部屋に追加で置かれた椅子に座るサリウスと、

 サリウスと向かい合うように椅子に座り、顛末を楽しそうに語る一人の男性。

 上は右が白く左が黒いのに対し、下は反対に右が黒く左が白い奇抜なスーツを着こなす。

 奇抜な恰好ではあるが、水色のオールバックを決めた端正な顔立ちの青年。

 よく言えば女性受けがよさそうな、悪く言えばやり手のような印象が見受けられた。

 彼はリラ。アンスリアの上司であり、つまりサリウスと同じく管理人だ。

 (因みに雄輝は夜も遅いので宿屋に送られてるため不在)


「原因は……まあ、語るまでもないか。」


 雄輝はその力も相まって鍛えれば相応に頼れる人材であり、

 サリウスの下で修練と言う名の出張、ないし派遣されることになった。

 しかし精神が摩耗しきった状態の雄輝が南方の村で発見されたことが事件の始まり。

 雄輝は仕事の手違いか何かでサリウスの管轄外となるある街へと向かったところを、

 そこで出会った人物に性的暴行をされそうになり、命からがら逃げてきたのだ。

 事情聴取からその犯人が誰なのかは既に察しているし、二人ともよく知っている。


「あいつ、本当に子供も守備範囲だったのか……」


 聞いた話に頭を抱えるサリウス。

 犯人は二人同様同じ管理人の立場にある人物だからだ。

 元々まともな性格とは認識していなかったが、

 子供にまで手を出そうとする人物とは思っていなかった。


「イズ(件の犯人)なら八歳ぐらいでも守備範囲だぞ。」


「知らんでいい情報を寄越すな。と言うか犯罪だろうが。」


「金払えば合法と言い張る人間に犯罪もなにもないって。」


「何故ホロックの管理人やらせてんだよ。」


 涼しい顔で犯罪してると言わせると言うことは茶飯事、

 ようするにこれについては常習犯と言うことに他ならない。

 国の王と言う程厳粛なものではないと言えども、管理人は人の上に立つ。

 上に立つ奴がそんなことをしてよく務まってるものだと思う。


「そりゃ、功績さ。」


 イズは問題こそ多いが、

 薬師としては極めて卓越した才を持つ。

 加えて性的行為は問題しかないものの、言い換えればそれだけ。

 立場を使って無暗に人を殺すとか、税を貪ると言った暴君ではない。

 寧ろその辺は甘い。元罪人であろうとも受け入れる寛容さ、と言うより無関心さ。

 と言った風に変なところで線引きしており、その上で頼れる人材としての立場を持つ。

 ついでに彼女の実力も相当なもので、彼女と並べる腕をもつ薬師もそうはいない。

 要するに、彼女を処分したら後釜がいなくなってしまい均衡を崩してしまうからだ。

 ホロックの管理人はおいそれと他人に任せられる立場ではない。


「なんにせよリラ、本当にすまん。

 今回は俺の部下の不手際による監督不行届きの類になると思うんだが。」


「謝る必要はないんじゃない? 遠方の支店の教育も行き渡ってる方が珍しい。

 かくいう僕だって末端は治安が良くないからね。君が責められると僕も責められる立場さ。

 統制が取れるところなんて殆どないでしょ。第一、君にそれができてなくても当然だろうけど。」


 辛辣な言葉だが涼しげな顔で聞き流す。

 経営とか人選とか、そういう問題ではない。

 サリウスは放浪癖によって殆ど山籠もりの生活だ。

 信頼のおける部下に仕事は任せてるし、仕事もしてないわけではない。

 しかし具体的な居場所が不明では、どうあっても連絡は遅れてくると言うもの。

 そんな相手に監督不行届きなんて、それは当然な話である。


「元々俺はそういう器じゃない。カリコの爺さんが強さで選んだだけだ。」


「強さは人を従わせるには手っ取り早い最適解の一つだ。

 と言うより、ホロックの管理人でまともな人間がいた試しあるかい?」


 リラ自身、利益を優先とする合理的主義者。

 だから雄輝の容態を嬉しそうに理解していた。

 利益欲しさに犯罪でなければ子供も利用する。

 雄輝だってその一人であり、端から見れば十分非道だ。

 イズは極端に突き抜けてはいるが、かたや利益最優先の人物で、

 かたや実質職務放棄。余り彼女を糾弾できる立場ではない。

 他の管理人も癖のない人物の方が珍しい部類になる。


「で、それはそうとして坊主はどうするつもりだ。」


 女性が近づくだけでこの惨状だ。

 これでは仕事どころか、生活すら満足に過ごせない。

 しかも拒絶反応が能力と言う形で出てくるというおまけ付き。

 女性に対する恐怖感で力が暴走するのでは、

 誰に預けたところで惨事になるのは避けられない。

 生活に支障が出るし、何より被害だってありうる。

 今回たまたま力の暴発の経験があったアンスリアと、

 即座に避けれるだけの動きができるサリウスだったからよかったが、

 あくまで今回だけ。全員が避けれると言うわけではない。


「力の制御ができない人は異端に限らずいるにはいるけど、

 基本の制御そのものは既に彼は経験済みだからもう薄いんだよねぇ。

 今回のは単純に女性恐怖症による弊害だから……とりあえず二択かな?

 片方はアンスリアに拒否されそうだし、ごく普通の単純療法をさせるしかないね。」


「ダメな方は?」


「魔術に強い連中のところに行って、精神操作の類で強引に記憶消して治す。」


「洗脳は論外だ阿呆が。」


 催眠療法と言うのは実在こそしてはいるが、

 魔術と言った類では最早精神操作、ないし洗脳に等しい。

 合理的なリラとしてはそういうのも選択肢にはなるが、

 そういうわけではないサリウスからすれば当然論外だ。


「冗談だよ。何かしらで解除された時の被害も考えれば、

 姑息な手だし損益考えればしないほうが普通にいいわけで。

 と言うことで、頑丈な住民がいれば生活しやすい場所。

 って考えるとこりゃ新人の管理人、ザンバ君に任せるとしようか。」


「新人……俺は奴を余り知らんが、大丈夫なのか?」


「んじゃ、どうせだし君も行ってきなよ。」


「えっ。」




 ◇ ◇ ◇




 後日、とある山の中。

 人が通れる程度にはにある程度舗装された山道を歩くサリウスと雄輝の姿がある。

 大した息切れもしていないサリウスに対し、雄輝はかなり息切れをしていて距離が開いていく。

 足音が遠のいてることで軽い溜息と、面倒くさそうな表情になりつつ踵を返して声をかけた。


「おい、大丈夫か坊主。」


「は、はい。」


「無理をせずに自分のペースで歩くんだぞ。

 あくまでお前の目的だ。休みたければ俺も休む。」


「大丈夫、です。」


 此処はザンバと呼ばれる人物がいる村への道になる。

 ザンバは普段主都となる場所から外れた集落におり、

 途中までは馬車やらなにやら乗り継いできたものの、

 まだ交通のルートを確立しきれてない結果、今は足での移動だ。


(子守りをすることになるとはな。)


 何故サリウスが雄輝の同伴を承諾したのか。

 単純に保護者となるアンスリアは女性故に近づくことは出来ず、

 それでいて暇人であり、ついでに顔も見に行けることでサリウスが選ばれる、

 と、半ば投げやりと言うか強引に付き添いとして同行させられることになった。

 子守りは正直苦手だが『君いなくても仕事困らんでしょ』とリラにド正論をかまされ、

 大して抱えた事件もなければ、その際の方針もすべて部下には言い渡しだので安心、

 ではあるのだが……


(俺女だぞ。)


 雄輝は全く気づいてないが、実はサリウスは女性である。

 ポンチョのような外套をメインに胸を抑えた露出度の低い恰好、

 加えて男性とも受け取れなくもない中性的な顔つきや声に一人称。

 それらが合わさって女性と認識されないことも多々あるのだが、

 付き添いの人が女性でした、なんてことがあって大丈夫なのかとも思える。


(俺は精神的な医学についてはさっぱりだからな。ザンバの奴は詳しいのか?)


