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異なる世界で  作者: OMF
12/15

Little by little one goes far

吸血鬼に人生を狂わされた少女の物語

主要人物

ソフィア

吸血鬼に血を吸われた、眷属の吸血鬼

元々はとある商家のちょっとしたお嬢様


エミレーツ

異世界側の住人

軟弱者に厳しいが、評価できる人は評価する


アダラナ

異世界側の住人

相手を無力化する魔術が得意

 吸血鬼。物語における架空の怪物の代名詞と言っても過言ではない存在。

 でも、私がいた世界には人ならざる存在『異端』の一つとして実在していた。

 ありていに言ってしまえば人外とか、超能略者とか……そういう存在の総称が異端。

 私こと、ソフィア・(グローリア)・クリスもそんな吸血鬼の一人になるわ。

 と言っても吸血鬼に吸われた結果の副次的なもの。物語風に言えば『眷属』と呼ぶべきね。


 余り長く話すのも悪いと思うから、

 簡易的な説明だけで済ませることにするわ。

 私は吸血鬼になったことで人としての生活ができず、

 吸血鬼を隠しながらの生活を暫くしていたのだけれど、

 そんな生活すらも吸血鬼殺しと思しき存在に出会ってしまう。

 お陰で人と偽る生活もできなくなって逃げていたら、

 偶然が重なってまさかの異世界へと逃げることに成功。

 でも、逃げることはできても吸血鬼の存在からは逃げられない。


 人の血を求めてしまう、吸血衝動。

 何処に逃げようとも身体に刻まれたこの呪いは永遠に付きまとう。

 結果、そのせいで異世界で暴走して事件を起こしてしまい───


「おはよー。元気にしてた?」


 軟禁と保護、その両方を現在は受けていた。

 黒紫と白を基調としたコルセットスカートを中心に、

 服装よりも明るめのケープを羽織った妙齢の女性が部屋に姿を見せた。

 その人はマントと帽子があれば、さぞ物語の魔法使いらしい姿をしている。


「おはようございます、エミレーツさん。

 元気だったかどうかで言えば……有り余ってたかと。」


 彼女はエミレーツさん。

 衝動で暴走してた私をこうして助けてくれた恩人で、

 『ホロック』と言う異世界の人を支援してくれる団体を束ねる人の一人。

 異世界の言葉は殆ど分からないけど、彼女は英語はそれなりに話せるらしくて、

 一先ずはそちらで会話をすることで、こうして意思の疎通は成立していた。


「まあ、流石にこれを観たらわかるわ。」


 軟禁なので窓もない窮屈ではあるものの、人並みの家具が揃った部屋。

 鉄格子さえなければ小さなホテルの一室と言っても過言ではない部屋は、

 そんな印象すら抱かせてくれそうにない程に酷いありさまになっていた。

 チェストと思しきものは縦から二つに裂かれるように砕かれていて、

 テーブルも足となる部分は全て折れてしまって近くに散乱している。

 他にもいくつかの家具はあったけど、殆ど使い物にはならないでしょう。


「すみません……今後は物を配置しないでいただけると助かります。」


 これは私がやってしまった惨状。

 私が此処に保護されてから暫くして、突然暴れ始めた。

 理由は前述のとおり、人間を吸血しなかったことによる暴走。

 幸いここは彼女が造った特別な部屋で、私個人では牢屋は当然として、

 この部屋から出ることそのものが叶わない最高峰の勾留所といったところ。

 だから暴れても問題はないけれど……四日ほど前もそれを起こし家具を壊している。

 せっかく新調してもらったのに暴走して壊すなんて行為によって、

 恩人である彼女の調度品を壊したくはなかった。


「ああ、気にしないで。寧ろ暴走の目安にもなるから。

 今着ている拘束衣も、もう役に立ってないみたいだし。」


「……こんな形で暴走の目安にしないでいただければ幸いです。」


 これらの調度品は、エミレーツさんや伴侶であるジーニアスさんの自作になるとか。

 奇抜な家具を作ろうとして失敗して、売り物にできないものだけとのことだけど、

 それでも人からもらった物を壊しておいて気分がいいとは言えない。


「暴走を抑える手段、何かわかりましたか?」


 暴走する回数も日に日に感覚が短くなってることもわかり、

 多忙の中親身になってエミレーツさんは調べてくれていた。

 こっちの世界の事なのにどうやって調べたのだろう。

 もしかして、私と同じタイプの吸血鬼がいたとか───


「ちょっと知り合いに向こうの吸血鬼に詳しい人がいてね。

 教えてもらったんだけど……あまりいい結果はなかったわ。」


 全然違った。

 まあ、そんなわけないよね。

 吸血鬼で人を襲わないでいられるのは、

 元居た世界で存在していたとは思えないし。


「抑えること自体は簡単らしいよ。

 レバーとか肉類食べることで抑えれるみたい。」


「あー……それについてはなんとなく納得しました。」


 吸血鬼を隠すことになった生活の時。

 親元を離れて、遠くの血で一人暮らしをすることになった。

 近所の人は年頃の独り暮らしの女性と言うこともあって、

 定期的に何かしら食べ物を譲っていただいたことがある。

 その時に肉類も貰ってたから、暫く気にせず生活できたと思えば納得できた。


「でも、あくまで抑えれるだけ。遠からず結局暴走するとか。」


「……ということは。」


「まあ、結局人間のを吸うのが一番ってわけ。」


 言いにくそうな表情で告げられたこと。

 人から血を吸いたくない私にとっては絶望の言葉だ。

 吸血衝動を抑えるためには、どうあっても人を襲う必要がある。

 人と言うのは生きるために色んな生物達を犠牲の上に生きていく。

 でも、私にとってその対象はついに『人』になってしまったわけだ。

 食物連鎖の上に立つことになるけど、鳴りたいと思ってたわけでもないし、

 こんな頂点嬉しくとも何ともなかった。


 血を吸われた経験からそれなりに分かる。

 吸血鬼が食事に吸う血液の量自体は失血死することはない。

 同時に相手が牙を立てられても暴れないように快楽も与えること。

 ちゃんとその気になれば人を殺す必要はないし、人によっては了承してくれる。

 でも不安だった。私が知る元の世界にいる同じ吸血鬼の眷属と言うのは、

 時に人の肉を喰らってしまう化け物と化して射殺されるニュースもあった。

 ……不死身の吸血鬼をどうやって射殺したのかはこの際は放っておくとして。

 要するに血だけでは満足できず、肉すら喰らってしまうケースもあるわけ。


(私には無理。)


