7話 雨を呼ぶ者
「……まいったな」
師匠になってくれるCランク以上の冒険者を探して、どれくらい経っただろうか?
リンクスに到着したのが朝。
今は陽が頭上に見えるから……
数時間は探していた計算になる。
それだけの時間をかけても、師匠になってくれる人は見つからない。
それなりの数の冒険者を見つけることはできたし、中には、Cランクの人もいた。
しかし、師匠になってほしいと言うと、渋い顔をして断られてしまった。
よくよく考えてみれば、当たり前のことだ。
師匠になるメリットが少ないのだ。
ギルドから助成金などは出るらしいが、それは微々たるもの。
基本、弟子を鍛えないといけないし、弟子の依頼に付き合わないといけない。
放置することも可能だけど……
一度、師匠になったものが放置をしすぎたら、それはそれで、監督責任の放棄ということでギルドから注意を受けてしまう。
最後に、一番の問題として……
「俺のスキルを聞くと、みんな、嫌そうな顔をして逃げるんだよな」
スキルはなんですか?
『天気予報』です。
なんて話をしたら、そこで最後。
ものすごい勢いで逃げられてしまう。
それが、俺のスキルに対する世間の評価だ。
『天候操作』もあるから、かなり有用だと思うんだけどな……最後まで、きちんと話を聞いてくれる人がいない。
「ふう」
そんなわけで……
師匠になってくれるというのは、なかなかに難しいことだった。
「今すぐにでも、依頼を請けて冒険者として活動したいんだけど……世の中、なかなかうまくいかないなあ」
スキルが進化した時は、これならば英雄になれる、と思ったけれど……
世の中、そんなに甘くないらしい。
これくらいの困難は当たり前。
女神さまがそう言っているみたいで、俺は、どうすればいいか途方に暮れていた。
「まあ、冒険者を探して探して探しまくって、片っ端から頼み込むしかないんだけどな」
ツテなんてものはないので、できることといえば、誠心誠意頼み込むだけだ。
「とはいえ……さすがに疲れた。まずは飯を食べるか」
――――――――――
屋台で売られていたホットドッグで空腹を満たした後、公園で体を休める。
冒険者を探すにしても、今の時間は向いていないのではないか?
夜、酒場などを探した方が手間が省けるのではないか?
そんなことを考えて、昼はゆっくりと過ごすことにしたのだ。
「……ふぁ!?」
頬に冷たいものが当たり、ビクンと震える。
どうやら、うたた寝していたみたいだ。
何事かと上を見ると、灰色の雲が一面に広がっているのた見えた。
「しまった」
公園で休む前にスキルを使用したが、昼過ぎから雨の予報が出ていた。
少し寝すぎてしまったみたいだ。
そんなことを考えたところで……
ふと、周囲が騒がしいことに気がついた。
街の人が血相を変えて走り、建物の中に逃げ込んでいる。
「お、おいっ、あんた!」
逃げる途中らしい街の人に声をかけられた。
「ぼーっとしてないで、早く逃げた方がいい! そんな広いところにいたら、ヤツの餌食になるぞ!」
「餌食? どういうことですか?」
「この街は今、ソードファルコンに狙われているんだ! のんびりしていたら……あぁ、ヤツが来た!?」
街の人は怯えるまま、この場を逃げ出した。
ソードファルコンというのは……魔物だろうか?
たぶん、名前からして魔物だと思う。
ただ、どういうヤツなのか、さっぱりわからない。
天気の勉強はしたものの、魔物の勉強はしていない。
「キュアアアアアッ!!!」
けたたましい鳴き声と共に、巨大な怪鳥が姿を見せた。
全身が剣のように鋭い羽に覆われている。
あれが、ソードファルコンだろうか?
怪鳥は再び唸り声を響かせると、翼を大きく広げた。
バサバサと大きく羽ばたかせて……
ザザザザザッ!