 ホロックは近くの地域の管理人とは関わりは大きいものの、

 他の地域を管轄とするホロックとの縁は余りなかったりする。

 サリウスは北北西でリラは西だが、ザンバは南と大分遠く縁は薄い。

 定期的に顔を合わせたりすることがないというわけではないが、

 ザンバと呼ばれる男は、その定期でもまだ会ったことすらない人物。


(キンサの婆さんが年だからと後継者を決めたディレント人、ぐらいしか知らねえな。)


 言い方が悪くなるが、基本的にディレント人は弱い傾向がある。

 別にしっかりした環境で育てれば自分と肩を並べる強さは得られるはず。

 だが人は勿論、異端と言う超能力や人外であっても死ぬときは死ぬものだ。

 サリウスも一人で危険な魔物を相手にできる程の実力者だが、別に命が複数あるだとか、

 死んでも復活できるだとかそういうのはない。心臓を破壊されれば普通に死んでしまう。

 しかもディレント人は、この世界における一般知識の欠如から始まっているのも向かい風。

 そんなハンデを背負ってるのでは、まず肩を並べる実力になるまでが果てしない道のりになる。

 訳も分からない場所に放り出され、人に騙され奴隷にされたディレント人と言うのもありふれた光景。

 中には元の世界へ帰りたがる人もいる為、熟練者になる前に大抵は死ぬか元の世界に帰ってしまう。

 だからディレント人でホロックの管理人になれる逸材と言うのは、早々に存在はしない。

 そういう意味でザンバと言う男には興味があって、断ることなくこうしているわけだ。

 一応、監督としての負い目もあるにはある。


『因みに彼、元の世界で異端ってバレて迫害されてたからか、

 自己主張に乏しいからその辺気を付けとかないと面倒だよー。』


 一人で行けばすぐに辿り着くし、

 なんなら彼を抱えて向かってもすぐに辿り着く。

 だが特に助けを求めるようなことは言われてないので、

 彼のペースに合わせての移動した結果、陽が傾き始めて漸く山の下りだ。

 到着する頃には夜だろうが、それでもまだ頼ってこようとしなかった。


「なあ、お前物質を造れるんだったらバイク? だったか?

 自動で動く鉄の馬がそっちは主流で、俺も壊れかけのは見たことある。

 そういう、自動で動く物とかってのは簡単に造れるんじゃあねえのか?」


 流石にそろそろ面倒に感じてきたので、

 それとなくそういうのに頼らないのかと尋ねる。


「造れる、と言っても……複雑なのは作れても、見掛け倒しになるんです。

 現に、剣を作ったって、えーっと、なんでしたっけ……とにかく、よく知らないので、脆いですし。」


 息を切らしながら雄輝が答える。

 魔法陣を描いたところで魔術の知識がないので魔術ができないと同じ。

 結果だけを生み出すには、相応の工程をそれなりに理解する必要がある。

 今の剣で言えば、所謂焼き打ちと言った過程を知らないがゆえに脆いように。

 そういう意味だと彼の力と魔術は、何処か似通った部分があるだろう。

 分からないものを結果だけで出せるものではない。


「楽して得られる力ではないってことか。」


 楽をするために苦労する能力と言う、

 便利そうでそうでもない何とも言えなさ。

 人が羨みそうだが、ただひたすらに使いにくい力だ。


「後、長くても五分で消えるので効率も悪いです。

 頑張ればきっと長時間を維持できると思うんですが……」


「そんな条件もあったのか。」


 便利そうだが役に立たないもの。

 異端とは思いのほかそういう能力が多いとされる。

 もっとも、此方の世界と違い彼らの世界は魔物と争うことはないらしい。

 そんな場所で戦闘に便利な力を得てもろくでもない未来しかないだろう。

 現に、この中途半端な性能でも人から迫害されていたのが常識なのだから、


(イタン、か。)


 ふと思った。

 何故異端と呼ばれるのか。

 そもそも同じように生きていたはずだ。

 後ろで歩く少年だって人と同じものを食べて、

 人と同じように息をして人と同じように過ごす。

 どこからどう見ても人だ。ちょっとできることが違うだけではないか。

 何故疎まれる? 何故嫌われる? 何故追いやられる? 何故弱者が強者を追い立てる?

 寧ろそういった力のない連中の方が淘汰されるべきな可能性もあるだろう。


(ま、どうでもいいか。)


 散々ディレント人による断片的な情報こそ集まれども、

 こちら側から向こう側へ行った人物の話など彼女は関わったことはない。

 どれだけ考えたところでそれらは空想の域を越えられないし、

 そも知ってどうする。向こうの世界の世直しでもするのか。

 当然そんなつもりはない。なら考えても仕方ないだろう。

 向こう世界のことは向こうの世界の人間がすることであり、

 こっち側の住人がするのはあくまでディレント人の保護やら教育。

 そこから彼らがどうするかは当人の考えに任せることにしている。

 これは放任主義の彼女以外でも概ね同じ意見だ。


「ま、なんにせよ一人では限界があるってことだな。

 だからお前も、少しは人を頼ることを覚えておけよ。」


「は、はい。」


 とりあえず何が言いたかったのか。

 要点だけ一先ず伝えるもその先にあるのは沈黙。

 数秒かと思えば数分間に渡り、足音と息を切らす声だけが続く。


「違う、そうじゃねえ。」


 顔に手を当てながら項垂れるサリウス。

 何一つ頼ろうとしてこないまま時間が過ぎており、

 遠回しでは人を頼ることを覚えろとは伝わらなかった。


「ああ、もうめんどくせえ。」


 一々子供に合わせるとか、

 そんな面倒なことはもうやめだ。

 距離の開いた雄輝の方へとズカズカと向かう。

 何かしでかしたのかと不安になるが、彼を脇に抱える。


「いい加減俺は休みたい。とっとと山下るぞ。」


「え、あ、はい……」


 あくまで自分の都合で行動しただけ。

 そういう大義名分があれば彼は受け入れる。

 実に分かりやすく、そして面倒で損をする性格だ。

 要するに、自分の意志で行動できなということだと。

 苛立ちはなくもないが、どちらかと言えば憐みの方が強かった。

 十二歳と言う若さで遠慮と言うのを覚えてしまったと思うべきか、

 十二歳にもなって自己主張ができなくなってしまったと思うべきか。

 なんにせよ、答えは一つ。


(成長することぐらいは祈っておくぞ。祈るだけだが。)


