9話 領主の娘
「……なんでだろう?」
夜。
宿に移動して部屋を取り、その後、ごはんを食べていた。
たっぷりの野菜が入ったスープを食べつつ、俺は首を傾げていた。
「あの魔物、周りの反応からしたら、相当に厄介な相手だったはず。そんなヤツを倒したのだから、それなりの反応があってもいいはず」
別に、もてはやしてほしいわけじゃない。
ただ、俺のスキルの有用性を認めてもらい……
ぜひ冒険者になってほしい! なんていう展開を少し期待していた。
でも、実際はそんな展開はない。
あれは、ただの奇跡ということで片付けられて……
相変わらず、俺のスキルは外れ扱い。
「まいったな」
付け合せのパンをスープに浸して食べながら、ぼやきをこぼす。
いきなり、なにもかもがうまくいくとは思っていなかったが……
魔物を倒したことで、多少は周囲の評価が変わるのでは? という期待はあった。
しかし、実際はなにも変化なし。
ここまでスルーされてしまうと、少し不安になってしまう。
俺、うまくやっていけるんだろうか……?
「すみません」
声をかけられて振り返ると、どこかで見た女性が。
燃えるような赤い髪が特徴的だ。
動きやすさを意識しているのか、はたまた、それほど髪型にこだわっていないのか、肩の辺りで切りそろえられている。
髪とそろえているかのように、瞳も真紅だ。
凛としたところを感じて……
どのような困難にぶつかろうと、前に突き進むという意思の強さを感じられる。
軽鎧と長剣。
冒険者としての一般的な装備を身に着けている。
その他、冒険に必要な小道具が入っているであろうポーチが腰に見えた。
あの時は怪鳥が襲来していたから、じっくりと見ていなかったが……
こうして見ると、とても綺麗な人だ。
落ち着いた雰囲気もあり、それがまた、この人の良さを引き立てている。
「えっと……なんでしょう?」
「突然、失礼します。私は、アリア・アイスフィールド。Cランクの冒険者です」
「あ、はい。俺は、ユウ・ロウェル。冒険者に憧れている一般人、というところですね」
この人、Cランクなのか。
俺の師になってくれないだろうか?
「私のことは、アリアで。あなたのことは、名前で呼んでも?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう、ユウ」
俺に用があるらしく、アリアが対面の席に座る。
飲み物を注文してから、再びこちらを見た。
「それで、どうしたんですか?」
「突然のことで、もうしわけないのですが……話を聞かせてもらえればと思って」
「話……ですか?」
「単刀直入に聞きます。昼間の怪鳥……ソードファルコンを倒したのは、ユウですか?」
「それは……」
驚いてしまう。
その話をしても、誰も信じてくれず、しまいには嘘つき呼ばわり。
ダメかと諦めていたのだけど……
「はい、そうですよ。あの怪鳥は、俺が倒しました」
「やはり……」
「あの……どうして、俺の話を信じてくれるんですか? 誰も信じてくれなかったのに……」
「正直なところを言うと、私も半信半疑という感じになります。ただ、偶然竜巻が発生して魔物を倒すなんて、考えづらいですし……それにあの時、魔法を唱えるように、あなたが『竜巻』とつぶやくのが聞こえました」
「なるほど」
「もしかしたら……あなたは、竜巻を生み出すことができるのではないのですか?」
「うーん」
俺の能力をアピールしていかなければ、冒険者になることは難しいだろう。
でも、こちらの手の内を全て明かしてしまうのはどうか、というジレンマがある。
中には、俺の能力を利用して、悪事を企む人もいるかもしれないし……
ただ、隠していたら、いつまで経っても状況は進展しないだろうし……
「そうですね……一応、できますよ」
考えた末に、曖昧な肯定をしておくことにした。
この人が信じるに値する人物と判断できた時は、全部を話す。
しかし今は一部の情報に留めておいて、様子を見守ることにしよう。
「やはり……!」
俺の言葉を受けて、アリアは興奮した。
「ユウは、あれほどの強力な攻撃手段を持っているのですね!?」
「そうですけど……いつでもどこでも、っていうわけじゃないですよ?」
一応、補足しておいた。