 自分だけ特別大丈夫だとか、

 そんな希望的観測は持てなかった。

 耐えられるヴィジョンがかけらも浮かばない。

 今も吸血衝動でいとも簡単に暴走してしまっているのに、

 それ以上に危険なものをこの先ずっと耐えれるはずがない。

 一人でも吸えば、私は大事な何かを失ってしまうだろう。


(此処で、終わり……)


 エミレーツさんから暴走の克服が必要と言われた。

 出来なければ死。当たり前の話だ。この人は確かに保護をしてくれたものの、

 エミレーツさんはホロックを束ねる人物。本来ならもっとすることが多い立場。

 そんな人を私個人に時間を割いてくれているなんて、普通に考えてあり得ない。

 元々暴走で人を殺めた罪人になるのだから、処されても文句が言える立場でもなく。


「ただ、その人曰くもう一つ可能性があるみたい。」


 もう終わり、そう思っていた時。

 彼女は一つだけ希望を残してくれた。

 災厄のパンドラボックスから残った一つの希望のような光。


「あるんですか!?」


 私は食いつくように 鉄格子を強く握りしめつつ尋ねた。

 無理矢理吸血鬼にされて、人としての生活も追われて、

 異世界でも事を起こして、必死に生きようとしてあっさり死ぬ。

 そんなの嫌だ。ありふれた『生きたい』と言う願望が、

 吸血鬼になってからずっと根底にあり続けたものがある。

 自分を捨てれずに生きられるなら、その可能性に縋りたい。


「落ち着きなさい。試す前に聞くけど、

 グローリアはまだ一度も人の血を吸ったことがないのよね。」


「記憶が正しければ、の話ですが。」


 浴びる形で口に含んだ可能性は無きにしも非ずだけど、

 少なくとも人の身体に牙を食いこませた記憶はない。


「だったら条件は整ってるわね───はいこれ。」


 出されたものは小瓶。

 小さい栓抜きが刺さったコルク栓で蓋をされたもの。

 中には赤黒い液体が詰められていて、宝石のように煌めく。


「これは?」


 最初は『血液』だと思った。

 でもそれは違う。生物の肉でも抑えられず、

 人の血ではやがて暴走しかねないのに、

 そんなものを用意するはずが───


「私の血液。」


 ……あった。


Thatdefeat(それ意味ないじゃ)thepurpose(ないですか)!!」


「え、ごめんわかると言っても限度はあるから、もうちょっとゆっくり……」


「That defeat the purpose!!」


 人の血を吸わないように必死だった。

 誘惑に負けないよう自分で自分を傷つけてでも。

 なのに、なんで人の血液。自我を喪えって言われてるの? これは。

 殺すのに人の心はいらないって言う暗喩か何かなの?

 恩人と言えどもこれほどまで尊厳がないこと、

 納得できるわけがなかった。


「話はまだ続きがあるから落ち着きなさいって。

 貴方はまだ生きた人間から血を吸ったことがない。

 つまり『一番美味い』と思えるものを知らないってわけ。

 知らないのであれば、これで満足できる可能性が高いのよ。」


 生きた人から吸う血ではなく、

 単純に人の血を吸うと言う細かな差異。

 果たして、それにどれだけの違いがあるのだろう。

 確かに美味しいものを食べても、それ以上の味を知らないなら、

 これが一番と思えて満足してしまうと言えるかもしれない。

 これがその差異なのかもしれないけど。


「……今言いましたよね。生きた人から吸うのが一番美味しいって。」


 今この人普通に言ってはならないことを言った。

 上の味の可能性を、普通に教えちゃってるんだけど。


「どっちにしても、これはその人曰く机上の空論との見解よ。

 向こうの吸血鬼で一度も人から血を吸わなかった吸血鬼はいない。

 つまり、貴方が両方の世界において最初の被検体になると言うこと。

 もしかしたら同じように暴走すると言うありふれた結果もありうるわ。」


 uncharted(未知の領域)