 別に知ったことではない。

 彼がこの先成長しようとしなかろうとも、

 それは彼の人生の問題であって彼女には何もない。

 アンスリアのような保護者でも、リラのように利用目的もないのだから。

 とは言え子供をどちらかと言えば好むので多少気を遣ったりはするが。

 申し訳程度の気遣いと共に、大きく跳躍して瞬く間に山を下りていく。

 山林の高さを優に超えるジャンプ力に驚かされたのは、言うまでもないことだ。




 ◆ ◆ ◆




「どうした坊主。」


「いえ、すごく見覚えのある光景って言いますか……此処、江戸?」


 町へ辿り着いて再び驚かされる雄輝。

 黒い瓦の屋根、着物と言った和服を着こなす人達、

 障子や書道のような達筆に記された日本語の看板。

 西洋の街並みや魔術と言ったものを散々見てきているのに、

 此処だけはどう見てもそれらとは全く違う光景が広がっている。


「エド? エンド語が使われる場所と言うよりオワリ……いや、

 お前ディレント人だよな? そのエド、どの意味のエドになるんだ?」


「日本にもこういう場所で江戸って言うのがあるんです。字はこんなで……」


 完全に此処だけ日本、それも古き時代の風景だ。

 勿論全てが日本のような光景と言うわけではなく、

 店にある品にはこの世界でもなければなさそうな食材や装飾品と、

 日本らしい風景からすれば余りに浮いてはいるものの存在している。

 それに、此方の世界で見慣れた異種族が和服を着こなす姿もあって、

 此処だけ日本か何かなのか、と言う勘違いをすることはない。

 建物の構造は時代を逆行しているのだから余計に。


「俺達は浮いちまってるな。」


 適当に棒を作り、それで地面に字を書く雄輝を一瞥して周りを見渡す。

 此処まで和を強調されていては、向こう側と余り変わらない恰好をした雄輝でも浮いてしまう。

 特にサリウスのは格好から余計に目立ち、街中ですれ違う人から物珍しそうな視線を向けられることも。


「飯には少し早いが腹が減った。適当になんか……」


 何か小腹に向いたものはないのだろうかと、

 辺りを見渡していると二人の前に立つ一人の男性。


「兄ちゃん、ここいらじゃあ見ねえが何か探し物か?」


 黄緑の髪が炎のように逆立った偉丈夫。

 小馬鹿にした態度……と言ったわけではなく、

 純粋に迷子故に気遣ってるかのような振る舞いだ。

 性別を間違えてることについては面倒なのと、雄輝の手前黙っておく。


(鍛えてるな。しかも相当に。)


 和服の隙間から見える胸板の厚さ。

 普通に生活していては得られない鍛えようだ。

 先ほどすれ違った多くも相応の鍛えた体躯が多く、

 それは男性に留まらず、女性もそういうのが多い。


「訳あってザンバ=イバラギを探している。此処にいるか?」


 物珍しそうに見てた人達と違い、

 怪訝そうな顔で彼女を(男と思ったまま)見やる。


(ま、ほぼ反対側にある管理人の顔なんざ知るわけないか。)


 自分がザンバやこの村を知らないことを考えれば、

 相手だって自分の事を知らない可能性があるのは当然。

 いくらホロックの管理人と言えど顔はそこまで広がるわけでもなく、

 特に普段ホロックにいないサリウスではなおさら顔は広まることはない。


「ザンバに会わせてくれるだけでいい。

 新入りと言えども豪傑揃いのホロックの管理人だ、

 どこの誰ともわからない奴に怯えるような輩でもない───」


 言葉を紡いでいると彼の後方から感じ取る殺気。

 二人は咄嗟に横へと飛ぶとサリウスいた場所に突き出された拳。

 近くにいた雄輝はその風圧だけで軽く吹き飛ばされたが、

 咄嗟に適当に作った剣のような何かを地面へ突き刺して転倒は免れる。


(速い!)


 拳の主は、青紫色の着物を羽織った若い男性だ。

 年はサリウスとそう変わらない壮年期の若々しさがあり、

 突き出した拳の腕には無数の生傷が壮絶な経験をしたことを匂わせた。

 何よりも今の動き。避ける動作を事前にしなければならない程の疾風。

 並の人間では避ける前に顔面に直撃していたもので、当たればまず致命傷。

 そしてそんな刹那の如き時間で、彼女がするべき行動は凄まじく迅速だ。

 背中に背負った使い古された、年季の入った木の弓を回避行動と同時に構える。


「付術強化 高速化 麻痺毒化。」


 ステップの間に弓へと魔力を送り込む、

 サリウスは魔力で矢を精製する、矢を持たない射手。

 魔導弓や、魔導矢とも呼ばれたりすることのある技術だ。

 矢を用意する必要はなく、そのまま弓を引いて魔力を込める。

 更に彼女は強化魔術で矢に多数の性能を注ぎ足すことができる付術の使い手。

 加えて強化魔術の詠唱の際、十全に聞き取れるか怪しい程度の高速詠唱の技巧を持つ。

 字にすれば人でも理解できるだろうが、これを音で聞けば何を言ってるか理解できない。

 跳躍して優に二十メートルは超えるような高さへと跳躍する間にその矢を放つ。


「っと。」


 強化から放たれた矢は先の彼を優に超える弾丸のようなスピードで迫る。

 周りの人物がまずこの状況について来れてない状況下で行われる、刹那の戦い。

 迫ってきた矢を、首を鳴らす為だけかのような簡単な動作で難なく回避。


「どうやら真面目にやる必要がありそうだ。」


 暴漢の鎮圧はこの一矢で殆ど無力化できる。

 できないのは毒が通じないか、魔力を無力化できるか、

 そして───純粋に戦闘能力が極めて高い危険な人物のみ。

 彼女を追走するように地面を強く、小さなクレーターができる程強く踏んで相手も飛ぶ。


「付術強化 高速化 不可視化 生物化 毒化 十連射。」


 だから此処からは殺し合いのステージ。

 互いに空へと昇ってる間にも攻防は続く。

 純粋な火力で殺せるような相手ではない。

 次に選ぶ一手は正々堂々とは一切無縁の手段。

 少なくともホロックの管理人に食らいつけるような人物、

 まともに相手するつもりなど最初から存在してないし、

 そもこれだけ間合いが近ければ射手の強みなど既にないに等しい。

 元々遠距離から一方的に蹂躙すると言うのがサリウスが強い所以で、

 それをさせない相手に手段を選ぶような間抜けでもなければ、高尚さもない。

 所詮殺しの技術。生きるか死ぬかの戦いの中で手段を選ぶ方がおかしいのだ。

 だから見えなくする。毒で殺す。一矢では足りるはずもなし。

 慈悲などどこにもなく、距離を詰められた中で間に合う最大限の強化。

 射殺となる十の矢が放たれた───


「オラァッ!!」


 瞬間に打ち消された。

 左腕を素早く、棒のように薙ぎ払うと、放った矢が『切断』された。

 見えないので視認ではなく魔力の感知によるもの、と言ったところだが。

 だからとも言える。見えない斬撃のようなものが飛んだことに気付けたし形もある程度把握できた。

 空中で身を翻せば、エルフ耳の如く尖った耳の薄皮がスライスされて、鮮血が僅かに舞う。

 たかだかその程度、苦悶の声などあげることすらしない。


(腕を振るった空気を飛ばしての斬撃をしてくるか! 

