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異なる世界で  作者: OMF
11/15

living

後悔に苛まれた中年男性の物語

主要人物

異世界から来た人。現代では刑事

少し気だるげな中年男性だが面倒見がいい


リョウ

異世界に来た人。元の世界では社会人

祖先が龍の末裔で、身体が鉱石に変化できる力を持つ


雄輝

異世界に来た人迫害されたことで少し大人びた少年。現代では小学生

迫害されたせいで自己主張が得意ではなく、従順


イズ

異世界の人。グラマラスな美人

紛れもない変態にして両刀。だが功績は凄まじいと別の意味で手に負えない

 月明りに照らされた曇り空。

 明るく見晴らしのよい夜道を進む一つの馬車。

 手綱を握るのは頬の生傷が目立ついかつい男性だ。

 堅気の人間とは言えない風貌だが、こう見えて商人である。

 一応、嘗ては相当な悪人であったので、その認識も間違いではないが。


「なあ坊主、どうしたんだ?」


 男は荷物に視線を配らせる。

 強面ながら表情は心配している人のそれで見やるのは、

 荷物の間に蹲っている、十代半ばの少年だ。

 俯いている上に暗がりで表情は伺えない。


「レンの奴はああ見えて真面目だから、

 あんましやばいことに首を突っ込まないとは思うけどよ。

 だからと言って、何の説明もなしに行動するのもおかしいんだよな。」


 返事がなくとも話を続ける。

 別段これと言った他意は存在しなかった。

 こんな暗い夜道、人がいるなら雑談でも交わしていたい。

 言ってしまえばその程度の理由で適当に雑談を振るも、


「ごめ、んなさい……いえ、ません。」


 返ってきたのは震えながらの涙声。

 よっぽどのことがあったのが察せられる。

 今にも泣き出しそうな少年の声に、彼は痛ましく思う。


「……なんかあんまりよくないことにあったようだな。

 ま、サリウス様のとこへ行けば安全だ。揺れるから気を付けろよ。」


 静かな夜道を馬車が駆けていく。

 遠くなった街を少年は一瞥したあと、静かに俯いた。



 ◇ ◇ ◇


 時は遡り、その日の朝。

 荒野にポツンと存在する、余り大きくない寂れた町。

 人の気配のなさそうな店に客寄せする気のなさそうな薄汚れた外観。

 割れた窓ガラス、ゴーストタウンと間違えそうなほどの活気のなさ。

 寂れた町の中に存在する、まるで西部劇とかの町にあるような趣のある酒場。

 木製のテーブルと言った内装は店の雰囲気を出しており、ガラの悪そうな男が集う。

 いかにもな場所だが、こういう場所で酒を呷るのも雰囲気があっていいかもしれない。

 こんな町ではあるがちゃんと人はいる。


「ふざけんじゃねぇ!!」


 いい人かどうかは、別だが。

 客もそこそこの人数の中で声を荒げるは、緑のマントを羽織る若い男だ。

 手入れされた青髪のオールバックは、身だしなみには気を遣ってる節がある。

 表情は誰が見たって怒っていると言わんばかりに眉間にしわを寄せていた。


 彼と相対しているのは二人の男性。

 片方は枯葉色のスーツを着た中年で、こう聞くと身なりは良さそうに見えるも、

 くたびれたスーツに無精ひげ。お世辞にも見た目に気遣っているようには見受けられない。

 灰色の髪も少しぼさぼさで、余計に身だしなみの部分において差が出てしまっていた。


 それともう一人、彼の隣に立つのは貴族のような気品がありつつも、

 どこか軍服のようにも見える、整った青い服装に身を包んでいる童顔の青年が立つ。

 右が蒼く、左が紅色のオッドアイを持っており童顔の割に魅力的な姿だ。

 街の景観に加え、相方のせいで余計にその存在感が妙に浮いてしまっていた。


 騒ぎ立てる三者に、店主含めて遠巻きに眺める。

 騒ぎを起こしてるので冷ややかな視線もなくはないが、

 客の殆どは喧嘩だと楽しそうに見届ける視線もあった。

 治安の悪さが目に見えて伺える瞬間だ。


「なんで俺が捕まえられなきゃならねえんだよ!?」


「いやだから、おたく窃盗したでしょ……二度も言わないでくれるかな。」


 けだるげに枯葉色のスーツの男が頭を掻きつつ答える。

 早く帰りたいとでも言いたげな、面倒そうな表情と共に。


「この街、シャウラには犯罪者だらけじゃねえか!

 なんで俺だけがその対象なのかってことを説明しろよ!」


 彼に限った話ではないが、

 此処にいるほぼすべての人間が脛に傷持ちの人間。

 軽いか重いかを問わず存在している状態で、

 自分だけが対象にされることの理不尽さを訴える。


「いやそういわれてもな……」


 罪を犯した人間がそれを言うか。

 理不尽なのは窃盗をしたおたくもでしょ。

 なんて返したいものの、言ったところで納得しない。

 面倒だから早いところ仕事を済ませようとするが、


「誤解されてるようなので説明したします。

 シャウラの民の殆どは既に罰を受けた人達で、

 此処以外の当てさえない人による、一種の流刑の地です。

 貴方はこれより受ける処罰を受けた後に、同じ立場の対象になる……ですよね?」


「おうそうだぞー。俺より詳しいなぁ。」


 けだるげな男性とは対象に、

 隣の青年ははきはきと説明をしていく。

 プレゼン資料を見ながら説明する会社員のようで、

 彼の姿に対して『真面目だねぇ』と、静かにごちる。


「素直に投降していただければ、

 此方も便宜を図ることができますので……えっと、オナワニツケ?」


「ブハッ! 何言ってんのリョウ君。」


 突然の片言の言葉。

 本人も照れながらも楽しそうな表情で

 無精ひげの男も思わず笑ってしまう。


「すみません。ちょっと言ってみたかったもので。

 憧れてたんですよ。母がこの言葉の国の出身でして───」


「ハッ、捕まってたまるかよ!!」


 男が席を立つと同時に、

 テーブルが二人の方へと蹴り飛ばされる。

 飛来してきたそれを避けるように互いに左右へと別れるも、

 そのテーブルを追うように男が走っており、そのまま勢いよく店を抜け出す。


「やっぱ二人だと無理ありませんか!?」


「この地域は常に人材不足なんだって。

 シャウラはアンドレイさん以外にいるの俺と君だけ。」


「は!? 町なのに三人で対応!?

 しかも自分研修で来てるってことは実質貴方だけですか!?」


「いやおじさんもアンタレスからお仕事できただけだから、

 アンドレイさんしかこの辺りまともに仕事してる人いないそ。」


「無法地帯じゃないですか……」


「ま、あんまり気負わず程々にやるんだぞー。過労死待ったなしだ。」


 軽く小言を言い合いながらすぐさま後を追う二人。

 無精ひげの男性が先行し、その後をリョウが追う形だ。

 すぐに対応したので距離はそう遠くないものの、相手は素早い。

 段々と距離が開いていることがすぐにわかる。


「リョウ君。君魔術か何かできる?」


「え? 対人捕縛用のインスロル(簡易で魔術が使える消耗品)なら、

 一応ありますが……他の魔術でしたら、残念ながらからっきしでして。」


「あらそう。じゃあおじさんがなんとかするわ。」


 めんどくさいけど。なんて小さくごちりながら

 懐から黒い魔法陣のようなものが描かれた白い手袋をはめる。


「そんじゃま、一仕事お願いしますよ第三の手。」


 物を投げるような感覚で腕を振るう。

 振りかぶるとうっすらと透明な手が矢のような速度で放たれる。

 相手の速度を超えるそれはやがて追いつき、その手が対象に触れた瞬間。


「え?」


 盗人はリョウたちの目の前へと戻されており、

 その首根っこを彼が掴んでいた、という光景。

 リョウも相手も揃って理解が及ばず、対応に送れる。


「な、ちょっとまてお前今やったそれはなんだ!?