 誰も挑戦しなかった。誰も挑戦できなかった場所。

 私はその場所を歩かなければならない。


「それでもやる? 他の手段、探す猶予がまだあるかもしれない。

 ひょっとしたらこうして暴走させ続けたら収まる可能性もありうるし。」


 エミレーツさんの言う通り、

 可能性は決してないとは言い切れない。

 だって吸血鬼の実験なんて、人が網羅したわけではないはず、

 こうしていれば、他の可能性だって導き出されるかも。


「……飲みます。」


 でも、私はそれを選ぶことにした。

 最初は頭ごなしに批判してしまったけど、

 そもそもの話、確実な保障なんて結局どこにもない。

 吸血鬼は分からないことが多すぎる。人にとっても、私にとっても。

 何をやったところで不安要素は出てくる。決してリスクは避けられない。

 だったら、まだ空論でも可能性があるとされたこの手段を取るのが一番の選択肢だと。


「……」


 瓶を受け取って喉を鳴らす。

 初めて人の血を食事の為に口にすると言う行為。

 これは輸血。そう、輸血と一緒だと思うのよソフィア。

 人から譲ってもらった血液を、私の身体へ流し込む……それだけ。

 襲ってないし、強引に奪うような手段で手にしたものでもない。

 必死に色んな言い訳を取り繕いながら、線を抜き取る。


 手が震えだす。

 飲んで、暴走を起こしてしまうのか。恐怖と不安に苛まれる。

 血なんて鉄臭くていやなはずなのに。すごく愛おしい匂いに感じた。

 口にしたらどうなるのか、少し恐怖と同時にこみあげてきた興奮と共に、

 赤黒い液体を口へと一気に流し込む。


「───ッ!!」


 瞳を大きく開きながら、

 声にならぬ声を上げそうになる。

 吸血鬼になって初めて口にする人の血液。

 口にした感想は、それはもう最悪(最高)の味だった。

 今まで口にしてきた、何よりも美味しいと断言できてしまう味。

 大好きなフィッシュアンドチップスも、これと比べたらまずいと答えかねない。

 ずっと口に含んでいたくなるような多幸感は、麻薬の味の類なのだと思えた。


「……」


 これを本来の吸血鬼は味わっていたのか。

 皆吸血したがって当然だ。直接でなくてこれなんだから、

 生きた人から吸った血は、どれだけ極上なものなのだろうかと。

 喉を通り過ぎた後、きっとこのときの私はすごく幸せだったと思う。

 まるで恋人とのキスに、蕩けてしまったかのような表情な気がする。

 顔に熱が集中し、自分が昂っていることがよくわかった。


「大丈夫?」


 惚けていた私を心配するように、

 顔を覗くエミレーツさんが鉄格子越しに近づく。


「ッ、近づかないでください!!」


 吸血鬼の怪力を以ってしても、

 壊すことのできない鉄檻に腕を叩きつけて制止する。


「今、貴女が人に見れなくなってるので……」


 一歩近づかれただけで、今彼女が人に見えなかった。

 いや、人の姿はしていた。でもその認識は人ではなく『血液』だ。

 私は今、人が餌としか認識できないような感覚に囚われている。

 麻薬と一緒……幻覚を見ている。どんどん自分が自分でなくなる感覚。

 それを抑えるための血液が欲しいと言う悪循環。


「グッ……アアアアアアァッ!!」


 次を求めようとしてのたうち回る。

 必死に抑え込もうとはしているけど、

 身体は常に鉄格子の向こうの彼女を狙うかのように張り付いて手を伸ばす。

 届かないと分かっていてもそれはやめられない。やめることができない。


「……無理そう?」


「無理そうもなにも、もう遅いじゃないですか……!」


 もう飲んだ。私の肉体に他人の血は取り込まれた。

 覆すことはできない。人の血を覚えてしまったのだから。

 飲んだ以上は、これを試して制御するしか道は残されていない。


「今後の為の血液を少し確保してくるわ。

 今が暇な時間だから、今のうちに用意ないと。」


「わかり、ました。」


 そう言って、エミレーツさんは姿を消した。

 一人になったことで、僅かながら衝動は和らぐ。

 此処に餌がないと身体が覚えたからなのか。


「七時、十七分……」


 息を荒げながら、牢屋の外に壊さないよう置かれた時計を見やる。 

 時間を確認をすると、這うように床に転がり落ちた手記へと手を伸ばす。

 なるべく、自分が一人の時に身に起きたことを事細やかに記していく。

 今の私にできることはそれだけ。それだけが私ができる唯一の抵抗だから。


「……朝よね。今。」


 窓がないせいで朝か夜かも判断は付かない。

 まあ、わかるような場所に自分を置いておくなんて危険だけども。

 そんな風に思いながら、(仮)と記した。



 ◇ ◇ ◇



 記録を取ったのもあって実験の結果、色々なことが分かった。

 この摂取方法でいくと、一定期間は落ち着いていられるらしい。

 最初こそほしくてたまらなかったけど、何度も摂取してたら驚くほど正常だ。

 大体二週間に一回飲めば更に二週間ぐらいは保てるとみていいかもとの見解が出てる。

 ……もっとも、それがわかるまでにかなりの時間を費やすことになったけども。

 正直記載したくない。あれはもう薬物中毒者のそれだし、

 女性がしていいような顔つきとかでもないと語られた。

 だから、結果だけ言うわ。


「オハヨウゴザイマス、アレンサン。」


「うぉ!? で、出られたのか。よ、よかったな……ああうん、おはよう。」


 廊下ですれ違った青年に拙い挨拶を交わし、後にする。

 私はあの鉄格子の部屋から出ることができて、ホロックを歩く。

 もうどれだけ時間費やしたのかしら。半年ぐらいはたった記憶あるかも。

 因みに今の青年は私が暴走した時に居合わせた人。だから驚いてた。

 部屋から出られるようになった私は、外の空気を堪能する。

 仕方ないとは言えあの閉鎖的な場所から出られたことは嬉しい。

 でもここからだ。私はようやくスタートラインに立てただけだ。


 なお、拘束衣で動き回るのは流石にまずいので、

 渡された黒を基調としたスーツに着替えている。

 男性のウェイトレスのような格好だけど、仕事服と判断していいのかな。

 ……ちょっとした社会人気分、なんて変なことを思ったりもした。


「えっと、こっちを真っすぐ……」


 廊下を歩いていた先のテラス。

 イギリスのような歴史を感じる街並みを一望できる場所だ。

 なんだかイギリスと余り変わり映えしなさそうな場所だけど、

 此処はちゃんと別世界。この街も『ポルトル』って言うらしくて、

 当然ながらポルトガルではないし、ポルトガルと言う国もこの世界に存在しない。


「貴女がグローリアですね。」


 テラスに出された椅子に腰かけていた、

 黒くて長い髪を持つ女性が声をかけてくる。


「は、はい! グローリアです、本日はよろしくお願いします!」


 緊張して少し上ずった声が出たが、

 特に気にされることはなかった。

 スタートラインに立って次にすること。

 当然学ぶこと。この世界ではどう振る舞うべきか。

 この世界の言葉……えっとラスト語、だったっけ。

 それを理解して、この世界で適応できるようにする。

 こっちの世界で生きるなら、当然それらは不可欠だ。

 知らなかったで済まされないためにも。


「私はアダラナと言います。

 エミレーツ様が不在の間に限り、

 私が貴女の監査役等を任されています。

 こうしてあなたの分かる言語で話せますが、

 あまり早く喋られると対応できなくなるので焦らないように。」


 エミレーツさんの話によれば、

 搦手に長けている人物でもあるみたい。

 取り押さえると言うところについては適任なのかも。

 私と同じで細身の女性だけど、どうとらえるんだろう。

 もしかして抑えるときは本当はマッシブだったりするとか?

 少し興味があるけど、立場的にあまり尋ねられない。


「あの、差支えがなければですが……なぜ英語を学ばれたのでしょうか?」


 かなり流暢な言葉遣い。

 正直エミレーツさんよりもうまい、

 とすら思えて来るほどによく聞き取れる。


「他人にはくだらない理由なので黙秘します。

 本題に入りますが、暴走はしないんですよね。」


「一応は、です。」


 外へ出られたのは何も安定したからではない。

 あくまで基本生活をする上で安定するだけであって、

 他の環境でそれが起きないのか、と言うのも兼ねている。

 例えば怪我をしたとき、例えば人と揉め事が起きた時。

 軟禁生活では得られなかったものを確認していくと共に、

 自分の理性がどの程度制御できるかを調べていく。そのための外出でもある。


「一先ずポルトルを歩きます。ついてきてください。」


「はい。」

 