 不可視化に慣れてる俺だから避けれたが、当たっていれば致命傷は免れない。)


 純粋な腕力とは思わない。

 何かの魔術か種族による特異体質の類か。

 なんにせよ、その力は回避が必要な時点で相当なものだ。

 魔術には宣言・触媒・魔法陣と言った工程を多く含むほどに強固になる。

 全工程を含めれば含める程に多大な隙を晒したり労力もよりかかるので、

 基本的に一つか二つの工程を使う、と言うのがこの世界における魔術の基本だ。

 (魔術の上位である魔法ともなれば話は別だが、その辺は割愛)

 今の動作にはそれらの工程が含まれてるようには見えないのに回避が必須な攻撃。

 生半可な一撃ではないことだけは分かる。


(全く、管理人の強さの序列も下から数えた方が早いと、

 こういう輩にも後れを取る。だから器ではないと言うのにな。)


 そんじょそこらの雑魚とはわけが違う存在に、溜息を吐く。

 瞬きもすれば相手の拳の間合いに入る。接近戦は極めて不得手だ。

 一応相応の格闘戦もできるが、本領は超遠距離からの蹂躙である。

 あくまで接近された時の補助で、優先して使うものではない。


(まあ、負けるつもりはないが。)


 この程度で諦めがつくわけではない程度に、サリウスは生に対して貪欲だ。


「付術強化 飛行化。」


 空中で壁を蹴るように横へ飛んで、迫ってきた男の拳を躱して一気に地上に戻る。

 彼女の場合は主に武器ばかりに強化魔術を行使するが、実のところ人体にも可能だ。

 ただ付術においては、サリウスの場合基本的に道具との相性が優れおり、人体はあまり向かない。

 肉体には消耗する魔力と余り釣り合わない。その証拠に空中を舞いながら撃てばいいものを、

 態々地上へ降りてるのは余り長時間使いたいものではないからだ。


「サリ───」


 ついていけてる人物がろくにいない中、ただ一人だけ彼女を制止する雄輝の声。

 運よく目の前に着地してくれたおかげですぐに反応することができた。

 雄輝はサリウスの戦いを見たことはなければ、彼自身戦いの経験は少ない。

 異端の存在はあれども、そこまで殺伐としてない世界の子供だ。ある方が珍しいか。

 経験が少ない彼でもわかる。明らかに今の攻防は普通の戦いではないのだ。

 何が起きてるのか、速すぎて視覚と聴覚だけではとても処理が追いつかない。

 その最中で思ったのは『あの人がザンバさんでは』と言う可能性だった。

 まともに戦える人物がいるなら、その人に一番心あたりがあると。

 もしそうならこの戦いは意味がない。サリウスに早急に伝えるべきだと思うも、


「付術強化 生物化 毒化 不可視化 高速化 二十連射。」


 遅すぎる。

 着地の勢いで同時に再び跳躍しながら高速詠唱。

 とてもではないが彼の反応速度では対応できない。


「あの、止めてはいただけませんか!」


「いや無理だって! 御頭を止めれる奴なんて普通いねえよ!?」


 先ほど声をかけてきた偉丈夫に声をかけるが、

 相手は引きつった表情と冷や汗で口にせずとも無理だと悟る。

 このちょっとした間の会話の間にも上空では人間離れした戦闘が繰り広げられており、

 このままザンバ(と思しき人物)が地面に着陸したら、互いの攻撃の余波で被害が起きる可能性は高い。

 かといって二人を相手に割って入れるのであればとっくに誰かがに入ってるわけで、

 野次馬は増えても止めれる人物など誰もいなかった。


「止めるではなく向きを変えるであれば、良いのではないでしょうか。」


 空を見上げる野次馬から、二人の会話に割って入るように答える声が一つ。

 人込みから姿を見せたのは赤くて長い髪を持った中性的な人物だ。

 白いシャツに赤いケープを羽織った相手はこの集落の風景には合わない、

 西洋寄りの恰好をしているため周囲の中ではとても目立っている。


(この人、どっち……?)


 少しばかり距離を取る雄輝。

 咄嗟に男性とも女性とも受け取れる声と顔。

 分からないのもあって一旦距離を置かざるをえない。

 この騒ぎの中で暴発すれば、本当に人の命に係わる。


「向きを変えるって、おめさんどうすんだよ。」


「こうするだけですよ。」


 二人が戦ってると思しき空へと手を翳す。

 遠すぎるので二人の様子を具体的には把握できてないので、

 音がする方角へ大雑把に向ける。


「フラッシュ。」


 光を放つ弾丸が碧空へと放たれ、眩い光を撒き散らす。

 地上の大半が目をくらませたそれは、当然二人の目にも届く。

 予期してない事態に虚を突かれはしないが、無視と言うわけにはいかない。


「次から次へと面倒ごと持ち込みやがって、誰だよおい! あんたもちょっと待ってろ!」


 苛立った様子で一足先に男が降りて、

 近くの家屋の屋根へとサリウスも着地する。

 待ってろと言われたが、そんなことは興味がない。

 襲い掛かってきた相手に手段を選ぶつもりなどはなく、

 弓を構えてはいるものの撃つことはしなかった。


(視力がいいのも問題だな。)


