10話 誰かのために
驚いた。
どこか気品があるような印象は受けていたが、まさか領主の娘とは。
「あれ?」
なんで、領主の娘なんていう人が冒険者をやっているのだろう?
「実は……私の母は正妻ではなくて、妾なのです」
こちらの疑問を察したらしく、アリアがそんな話をする。
「父に愛されていないというわけではないのですが、跡継ぎとして期待をされているわけでもなくて……自由にしてよいと言われました」
「それで、冒険者に?」
「はい、妹のために」
「それは、どういう?」
「妹は体が弱く、度々、病に伏せていました。そんな妹を助けるために、薬草などを集めて……そうしているうちに、いつの間にか冒険者に」
「なるほど……妹さんのことが好きなんですね」
「はい。母は違いますが、私にとって、かけがえのない大切な妹です」
そう語るアリアは、とても優しい顔をしていた。
妾を持つ貴族の家などは、ドロドロな関係が生まれやすいと聞くが、アリアの場合はそんなことはないらしい。
アリアの顔を見ればわかる。
妹を心から思っているのがわかり、女神さまのようでもあった。
「妹のために……どうか、力を貸していただきたい」
「はい、喜んで」
誰かのために力を振るうことに、迷いなんてない。
むしろ、誇りさえある。
かつて、英雄がそうしたように。
俺も、誰かの力になっていきたいと思う。
――――――――――
翌日。
準備を整えた後、俺とアリアはリンクスの街を後にした。
目指す場所は、アリアの妹に呪いをかけた魔物の根城。
1時間ほど歩いたところの平原に出没するらしい。
「でも……そんなところにいる魔物が、どうして、アリアの妹に呪いを?」
「それは……」
隣を歩くアリアが顔を曇らせた。
女の子にそんな顔をさせてしまうことはもうしわけなく思うが……
聞くことは聞いておかないと、後で後悔するかもしれない。
「……私のせいなのです」
「アリアのせい?」
「あの日……久しぶりに体調の良かったマリアは、私と一緒に散歩に行きたいと言いました。普段、体を動かす機会がないため、散歩が大好きなんです」
「それで、街の外に?」
「見たことのない街の外に出たいと言われてしまい……父の護衛もあるし、私もついているからと、許可してしまいました。しかし、知らずのうちに魔物のテリトリーに入ってしまい、不意を突かれてマリアが呪いに……」
「なるほど……ね」
物事だけを並べてみれば、アリアの責任は大きい。
ただ、単純に彼女だけを責めることはできない。
配慮は足りないかもしれないが……
妹のために、という想いはとてもきれいなもので、なくてはならないものなのだから。
「ですから……私は、絶対に妹を助けなければならないのです。この命に変えても……!」
「それは違いますよ」
「え?」
アリアが気負う気持ちはわかる。
でも、命に変えても、なんていうのは間違いだ。
「自分を助けるためにアリアが犠牲になったと知れば、マリアちゃんはどう思う?」
「そ、それは……」
「絶対に助ける。その強い想いは必要だと思いますよ。でも、自己犠牲の精神なんてものはいらない。キツイ言い方をすると、残される人のことを考えていない自己満足ですね」
「うっ……」
「だからこそ」
アリアの目をまっすぐに見て、強い口調で言う。
俺の思いよ、届け。
「アリアは、妹だけじゃなくて、自分自身も助けないといけない」
「私……自身を……?」
「そうすることで、マリアちゃんは、本当の意味で救われると……俺は、そう思いますよ」
「……」
アリアがぼーっとした顔になる。
どことなく、ショックを受けているみたいだ。
しまった。
言い過ぎただろうか?
俺は、あくまでも第三者で……
冷静に考えると、明らかに踏み込みすぎだ。
あんな偉そうなことを言える立場じゃない。
まあ、撤回はしないけど。
俺は、俺なりの信念がある。
正しいと思うからこそ、厳しいこともぶつけるわけで……
でなければ、あんなことは言わない。
もしも撤回をしたら、それは曖昧なことを口にしたという証にもなるわけで……
故に、最後まで貫き通す。
それだけだ。
「そう……ですね」
しばらくして、アリアは小さな声で言う。
声量は低いが……
しかし、ハッキリとした意思の強さを感じられる口調だ。
「少し勘違いをしていました。ユウの言う通りです。私は、絶対にマリアを助けますが……私も、またマリアに会いたい。絶対に死ぬわけにはいきません」
「その意気ですよ」
「ありがとう、ユウ。あなたのおかげで、思い違いを正すことができました」
「それならよかったです。偉そうなことを言ったかなって、ちょっとビクビクしていましたよ」
「偉そうなことなんて、そんなことはありません。ユウの言葉は、不思議と胸に響きますね。とても熱い気持ちになります」
アリアは、そっと己の胸元に手を当てた。
その奥にある熱を確かめるように、目を閉じる。
「……ふぅ」
ややあって、アリアは目を開けた。
その目はとても綺麗に澄んでいた。
「改めて、覚悟が定まりました」
「そうですか」
「行きましょう、ユウ」
「了解です、アリア」
魔物と戦う前に、話をしておいてよかった。
下手をしたら、アリアは無謀な突撃をしていたかもしれない。
でも、今はそんなことはしないだろう。
安心して、一緒に戦うことができる。
「こちらです、ついてきてください」
アリアの案内で平原を進む。
ほどなくして、ピリピリとした感覚が肌に広がる。
この雰囲気……魔物が近いのかもしれない。
「……そこの岩陰に」
音を立てないように注意して、アリアと一緒に岩陰に隠れた。
そして、静かに顔を出すと……
アリアの妹に呪いをかけた魔物……アーリマンの姿が見えた。
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