 黒い髪を靡かせる彼女の後ろをついて街へと赴く。

 恰好も相まって、お嬢様と付き人のような風に見えるかも。

 街を徘徊すれば私のいた世界ではないような光景ばかりが広がる。


「ポルトルは珍しい?」


 平然と人とかけ離れた姿の人達が徘徊し、時には見覚えない果物や野菜、

 或いは武器が売られてたりと世界が違うと言うことがよくわかった。

 ただ、珍しいや新鮮だけではない。


「珍しいと言うよりは、意外かなと。

 私のいた世界でも近しい建物が多いので。

 他の街もこういった感じなのでしょうか。」


「統治してる管理人次第ね。

 イズ様は人の所は酷いありさまとのうわさもあれば、

 ザンバ様の場合はニッポンと言う国の建物を築いてたとか。

 或いは、来た建築家のディレント人がたまたま同じ出身の可能性もあります。」


「なるほど……」


 人でにぎわう街中を歩きながら、

 ちょっとした歴史交じりの雑談に興じる。

 自然体でいることが今回の目的なら何気ない会話も重要と一先ず思った。

 ……合ってるかどうかは、分からないんだけども。


「アダラナさん。」


「なんでしょうか。」


「───私に対して、怖いとかはないんでしょうか。」


 雑談に興じていたうじていたものの、拭えない不安に私はストレートに尋ねる。

 ホロックの管理人は人間離れした強さを持っているのも一つの条件とされてるようで、

 エミレーツさんもその例に漏れず多彩な魔術を以って様々な対応ができるとされる。

 そんな人物を、攻撃こそ当てることは出来ずともある程度は応戦できた記憶は残っていた。

 別にアダラナさんを弱いとは思わない。彼女一人だけなのはそれだけの実績があるから。

 でも。私みたいな爆弾を抱えてるって気分がいいものではないはずだ。


「恐怖がないと言えば嘘ですね。エミレーツ様はホロックの管理人の中では最弱ですが、

 最強と呼べる存在の中での最弱。私ではまともな戦闘にはなることはまずありえません。

 それを貴女は容易く可能とした。管理人は確かに化け物と称される程の格が違います。

 一方で親しみやすいし、その力を基本的に正しいことに使うから町民に愛される存在。

 貴女は今日初めて対面しました。実績も何もないのに、同じ扱いを望むのは難しいかと。」


 至極当たり前な意見だ。

 異端が何故人間から嫌われるのか。

 いつ爆発するかもわからない爆弾が転がっている。

 それと同じものが、隣にあるのかもしれないのだから。

 だから人は異端を迫害する。自分相手に爆発するかもしれない、

 そんな可能性を何故か彼らは微塵も思うことなく異端を攻撃できる。

 いじめとかも似たようなものだ。やり返される可能性を微塵も感じない。

 ……人の頃は異端を嫌っていた私が、言える立場ではないわねこれは。


「そう思われないようにするには、早々に無害を証明することかと。

 証明できれば、エミレーツ様と戦えたと言う実績が逆に追い風になります。

 まともな感性を持った人であれば、貴女を拒絶する人なんていなくなりますから。」


 同時に激励の言葉。

 アダラナさんはつまり畏怖を畏敬に変えてしまえばいいと言っている。

 此方は完全とまではいかないけど、十分実力主義の社会でもあるようだ。

 マイナスからのスタートには慣れている。


「激励してくださるとは思ってませんでした。」


 初めて外へ出られた都合、

 此処にいる人たちの人物像は殆ど分からない。

 自分が吸血鬼であることを知っているにも関わらず、

 それを初対面の私にそこまで言ってくれる人は、

 元の世界の私の周りではきっといなかっただろうし。


「別に貴女の評価を改めたわけではありません。

 個人的理由で、潔白を証明できることは願いますけど。」


「個人的理由ってなんでしょうか。」


「ただの同性愛者なだけです。」


 ……それは聞きたくなかったかもしれない。 



 ◇ ◇ ◇



 朝から出かけることになったけど気分は優れない。

 吸血鬼になってからは陽の下に出るといつもこれだ。

 久々に非の下に出たとはいえ慣れてるから表に出てくることはなく、

 食材とかの買い出しにカフェで休憩と、本当に休日のような時間を過ごす。

 仕事だからというのはあれど、道中の疑問や雑談に対して普通に応じてくれる。

 穏やかな時間。まるで人に戻ったのではないかと錯覚すらしてしまう。


「さて、此処まで問題はありませんでしたが、此処からが本番です。」


 勿論それは違う。買ったものをホロックへ渡して、陽が沈みかけたころだ。

 陽が沈むと言うことは即ち、吸血鬼としての能力が強く元に戻ると言うこと。


「此処からは戦闘訓練ですが、その前に一つ。

 貴女はその力、今後も使いたいと思いますか?」


 街から離れた森の中で、アダラナさんは訪ねてくる。

 吸血鬼の力……それは人を超えた怪力や異常な再生能力。

 強さは人が恐れるには十分すぎるし、現に警戒される存在だ。


「使えるのであれば、使おうかと。」


 望まずして得てしまった力。本当なら使いたいとはあまり思わない。

 でも、人の血を吸わないよう抑えてた結果暴走したことを考えると、

 力も余り抑えずにいっそ発散させた方がいいのではないか。

 使い方を理解する方が、制御もよりしやすいだろうし。

 そう思って私は力を振るうことを選ぶ。

 できるだけ、人の為になるように。


「じゃあ、此処に住み着いてる魔物を討伐してください。」


 言葉と共に木陰から姿を見せる人影。

 いいえ。シルエットは人だけどそれだけだ。

 顔は一応あるけど、余り出来のいいものではない。


「所謂ゴーレム種ですね。

 厳密には魔物ではなく人が製造した被造物ですが、

 主人が管理を放置して成長していき、やがて人災となりうる存在です。

 どうやら此処らを根城とした賊いたそうですが、全員死亡して地下に眠ってたのが動き出したようで。」


 このとき、木の上に座り込んでアダラナさんが何か語っていたけど、

 ゴーレムが色んな方角から襲ってきたので聞く余裕なんてなかった。

 大体が私とそう変わらない体格だけど、見た目と違いかなり機敏に動いてくる。

 秀でてない運動神経に加えて何か月も運動不足ともあって、かなり酷い動きで攻撃を避ける。

 避けれたのが奇跡とも思えるぐらいに酷かったと思う。必死だったから記憶には薄いけど。

 吸血鬼の身体の身軽さに救われてるかもしれない。


(……)


 攻撃を凌いだ後反撃の猶予はあった。

 でも脳裏に過る、人を攻撃してきた光景。

 それがフラッシュバックして攻撃に躊躇してしまい機会を逃す。

 機会を逃せば、また泥人形がその拳を振りかぶってくるのを避ける。


(何を、やってるの。)


 今戦ってるのは人の生活を脅かす存在。

 それに相手がどのような存在であったとしてもだ。

 私が戦って自分の力と無害を証明しなくちゃいけない。


「それができるのは、今は私だけ!!」


 迫る泥人形の鳩尾へと蹴りを叩き込む。

 当たれば弾丸のように、後ろの泥人形も巻き添えにして飛んでいく。

 巻き添えになればバラバラに砕け散って、そのまま文字通り土に還る。


「次、来なさい!」


 酷く不格好な構え方で次の相手を待ち構える。

 多分、真面目な弟が見てたら噴飯ものだったかもしれない。

 数の差は圧倒されていても、それもさして問題にはならなかった。

 まともに手傷を受けることはなく、難なく蹴散らしていく。

 でも、私は疑問に思ってしまう。


(これ、意味があるの……?)