 射手だけあってサリウスの視力は人並外れている。

 だから強い光を近くで浴びると常人以上の影響を及ぼす。

 今の彼女の視界はほぼ黒一色。とても前を見ることすらできない。

 弓の向きは正確に男を捉えてるが、単純に聴力での判断だ。


「ってリンじゃねえか。頼んだ奴終わったのか?」


「まあ、そこそこ収集できたので一度戻りました。

 ところで、そこの彼がザンバさんを呼んでましたよ?」


 弓を構えたまま雄輝と相手の会話を聞き取る。


「ザンバ=イバラギさんですか?」


「ん? ああそうだが。」


「サリウス=アーチと言うホロックの管理人から手紙、届いてませんか?」


「え、手紙……?」


 少なくとも戦っていた男はザンバであることは確定した。

 確定しても武器は降ろさない。相手が管理人だとしても、

 先に攻撃を仕掛けた相手に警戒を怠る理由はない。


「おめさんら! これ以上の見世物はできそうにねえらしい! 散った方がいいぞー!」


 手を大きく叩いて集まっていた野次馬に散るよう指示する。

 それに促されたことで、大半の野次馬は離れていく。

 視界がある程度戻り、殺気が消えて話し合いの場になったことで、

 サリウスも地面へと着地して同じ場に立つ。


「あー、噂聞いて喧嘩吹っ掛けてきた奴……じゃないの?」


 バツが悪そうな表情で後頭部を搔くザンバ。

 目を逸らしたそうな表情から状況は察したようだ。


「俺はサリウス=アーチ。北北西ホロックの担当だ。

 お前がザンバ=イバラギという質問と、先の行動の意味を問わせてもらう。」


「すいませんでした。」


 深々と頭を下げる。

 先ほどまでの狂戦士かと見まがう闘争心はどこにもない。

 目上の相手に対しての、萎縮気味な態度を前に訝る。


「おい、突然どうしたその態度は。というか理由を応えろ。」


「あ、はい。キンサ婆ちゃん……じゃなくって。

 キンサ=シースさんから推薦を受けて管理人の座に就いたわけなんですが、

 新参者故実力が足りうるか確認したくて、三日ほど前まで『挑戦者求む』ってのをやってたんですよ。」


 彼が言いたいことは分かった。

 つまり自分を探しに来た相手を、

 挑戦者と勘違いして襲い掛かってきたと言ったところである。

 しかしだ。


「いや、おかしいだろ。」


 勘違いするにしてはそれは三日も前の話。

 今更来客があったと思うには明らかに無理がある。

 たとえそうだとしても、即座に殴り掛かる理由にはならない、

 そう思っていたところ顔と共に手を挙げる。


「二十六人。」


「は?」


「終わってるって言ってるのに三日間で合計で二十六人も来たんですよ。あ、其方はノーカンで。

 周辺の街にもちゃんと言っておいたのに『まだやってるだろ』とやってくる莫迦がいるんですよ。」


 顔を逸らしながらめんどくさそうな表情で溜息を吐く。

 最初こそ多少のオーバーは許そうとしてはいたものの、

 日を跨いでも増える一方で、今日だけで既に七人も相手している。

 飯も食えないまま精神的にかなり苛立っており、キレてしまったのがさっきの行動だと。


「胸中は察した。ただそれは軽率な行動だったな。

 ホロックの管理人とは様々な権限が与えられている。

 中には多少の問題行動も許されるぐらいの奴がいる程だ。

 お前、勝てば管理人の座を譲るとか言ってたんじゃあないのか?」


「確かにそれっぽい文言、入れちゃいました。

 そうすれば本気で戦ってくると思って、つい。」


「そういうことだ。次からは気を付ければいい。

 だが、それにしては随分と楽しそうに戦ってたな。」


「あー、こういう種族なんですよ。戦闘民族っつーか。」


「そうか。」


 いかれた奴なんて今に始まったことでもないし、

 軽率な行動に対しても人のこと言える立場でもない。

 なのでかなりどうでもよさげに会話を終わらせる。

 まともから外れてると言う点においては、

 ある意味ではホロックの管理人相応の人材ではあるようだ。

 実力のあるであろう七人と戦ったうえであれだけの動きができる体力もある。

 強さの面においては、少なくとも推薦されるだけはあると確信が持てた。


「では改めて……キンサ=シースから、

 南のホロックの管理人を継承したザンバ=イバラギです。

 手紙については確認できてないんで、此方にはどういったご用件で?」


「この坊主の件で西の管理人リラ=スルスから推薦されてな。

 飯でも食いながらその辺について話したいから、飯屋を教えてくれるか。」


「了解です。んじゃタマモのとこ行くとしますか。あ、もちろん奢ります。」


「坊主、離れるんじゃねえぞ。ついでに能力も暴発やめろよ。」


「が、がんばります。」


 三人は道中にある程度の事情を伺いながら料亭へ到着し、

 これまた日本らしい料亭へ足を運べば出されたものに雄輝は目を輝かせる。

 出されたのは黄金色の衣に包まれた野菜や魚介類が複数並んでいて、

 別の皿に盛りつけられた灰色の麺は、彼だってよく知っているものだ。

 日本でも有名な和食として名高い蕎麦、更に同じく代表的な天ぷらである。

 一応、異世界と言えども様々なものがこっち側へ来ているのもあって、

 料理人が来て何かしらの料理をその街で広めた、なんてこともありうる。

 決してゼロではないにしても、異世界でこれが食べられる機会は彼にはなく、

 当然予想もしてなかったので反応は当然だ。


「値段の割に少ないが、質重視か?」


 蕎麦はそれなりの量はあるものの、

 天ぷらについては一人前にしては少ない方だ。

 もっとも、あくまで一人前が少ないだけであり、

 ザンバが自分の分を二人前頼んで天ぷらの方は譲っているため、

 食べる分においては少ないわけではない。


「海から遠いから、海産物の天ぷらで爆発的に値段が跳ね上がるんすわ。」


「確かに、此処は交通の便が余りよくはなさそうだな。」


「ぶっちゃけ隠れ里みたいな立場なんで、

 仕方ないって言うか……あ、小僧は勝手に食べていいぞ?」


 目を輝かせながらも二人より先に食べるわけにはいかないと、

 待ち続けている雄輝の姿を見て一言声をかけておく。


「い、いただきます!」


 はやる気持ちを抑えながら、

 麺をつゆにつけてずるずると食べる。

 昔という程に彼は年を取っているわけではないが、

 最後に食べたのがいつか分からない懐かしい味に舌鼓を打つ。


「お、良い食いっぷりだな。」


「お前らよくその、なんだ? ハシって奴で食えるな。」


 二人に倣って箸を使ってみるが、どうにもうまく使うことができない。

 結局、慣れない人用に用意されていたフォークでパスタのように巻いて食べる。

 味は普段食べ慣れないので何とも言えない表情だが、まずいとは余り感じなかった。


「ま、この少年も俺と同じ日本出身らしいしな。

 店だって日本風の建築にしたんだ。雄輝だったか。こういうの再現できてるか?」


「和風なところだと、こういうのは多分あるかと。」


 親と外食でこういう趣のある店に行ったことはあり、

 確かにこういう風だったようなと言う記憶は存在する。

 所謂わびさびと言ったものが感じられるような光景ではあるが、

 まだ子供である雄輝にはその言葉が出てくることはなかった。