俺のスキルならば、竜巻を引き起こすことは可能だけど……
さすがに、屋内や地下などで竜巻を発生させることは難しい。
「竜巻を発生させることのできない条件というのはあるのですか?」
「屋内など、空が見えない場所ですね」
「なるほど……空のないところで竜巻が発生することはない。そういうことですね?」
「はい。あとは……怪鳥を倒した時の威力を発生させるには、それなりに天気が悪くないとダメですね。快晴の状態だと、なかなかに難しいかもしれません」
例え快晴だろうと、俺のスキルで荒れさせてしまえばいいのだけど……
そこはまだ、秘密にしておくことにした。
「なんで、そんなことを?」
「実は……私は今、とある依頼を抱えているのです」
アリアの事情をまとめると、こんな感じになる。
とある女の子が魔物の呪いを受けた。
女の子は起き上がることができないほどに衰弱をして、死を待つだけ。
魔物を倒せば呪いは解除されるが、その魔物はCランクの強敵。
現状、同じCランクのソードファルコンを倒すこともできず……
その魔物も放置されていた。
「しかし……このままでは、あの子は死んでしまいます。あと、いくら保つことか……」
「ソードファルコンを倒そうとした時と同じように、人を集めたりはしないんですか?」
「もちろん、募集をかけました。しかし、相手はソードファルコンと同じ希少種……さらに、呪いをかけるという特殊能力を有しています。この街の冒険者たちは恐れをなして、誰も協力してくれませんでした……」
「なるほど」
アリアには酷な話だけど、仕方ないと言えた。
強い魔物を相手にするのには危険が伴うし……
ましてや、相手が呪いを持っているとなれば、危険度は倍増だ。
自分の命を守るために、依頼を請けなかったとしても仕方ない。
「ソードファルコンを一撃で倒したユウの力があれば、あの魔物もきっと……!」
「ふむ」
「危険に巻き込むわけで、恥知らずなお願いであることは、十分に承知しています。しかし、どうか……どうかお願いします! あの子を助けるために、力を貸してください!」
「いいですよ」
「……え?」
了承すると、アリアはなぜかきょとんとした。
何度かまばたきをして……
恐る恐るといった感じで、問い返してくる。
「今、なんて……?」
「いいですよ、って」
「……本当に?」
「本当に」
「え、いや、しかし……そんな簡単に。本当にいいのですか? 私が言うのもなんですが、魔物はかなりの強敵で、命の危険も……」
「その子が命の危険に晒されているというのなら、自分のことを気にしているヒマなんでありませんよ。その子を助けるために、俺にやれることがあるなら、全力を尽くすだけです」
「……ありがとうございます」
アリアは深く頭を下げた。
「ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんなりと。あ、お礼の話でしょうか? それならば……」
「ああ、いや。そういうのは、全部片付いた時でいいですから」
「そう……ですか?」
「ちょっと気になっただけなんですけど……呪いをかけられた子っていうのは、アリアの知り合いなんですか?」
「……どうして、そのように?」
「その子のことを、とても心配しているように見えたので」
アリアが女の子のことを語る時は、すごく熱が入っている。
ただの依頼人ではなくて、それこそ、家族のことを語るような……そんな感じだ。
「ユウは不思議な人ですね」
「え?」
「常識では考えられないような力を持ち、さらに、とても鋭い目を持っています。まるで、英雄みたいです」
そう言われると、素直にうれしい。
現金なヤツと思われてしまうかもしれないが、頬が緩んでしまいそうだ。
「……ユウを信頼して話しますが、このことは他言無用でお願いします」
「わかりました。口は固い方なので、安心してください」
「呪いをかけられた女の子は領主の娘で、名前を、マリア・アイスフィールドといいます」
「え? アイスフィールド、っていうことは……」
「はい。私は、その子の姉であり……領主の娘でもあります」
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