 相手は確かに魔物。倒さなければ被害が出る。

 それは分かるんだけど……これは私の力が制御できてるかのテストでもあるはず。

 なら、血がでない生物を相手にしても、意味があるのか少し疑問だった。

 血の臭いに耐えきれるかどうかも、一つの大二な要素だと思うけど。

 都合よくいなかっただけかしら。


「これで、全員?」


 違和感が拭えないまま、簡単に全滅することに成功。

 疲労感はなく、暴走する気配もない。力の制御は……加減する理由がないので不明。

 凄く消化不良のまま、彼女が座り込んでいた樹を見やる。


「アダラナさん、終わり……」


「いやはや、驚きです。」


 別の人が其処にいた。金縁の眼鏡をかけた白髪の男性。

 片手にはいかにも黒魔術でも載せてます、みたいなカバーの本を持つ。

 突然の存在に戸惑いながらアダラナさんが何処にいるのか見渡せば、

 その樹の近くで倒れている姿を見つける。


「アダラナさん!?」


「まさか、十代半ばの少女に私の子供達が討たれるとは。」


 地上へ降りると同時に、倒れてる彼女をかたてで軽々と持ち上げる。

 細腕のようにも見えるのに、そんな腕力があるとは思えないぐらいだ。


「賊が死んで拠点としてましたが、

 此処も簡単に露呈してしまうのは想定外でした。」


 相手が何を語っているのかは分からない。

 ラスト語はまだ少ししか覚えてないから当然ではある。

 だからどういう言葉を発してたのかは知らないけどわかることがひとつ。


「敵ってことでいいのよね!!」


 少なくともアダラナさんを襲ったのはこの男。

 なんで泥人形相手に訓練なのかと思ったけど、多分違う。

 多分だけどこの人が泥人形を操ってた元凶で、偶然出会ってしまった。

 恐らくはそういうことだろうけど、


(難易度が高すぎる……どうにかしないと。)


 いきなり人を相手にするなんて無茶にもほどがある。

 まず力の制御がどの程度か、と言う第一か第二段階のはずが九か十の対人戦。

 無茶ぶりされてるけど、もう後戻りはできない。やるしかなかった。

 なるべく殺さないよう、腕とか脚とかを狙って攻撃することにする。

 当たれば契れるだろうけど、殺す可能性を減らして無力化させるには、

 この状況で焦ってる私にとってはましな選択な方だ。


「おお、凄まじい腕力で。」


 吸血鬼の力任せの右ストレートは簡単に避けられる。

 攻撃はそのまま近くの木を吹き飛ばし、さらにその樹が数本なぎ倒す。

 環境破壊については申し訳ないけど、今はその思考は出来なかった。


(場数を踏んでる。)


 いくら喧嘩程度しかしたことがない素人とは言え、

 人が走るのとはわけが違う速度で来る吸血鬼の攻撃。

 それを冷静なまま回避できるのは簡単ではないことぐらいわかる。

 でも私は結局素人。分かったところで粗雑な攻撃しかできなかった。

 吸血鬼の力任せの拳、蹴り、それだけをしたところで届くことはない。


「ですが、経験が浅い。」


 八回目ぐらいの拳を避けられた瞬間、

 鳩尾へと逆にその細腕の拳が叩き込まれる。

 細腕だからと大した力はない、そう思い込んでいた。


「───ッ!!」


 最早言葉すら出せない。

 肺の中の空気、すべて出し切るぐらいの威力。

 いや、これはどちらかと言えば私の方に問題があるべきことだ。

 避けた反動からの勢いをプラスして、更に私と言う的が加速して近づく。

 双方のがぶつかり合った結果、これだけの威力が叩きだされた。

 昼間に口にしたものを吐き出しかねなかったけどなんとかこらえる。

 そんな隙を見せればさらに追い打ちが来るのが分かってるから、吹き飛んだ勢いを利用して身を起こす。

 勢いって本当に大事で、思いのほか楽に身を起こしながら距離を取ることができた。


(勝てない……!)


 避けるのがうまいだけじゃなくて、凄く的確に攻撃を仕掛けてきた。

 私でも想像がつく。このままずっと一方的になぶり殺しにあうって。

 丈夫でも痛いものは痛いし、どうやって攻撃を叩き込むのか。


(って、落ち着きなさいソフィア。)