 この剣がありゃてめえらの魔術なんて効くわけが───」


 いかに相手が困惑していたと言うところを抜きにしても、男を簡単に組み伏せる。

 驚くほどに鮮やかで、リョウも唖然とした表情だ。


「リョウ君ほら早く、野郎と一緒に寝てる趣味はないんだ。」


「あ、失礼しました! 我が願いに応えよ!」


 ようやく我に返り、

 リョウは剣を奪いつつ手を相手に触れて叫ぶ。

 中指に嵌められた指輪が輝いて、対象を巨大な泡が閉じ込める。


「~~~ッ!!」


 泡の中で男が何か喚き散らしながら暴れるが、

 何を言ってるのかは二人に届くことはなく、

 同時に泡から脱出できることもできない。

 ただふよふよと、リョウの周囲を漂うだけだ。


「大概の魔術は無力化できる剣でも無効にできないって、どんなインスロルよそれ。」


 あれほどの自信を誇っていたことから、

 彼の言う魔術の無力化は嘘ではないだろう。

 だからこそ盗むほどの逸品でもあるのだから。

 それですら止められない代物と言うのは、

 少なくとも安物ではないことを示唆する。


「自分も詳しいことは聞いてないので。今度聞いてみますねレンさん。」


「そか。そりゃ残念……あ、ちょっと待っててくれ。」


 土ぼこりを適当に払った後、レンと呼ばれた男が酒場へと戻る。

 同時にポケットをまさぐり、いくらかの金銭をカウンターへと置く。


「いや、お騒がせしてすみませんね。

 テーブルダメにしたお詫びに一本買っても?」


 金銭を見た後、仏頂面で店主はその値段に見合った緑の酒瓶を取り出す。

 終始睨まれてるような視線を前に、苦笑を浮かべる。


「あんま睨まんでくださいよ。

 お騒がせしたのは本当に申し訳ないと思ってるんで。

 だからちょっとお高いのを買わせていただくわけでして。」


「きちんと金払ってくれる奴にだけ俺は優しいつもりだ。

 その点、奴も安酒だが払っていたから客として扱ってたがな。」


 奴、と言うのは視点も合わせて今捕まえた相手の事だろう。

 相手が善良でも危険でも、深く干渉はすることはない。

 匿うこともせず、かといって通報することもなく。

 シャウラの町ではそれがありふれた光景でもある。


「そりゃどうも。」


「だから言っておいてやる。後ろ。」


「え?」


 店主に言われ背後を振り返ると、一瞬思考が止まりかけてしまう。

 剣を振りかぶる男の姿があるのは、まだ思考停止するようなものではない。

 此処にいるのは荒くれ者ばかり。過激な人がいたっておかしくはないはず。

 だから警戒自体はしていたし、言われると同時に反応できる程度には素早い。

 だが、その相手が問題だ。どうみても先ほど捕まえたはずの男の顔なのだから。


「やば!?」


 咄嗟に転がることですんでのところで回避する。

 カウンター席に新たな傷が刻まれ、転がった反動でそのまま身体を起こす。


「レン先輩、何が……え?」


「リョウ君!? 何逃がし……ヴェ!?」


 店内に戻ってきたリョウ……と言うより、

 後ろの泡を見やれば相手は閉じ込められた状態だ。

 視線を戻せば、やはり目の前にも同じ相手がいる。

 獲物はサーベルと帯剣してた物とは別のもので、

 よく見れば多少顔つきが険しい。


「おま、おたくら双子かよ!」


「弟を返してもらうぞ。」


 静かに一言告げると、横薙ぎに剣を振るう。

 使い慣れているようで素早い動きには対応しきれず、

 咄嗟にバックステップで距離をとっても回避しきれない。

 スーツを軽く裂きながら、胸元に赤い筋が刻まれる。


「イッツ!」


「レン先輩はさがって!」


 距離を取ってなければ確実に致命傷だったことを考えると、

 この程度に抑えられるのであれば十分な軽傷とも言えるだろう。

 レンが後ろへ下がると同時に、リョウが彼を庇う形で手を伸ばす。


「我が願いに───」


「あ、おい莫迦!」


 インスロルを行使しようとするリョウ。

 だがそれが完全な悪手は、この場の全員が思うことだ。

 インスロルは素養がなくても魔術が使えるが、詠唱なしでは使えない道具。

 どの言葉を紡げばインスロルが発動するかはこの場にいた全員が知っている。

 相手に分かってる状態なのに、接近してる中詠唱を待つはずがない。

 なお、このインスロルは射程が短いため近付くしかづくしかないので、

 決して何一つ考えてない無知の行動と言うわけではなかった。


(魔術の素人だな!)


 相手がする行動はたった一つ。

 発動する前に相手のインスロルを肉体から切り離す。

 彼が使ってるのは指輪のタイプである為、腕を斬り落とせば関係が断絶。

 ご丁寧に腕を伸ばしている時点で狙いは簡単に定められた。

 言葉を紡ぎ終える前にそのは彼の手へとその刃が振り下ろされる。


「な!?」


 だが、その刃はなぜか弾かれてしまう。

 サーベルは確かに手に触れたはずだが、明らかにおかしい。

 人の身体と言うより、岩でも叩いた時のような感覚。

 現にそれを示すかのように、刃の部分はボロボロと崩れてしまう。


「応えよ!」


 全く想定できてなかったことと、反動のせいで身動きが対応に遅れてしまう。

 再び放たれるインスロルの魔術に回避も手遅れで、弟と同じように泡へと包まれる。


(魔術を使ってる様子もなかったし、何をしたんだこいつ……!?)


 強力な魔術程手間暇をかけるものだが、

 彼らはそのようなのをしていた様子はない。

 かといってインスロルと思しきものは一つだけ。

 疑問は尽きないがそれを考えたところで意味をなさない。

 彼らは罪人。向かう先に二人は関係ないのだから。



 ◇ ◇ ◇



「え? レン先輩も異端なんですか?」


「ああ、そうだよ。日本人の異端だよ。

 フランス人にも異端がいるは思わなかったけど。」


 護送中の馬車の中。

 二人は故郷のことを語り合っていた。

 この世界は二人の住む世界とは別だ。

 中年の男性、離場リバ レンは日本の出身。

 青年のリョウもまたフランスではあるが同じ世界に住んでいた人物だ。

 此処はその二つの国が何処にも存在していない、完全な異世界になる。

 二人は別々にこの世界へ来れる空間の歪みに巻き込まれた、

 向こうの世界においては行方不明者の立場でもある。


 とは言え生活については彼ら異世界の人間を保護と、

 職の斡旋を支援してくれる組織『ホロック』のお陰で余り困らない。

 (言葉もこの世界の言葉を学んだことで、国の違い関係なしに言葉が通じる。)

 衣食住を一通り提供されてるのと、仕事も多岐に渡るのが特徴だ。

 日雇い派遣の仕事が割と多いが自警団のような役割も多く

 今のように指名手配犯を捕まえるのもある。

 余談だが、護送中の二人は馬車と同じ速度で、

 背後からリョウを泡がふよふよと追いかけている。

 中の人の詳細は、絵面的に酷いため伏せていただく。


「と言うか君、異端の話して大丈夫なわけ?