「よくこんなに再現することができたな。」


 材料を似たようなもので確保することは難しくはないが、

 そこから再現する、と言うのは口伝では中々に難しいことだ。

 絵と言った記録があっても、そう簡単なことではないだろう。

 サリウスは当然知らないので雄輝の反応からそう思うだけだが。


「まあ百人もいてそっち系に詳しい奴もいたんだ。

 ある程度の再現はできるってもんでさぁ。」


「え、百人?」


 思わず雄輝も進めていた箸が止まってしまう。

 今までディレント人に出会ったことはあるが、

 多くても一度に居合わせたのは数人程度の物。

 大勢の人数がいる、などと言う話は聞いたことがない。


「この村……多分五百人ぐらいか? ちょっと忘れたな

 その内の凡そ二割ぐらいは、俺と同じ日本のディレント人なんだよ。」


 その言葉に『私もですよー』と厨房からひょっこり顔を出す獣耳の女性。

 日本料理を知ってれば味だって(材料が同一かは別だが)再現しやすいし、

 技術も口伝と言った手段で教えることなく再現できるのだから当然だ。


「こいつは驚いた。そんな大所帯があったんだな。

 過去に大量の物資要請がキンサの婆さんからあったが、そういうことか。」


「そう言うこと。だからこの村が昔の日本風なのは、

 俺達が再現しようと必死こいて滅茶苦茶時間かけた産物すわ。

 もう何年、じゃなかった。こっちだと一周期って何日だっけ……忘れちまったな。」


 見てくれだけではなく内装や食器から、

 どれをとっても素人の突貫で作ったとは言えない、

 職人の腕によりをかけたものだと言うのは想像するに難くはなかった。


「にしても住人の頑丈さ目当てってなんか容赦ねえですなリラさんは。」


「あいつは金になることが大好きだからな。

 こいつをとっとと金を稼げる奴にしたいんだろう。」


 サクサクと揚げ物特有の咀嚼音を響かせつつ、

 合間合間に雑談を交えながら会話を続ける。

 会話に耳を傾けてこそはいるるものの、黙々と蕎麦を啜る雄輝。

 程々に時間は流れていき、


「いただきました。」


「えーっと、ごちそうさまでしただったか?」


「ごちそうさまです。」


 追加したのもあってか、

 食べ終える頃には文字通り三人とも腹が膨れた状態だ。


「んで、こいつの件は問題ないか?」


「ちょっとあの人のお墨付きは癪だけども、

 新参者が信用置かれてるってことで引き受けますよ。

 ついでに、さっきのことも考えりゃ断れませんしね……タマモー、

 おめさんも話聞いてたよな? この小僧にガシャんとこまで案内頼めるか?」


「いいですけどやめた方がいいのでは? 話聞くにアウトでしょう私って。」


「どの程度ダメか把握しておきたいからな。」


「御頭がそういうのであれば……ちょっと出かけるから店頼みましたよぉ。」


 割烹着を取り、紅白の巫女服のような姿と地につかないよう逆立つ狐色の巨大な尾と、

 厨房からでは顔以外見えなかった部分が見え、その姿にサリウスも少々惹かれる。

 端麗な女性と言う認識は既にあったが、女性らしいスタイルや立ち居振る舞いと、

 嫋やかな様は野性味ある自分には縁のなさそうなもので、少しばかり嫉妬混じりの視線だ。


「ほれ坊主、行ってこい。」


「え!?」


 タマモと呼ばれた女性はサリウスと違い女性の声色で女性の姿だ。

 当然女性に対する恐怖感が強い雄輝にとって案内を頼むのは正気ではない。

 サリウスとタマモを交互に見やりながら、本気ですかと言わんばかりの表情。


「こいつが案内できないってことは、

 お前には聞かせられない話があるってことだ。

 だからお前がいると話が進まないから行ってこい。」


 怖いのは女性だから、というのも確かに存在する。

 今の彼にとっては女性は意識すれば吐き気すら込み上げる畏怖の対象。

 それも確かに存在するが、それ以上に傷つける可能性があるのが嫌だった。

 面倒なものを抱えた自分に対して親身になってくれようとしてる人に対して、

 攻撃してしまうと言う不安がどうあっても拭えないのだ。

 自分が傷つくのではなく、他人が傷つくのを恐れている。


「リラが言っていたぞ、此処の連中は頑丈だと。あいつの言うことは信用できるだろ。」


 あの男が嘘を吐くのは利益になるから嘘を吐く。

 損するような行為に偽ることはないのは事実だ。

 ある意味では、一番信用できる人物でもある。


「……わ、わかりました。」


 問題を起こした雄輝にとって、

 安住の場所を提供してくれるリラはアンスリアと並んで信用できる人物だ。

 彼が言うのであれば大丈夫だと、渋々タマモの後をついていくこととする。

 ただ、五メートル以上と距離を物凄くとった状態で見送る二人は反応に困ったが。


「で、何の用なんだ?」


「まあご存じのとおり、俺は管理人の新参者でしてな。

 サリウスさんにちょっとその辺のいろはをご教授願いたいと思いまして。」


「イロハ? なんだそれは聞いたことがない言語だな。ニフォン語か?」


「やっぱ伝わらないかぁ。まあ基本的なことって意味でさぁ。」


「残念だが、一番役に立たないぞ。」


「え。」


 ザンバは此処で改めて理解することになる。

 ホロックの管理人が、変人奇人揃いだと言うことを。




 ◆ ◆ ◆




「ガシャさんいらっしゃいますかー?」


 タマモが妙に縦長な玄関の戸をガラガラと音を立てて入る。

 玄関どころか、外観からして人が住むにしては妙にサイズが大きい。

 昔ながらの空手道場、それを一段階か二段階スケールを大きくしたような場所だ。


「タマモの姉さんか。なんだ。」


 そこにいたのは一人の男性だ。

 アルビノのような異様なまでに白い肌が、

 紺色の着物から晒されたどこか儚さが見受けられる。

 童顔も相まって病弱な子供に見えなくなったが、立ち上がると別だ。


(え、何この人でかい……)


 タマモが中へと入っていき、玄関から顔を覗かせる雄輝。

 雄輝が成長期である為まだそこまで高くないということを差し引いたとしても。

 ガシャと呼ばれた人物はいざ立ち上がってみれば、人に分類できる存在でも巨躯どころではない。

 ゆうに三メートルはあるであろう人間離れした体格を持っており、首が痛くなるほど見上げる存在だ。

 天井が五、六メートルと高い天井であるのはそういうことだと察する。


 同時に此処に案内された理由も察する。

 狭い場所で能力が暴走すれば壁を破壊して建物の倒壊がありうる。

 だが此処の同情のような、だだっ広く殺風景すぎる広い場所であれば。

 もし暴発したとしても倒壊のリスクは少ないだろう。


「あれあれこうこうでして。」


 情報をかいつまんで説明を受けると、


「ああ、そういう。見てのとおり殺風景でいいなら使ってもいいぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


「まあ近しい年ごろ同士仲良くできるでしょう。」


「え、近いんですか年齢。」


 見た目イコール年齢ではないと言うことは、

 多種多様な種族が目に見えて混在するこの世界では今に始まったことではない。

 (異端と言う存在がある以上、もっと身近にもそういうのはいるかもしれないが)