 そればかりを考えてた私は此処で漸く我に返った。

 なんで勝つことばかりを考えている。吸血鬼で血の気が多くなった、

 と言うよりも元から妙に負けず嫌いな性格が影響してるのかしら。

 でも、勝つことイコール私のするべきことではない。


「!」


 地面を大きく踏み抜く。

 小さなクレーターを作りながら私は弾丸のように飛ぶ。

 向かう先は男性の方角、そのままで。


「それ一つしかないんですね。まさに素人だ。」


 あの嘲笑と言うか呆れ気味の表情。

 多分『またそれか』とか思われてるんでしょうね。

 ええそう。私はこんなことしかできない素人だもの。

 でもね───


「あなたが思ってるほど、私は間抜けじゃないわ!」


 攻撃は容易く避けられてしまった。

 でも外したことを悔やむことはしない。

 と言うよりも私は別に攻撃するつもりはなかった。

 構えたままで拳を伸ばさなかった私に警戒してか、

 さっきみたいなカウンターをしてくることはしない。


「あ、そっちですか。」


 避けたまま私は飛ぶように進む。

 進んで倒れているアダラナさんをそのまま抱える。

 そう。最初から目的はアダラナさんを連れての離脱。

 アダラナさんはエミレーツさんから信頼を置かれてる人物。

 そんな彼女があっさり倒されてる。私なんかがどうこうできる相手じゃない。

 だったら答えは一つ。逃げて報告。鍛錬とかどうこう以前の状況で、

 助けを求めないでどうするの。一人で生きてた時は誰かに頼ることは怖かった。

 いつ自分の正体がばれるのか分からない中、必死になってたから。

 此処では人を存分に頼れ。強くても、一人では生きていけない。


「飛っべええええええええええッ!!!」


 彼女を抱えて地面を強く踏み、再びクレーター。

 そこからスーツの背中を突き抜けるように飛び出す蝙蝠のような翼。

 肩幅を超えた翼を広げながら私は空を舞う───というわけではなく。

 残念ながら私は飛ぶと言う行為をこなしたことは殆どなかった。

 そのわずかな経験も暴走状態だったころのもので、身体が覚えてるでも無理がある。

 だから空へ逃げたはいいものの、その後はパラグライダーのような滑空で街へ向かう。

 こっちは以前ぶっつけ本番でやって思いのほかうまかったので少しだけ自信があったり。

 人を抱えてるともあってすごく慎重に立ち回りたかったけど、


「逃がすと思いましたか。」


 優に十メートルぐらいは高く飛んだ気がする。

 だと言うのに相変わらず意味が分からない言葉が『上の方から』聞こえてくる。

 恐る恐る振り向けば、思わず言葉を失いそうになった。


 泥人形───いえ、これは旧約聖書のゴライアス……でもないか。

 あれ三メートルぐらいだし。大きいけど、流石にこれは比較できない。

 十メートルを超える泥人形……いえ、もうこれは岩の巨人ね。

 その肩に彼は乗って、私達を見下ろしていた。


「いや、嘘でしょ。」


 流石に引いた。異端とか吸血鬼とか確かにいたし、

 彼らが起こす事件の被害を人間の頃に受けたこともある。

 でも、私の周りにこんなストレートで派手なものはなかった。

 まあこんな派手なの使って事件を起こしたその日がその人の命日だろうから、

 やれたとしてもやらなかった、と言うのが私の見解、ないし妄想になる。

 岩の巨人が手を伸ばし、握りつぶさんと迫ってくる。

 飛ぶのは少し慣れてると言えども、あくまで普通に飛ぶ場合。

 攻撃を掻い潜れるだけの精密な動きの経験は、まああるはずもなく。

 手から逃れるように、相手の視界からも逃れるように急降下の形で再び森へ逃げる。

 避けることはできたものの、スピードの出しすぎで思いっきり木の枝とかをかき分けながら突き進む。

 枝が頬を掠めたりするけど今はそれどころじゃない。最悪再生できると割り切って、

 アダラナさんの眼球とかに刺さらないことに気を付けながら着地して身を隠す。


(あの高所からだと、具体的な位置は音だけで判別してくるよね。)


 その推察通りか、枝を折りまくってた箇所に拳が落ちた。

 完全に把握は出来てないなら、今がチャンスだ。

 相手が動いて音を出したときだけ、軽く小走りで走る。

 あの岩の巨人が歩いたり攻撃する方が圧倒的に音は大きく、

 その方法で動いてみればうまく逃げられていた。

 大きければいいものじゃないのよ。なんて小馬鹿にしたけど、

 どうしようもない問題が一つ。


(全然進まない。)


 音で足音をかき消すとしても、ほんの数秒。

 余計な音を減らす為無茶な動きはほとんどできない。

 だから移動出来て二、三メートル進めるのが限界だ。

 大っぴらに逃げれば余裕で逃げれると思うけど、今度は街についてくる。

 あんなのポルトルに連れて帰ったら間違いなく大惨事になりかねない。


(でもどうすればいいの!)


 私じゃ自由に飛べないし、

 アダラナさんを置いて戦うのもすごく不安だ。

 見た感じ怪我してるように見えないけど、そんなの私の感覚。

 見えない傷かもしれないし、魔術的なものだと余計に分からない。

 場合によっては倒木の下敷きになってしまう可能性だってある。

 どうすればいいか考えあぐねていると、鼻腔から伝わる甘美な匂いに思わず息を止める。

 この匂いは、すぐに察した。


(血……)


 さっき掠めたようで、アダラナさんの頬から滴る血。

 本当にかすり傷。血が流れればすぐにカサブタで蓋されるような程度に。

 でも、そんな僅かでも。鉄臭く(とても甘く)て私にとって苦手(最高)臭い(匂い)が漂う。


『貴方はまだ生きた人間から血を吸ったことがない。

 つまり『一番美味い』と思えるものを知らないってわけ。』


 生きた人から流れたばかりの血って、こんなにもいい匂いなのか。

 嗅ぎ続ければきっと抗えなくなる。そう思って彼女を近くの木へ寝かせて距離を取る。

 気遣ってる場合じゃない。離れないと彼じゃなくて私が彼女を殺しかねない。


「そこですか!」


 距離を取るように飛びのいて着地した音に気付いて迫る岩の巨人の拳。

 お陰でアダラナさんには被害がなさそうだと言うことに安心しつつ、

 すぐにジャンプして回避し、そのまま足を上げて踵落としを叩きつける。

 叩きつければ岩の腕は一撃で砕けて、とても使い物にならない腕にできあ。


「なんと。このゴーレムの耐久力でも保てませんか。

 ですが所詮ディレント人───ゴーレムの弱点も知らないのでしょう。」


 映像の巻き戻しのように、砕けた岩が元の腕へと戻っていく。

 ……ずるくない? デメリットのないの? 隙ぐらいあるでしょ普通。

 昔、弟とやってたゲームで似たような存在を見かけてそんなことを思ってしまった。


「ゲームに倣えば、こういうのは本体を倒せばいいってことになるんだろうけど……」


 それはできない。攻撃を当てるのも難しいだろうし、

 できたところで加減ができない。まず殺してしまう。

 なら岩の巨人のどこか弱点……人で言えば頭か心臓だろうけど、

 狙わせてくれるわけがない。


「ということだから!」


 大地を思いっきり踏んで、再び走る。

 走ると言うよりもう弾丸のように飛んでるけども、走るってことで。

 目指すは足。いくら再生すると言っても支えてる脚部は腕と違って破壊されれば別。

 必ず姿勢が崩れる。まあ倒せるとは思ってないけど、確実に勝つための布石として一番。

 相手も着地してきた。まあ、当然の行動。でも当然は此処までだ。

 この人の攻撃を掻い潜って攻撃を叩き込む読み合いの戦い、

 そうなるはずだった。


「念には念を入れさせてもらいます。」


 短剣を取り出し、自ら手首を切りつける。

 流れる血液。それを岩の巨人へと塗りたくるように飛ばす。

 鮮血がしみこむと、そこを中心に岩の巨人は黒ずんでいく。

 鉄みたいにコーティングされていくそれは、もう鉄の巨人と言うべきか。


「ッ!!」


 また血液だ。しかも今度はそこそこ量がある。

 何かの儀式的なもの? 血と言えばその手の常套手段。

 だからおかしいとは思わなかったけど、これが私にとってすごくまずい。

 さっきは距離を取ったお陰で十分に理性は保てていた。

 でも今度は違う。敵である以上私から近づかなければならない。

 遠距離攻撃の手段なんてない私に逃げの手段は当然許されず。


(やるしかない!)