 おじさんについては別に話しても問題ないけど。」


「誤魔化す手段を考えていなかったので。

 あ、でも余り話さないでいただけると幸いです。

 仕事に差し支えちゃう可能性はありますから。」


 『異端』と言うのは人の姿をしながら人ならざる存在、

 または超能力ができる人間、或いはその両方を持つ総称。

 二人がいた世界にはそういう存在がおり、殆ど迫害がされる存在だ。

 故にお互い元居た世界では特定の存在にしか知られないように秘匿していた。

 此処は異世界。隠したところで現代で影響があることは極めて稀である。


 先ほど犯人が捕まえるのが容易だった理由はそこが原因だ。

 魔術を無力化できる剣があっても異端の力はこの世界の魔術ではない。

 だから連の持つ『物を引き寄せる能力』で簡単に引き戻された。

 詠唱と言った魔術における工程が必要ないがゆえに、

 リョウの『自身を硬化できる能力』で弾くことができたわけだ。


「はいよ。こっちも一応内密にね。

 おじさんの場合防御力皆無だから。」


 ありていに言えば初見殺し、二度目は通じない部類になる。

 その初見でなんとかできればこの仕事は務まってしまうが。

 故に対策されないよう口止めしておくのは大事だ。

 因みに連は別に手袋を使わなくても問題なく使える。

 表向きは魔術と思い込ませる為のカモフラージュだ。


「ところで犯人を捕まえるときですけど、

 手慣れてましたが何か武術を習っていたのでしょうか?」


「ああ、それはおじさん刑事だったから。殺人とかメインの一課。」


 連にとって犯罪者との相手は手慣れたものだ。

 捕まえるための技術となれば、十分に納得できる。

 自分みたいに無鉄砲に能力頼みで突貫するなんてことはないし、

 恐らく彼一人で来たとしても逮捕は難しくなかっただろう。

 先の展開は不意打ちありきではあるが。


「刑事さんだったんですね。失礼ながら、

 余りそういう雰囲気を感じていませんでした。」


「昔、親友にも『お前も刑事になれたのは驚いたぞ』って言われたよ。」


「ですけど、防具ぐらいは買ってもいいのでは。」


 胸元の真一文字の傷を見やる。

 包帯で巻かれてはいるものの、血が滲んで痛々しい光景だ。

 リョウの方は気品漂う服装だが、こう見えて材質には非常に拘っており、

 簡単なものではまず傷すら入らない繊維でできている代物になる。

 なので先程と同じ状況であれば、硬化せずとも斬られることはない。


「上司がめんどくさがるんでね。」


「……噂のイズさんですか。」


 この辺りの地域はお世辞にも治安がいいとは言えない。

 先の連中の大半が脛に傷持ちで他に行き場所がない人ばかり。

 中には現在進行形で罪を犯す連中も滞在してたりする場所で、

 殆どの場所がどことなくスラム街のような雰囲気になる。

 人が住める環境にはなってるが、それ以外は殆ど手付かず。

 原因は担当しているこの地域のホロックを統べる管理人の存在。

 イズと言う人物は人としては問題しかない噂から理解しており、

 この研修でこの地に赴くときにも、最大限警戒するよう釘を刺された存在である。


「ま、この力のお陰で一対一は楽だからいいんだけどさ。

 だからイズさんもそういう仕事しか回してこないから、

 さっきのようなパターンに遭遇することは稀だけどね。」


 防具を渡したりしないのは、

 単純にケチではなく対応可能なものだけにしてるから。

 普段はこのような怪我を負うことは対人において全くない程。

 先手ひっそうで済ませることが可能な人物には不要と言うわけだ。。


「ですが、今回はその不測の事態はあったじゃないですか。

 それにいまこの道を走ってたら魔物や悪漢とか出てきたら……」


「ないんだな、これが。」


 この馬車の手綱を握る、小柄な男性がそれを否定する。

 一件子供に見えるがその渋めの声は十分大人だと察するほどだ。


「此処ら一帯はやばい奴が来る場所だ。

 つまり並みの連中より暴力に殺しに抵抗がないし、

 同時にそれを成し遂げるだけの力や技術や智慧もある。

 余程田舎者でもなけりゃ、こんな辺鄙な場所で盗みは割に合わないさ。」


「サミュエルさんも九十三人殺しの偉業があるから対人は安全なんすよ。」


「だから五十人から先は数えてねえって言ってるだろうが。尾ひれつけやがって。」


「では、魔物は? 此処は魔物が生息してないんでしょうか。」


 人の生活を脅かす生物である魔物。

 よほど強い気迫とかで相手を屈服させなければ、

 普通に襲ってきそうなものだと思っていた。


「ここらの魔物が嫌う有毒な匂いをつけてるからな。

 勿論毒がきかない奴も出てこないわけではなかったが、

 そういった例外は今まででほんの数回程度しかないんだ。

 ってーわけで、基本は何の問題もなく運輸もできるわけで。

 北端の場所とは雲泥だよ。あっちは命懸けで運ぶわけだし。」


(人間には無毒なんだ。)


「な? ケチってるんじゃないんだ。必要ないと思ってるから出さないんだ。

 ま、今回の場合もあるから流石に簡易的なものは考慮してくれそうだけどね。」


「寧ろ今まで傷を負わなかったのですか……」


「基本雑用係だったからないんだなこれが。無謀なことはさせないんだよあの人。」


「変なところで真面目ですね。」


 イズは毒に関して優れた腕を持つとリョウは効いている。

 なのでこの魔物対策もイズのものなのはすぐに察した。

 変なところで徹底してケチろうとして、変なところに金をかけていく。


「ケチることに関してはあの人天才的だよ。

 ま、何も聞き入れない人ではないからいいんだけど。」


「……よかったら自分と一緒にスピカの街へ来ませんか?

 レンさんの腕なら待遇もいいですし、職場も安定してる場所ですよ。」


 どことなく頼りなく見えてしまうが、

 その実仕事にはちゃんと向き合ってる人物。

 人材としては悪いものではないし此処の環境の悪さ。

 ちゃんとした場所で働かせるに値する人物だと思うが、


「んー、でもなぁ……借金抱えちゃった手前逃げられないわけで。」


 そう返しながら、連は懐から紙を取り出す。

 所謂借用書の写しでそれをリョウへと見せるが、

 残念ながらラスト語(彼らが今使ってる此処での言語。世間的にポピュラー)の識字は疎いので意味はない。

 要するに借金を返すまではイズの管轄区域から出ることは一切許されないと言うもの。

 なお何故こんな場所で肌身離さず持ってるのかだが、本人自身も忘れている模様。


「では、お金があれば解決するんですか?」


「まあ、そだけど……まさか工面してくれるの?」


 この契約は、要するにあくまで金を払えばいいだけの物。

 『誰が』とか『どのように』といった条件は一応殆ど記されてない。

 一応、と言うのは非合法的な行為による稼ぎは論外とされてるだけだ。

 イズの存在が論外と言われると、返す言葉もないが。


「イルゴさん……あ、自分が所属するホロックの管理人に聞けば多分できると思います。」


 リョウ自身に彼をすぐに解放できるだけの金銭はない。

 だがディレント人への理解がある人物については心当たりがある。

 その人であれば多額の借金だろうと、すぐに出せそうな相手が。


「ただ金銭的な問題です。

 なので、場合によっては難しいかと。」


 ただその人がいかにいい人だとしても、

 内容からすぐに行動を起こすかはまた別だ。

 この世界の事情を深く理解してるわけではなく、

 此方ならではの決まり事とかあってもおかしくはない。

 特に相手は(熱心かは別で)この辺りを統治する役割を担ってるとされる人物。

 二つ返事で終わるような内容とも思えなかった。


「……まあ、考えておくわ。」


 渡りに船のような話だが、余り気乗りしなさそうな言葉を返す。

 表情に少し疑問を抱いていると、馬車は目的地の街『アンタレス』へと着く。

 シャウラと違って大分人で賑わっていて街の様相ではあるものの、

 リョウにはフランスのスラム街と余り変わらない雰囲気がどことなくある。


「悪いけどおじさん仕立て屋の所でこれなんとかするから、あと頼む。」


「分かりました。護送はお任せくださいレン警部。」


「いや、普通にレンでいいってば。

 まずいときはイズの名前出して回避しとけよー。

 この街でホロックの従業員って分かってて手を出す奴はいないから。」


「はい!」


 若い社会人らしい、

 はきはきとした返事をしながらリョウは走り出す。


「……若いっていいねえ。」


 遠くなる彼の背中を見ながら頭を掻くと共にごちる。

 連は三十九と言う、初老手前の年齢でも割と元気な人物だった。

 署内でもそれなりに評判がいいぐらいに真摯に仕事に取り組み、

 ごくたまに大きな手柄を立てたり、それなりにいい人生を送っていた。

 今の彼を見てそうと思えない程度に、今はくたびれた姿にしか見えないが。


(なんつーか、もうどうでもよくなってるなぁ。)