 見た目の割に年齢が高い人物ばかりで、逆に若いケースと言うのは珍しい。


「五十代半ばだから大分世代は近いな。」


「いや、遠いですよそれ。」


 てっきりこの見た目で十七ぐらいだろうか、

 と思ってみれば軽く一世代近い年齢の差があって流石にツッコむ。

 少なく見積もっても数十年単位のどこが近いと言うのか。


「あれ、俺らが妖怪って言ってないのか。」


「え。」


「言う必要もないから黙ってたんですけどね。ほら、子供なので怖がるかと。」


「確かに、事実とは言え俺は恐怖の対象だろうしな。

 昔人ぶっ殺しまくってた側だからな。姉さんと違って。」


 年相応の子供ではあるので、

 そういうものに関しての知識もそれなりにある。

 妖怪と言えば、日本で代表的な怪異の存在だ。

 現代ではいないとされてたところ、異端と言う存在の誕生に伴って、

 妖怪は現在もなお生きてるのではとメディアでも報道されたことがある。

 こうして今面と向かってる彼らが妖怪、と言うことにあまり実感がわかない。

 所謂有名人に出会ったのと似たようなものだ。


 ガシャとタマモ。それなりの知識なので、

 二人がどの妖怪なのかもすぐに理解するが、気になるのは別のところ。


「あの、ザンバさんも妖怪なんですか?」


 この二人もディレント人であることは確定だ。

 となれば、百人で転移したザンバの知己であるはず。

 有名な妖怪が御頭と目上の呼び方をしていると言うことは、

 必然的に生半可な存在でないことは(戦いを見たのもあって)分かっている。


「御頭は茨木童子の血筋だ。大江山の酒呑童子と一緒にいた奴だから知ってるだろ。」


「鬼だったんですか……」


 とんでもない人、いや鬼に出会ってしまった。

 少し嬉しくもあるが同時に不安でもある。

 妖怪とは多くが人を脅かし、人を喰らう怪物としても名高い。

 特に先程ガシャは自分から恐怖の対象と言っている以上は、

 伝承の全てかはともかくとして、そういうことはしているのだと。


「鬼つっても、茨木は人間どもと共生を考えてた穏健派だ。

 当然それについて行った俺達も穏健派だから、まあ安心しろ。」


「過激派、いるんですか。」


「伊吹側は過激派だが、まあ関係はないから気にするな。」


 あくまでその辺の派閥は元の世界での話。

 この世界にいない奴の話をしたところで意味などない。

 なので過激派については特に語ることはせずその話は終わる。


「じゃあ任せましたよ~。あ、そうそう。殺しちゃだめですよ。」


 余りに物騒な一言を笑顔で告げながら、

 タマモはそそくさとその場を去っていく。

 最後の一言で彼女の後姿とガシャを交互に見やる雄輝を残しつつ。


「餓者髑髏、知ってるよな。」


「は、はい。骨の大きい妖怪だと。」


「人間を握りつぶせるだけの握力があるからな。

 だからまあなんだ。近づかない方が身のためだ。

 咄嗟の出来事で腕掴もうとして相手の腕引きちぎったこともある。」


 まあそいつ妖怪だから明日には治ってたけどな。

 そう笑い話にしているガシャではあったものの、

 全く笑えず不安の表情と共に生活が始まることになる。


 女性恐怖症の克服、

 はっきり言って簡単に終わるわけがなかった。

 数日経とうとタマモとは五メートルは離れないしまともな会話は出来ず、

 一週間程の日数でも女性と関わるときは体調を崩すことなどは最早茶飯事。

 二週間経てば多少はましになったと思っていたところだが───


「……どういうことだ?」


 此処に滞在してから約四週間ほどの日数の経過。

 サリウスはあの話の後から周囲の山にずっと籠っていた。

 基本的なことは向こうがやってくれるのであればいいかと、

 普段は見ない魔物を相手に狩りを楽しんで久方ぶりに集落へと戻った。

 しかし戻れば、ザンバ達三人を含めた何人かの大人が一緒に料亭のテーブルを囲んでいるのだが、

 タマモは机に突っ伏してガシャが頭を抱えたりと昼の料亭の雰囲気がぶち壊しだ。


「あぁー!! サリウスさん、あんだけ山探したのにどこにいたんすか!?」


 彼女の姿を見つけて、鼻につく程の酒気を漂わせながらザンバが迫る。

 臭いの強さに思わず顔をしかめ距離を取らざるをえない。


「待て、状況を説明しろ。なんだこれは。坊主はどうしたんだ。」


「能力暴走させて引きこもってるんですよ。

 俺の自宅なのに戻れねえんですけど何とかしてください。」


 三メートルもある大男の泣き言のみっともなさに、

 思わずしかめっ面になってしまう。


「何当たり前のことを言ってるんだ。」


 その危険があるからここにいるし、

 此処の住人も全員かは別でそれを理解したうえで関わってる。

 頭を抱えるようなトラブルとだってあるとは分かっていたはずだ。

 それが揃いも揃って落ち込むことかよと内心で突っ込む。


「いやぁ、それがこういうものでして。」


 そういって顔を上げるタマモを見て、少しばかり状況を理解する。

 彼女の両目を覆う包帯、巫女服の隙間から見える部分にも包帯と、

 少なくとも先日まで見かけていた端麗さのある彼女は痛々しい姿だ。

 更に包帯を取ってみれば中々にグロテスクな状態に、

 そういうものを見ることの多いサリウスも少し顔をしかめる。


「私の両目と右腕、それと御頭も怪我してしまいましたからね。

 いやぁ、これは妖怪でなければ死んでましたよ。中々面白い子ですね御頭。」


「平然としているな、おい。」


 両目と右腕を持ってかれておいて、

 面白いと言って笑える連中はそうはいない。

 しかもタマモに至っては左手でちぎれた右腕を軽く振り回している。


「アリスかアリアなら傷が治せるが、呼ぶか?」


 失明に欠損ともなれば、

 今の状態は生半可な回復魔術で治せるものではない。

 奇跡に近しい効力を持つ魔法であれば別で、同じ管理人なら使える人物にも心当たりはあった。


「大丈夫ですよ。これぐらいならそのうち生えて戻りますから。

 現に御頭の腹、以前は私の腕がすっぽり入ってたのに傷は塞がってますよ。」


「まあ傷がふさがってるだけのハリボテだけどな!