 現実的ではないのはわかってる。

 そも何処を破壊すれば機能が止まるかもわからない。

 でもそんな泣き言を言わせてくれるほどの時間はなかった。

 息を止めて、そのままジャンプして頭上を越えて拳を作る。

 一回殴るだけでいいんだけど、力んでつい左手も握った

 鉄の巨人も反応して、空中の私へめがけて鉄拳が舞い込む。

 先程と比較にならない程に速い……ただし、この質量にしてはの話。


「こんなの素人でも避けれるわ!」


 身を翻しながら伸ばした拳に乗っかったりして、避けては掻い潜る。

 素人でも避けれるなんて啖呵を切ったけど、正直滅茶苦茶怖い。

 当たれば絶対痛い。一応特定の事をしないと殺せない身体みたいだけど、

 痛いものは痛いから当たらないに越したことはない。


「いっけえええええ!!」


 拳は当たらない。

 恐ろしいぐらいうまく行ってる。

 よく避けれてるなと自分で褒めたくなるほどに。






 だから油断してた。

 私の視界には空が見える。

 上から下を見下ろしていたはずなのにも関わらず。


「甘いですね、本当に。」


 下から彼が飛んできて、顔面を蹴り上げたからだ。

 暗い夜空の中に飛び交う、私の血液。顎がすごく痛い。多分砕けてる。

 意識があるのかないのか、それすらも分からなくなっていた───






 そして怪物は姿を現す。






「───ッ!!!」


 夜空に轟く咆哮。

 間近で聞いていた男自身も耳を塞がざるを得ない程の声量。

 何が起きてるのか一瞬戸惑うも、同時にゾクリと背筋を伝う寒気。

 迫りくるソフィアの拳と、血みどろの顔面の中見える八重歯。

 端麗な彼女は、その影響で最早悪鬼や悪魔の類としか言えない形相だ。

 今まで表情を崩さなかった相手が、此処で初めて焦りの表情を浮かべる。

 できうる限りの反応速度を以って、これを何とか回避。


(さっきよりもはや───い!?)


 避けられた拳はそのままゴーレムの脳天へと叩き込まれる。

 叩き込めば頭部から下半身まで亀裂が入り、そこを彼女は突き進む。

 地面にクレーターを作るころには、ゴーレムは全身の大半が砕けていく。


「え、いや、一撃で半壊はないでしょう!?」


 彼にとってゴーレムは最強と言うつもりはないし、

 見た目が人でもあれを成し遂げられる人物に心当たりはある。

 だからと言ってできるのは人の皮を被った怪物のような存在だ。

 決して戦いのセンスが素人に殴り負けするようなやわなものではない。


(額の核はまだ無事とは言え、あれだけ損壊では時間が掛かる。)


 状況を把握する暇も与えないかのように、着地後その勢いでソフィアが襲い掛かる。

 先ほどまであった余裕がないのと相手の気迫を前に、避けることに精いっぱいだ。

 カウンターを叩き込む暇などどこにもない。


(まずい、仕切り直ししなければ!)


 中途半端な姿勢から攻撃しては隙を晒す。

 先ほどから攻撃を凌げてるとは言うものの、

 当たれば確実に致命傷だから避けてるようなものだ。

 一撃だって受けてはならない状況でリスクある行動を取る。

 カウンターと言う相手の出方を伺う慎重さとは逆もあいまって、

 余りしたいものではなかった。


≪妄想に彷徨い 心よ迷いなさい≫


 森に静かに響く女性の声。

 何を意味する言葉かをすぐに気づいて彼は回避行動しつつジャンプする。

 そのまま近くの木へと着地し、追うようにソフィアは地面を強く踏む。






 だがその寸前。

 踏んだ地面から茨が彼女の足を絡めとる。

 足だけではなく腕、首と全身を雁字搦めにしていく。

 茨が身体に突き刺さるが、それでもお構いなしに引きちぎろうと歩みを止めない。

 数分ほど暴れながらも、意識が落ちたかのように突然動かなくなる。


「……幻覚の類の魔術を受けてもなお暴れる人、

 初めて見ましたよ。貴方も初めてでは? アーサー。」


 森の奥から姿を見せたのは───アダラナだ。

 傷の血をぬぐい、アーサーと呼ばれた青年と向き合う。


「して、どうでしたか? 様になってます?」


「冷酷な参謀らしさはあったかと。なお、彼女言葉は殆ど分かりませんよ。」


「では、あの口上いらなかったんですね。」


 アーサーは別に悪人ではない。

 アダラナ同様、ホロックの一人になる。

 要するに今回の戦闘は意図的に仕組まれたもので、

 彼女の実力を測りつつ、暴走の確認をするための物ではあった。


「ただしやりすぎです。常人だったら死んでたでしょう、この出血。」


 とは言え、此処まで過剰な戦闘にするつもりもなかったが。

 気絶した振りをしていたので事の顛末を多くは知らないが、

 口元に広がる出血の跡は普通の傷ではないことは流石にわかる。

 吸血鬼で早々死ぬことはないにしても、余り褒められたものではない。


「想像以上の力だったものですから加減が難しいもので。」


「色々言いたいことはありますが、まずは英語が話せる人を探してください。」


「? 貴女がいるじゃないですか。」


「この後別件があるのでいなくなります。

 エミレーツ様も暫く不在なので、彼女に伝えれる人が必要なので。私は彼女を連れて帰ります。」


「分かりました。ではお先に。」






 ◇ ◇ ◇






 意識を取り戻したとき、私はすぐに目を見開いた。

 白い拘束衣に身を包み、周囲に広がる光景は軟禁されてた場所。

 どうやらまだ私は生きているみたい。顎の肉が視界の隅で見えた気がしたけど、

 それでも歯も揃って治るって、吸血鬼の再生能力の恐ろしさがよくわかるわ。

 これを殺す為のヴァンパイアハンターがいるのも、納得できてしまう。


excu(少しお時間よろ)seme(しいでしょうか)?」


 今までで聞きなれない声。

 男性とも女性とも受け取れる声は鉄格子の向こう。

 向こうには椅子に腰かけ、赤黒い禍々しい本を手にした、

 白いシャツに赤いケープを羽織った、赤色の髪の人物。

 中性的で、物腰の柔らかさが伺える顔つきだった。


「貴方は……いいえ、今は関係ないわ。

 エミレーツさんは? アダラナさんとあの人は無事?