 惰性で生きている。

 言ってしまえば連の異世界生活はそんな状態だ。

 だから魅力的な誘いも、特にそそられることもない。

 自分のことが他人の事のようにどうでもいいと感じてしまう。


「生きてるのか死んでるのかわかんねえな、ほんと。」


 過去の苦いことを思い出しながら仕立て屋へと足を運ぶ。

 胸が痛むが、外ではなくうちの傷のような気がしながら。


「頼むよ~~~まともに飯食ってねえんだよぉ~~~。」


「何言われても、出せませんから!」


 近くの路地から出てくる、二人の人物。

 みすぼらしい恰好をしたやせこけた大人が

 小中学生と思しき年頃の子供の足にしがみついている。

 子供はアンタレスとは縁遠そうな黒を基調とした服装で、

 黒ジャケットを着こなしていて、どちらかと言えば元の世界で見かけそうだ。

 子供が着るにしては少々背伸びしすぎているような恰好ではあるが、

 銀髪のセミロングがクールさを出していて中々に悪くなかった。

 分厚い本を抱えていて、両手が塞がっている状態で振り払えない。


「はいはいスティーブさん、子供相手に物乞いせんでくださいよ。」


 見覚えのある人物にため息をつきながら、能力で子供を引き離す。

 抱えられた少年は何が起きたか困惑している中、会話を続ける。


「レンさん。頼むお金貸してくれ。」


「賭けに負けたなら懲りてくださいや。

 ギャンブル中毒で強盗やらかした身でこんなとこいるんでしょうが。」


「そこをなんとか……」


「あの、すみません。ホロックの者ですが、イズさんと言う人はどちらにいますか。」


 見知った間柄で弾んでいるところへ、

 降ろされた少年はバツが悪そうに割って入る。


「……失礼しました。」


 少年の言葉を聞いた瞬間、

 スティーブと呼ばれた男は足早に逃げる。

 食べてなかったとはなんだったのかと思うべき速度だ。

 ホロック相手に仕事の邪魔をするようならば、

 下手を打つとホロックの世話になりかねない故の行動。

 日本でいう『公務執行妨害』の類に近いものと言うべきか。


「なんだ元気じゃん。あれなら暫くは大丈夫だな……君、

 ホロックの従業員ならそう言いなって。この街ではそうしないと舐められるぞー。」


「あ、はい。」


 こんな子供(仮定しておく)までもがホロックの一人とは世も末だな。

 と最初こそ思ったが、この世界は完全とまではいかないもののそれなりに実力主義な面もある。

 貢献さえすれば子供でも老人でも評価はするが、同時にそれは対等としてみられるもの。

 それは時として向かい風にもなりうる……そんな世界だ。


(俺はいいけど、こういう子供まで巻き込むあの穴はなんなんだろうな。)


 考えると、ディレント人がそれなりに多いのは此方へ来る側が多いからに他ならない。

 なぜそんなにこっちへ来る人が多いのか。そもそも発生する理由も何なのか。

 そういった情報は一つも此方からでは舞い込むことはなかった。


(ま、どうでもいいか。)


 世界の秘密だとか真理だとか。そんなのに連は興味はない。

 とりあえず惰性で生きてるだけだし考察をする知恵もないのだ。

 警察に慣れる程度の頭はあるが、所詮はそれだけになる。

 すぐにその考えを捨てて、仕立て屋へと向かう。


「ああ、ホロックなら寄り道して戻る途中だし、一緒に来るかい?」


「知らない大人には付いて行くのはダメです。」


 そりゃごもっともなことだわ。

 至極当たり前の言葉に思わず笑ってしまう。

 現状連がホロックと言う証明する手段はない。


「ホロックのバッジとか何かないんですか?」


「え、そもそもあるの? あれ。」


「自分みたいな見習いだと持てませんけど、あるらしいですよ。」


「あー、思い返せばなんか皆何か持ってたような……ん?