矢が降り注ぐように、羽が周囲に降り注いだ。
ただの羽ではなくて、木のベンチなどを簡単に貫通する。
「刃のような羽なのか? だから、ソードファルコン……か」
なかなかに厄介な魔物だ。
ただ、恐怖は感じない。
俺の方が上という自負がある。
「できれば、もう少し詳しい情報が欲しいところだけど……のんびりしていられる状況じゃないな」
視線の先、公園の茂みに小さな女の子が隠れているのが見えた。
逃げ遅れたのだろう。
今すぐに助けに行かないと!
「待ちなさい!」
駆け出そうとしたら、腕を掴まれて制止させられた。
振り返ると、帯剣した女の人が。
「ソードファルコンの襲来で、公園は危険区域に指定されました。あなたは冒険者ですか?」
「いえ、違います」
「なら、早く避難してください。ここにいたら危ないです」
「……あそこに逃げ遅れている女の子は?」
「把握しています。しかし、無策で飛び込めば、新しい犠牲者が出てしまいます。しっかりと作戦を立てて、人を集めてからでないと……」
「それじゃあ遅いです。すみませんが、勝手をさせてもらいます!」
「あっ、待ちなさい!?」
女の人の手を振り払い、俺は一気に駆け出した。
「キュルルルルルッ!!!」
ソードファルコンが俺を視界に捉えた。
そして、独特な鳴き声を響かせて、再び羽を射出しようとする。
雷を落とせば、たぶん、一撃で仕留めることができると思う。
あの衝撃と熱に耐えられる生き物なんて、そうそういない。
ただ、今は小雨ではあるが雨が降っている。
下手に雷を落としたら、俺だけではなくて、女の子も感電させて巻き込んでしまうかもしれない。
「烈風!」
ヤツが羽を放った瞬間、強風を起こした。
羽の矢は軌道を外れ……
そのうちの数本が、逆にソードファルコンに突き刺さる。
「キュルルルルルッ!?」
怪鳥は悲鳴のような鳴き声を響かせるが、地に伏してくれることはない。
さすがに、自爆技で死ぬほどやわではないのだろう。
ただ、ある程度のダメージは与えられたみたいだ。
目に見えて動きが鈍くなる。
その間に、俺は一気に公園を駆け抜けて、女の子のところへ移動した。
「大丈夫か!?」
「あ、あぅ……」
女の子は涙を流しながらも、コクリと頷いた。
怯えの中に安堵の色が見える。
俺が来たことで、助かったと思っているのだろう。
その信頼、絶対に裏切ることはできない。
「さあ、一緒に行こう」
女の子を抱きかかえて、公園の出口に向かう。
しかし、逃げるよりも先に怪鳥が体勢を立て直してしまう。
怒りに燃えているような感じで、俺たちを睨みつけてくる。
「お、お兄ちゃん……あの魔物が……」
「大丈夫。お兄ちゃんに任せてくれ」
唯一の懸念だった女の子の安全は、俺が確保した。
本当ならば、女の子をしっかりと逃した後に、怪鳥を始末したいが……
それだけの時間はないみたいだ。
まあ、問題はない。
この状態ならば、手加減をすることなく、思う存分にやれる。
俺のスキルは、『天気予報』。
それと、進化した『天候操作』の二つ。
天候操作のスキルを使えば、ブラックバイパーを倒した時のように、雷を任意の対象に落とすことができる。
ただ、さきほども言ったように、小雨が降っている中では雷撃は使えない。
しかし、問題はない。
天気を利用した攻撃方法は、他にもたくさんあるのだから。
例えば……
「竜巻!」
風が渦を巻いて、超加速。
雲にまで届くほどの巨大な渦を形成して……
そして、怪鳥を一気に飲み込む。
「ギョッ!? ガガガガガッ!!!?」
暴力の化身というような風の渦に飲み込まれた怪鳥は、奇怪な悲鳴をあげた。
体のあちこちを風の刃で切り刻まれて、あるいは、捻じ曲げられて……
抵抗することを許されず、そのまま絶命した。
「な? 大丈夫だっただろう?」
腕の中の女の子に語りかけると、ほどなくして満面の笑みを浮かべ、
「ありがとう、お兄ちゃん!」
頬にキスされてしまうのだった。
本日19時にもう一度更新します。