4話 覚醒
「これが……ブラックバイパー……」
隣のアルフィンが、かすれた声で言う。
その声には、恐怖の感情で占められていた。
その気持ちはよくわかる。
正直に言うと、俺も震えていた。
まだ少し離れているのに、目の前にいるかのように大きく見える。
それほどまでに巨大なのだ。
そして、巨大な圧を放っている。
猛禽類と相対しているような……いや、それ以上だ。
絶対的な死をもたらす存在に狙われたかのような、命の危機を感じる。
「くそっ、まだ避難が終わっていないのに……!」
「……ユウは、避難の手伝いをお願い」
アルフィンが剣を抜いた。
「なにを……!?」
「どうにかして、私が時間を稼ぐから。だから、その間にみんなを連れて逃げて」
「そんなことできるわけないだろ!? それなら、俺も一緒に……」
「ユウのスキルだと、戦うことはできないでしょう?」
「それ、は……」
痛いところを突かれてしまい、それ以上、言葉を続けることができない。
「大丈夫。私も死にたくなんてないから、適当なところで切り上げて、逃げるよ」
「そんな、ことは……」
「それじゃあ……」
こんな時なのに、アルフィンは笑い……
「……さようなら」
最後の別れというように、そう言うと、一気に駆け出した。
「俺は……」
アルフィンの背中が遠ざかる。
そして、家の影に隠れて消える。
ほどなくして、ブラックバイパーの咆哮が再び響いてきた。
それに紛れるようにして、剣戟の音。
アルフィンが戦っている。
文字通り、命を賭けて戦っている。
村のために。
家族のために。
そして……俺のために。
「お、おい。なにをぼーっとしているんだ」
「……クラインさん……」
「彼女の犠牲を無駄にしてはいけない。今すぐに、残っている人たちを避難させるぞ」
「……」
「どうしたんだ!?」
「ダメだ……このまま、アルフィンだけに任せるなんてこと、できるわけがない」
「ユウ!?」
「やっぱり、俺も行きます! アルフィンと一緒に戦う!」
後を追いかけようとするが、クラインさんに肩を掴まれて止められる。
「バカなことを言うんじゃない! ユウが行ってなんになる!? 死ぬだけじゃないか!」
「だからって、アルフィンを犠牲にするなんてこと、できるわけないでしょ!」
「仕方ないんだ、仕方ないんだよ……! 他にどうすることも……彼女を犠牲にするしかないんだ!」
「そんなの、俺でもいいはずでしょ!?」
「ユウの外れスキルじゃあ、なにもできないだろう!?」
「くっ」
「アルフィンは力がある。正直、僕よりも強い……だから、彼女が残るのが、一番なんだ。これ以外の手はないんだ……僕らは、力がないんだから」
力がない?
確かにそうかもしれない。
俺のスキルは戦闘に向いておらず、また、日頃から剣を握ってきたわけではない。
アルフィンの十分の一の力も持っていないだろう。
それでも。
そうだとしても。
ここで逃げるような男は、男じゃない。
英雄になんて、なれるわけがない。
俺は前を向く。
そして、突き進む。
そのための力がない?
絶対に打ち破ることができないであろう、壁が立ちはだかっている?
そんなこと……
「知ったものかぁっ!!!」
「ユウ!?」
クラインさんの声を背後に、俺は地面を蹴り、駆け出した。
前だけを見て、走り、走り、走り……走り続ける。
すぐにブラックバイパーと……そして、ボロボロになったアルフィンの姿が見えた。
脇腹を押さえるようにして、地面に膝をついていた。
剣は折れて、あちこちから出血している。
心が折れそうな時、いつもアルフィンが助けてくれた。
何度救われたかわからない。
だから、今度は俺がアルフィンを助ける番だ。
「アルフィンから……離れろぉっ!!!」
「ユウ!?」
立てかけられていた薪割り用の斧を手に、ブラックバイパーに攻撃をしかけた。
完全に不意を突いた形となり、斧がブラックバイパーに届く。
しかし。
ギィンという音と共に、斧の刃が砕け散る。
さすがに、薪割り用の斧では、ブラックバイパーの鱗を砕くことはできなかったらしい。
ただ、ブラックバイパーの注意を引くことはできた。
獲物を取られると思ったのか、怒りの視線をこちらに向けてくる。
「いいぞ、こっちだ! こっちに来い!」
「ユウ……やめてっ、そんなことをしたら、ユウが死んじゃう……!」
「アルフィンが死ぬよりマシだ! 今のうちに、早く逃げてくれ!」
「やだ、いやよ……! ユウが死ぬなんて、そんなこと……ダメ、絶対にダメだから、ダメなんだから!」
ブラックバイパーと対峙した時も泣いていないアルフィンが、今、ポロポロと涙をこぼしていた。
子供のように泣いていた。
そんなアルフィンの姿を見て、ズキリと胸が痛む。
俺は……
アルフィンを助けるつもりだったのに、どうして泣かせているんだ?
そんな顔をしてほしいわけじゃない。
いつものように笑っていてほしい……ただ、それだけなんだ。
「くっ……俺は!」
「キシャアアアアアッ!!!」
ブラックバイパーが吠える。
俺の命を刈り取ろうと、ゆっくりと距離を詰めてくる。
このままだと、俺は死ぬ。
アルフィンの前で死ぬ。
それは、彼女の心にとてつもない傷を作ってしまうだろう。
それだけじゃない。
俺が死ねば、ブラックバイパーはアルフィンを狙うだろう。
結局のところ、アルフィンを助けることができない。
アルフィンを傷つけて……
アルフィンを殺してしまうなんて……
そんなことは絶対に認められない。
どうすれば、それを避けられる?
この現実を塗り替えることができる?
力だ。
ブラックバイパーを倒せるだけの力があればいい。
そして、その力は……俺の中にある!!!
<スキル『天気予報』が『天候操作』に進化しました>
どこからともなく、そんな声が聞こえたような気がした。
しかし、その真偽を確かめているヒマはない。
ただ、俺は感覚的に理解していた。
長年、磨き続けていた俺のスキルが、ようやく進化したということを。
シュテルさんの言っていたことは、正しかった。
どんなスキルでも、磨けば光ることができる。
輝くことができる。
それを今、証明しよう。
「招雷!」
ガッ!!!
ガラスをまとめて叩き割るような轟音が響いて……
瞬間、世界が一瞬だけ白に染まる。
世界の色が元に戻ると……
ブラックバイパーは全身が黒焦げになっていた。
生きているはずもなくて……ブスブスと煙を上げた後、その巨体を地面に倒した。
「……え?」
アルフィンがぽかんと、間の抜けた声をこぼす。
「ど、どういうこと……? 今、なにが……」
「雷だよ」
「雷……?」
「ヤツに雷を当てた」
雷の速度は、1秒間に約30万キロメートル。
避けられるわけがない。
そして、条件にもよるが、その温度は2万7700度に達する。
どれだけ強靭な鱗に覆われていようと、これだけの熱に耐えられるわけがない。
「どうして、こんなに都合よく落雷が……空は晴れているのに。もしかして、奇跡……?」
「奇跡なんかじゃないさ」
「え?」
「これが、俺の新しいスキル……天候操作だ」
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