 ってことはリョウ君、所謂正社員なのか……年下の先輩……」


 ないと言うことはつまり、イズが原因だろう。

 まあこの辺一帯では些細な噂も広まっていくもの。

 なくとも自分がホロックだと証明するのに、そう時間はかからない


「とりあえず一緒に行くのはなし。

 おじさんは一応ホロックに戻る予定の人間で、

 君が勝手に付いて行きつつ、途中で道を尋ねればいい。

 付いて行くわけじゃないから、途中で俺と別れても問題ないぞ?」


「は、はぁ……」


 それって違いがあるのだろうか。

 何とも疑問ではあるがこの街の治安の悪さは、

 子供の彼だって悪いことぐらいはすぐに分かった。

 本当にホロックの人間なら付いて行く方が、

 揉め事は少なそうなので付いて行くことにする。

 ただしそこそこ距離を取りつつ。


「それで君……えーと、なんだっけ名前。」


雄輝ユウキです。」


「ユウキね。一人で来るとこじゃあないでしょ此処。」


 サミュエルのような見た目が子供の種族に覚えがある為、

 見た目通りかはともかくとりあえず子供と認識して話を進める。

 子供一人でこんなスラム街みたいなところへ行くとか、

 正気とは思えないような行動だ。


「ホロックの人からこれを届けるようにと頼まれたので。」


 そう言って抱えていた本の表紙を見せる。

 識字については殆ど教えられてないのでさっぱりだが、

 表紙の瓶や草の絵から何かの薬学に関する本なのだとなんとなく感じた。

 イズは医学に関して結構精通しており、性格に対してこの手の本は欲しがる部類だ。


「いや、本ぐらい普通に贈りなよ。」


 この世界にだってもっと気楽に贈れる手段はあるはずだ。

 子供のお使い感覚にしてはかなりの遠出とこの街の情勢から、

 相手はどこかちぐはぐなところが見受けられる行動を取っていた。


「自分もちょっと謎で……大事な本なんでしょうか。」


「ホロックの機密事項とか、なわけないか。」


 そんな大事なものならなおさら子供に任せない。

 もっとましな手段がこの世界にはあるだろうし、

 リスクのある行動でしかないだろう。


「自分がイズさんの噂に興味がある、

 と言ったのも恐らく理由の一つでしょうか。」


「流石にないだろ。と言うか随分恐れ知らずだな君は……」


 怖いもの見たさと言う奴か。

 クールではあるが見た目相応の好奇心もあるらしい。

 そんな彼に苦笑を浮かべながら、目的地へと向かう。


「ジェーンさんいる?」


 年季の入った木造建築の店へ入る二人。

 此方の世界に似合う服は多いが、連にとって見慣れた服といった、

 どこか中途半端に元の世界らしさが感じられるラインナップのものが並ぶ。


「おやおや、折角褒めた衣装を随分汚してるねぇ。」


 カウンターから出てくるのは、

 生傷に左目が眼帯と野性味あふれる顔つきの女性。

 気だるそうな表情だが何処か威圧的に感じて雄輝が後ずさる。


「そうなんすよー、似たようなのあります?」


「あるよ。この間回収してきた。」


「回収って、なんですか?」


「別の世界からは、人以外も来るってわけだよ。」


 此処にある元の世界にある品物は、

 自分たち同様こっちに巻き込まれたものだ。

 身も蓋もない言い方をすると盗品になるのだが、

 返す手段がない以上どうすることもできない。

 ならばとこっちに転がり込んだものは積極的に使う。

 それがせめてできる礼儀になる。


「確かに、人だけってのはないですよね……と言うと、動物とかも?」


「かもしれないなぁ。だが生態系の都合、並みの動物は生きられそうにないけど。」


 恐らくだが、銃火器持ってたとしても危険な魔物が目白押しの世界だ。

 人を平然と殺せる力を持つヒグマでも、生き延びる可能性は低いだろう。


「あ、どうせだしその服買い取らせてくれる?」


「……使用用途は?」


 身構えた状態で数歩下がる。

 血が付いてるし人に渡せるほど綺麗でもない。

 欲しがる理由は見当たらず困惑と言った状態だ。


「変な勘違いしてるでしょ……違うわよ。

 こっちは仕立て屋。直すぐらいわけないわ。

 この、スーツだっけ? 色々弄りたくなるわけで。」


「だったら商品で試してくださいよ。」


「いやよ。高く売れる商品に傷なんてつけたくないし、

 その点こっちは新品提供して買い取ってるんだし、安上がりでしょ?」


 それもそうかと納得する。

 失敗したところで大した損をしないなら、

 当然使い物になるか分からない方を頼るものだ。


「で、いくらで買い取るんで?」


「んー、千ギル(ホロック周辺地域で使われてる通貨。レートは日本円と余り変わらない)かな。」


「やっすいなぁ。」


「中古で傷物で汚れありでこれは高いほうでしょ。

 それとも、あんたの垢や血液は付加価値があるとでも?」


「これ元の世界で十万もしたお気に入りだったんですよ。」


 理由は当然のことだし、連だってそらそうだよなと理解している。

 とは言えお気に入りのスーツだっただけに、

 安く買いたたかれるのは悲しいことだ。


「え、嘘。じゃあこっちのスーツ十万で差し引き九万九千ギル。」


「うわ、せっこ!」


「値段を言う方が悪いのよハハハ。」


 その場での値段のつり上げ。

 連も涙を流してることから痛い出費なのが分かる。

 でも嫌そうではない。


「なんだか、楽しそうですね。」 


 寧ろそれを楽しんでる状況だ。

 店を出てから、ついてきている雄輝が訝る。


「ん? そうかい?」


「何というか、もっと酷いというか……地獄を想像してたので。」


「あー……他のとこからの評価は酷いと聞くけど、

 此処の人の大体は好きでこの地域に残ってるんだよ。

 脛に傷持ちで公の場で活動できない奴が来れる、救いの場。

 見てくれは荒れてるけど、結構な腕の立つ連中もいるしな。

 さっき見かけたスティーブさんもああ見えて結構やばい奴だし。」


「なるほど……」


 最後のチャンスとも言うべき、

 ある意味の終着点……それがこのアンタレスを中心とする区域。

 彼女やこの地域に人がいるのは、ひとえにその奔放さのお陰だ。

 脛に傷があろうとも平穏に過ごすことが許される権利を持つ。

 勿論大体が犯罪者。相応の罰として此処にいるわけでもあるが。

 環境の悪さなど、他で迫害される場所と比べれば普通だ。


「ま、おじさんみたいな例外はいるけどね……っと、此処がホロックだ。」


 着いた場所を前に虚ろ目で目の前の建物と連を見やる雄輝。

 ホラーゲームに出そうな寂れた館とも言うべき整備されてない外観。

 最低限の整備はされてるようだが、本当に最低限しかされていない。


「流石に騙されませんよ。」


 警戒心の強い眼差しと共に距離を取り出す。

 信用度が一気に下がったような視線ではあるが、


「いや、本当に此処なんだけど……」


 冗談抜きで此処が彼が務めるホロックだ。

 裏にもまともな外観の奴は確かにあるのだが、

 それは別のホロックの人が滞在するために用意された別館。

 イズはそっちに出入りすることは許されていないので、

 此方を使わざるを得ないと言うのもあるが。

 なお、連はイズの管轄なので此方に住んでる。


「他のホロックと比べて明らかに状態が悪いですよ。」


「と言われても、おじさんは他の知らないしな……」


「はいそこー、店の前で立ち往生迷惑だよー。

 まあ此処に客なんて滅多に来ないんだけどもねー。」


 やれやれと頭を抱えていると、

 重厚な金属音と共に姿を見せる一人の女性。

 飾り気のない黒い鎧に身を包み、素顔は欠片も見えない。

 声と鎧の盛り上がった胸部から女性だと判断できる程度だ。

 背には身の丈を優に超える長く、赤黒い槍を背負っている。

 此処らでがっつり装備を着込んでいる人の姿は珍しいのと、

 鎧から醸し出る威圧感を前に二人がたじろぐ。


「あ、えーっと、お客さんですか?」


「いや、あたしだけど。」


 兜を脱げば、紫の髪を束ねた妙齢の女性の素顔が晒される。

 紅い瞳と右目の泣き黒子は人をひきつけ、大人の女性とも言うべき色気のある顔。

 鎧のごつさとは裏腹に美人、という言葉が十分に似合うような顔つきだ。


「どしたんですかその鎧。」


「魔物が炎ぶちまけるし素材もいいから毒で殺せないしで、

 昔使ってた装備一式取り出して殴り込みに行ってただけよ。あ、今日は酒盛り確定な。」