 と言うより、私は誰かを手にかけたりとかはしてないよね!?」


 正直私の安否なんかよりも、

 誰かに被害があったかどうかの方が先。

 案の定拘束は簡単に外れて、食い入るように近づきながら尋ねる。


「落ち着いてください。はやる気持ちは分かりますが、

 私も早口で言われてしまうとお答えできるほど英語慣れしてません。」


「……ごめんなさい。」


 相手に諭されて、少し落ち着くことにする。

 一番いいのは紅茶だけど、今はないので軽い深呼吸で落ち着くことにした。


「まず自己紹介させていただきます。私はリン、

 この地域のホロックとは別の場所で働いてるものです。

 此処には所用で来ていたのですが、エミレーツ様やアダラナ様が別件で出ており、

 急遽話が通じるとされる私に……っと、白羽の矢は英語圏では流石に通じませんよね。」


Sylph(シルフ)?」


「いえ、なんでも。

 通じるとされる私が偶然居合わせてたので。」


 途中から別の言語が混ざっていた。

 シルフノヤ? どこかの店の名前かしら。


「ただ私は事件に関わってるわけではない部外者。

 その為聞いた話をかいつまんでのお答えになる為、

 全ての顛末に返答できるようにはなっていないことをご留意ください。」


 紳士と言うか淑女と言うか。随分物腰柔らかな人だ。

 英語圏とか言ってたから、多分この人もディレント人だと思う。

 異端は人に嫌われやすいのに、普通の人と変わらない対応に内心戸惑ってしまう。


「まず、人命ですがこちらは問題ないのでご安心を。

 それに伴い、処罰と言ったものも現時点ではありません。」


「よかった……」


 また暴走してるときに人の命を奪う。

 そんなことになったらと思うと不安だった。

 一先ず無事に生きて、誰も死なせてなかったのは幸運だ。


「それはそれとして暴走の件に関しても聞いています。貴女が異端でもあると。」


「!」


 咄嗟に少し身構える。

 なんとなく察してはいるだろうとは思ってたけど、

 明確に言われると身を強張らせてしまう。


「ああ、その点はご安心を。私は一応差別意識はないので。

 それで、事の顛末を照らし合わせる為いくつか質問させていただきます。」


 リンさんに尋ねられたものは、

 大体あの男性との戦いの経緯についてだ。

 ダメージが大きかったからか、暴走後の記憶は曖昧気味だったけど、

 戦った人が敵じゃなかったらしくて、結果もともと情報がそれなりにあって、

 スムーズに話が進んでいく。


「私、どうなるの?」


 ひとしきり質問が終わった後に私は尋ねる。

 処罰はないとのことだけども、やはり不安だ。

 暴走しないように多くの配慮をしてくれたのに、

 私はその期待に応えられなかったんだから。


「それはわかりませんね。

 私は報告書と事態の説明を受けただけで、

 此処にいる方々はおろか、貴女とも縁はないので。

 ただ、にわかの意見を申し上げますと、それは大丈夫かと。」


「……根拠は?」


「正直な話、貴女の性質は一回で解決できる問題なのでしょうか。

 失敗はしましたけど、命と言う取り返しのつかないものは失ってません。

 課題となる部分も見つかった。なら次はどうするか。そういうものではないかと。」


「でも、私に構えばそれだけ時間とかお金とか……」


「ホロックの人も、貴女の為だけにしてるわけじゃあないでしょう。

 もし似たような人が出てきたら、貴女の経験が誰かを救うことになるかもしれない。

 ディレント人を無駄に死なせたくない……それはホロックの方針と合致するものです。

 ホロックの人達は私達には優しいんですよ。生きることに不安になりがちな異端だと特に。」


「……何故、ホロックはそこまでディレント人に寛容的なの?」


 異世界の人間を助けるのがホロックの役目。

 今思うと、なぜそこまで親身になってくれるのか。

 ディレント人はそれなりに多くこの世界にいるとも聞いたことがある。

 衣食住をそれだけ確保するのは、容易なことではないはずだ。

 私はその恩恵にあやかってるし、疑うつもりはないけれども、

 親切にすることについては少し気になる。


「さて、そこは今のところはわかりませんね。」


「調べてる、みたいな言い方に聞こえるのだけど。」


「ええ、調べてますから。伝承とかオカルトとか、

 そういうお話に興味がある変人大学生でしたから。」


 その一言で何となく理解できた。

 先ほど差別意識がないとは言っていたけど、

 理由はそういうのに興味があるから、ということだ。

 そりゃ、異端を嫌いになってる人が調べるものではないわね。


「ホロックの人に聞けばいいんじゃないの?」


「自分で調べろって言われましたので。

 深入りするなとか警告もされてないですし、

 調べる分については多分問題ないと思いますが。」


 生きるのに精いっぱいだったけど、

 考えてみるとホロック自体が不思議な組織だ。

 規模とかその辺もいろいろ気になってしまう。


「さて、食事が必要でしょう。何か軽食をお持ちしますね。」


「あ、すみません態々。」


「給料分の仕事ですから、お気になさらず。」


 リンさんは穏やかな表情で魔法陣の上に立って部屋から姿を消す。

 部屋に一人になった後、私はベッドに身を預けるように倒れ込む。

 確かにあの人の言うとおりだ。一回でうまくいくなんて思わなかった。

 暴走を抑える監査役が搦手が得意って、ちょっと考えれば当たり前なのに。


「だからと言って、甘えるな。」


 それだけでは当然駄目だ。

 甘やかされるだけでは何も変わらない。

 私は甘やかされる姫じゃない。あがくんだ。

 少しずつ歩いて私は遠くまで行く。ありふれた願い───生きる為に。

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