3話 襲撃
翌日。
いつものように朝早くに起きた俺は、まずは両親の仕事を手伝った。
農家の朝は早いのだ。
労働に勤しみ、汗を流して……
その後、遅いごはんを食べて、俺の担当は終了。
後は自由時間だ。
そうすることが当たり前のように、俺はいつもの場所へ向かう。
いつも森の泉で訓練をしていたせいか、他の場所だと落ち着かないのだ。
「おはよう、ユウ」
「おはよう、アルフィン」
途中でアルフィンと出会う。
彼女は腰に剣を下げていた。
「今日、私も一緒に訓練をしてもいいかな?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとう」
彼女の持つスキルは『剣技』だ。
俺とは違い、実戦に向いたスキルで少しうらやましい。
「ユウと一緒に訓練すると、色々と捗るんだよね」
「そうなのか? 俺なんかよりも、村の大人……衛兵に相手をしてもらった方が、色々と上達すると思うけどな」
「まったく……鈍いんだから」
「なんのことだ?」
「ううん、こっちの話よ。さあ、行きましょう」
アルフィンと一緒に森の泉へ……行く前に、知った顔から声をかけられる。
「やあ」
甘いマスクの青年の名前は、クライン・フォンレッド。
俺たちの三つ上で、村の衛兵を務めている。
ちなみに、所持しているスキルは『槍術』だ。
そのことを示すように、背中に大きな槍を背負っている。
「おはよう、ユウ。アルフィン」
「……おはようございます」
「おはようございます」
正直に言おう。
俺は、クラインさんが苦手だ。
決して悪い人じゃない。
悪い人じゃないんだけど……
「もしかして、これから訓練かい?」
「ええ、まあ」
「うーん……何度も言っているけど、やめておいた方がいいんじゃないかな? アルフィンはともかく、ユウが冒険者になれることはない。なにしろ、外れスキルだからね」
「……っ……」
「無駄な努力をするよりも、もっと現実を見た方がいい。両親の仕事を手伝い、家を継ぐこと。それが、ユウが今一番すべきことだと思うよ。うん、それ以外にない。つまらないことはしていないで、いい加減、現実を見よう」
これだ。
俺のことを否定して、自分の意見が絶対的に正しいと信じて、押しつけてくる。
本人は善意で言っているのだろうが……
俺からしたら、余計なおせっかいでしかない。
俺の未来は俺が決める。
「アルフィンの稽古なら、僕が見よう。ユウは家に帰り、仕事を手伝い……」
「いいえ!」
アルフィンがやけに険しい顔をして、大きな声でキッパリと言う。
「私はユウと一緒に稽古をしますから!」
「しかし、外れスキルを持つユウが相手じゃあ、大して意味は……」
「あ・り・ま・す!」
「うっ」
おもいきり睨みつけられて、クラインさんが怯む。
女の子なのだけど、さすがの迫力だ。
伊達に、小さい頃にガキ大将のごとく暴れまわっていただけのことはある。
「行きましょう、ユウ」
「あ、ああ」
「やれやれ……」
クラインさんは、仕方ないというような顔をして、引き止めるのを諦める。
これが、いつも繰り返されているやりとりだ。
いつものことなので、いつものように適当に受け流す。
それが一番だ。
しかし。
この日、いつもとは違うこと。
初めて起きるような、危機が訪れた。
「た、大変だーっ!」
血相を変えて、隣の家のおじさんが大きな声をあげた。
その尋常ではない様子に、クラインさんが厳しい顔になる。
「どうしたんですか?」
「狩りの途中、ま、魔物が村に近づいているのを見つけたんだ!」
「魔物……ですか?」
小さい村ではあるが、魔物の被害はそれなりに多い。
作物が荒らされたり、家畜が襲われたり……年に数件は発生している。
それなのに、なんでここまで慌てているのか?