「まじっすか……ん? ってことは外出中だったと?」


「そうだけど? ってかアンタ宝剣泥棒どうしたの。」


「じゃあリョウ君は裏の方で待ってるのか。

 ちょっくら呼んできますわ。あ、その子説得よろしくお願いします。」


「はい?」


 一先ず雄輝を任せて、その場を離れて裏のホロックへ向かう。

 半ば押し付ける形となった女性は少年へと視線を向ける。


「……迷子?」


「ホロックを探してるんですけど、イズさんってどこにいますか?」


「あたしがイズで、此処ホロック。」


 彼女の発言で彼女、イズとホロックを交互に見やる。

 信じられないものでも見るような眼差しだが、彼女にとっては慣れたものだ。


「初見はそうなるよ。で、なんで此処に来たの?」


 いくら自分に用件があると言えども、

 子供が一人でこの場に赴くのは中々珍しいことだ。


「この本を渡すようにって。」


「ごめん、何を言ってるか分からない。」


 本を渡すだけにこんなところに子供一人。

 此処がやばいのは、ホロックの人間なら知ってて当然の知識。

 中には更生しない荒くれ者も隠れ蓑にしていて、

 少なくともこの状況に至る理由が思いつかなかった。


「確かテン、ケツシン? さんって人から頼まれ……」


 差出人の名を口にすると、

 突然その手を引かれ、強引にホロックの中へと引きずり込まれる。

 中へ入れば、広さの割に寂れた酒場とも言うべき寂しい場所だ。

 テーブルはたった二つ。椅子も少しだけど接客業とは思えぬものの少なさ。

 色々思うところはあるが、


「中身、誰かに開けたり教えた?」


 イズが向ける視線が彼には怖く感じた。

 視線だけで犬勘ばかりの鋭い眼差し。

 『嘘をつかずに答えろ』とでも言わんばかりのもの。

 嘘を吐くつもりはないものの、嘘をつかせない瞳に言葉が詰まりそうになりつつ答える。


「い、いえ……してませんけど。と言うか、本……ですよね?」


 たかが本、しかも連の見立てで医学系の本。

 子供に任せるような本を相手に、中身を見られることがそんなにまずいのか。

 状況に戸惑いを隠せなかったが、その殺気のようなものはすぐに収まる。


「なーんだ、ならいいわ。お使い御苦労様。

 報酬はきっちり払うから期待しててちょうだいな。」


 笑顔と同時に肩をポンと叩く。

 脱力しかけてる彼から本を受け取ってそれを開く。


「失礼します! 先日からこの区域でお世話になってるリョウと言う者です!」


「いや、此処普通に玄関口だから入って問題ないんだけど。」


「おー、おかえり。」


 本を開きながら席へ着くと、

 連もリョウと共に戻ってくる。


「……想像より美人な方でした。」


「中身酷いけどな。」


 リョウはイメージしていた人物像はどんな悪人面か、

 なんて思っていたが蓋を開ければ外見は割と美人だ。

 大人の女性らしい顔つきにリョウも少し見とれてしまう。


「おい、聞こえてるぞ野郎共。」


「で、結局なんなんですかその本。」


「ああ、これ? 本じゃないわよ。」


 三人が疑問を持つと共に、テーブルへと開いた本が置かれる。

 本にはこちら側の言語で何かが書かれているものの、そんなのは二の次だ。


「イズさん、これ……」


 どうみても本であってはならない、ページの中央の大部分がきれいさっぱり消えている。

 三人の中で連は特に覚えがある。これは『読むための本』ではなく『運ぶための本』だと。

 これは、犯罪者が密輸する際の偽装のそれだ。


「言っとくけど非合法的なものじゃないわよ。」


 現に彼女の手には何やら毒々しい色をした何かが、

 長方形の結晶の中に埋め込まれたものを手にしている。

 空洞の中にあったのがそれだと三人もすぐに気づく。


「いや、どうみても密輸のそれですよね!? この子運び屋ですか!?」


「こらこら、人聞きの悪いことを言うんじゃあない。

 人に奪われると滅茶苦茶にやばいから偽装しただけよ。」


「んでイズさん。結局それはなんなんすか?」


「アスタイラってとてつもなく危険な、毒性の強い生物がいたんだけどね。

 こいつの素材ってとにかく貴重なのよ。しかも毒性強すぎて誤ると辺り一帯汚染区域。

 万が一誰かに持ってかれて、不用意にこれを開けられちゃ生態や環境が激変する危険があるの。

 適当な荷物に紛れ込ませるより、他人に持っていかれないように人に運ばせるのが適切ってわけ。」


「子供に運び屋の真似事させる代物じゃないですよね!?

 というよりも、街のど真ん中にそれを持つって正気ですか!?」


 今まで誠実で生真面目な社会人、

 そんな印象が見受けられていたリョウだったが、

 初めて声を荒げていて連も少し驚かされる。


「おい落ち着きなって。」


「リョウ君だっけ? 甘いわね。子供だからいいの。

 安全を考慮して名の知れた奴に任せるとかしたら、

 いかにも大事なもの抱えてますって思われやすいでしょ。

 まあ、子供も悪目立ちする気はするからないと私も思ってたけどね。

 テンケツシンの奴、報酬とかと私の趣味から子供に任せたってところか。」


「だとしてら、子供でなくとも……」


「あの。」


 ずっと黙っていた雄輝が、申し訳なさそうに手を挙げる。

 憤慨していたリョウも当事者である彼の意見を無視するつもりはない。


「悪いことに使うわけでは、ないんですよね。」


「武器を作るための素材にする。それは誓うわ。」


「だったら、別にいいかなと。」


 危険物ではあるが、別に悪事に加担してない。

 それさえ分かれば雄輝は別に構わなかった。


「……失礼しました。」


 本人がそう思ってるなら、

 部外者の自分が余り言うことではない。

 冷静さを取り戻して席へと着く。


「真面目なディレント人だこと。」


「フランス出身みたいだし、そこは仕方ないですよ。」


 ヨーロッパにおいてフランスは麻薬が最も消費される国、

 なんて話を連も何かで聞いた記憶がある。当然日本とは段違いの消費量だ。

 それだけ言われるのであれば、運び屋と言ったワードに敏感になのは無理からぬことではある。

 法に触れるような代物ではないにしても、危険なものを子供に運ばせる行為と言うのは。

 まっとうな人間らしく、寧ろ何一つ言及をしない年長者の自分の方が問題だとすら思う。


「真面目なのはいいけど、こっちにいる時間もそれなりに長いんでしょ?

 今更、元の世界の価値観で物事の押しつけは卒業したほうがいいわよ。」


「イズさん、そこ煽らない。」


「……いえ、否定しきれませんので。

 ですけど、僕は元の世界に帰るつもりですから。」


 この世界から戻りたいディレント人は何人もいる。

 だから一線を越えずに自分を保とうとする人も多い。

 こっちに慣れすぎた倫理観が、向こうでは通用するとは言い難いのだから。


(リョウは十分順応してるようにも見えるけどな。)


 恰好や異端の力の行使に躊躇もなく、インスロルを使った立ち回り。

 十分手遅れのようにも見えなくはなかったが、

 口にすると面倒な気がするので黙っておく。


「ま、そう言い続けてたら、

 五周期(年のこと。一年が一周期)や十周期迎えた奴も多いけども。

 本当に戻る気があるって言うのなら、此処ではあたしに媚びること推奨しよう。

 肥溜めみたいな環境だけど、綺麗なお金でまともなお仕事で必ず払うわよ。」


「信用して大丈夫でしょうか。」


「薬……あ、本当に大丈夫な意味の薬ね。

 この人滅茶苦茶稼いでるんでそこは大丈夫なんだわ。

 金の羽振りだけはいいんだよな。借金漬けしてくる畜生だけど。」


 信用を一瞬で落としてどうするんだ。

 そう言わんばかりの視線を全員から浴びせられる。


「金と言うのは人における責任の重要要素よ。

 金がない仕事に責任なんてもてるはずもない。知ってるでしょ。」


 社会人としての経験がある二人にはよくわかる。

 安いものほど危険だったり甘かったりしたものは多い。

 金さえあればいいとは言わないが、大抵の不幸は回避できるものだ。


「さて、と。客人も来たことだし手料理振る舞うとしますか。」


「イズさんが!? できるの!?」


 予期せぬ言葉に、一番彼女を知ってるであろう連が驚く。

 今までずっと料理当番を押し付けられるか外で食べていた身で、

 料理らしい料理をしてきたところを彼はまともに見ていない。


「あんた、一応上司に容赦なさすぎじゃない?