 鬼の祖である酒呑童子なんて首だけで殺しにかかるしぶとさらしいしな!」


「……頑丈通り越して不死身か?」


 この手の驚異的な再生能力を有する存在も一応心当たりはある。

 主に上位の魔物や、悪魔や魔族と呼ばれる類も可能と言えば可能だが、

 それは余り多く存在するものでもなく、ホイホイといていいものでもない。

 いれば、実質的に不死身の兵士が存在すると言うことに他ならないからだ。


「不死身に近いのは事実だが、死ににくいだけで死ぬからな。

 現にこっちに来た連中の何人かは、向こうにもう逝っちまってるよ。

 と言うか俺らの事はどうでもいいんだよ。とりあえず説得してくれるか?」


「いや、お前らがやればいいだろ。」


「生憎と妖怪と人間では価値基準が違うもんでさぁ。

 種族の壁っつーの? 俺らにとっては別に悪くなくても、

 あいつにとっては自分が傷ついても仕方ないって諦めてる感じがあるんすよ。」


「めんどくせえなおい……分かった分かった、行ってやる。」


 後頭部を搔きながら、面倒くさそうに仕方なく歩き出すサリウス。

 これで説得できればいいんだけどと全員が見送っていると、彼女が戻って一言。


「あいつのいる家、知らねえんだが。」


 その無関心さに、全員が呆れた顔になったのは言うまでもない。




 ◆ ◆ ◆




「おーい坊主、この家開けろ。俺も一応此処で寝泊まりする権利があるんだよ。」


 玄関はカギがかけられていて開けることはできない。

 問答無用でぶち破ることは彼女でもできるが、一先ずはしないでおく。

 暫くすると足音が聞こえて、玄関前から声が聞こえる。


「無理です。」


「話は聞いたぞ。まあ派手にやったらしいな。」


「……はい。」


 声色から落ち込んでるのは分かる。

 まあ当然だろう。いくら恐怖の対象と言っても、

 相手は害を与えてきたわけではない相手なのだから。

 山籠もりしてたのでどういった関係を築いてるかは知らないが、

 少なくともそれなりに親身になっていた相手と言うのは察せられる。


「そんなに落ち込むことか? 確かに怪我は酷かったが、

 そのうち治るって本人も言ってんだ。気にする必要はねえだろ。」


「でも、痛みはあるんですよ。」


 雄輝は目の前で自分が怪我を負わせた光景を目の当たりにしている。

 忘れられるものではないし、その時の彼女の表情は今も忘れられない。

 あれは苦痛に歪んだ人(妖怪だが)の顔なのだと。


「ならいいじゃねえか。世の中には誰かを傷つけた、

 それに気づかずのうのうと生きるクソみたいな奴はいくらでもいる。

 だがお前は、それがまだわかる方だろ。それを忘れずに生きていきな。

 特に俺の真似はするんじゃねえぞ。放浪癖で部下に仕事押し付けるクソだ。」


「ですが───」


「ついでにヨーカイの連中の話も少し聞いてきた。

 お前の世界情勢は知らんし、正直情報も乏しいから興味も薄い。

 だが、あいつらが共生しようと歩み寄ろうと言う努力があったことはわかる。

 お前はその歩み寄ろうとした奴の手をどうしたい。今のように振り払うならそのままでいな。」


 我ながらずるい建前だ。

 壁にもたれかかったサリウスは呆れた顔で空を見やる。

 雄輝にはいと言わせたいなら、建前を用意してやればいい。

 自分の為よりも他人の為。山を下る際にも同じことをやった。

 自分だけが損失するのではない、そのように促すことで彼は受け入れる。

 とは言えこれは中々にせこいことだ。納得ではなく誘導させてるだけ。

 彼の意思をコントロールさせてるような気がしてならなかった。


「……サリウスさん。」


「なんだ。」


「なぜ、そこまで親身なんですか?

 自分はサリウスさんとはあの病院が初めてですよね。」


 好きな食べ物すら知らないような、希薄な関係。

 此処へ数十日も滞在と言えども、基本山籠もりで不在。

 はっきり言って、二人にはまともな交流があるとは言えなかった。

 ない以上は育む絆や情と言ったものなんて、あるのかすら疑わしい。

 いくらリラから預かってると言う責任感はあるのかもしれないが、

 失礼とは思いつつも放浪癖で仕事を押し付けてる相手に、

 責任感どうこうがあるとは思えないのだ。


「何、昔俺は無自覚に人を傷つけてたってだけの話だ。

 もっとも、それを差し引いても許せないからそいつをぶち殺したけどな。」


「えぇー……」


 悪いとは一切思ってない、

 自分は正しいと言わんばかりの声色。

 その発言に、距離を置きたそうな声色。

 表情は伺えないが互いの表情が伺える。

 交流はない。しかし理解ができないわけでもない。


「んで、どうする?」


「……本当なら、手を取りたいです。でも怖くて。」


「それが言えれば今は上出来だが、お前意外と大丈夫だぞ。」


「その根拠は、どこにあるんですか。」


「俺が女だから。」


「サリウスさんって女性だったんですか!?」


 戸がガラガラと音を立てながら、

 驚嘆の声と共に雄輝が出てくる。

 本当に女性なのかと視線を上下させており、

 欠片も気付いてなかったと言うことがすぐにわかる。


「……嘘?」


 何度見ても女性と見受けられる要素がなくて、

 思わず失礼なことを呟いてしまう。


「いや本当だ、莫迦野郎。」


 ポンチョのような外套を脱げば薄汚れた服に覆われているが、

 男性受けしそうなスレンダーな体型があらわになる。

 肥満とは違う意味で女性だとわかる胸の膨らみ方で、

 確信はないが男性よりも女性と言う認識が強くなっていた。


「それとも一緒に風呂入ってみるか?

 脱げば女らしいと前にニフォンのディレント人が言ってたぞ。」


「い、いえ! いいです!!」


 もし本当だとしても女性と風呂へ入るのは、

 年頃の子供もあって凄く抵抗のある行為ですぐに遠慮する。

 と言うより、既に女性として認識せざるを得ない。


「で、どうだ。吐き気とか能力が暴発しなかっただろ。」


 此処までのやり取りを振り返る。

 特に何事もなく、一メートル近くにいても何もない。

 それ以前に、男性と誤認してた時も普通に接していた。

 動悸すらなく、拒絶反応がでるようなこともなく。


「あ……」


「ほらな。お前が思う程女は怖くねえってことだ。

 分かったならさっさと料亭へ行け。全員落ち込んでるぞ。」


 料亭と言うことは怪我をさせたタマモが確実にいる。

 恐怖や慚愧と言った感情がまぜこぜになってなっていたが、


「わ、分かりました!」


 少なくとも行くことすら選択肢になかった先ほどまでと比べれば、

 行くべきと言う答えが出せるようになっただけでも変わったと思えた。

 このまま勢いを忘れないように、駆け足で料亭の方へと走り出す。


「放任主義に見えて、面倒見がいいのですね。」


 遠くなる背中を見つめていると、

 近くの路地から本を片手に現れる人物が一人。

 真紅の髪には覚えがある。ザンバと戦った際に仲裁に入ったリンと呼ばれた人物。


「お前、あんときの奴か……っておい、俺を何だと思ってるんだ。」


「いやぁ、一月近くも子供を放置する保護者を、

 放任主義でないと言える人物はそうはいないかと。」


 笑みを浮かべながら顔を向けるリンの言葉に還す言葉もない。

 普通の親子だったらまずバッシングを受けてしかるべき行為だ。

 たとえ頼りになれる人物が周りにいると言えども。


「仕方ねえだろ。この地に来る以前酷い目にあって、

 俺は無駄に人と関わりたくねえってなってるからな。

 だがあいつは俺と違って必要ないのに人と距離を置いてる。

 俺みたいなクソ野郎になるべきじゃない、そう思っただけだ。」


「ああ、そういうことでしたか。」


 嘗ていた場所で起きた、思い出したくもないことだ。

 あの時の自分を思い返すと、あんな風になる奴はいない方がいい。

 そう思ってる。それだけのことであり、それだけでいと思ってる。

 人の動機に、いちいち高尚だったり細かい理由など考える必要もない。

 こうだと嫌だ。そんな程度でいいと。





 ◆ ◆ ◆ 




 まだ子供である雄輝にとって、この世界は優しいようで優しくはない。

 アンスリアに助けてもらえたが、そも魔物に襲われて死にかけてたと言う時点で十分運が悪い。

 人に助けてもらえてるものの、結局満足にそれに報いることができてない。

 それでも、彼は生き抜いて、出来る限り恩を返して元の世界へ帰ろうと願う。


「あの、先日はごめんなさい!」


 謝罪はできた。

 はっきりとそれを伝えることはできた。

 ……できたのだが。


「遠いなぁおい!!」


 その距離、以前よりも増して八メートル。

 暴発が怖いのは相変わらずなので、今すぐ至近距離は無理だった。

 彼が女性の恐怖を克服するにはもう少し時間がかかるようだ。

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