気になるため、この場に留まり、クラインさんと一緒に話を聞く。
「魔物というと……スライムが作物を荒らしに? それとも、ゴブリンなどが家畜を?」
「ち、違う……そんな生易しいものじゃない……」
「と、いうと……?」
「ぶ……ブラックバイパーだ!」
「「「なっ!?」」」
クラインさんと一緒に、俺とアルフィンも驚きの声をあげてしまう。
ブラックバイパー。
一言で言うならば、巨大な黒い蛇の魔物だ。
年齢によりサイズは異なるが、平均すると20メートルほどになるという。
おまけに、体は鉄のように固い鱗に覆われている。
災厄としか言いようのない魔物で、村の一つや二つ、簡単に壊滅させられてしまう。
ブラックバイパーを倒すには、ベテランと呼ばれているCランクの冒険者が10人は必要と言われている。
それだけの力を持つ魔物が、この村に……?
「それは本当ですか!? 見間違いという可能性は!?」
「あ、あんなでかい化け物、見間違えるわけないだろう……あれは、絶対にブラックバイパーだ……しかも、この村を目指しているようだった……」
「そ、そんな……」
絶望的が感染したかのように、クラインさんの顔が青くなる。
言葉もない様子で震えるのだけど……
怯えるのは後だ。
今は、やらないといけないことがあるだろうに。
「場所は?」
「え……?」
「どこでブラックバイパーを? その場所は!?」
「え、えっと……森に入って、い、1時間くらい歩いたところだな。あ、いや……もしかしたら、2時間だったかも……?」
「大事なことなんだ、しっかりと思い出してください!」
「あ、ああ……えっと……に、2時間だ。間違いない」
「ということは、ここに戻ってくるまでの時間を差し引いて、猶予は……1時間くらい、っていうところか」
幸いなことに、ブラックバイパーは足が遅い。
全速力が、人の歩く速度と同じくらいだ。
そのことを考えると、猶予は1時間と言えた。
「な、なんていうことだ……い、今すぐに領主さまに連絡を取り、討伐のための兵士を……」
「クラインさん、そんなことをしても無駄ですよ」
「む、無駄なんていうことは……」
「いくらなんでも、1時間で連絡を取り、兵士を派遣してもらうなんてこと、できるわけがない。冷静に考えればわかることでしょう?」
「そ、そうだね……すまない。少し取り乱していたみたいだ」
「仕方ないですよ。取り乱して普通ですからね」
「僕とは違い、ユウは落ち着いているね」
「ホント……私なんて、言葉を忘れるくらいに驚いて動揺しているのに」
「十分、驚いていますよ。でも、今はそんなことよりも、やらないといけないことがあるから」
「……スキルはともかく、ユウの心は、冒険者に向いているのかもしれないね」
クラインさんが複雑な顔をして、そんなことを言う。
「ユウ、どうするの?」
アルフィンの質問に、少し考えてから答える。
「……村を捨てて避難しよう」
「そんなバカな!? 村を捨てるなんて……そのようなことをしたら、僕たちは生きていけない!」
クラインさんが反対するのだけど、
「なら、村と一緒に心中を?」
「……」
現実を突きつけると、反論できない様子で黙る。
「今は、一分一秒でも惜しい。こんなところで、議論している場合じゃないんだ。俺が言うよりも、クラインさんが言わないと、たぶん、大人たちは納得してくれない。早く決断を!」
「……わ、わかったよ。ユウの言う通りにしよう」
クラインさんは頷いた後、すぐに村長の家に向けて駆け出した。
――――――――――
すぐに避難が行われるものの……
小さな村とはいえ、1時間で全員が避難できるわけがない。
パニックになり、混乱が発生して……
避難した人は、全体の7割という感じだろうか?
そんな中、残り時間は……
「キシャアアアアアッ!!!」
……ゼロだ。
村の入り口から、鋭い咆哮が響いてきた。
恐る恐る、そちらに視線を向けると……
山のように巨大なブラックバイパーの姿があった。
本日19時にもう一度更新します。