 料理なんて薬の調合と一緒よ一緒。説明通りにやればまずいわけがないんだから。」


 至極まっとうな正論。まずくなる原因の大抵は、

 余計なアレンジをするかレシピ通りにやらないからの二択。

 料理をしたところを見たことがない相手に言われて何とも言えない気分になるが、

 薬もそういったのを考えたうえで出来上がると考えると、適任なのかもしれない。


「じゃあみんなで買い物行くわよー。好きな食べ物要望すれば作るわよ。」


「僕はタルトフランベでしょうか。」


「えっと……イチゴのケーキ。」


「俺は特に希望なし。」


「……タルト、なんだって? と言うか希望なしはちょっと待ちなさい。」



 ◇ ◇ ◇



「はいお待たせ~。」


 ノースリーブのワンピース姿にエプロンを羽織った、

 先ほどまでとは打って変わって身軽な恰好でいるイズ。

 テーブルにはスープやサラダは多数のバケットに加えて、

 白を基調とした色合いのピザのようなものが中心を陣取る。

 大人の三人にはワイン、逆に雄輝の席にのみイチゴのケーキがある。


「待ってましたぁ!」


「すっげぇや。」


「……」


 内装のみすぼらしさとは裏腹に、食卓の内容は明らかに豪勢なものだ。

 パーティのようないくつもの料理に、雄輝は目を輝かせている。

 リョウのみ反応が薄いが、レシピの説明で同伴していたため既に知っている。

 口頭で伝えながらも殆ど再現できているので既に驚き終わったと言うべきか。


「この薄いピザみたいなのがタルトフランベ?」


「はい。フランス料理の一押しですよ。」


「んじゃ、いただきまーす。」


 イズの言葉に合わせるように、

 他の三人も手を合わせて食事にとりかかろうとするが、

 今の動作に違和感を感じた三人は互いに相手を見やる。


「え、なんで皆日本式?」


 連は日本人だから当然手を合わせるものだ。

 イズはそれを真似てるので別におかしくはない。

 ただ他の二人、特にリョウはフランス人だから違うのではと。


「ああ、僕の母は日本の生まれですから。

 ある程度日本の習慣が身についているんです。」


「ああ、なんか言ってたっけか。そっちは?」


「え、日本人ですから当然では?」


「つかディレント人だったんか……いや、考えればそうか。」


 現代に近い恰好も確かにそうだが、

 この年でお金が必要で危ないこともする。

 子供のディレント人では稼げる手段は限られるものだ。

 多少危ない橋を渡ってでもしなければならないのだろう。

 いくらホロックがディレント人に対する支援はあれども、

 全ての面倒を見ると言うわけではないのは、子供も大人も関係なく平等だ。


「ま、そんなことより早く食べなさいって。あたし一人で食うわよ。」


「しまったこの人一人でピザ十枚は食う大食漢だった! 急げ!」


「え、あ、はい!」


 にぎやかな食卓。

 リョウや雄輝にとって想像していたものとはだいぶ違う。

 それだけイズと言う人物像は良い印象を抱かなかったがゆえに。

 出会ってみれば少なくともイメージ程の外道とは違う印象だ。

 料理も見てくれではなく本当においしいもので手は止まらない。

 そこに世代や地域差による目新しい会話の内容。

 楽しくないはずがなかった。





 ───夜。

 リョウは裏の方へ戻り、

 連も今日は疲れたので眠りについて穏やかな夜。

 ……だったのだが。


「傷痛ぇ。」


 昼間に付けられた傷が疼いて眠れなかった。

 傷についてはイズが元軍医なのもあって処置されたが、

 戦闘で魔力を使い過ぎたことで自然治癒に任せることに。

 この手の怪我は此方に来てからと言うもの人、魔物問わずよくあるもの。

 慣れたものなので悲鳴は上げない。(まあ彼にとってはこれが一番重傷でもあるが)


(そういえばイズさんに装備の事言い忘れてた……起きてるかな。)


 外へ出るためシャツを着て部屋を出る。

 夜は消灯済みだが、月明りのお陰で夜目はきく。

 特に何事もなく階段へと向かうが、


(あれ?)


 階段付近にある部屋の扉がひらっきぱなしだ。

 そこは雄輝が案内された部屋で、食後に眠いからと真っ先に寝たはず。

 奇妙に思いながら扉を閉めようと手を掛ける。


(いない。)


 ベッドで横になってるはずの姿はない。

 出かけると言う旨を伝えるような書置きもなく。

 無断外出で扉も開けっ放し。真面目そうなイメージがあるだけに訝る。


「イズさーん。雄輝がいないんですけどー。」


 一階にある全く機能してない小さな受付。

 その奥にイズの部屋がありノックするも、返事がない。


「入りますよー。」


 この時間帯は自室で作業をしているはずなので、一言断りつつ部屋へと入る。

 数々の本や何やら怪しげな薬や謎の物体が瓶詰された、どこか理科室を彷彿とさせる部屋。

 女性らしさはあまり感じられない中、彼女の姿はないまま奥に鎮座する石造りの階段の前に立つ。


(あんまり行きたくないんだけどな……)


 この先は実験で危険な代物を扱う場合に厳重に取り扱うための場所。

 毒に強い耐性のあるイズでもないと危険な代物も多数あるが、

 危険な実験中である立て看板もない以上は大丈夫とみていい。

 奥から多少だが物音もするため、躊躇はやめて足を運ぶ。

 暗く長く続く階段に、脇にある蝋燭だけが道しるべだ。

 暗がりの中、奥には重厚そうな鉄の扉。

 鍵穴はなく、開きかけの扉を押せばそのまま開く。


「イズさん、ちょっと気になることが───」






「~~~ッ!!!」


「いだ、いだだだだ! なんでそんな嫌がるのよもう!

 ケーキに睡眠薬混入させたのがそんなにいやだった!?」


 扉の先の光景に何から突っ込めばいいのか。

 連には想像してたのよりはるか斜め上で理解しがたい光景。

 猿轡されたままベッドに寝かされて暴れている雄輝と、

 彼の衣類に手にかけようとしてるイズの二人がいる。

 際どい下着姿もあって、これで分からない筈がなかった。

 とりあえず言えるのはどう見ても犯罪の現場であると言うこと。


「じゃあギル出すわ! ディレント人はお金いるでしょ! 多めに出すから……」


 近くに置かれた瓶に反射して、

 連の醒めた瞳が見えて振り返る。

 目をぱちくりさせた後、


「合意だから。」


 手をブンブンと振りながら今更言い訳を取り繕う。


「いや絶対合意じゃないと言いましたよね。普通に強姦でしょ。」


「……別にいいじゃない。殺しをするわけでもないし。

 あたしは快楽、彼は大金。利益が発生してお手軽でしょ。」


 開き直ったよこの人。

 呆れた表情になりかけるが、

 特に突っ込むことはしない。


「まあ、そですけど。」


 連はイズに従順な男だ。

 この世界に巻き込まれて親友を喪った。

 いや、親友と呼べる最期とは言えない結末だ。

 最終的に親友に見捨てられる形での死に別れだったから。

 それ以来と言うもの、人格こそ今までと左程変わらなかったが、

 根底にはイズの行動に対して、文句を言うことはなかった。

 親友が見捨てた理由が『異端と言う自分』を晒したがゆえに。

 自分のしたいこと、するべきことを晒すことができなくなった。

 あの時に彼の心は実質死んだようなもので、今はその延長線上。

 人並みの感情は残ってこそいるものの、本質的には変わらずイズに従っている。


 そうしておけばとりあえずは惰性の人生も幸せに生きられると思った結果だ。

 だから彼がする行動は一つだけ。見たもののそれを放置するだけだ。

 そも、相手はこの世界でも出鱈目に強いとされるほどの人物。

 強さも十二分に理解している。戦ったところで勝ち目はない。


「お疲れさまでした。」


 そう言って扉を閉めて寝床につく。

 これで終わりだ。連にはそれ以外はなかった。

 仕事で人を捕まえることはあってもそれは仕事であり、

 警官だった頃の正義感と言ったものはもうない。











 彼自身も理解していない。

 これからも従順に生きていれば生きていける。

 それでいいじゃないか。そう言い聞かせたと言うのに。

 なぜかその手には、雄輝の身体を抱きとめていた。


「あれ?」


 消えたことに理解が追いつかないイズ。

 『いやいやそんなまさか』と思って連をみやると同時。

 扉が閉まると同時に階段を駆け上がる音。


「───おい。レン。お前何やってんだ?」


 先ほどまで下卑た笑みを浮かべていたはずの彼女は、

 視線だけで人を殺せるような殺意の眼差しへと変わる。

 外へ逃げられた時のことを考えラフな格好に着替えてから、

 地下から階段を常人離れした跳躍で駆け上がっていく。

 そのまま部屋へ戻れば、開いていた窓から飛び出す。


「アンタも、あたしを裏切るとは思わなかったよ。」


 殺意がオーラとして滲み出ている。

 近くを通りがかった人が見ただけで腰を抜かすほどの気迫と共に、

 イズは人間離れした健脚でアンタレスの街を駆け抜け始めた。




「ひぇー、おっかねぇ。」


 ベッドの下から雄輝と共に這い出てくる連。

 彼女の強さは嫌と言う程理解している状況で、

 単純な逃げで逃げ切れるわけがないことは分かっていた。

 だから一度隠れてやり過ごしたのちに、イズの移動した後をついていく形で移動を始める。


「あれは確実に人殺せるな。会いたくないもんだよ。」


 怒らせたときのイズは相手にしたくない。

 既に経験済みで鳥肌が立ってくる。


「あの、何故助けて……」


 雄輝にとって戸惑いしかない。

 人の心が読めると言うわけではないが、

 完全に見捨てられた。そう確信したほどに冗談ではない一言。

 だから理解できない。行動と言葉が一致してない現状を。


「それなんだけど、分からん。」


 上着を回収して外へと出ながら、なげやりに答える。

 それについていく形で雄輝も外へと出たが、

 窓からではなく玄関からと無駄に律儀だ。


「なんで助けちゃったんだかねぇ。

 余生を過ごすには悪くない場所だったのに。」


 仕事があって、笑えて、うまい飯が食えて、寝床もある。

 酒だって飲める。タバコは好きなものがなくやめたがそれぐらいだ。

 いい環境かと言うと別だが、絶望的に悪いような場所でもなく。

 生きていくには特別困らないような場所で、此処は平和だ。


(なーにやってんだろ。)


 それを捨ててまで助けたかった理由が、まだわからない。


「自分の、せいですか。」


「ああ、いや。勝手に助けたんだ。

 少なくとも君のせいじゃないって。」


 申し訳なさそうな雄輝の頭をなでつつ、

 今はこの街から離れなければならない。

 町を離れるための手段は殆ど限られる、と言うより一択だ。

 足元が覚束ない雄輝を背負って、人ごみに紛れながら目的の場所へ向かう。


(よし見つけた。)


 クリーム色の幌に、それに近しい色の修繕跡が見受けられる馬車。

 見覚えのある馬車を見つければ近くでパイプを吹かしている、

 生傷が目立つ一人の男性の下へと駆け寄る。


「ルイスさん!」


「お、レンの旦那かどうした?」


「ちょっとこの子……どこから来たんだっけ。」


「アウストラリス……」


「まで送ってください。」


「状況見ろ。人が入るスペースなんて殆どないぞ。

 と言うかどんだけ長距離は知らせる気だよアンタ。

 ついでに言えば俺は商人であって足に使うな、他当たれ。」


 ルイスがパイプを向けた先には、

 かなりぎっしりと積まれている荷物。

 人を二人も乗せれるほどのスペースはない。


「あ、じゃあこいつだけでもお願いします。」


 二人はともかく、一人ぐらいならギリギリ何とかなりそうなスペース。

 荷物を多少詰めれば無理とは言えないレベルではある。


「人の話聞けって。だから俺は商人だっつーの!

 第一、事故が起きたとき荷物でこいつが潰れたらどうする……」


「本当に時間ないんで。お願いします。」


 どこか飄々としていた態度はなく、ただ真摯に頭を下げる。

 さっきまでとは別人のような態度を前に、ルイスと呼ばれた男も言葉を失う。

 自分でもなんでこんなにムキになってやってるんだろうか。

 頭を下げるのが嫌ではない。心が死んだ人間だと言うのに、

 なんでこんなに必死になって助けようとしてるんだろう。

 今日会ったばかりで、別にショタコンと言った嗜好もなく。

 わけのわからぬ行動に、自分に対して内心呆れていた。


「……ま、昔助けられたよしみだ。

 一つぐらいは恩返ししとかねえとな。

 ただ、責任は持たない。坊主もそれでいいか?」


 元々無理に乗せてもらう身だ。

 贅沢など言うつもりはなく、雄輝は小さく頷く。


「あ、このこと黙っておくこと推奨です。」


「おい、まさか犯罪絡み……いやなんでもない。」


 犯罪の片棒を担がされてるのではと思ったが、聞かないことにした。

 一応連はこの場所で泣き言は言いながらもまっとうに仕事をしていた身だ。

 脛に傷持ちの自分達とは違う、この街にいていいような奴ではない。

 連が哲学的ゾンビの如く生きてると言うことを知らない彼にとっては、

 態度はともかく根は真面目な人間にしかみえないのだから。


「いつか理由教えろよな。」


「生きてたらで。」


 馬車を軽く見送った後、

 その馬車を追うように小走りで人ごみに紛れる。

 自分も早急にこの街から出ないと、いつイズに襲われるか分からない。


(……寄っとくか。)


 スーツ姿はどうあってもこの場所では目立つ。

 隠し通す為、昼にも立ち寄ったジェーンの店に向かう。


「おや、どうした? なんか外騒がしいけど。」


「その騒がしいことを何とかしたいので、性能高いローブください。」


「いや脈絡なさすぎでしょ。」


 今にもここへ来るのではないか。

 そんな気がしてならず連の表情は焦っている。

 ああして地下室で行為に及ぼうとしてた以上、

 世間的に露呈すること自体は避けてるとみていいので、

 大事にしないようある程度慎重に立ち回っているはずだ。

 だから直接指名手配とかで包囲網なんてことはしてこない。

 直ちに街全てが敵に回ることはないと言えども、不安はぬぐえない。


「じゃあこれ。」


 そう言って投げ渡されるのは、灰色のローブ。

 いかにも盗賊が身に着けてそうな何処か薄暗い雰囲気が感じられる。

 肌触りはふんわりとしつつも、何処か硬くも感じる不思議な感触だ。


「しなやかでかつ硬い繊維の奴。あるホロックの所で支給される制服があるんだけど、

 使われてる動物繊維が斬撃にめっぽう強いわ。そいやそこの奴の人が今日来たって噂が……」


「すいません、世間話聞いてる暇ないんで会計を。」


 財布を手早く取り出し、

 あるだけのギルを出そうとするが、


「別にいいわよ。」


 手をブンブンと振ってまさかの否定される。


「はい?」


「試作品だから。試作品でも有用性を広めてくれればいいわ。」


 時間がないことを考えれば、

 ただでくれると言うのはありがたいと言えばありがたい。


「けどいいんすか?」


「じゃあ今から七十万ギルにする?」


「貰いますありがとうございます。」


 想像以上の高額を提示され、素直に受け取ることにする。

 一応払えないわけではないが、最初に懸念した支払いの時間が掛かってしまう。

 とてもそれほどの額を支払ってられる余裕はないだろう。


「それが必要ってことは相当だけど、大丈夫なわけ?」


 試作品とは言えかなり優れた素材を使った代物。

 これでなければならない理由が外の騒がしい要因か。

 彼が仕事をしてる場面を見てないわけではないが、

 派手な戦い方をするわけではない彼には無用の長物だとも感じていた。


「大丈夫ですよ。本当にありがとうございます。」


 ローブを羽織り、フードを被りながら礼を言って店を出る。

 くたびれていたスーツ姿は隠れて、住人と違和感はない。

 そのまま走ったりして目立たぬよう、早歩きで人ごみへと紛れ込む。


「……なにしたんだか。」


 閉店には時間が早いものの、

 少し騒がしい状況に興味が出てきた。

 今日は閉店にするため明かりを落とし、店じまいの準備を始める。


 ◇ ◇ ◇


(逃げ切れ……るといいなぁ。)


 正直逃げ切れるとは思ってない。

 イズは誇張抜きで最強と呼ばれる人の一人である。

 一応、地下室で行為に及ぼうとしてたことからあれはこの街でもアウト。

 表立って『連を捕まえろ』と言うつもりはないと言うことは分かる。

 付け入る隙があるとするなら、そこ以外にない。


(ま、張り詰めてる方が気付かれそうだ。

 自然体でなんとか生き延びるとしますかね。)


 戦闘経験が豊富な相手に、

 警戒心とかは寧ろ敏感になる。

 今までのどこか飄々としていた雰囲気のように、人ごみの中を歩きだす。

 どうなるか分からない不安はあれど、本来はそういうものだ。

 ただ生きてただけに近い彼の瞳は、今までよりも光が感じられるものになっていた。






 なお、アウストラリスの名前を忘れてしまった結果、

 無駄に遠回りしてある場所へ辿り着くのは別の話である。

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