1話 外れスキル
俺……ユウ・ロウェルは英雄に憧れている。
一騎当千の力を持つ強者。
歴史的偉業を達成する。
弱者の命を救い、人々を笑顔にする。
それが英雄だ。
男の中の男であり、その存在に憧れない人はいない。
もちろん、俺もその一人で……
男として生まれた以上、英雄になりたいと思っている。
思っていたのだけど……
その夢は、いきなりつまづくことになってしまう。
――――――――――
この世界は女神さまに守られている。
事故や病気、魔物に襲われるという小さな事件はどうしようもないが……
破滅的な天災や魔王の復活など、大規模な災害が起きることはない。
女神さまの加護を授かる英雄が現れて、未然に防ぐからだ。
他にも、女神さまは人々のために力を与えている。
それがスキルだ。
一人につき一つ。
10歳になると、特殊な能力が使えるようになる。
その儀式は『甘結の儀式』と呼ばれていて、世界各地で行われている。
俺がいる田舎の村……エルグでも、もちろん、執り行われる。
この日を待ち望んできた。
スキルの内容によっては、強くなることができて、女神さまに選ばれる可能性もある。
つまり、英雄になれるということだ。
期待せざるをえない。
剣の扱いに優れた、『剣聖』のスキルをもらえたりして?
あるいは、魔法に長けた『賢者』だったりして?
あれこれと考えて、夢と希望が膨らんでいく。
しかし、待ち受けていた現実は……
「ユウ・ロウェルよ……そなたに与えられるスキルは、『天気予報』です」
女神さまの意思を伝える巫女により、そんな言葉が告げられた。
その対象は……もちろん、俺。
つまり……
この瞬間をずっと待ち望んだ俺が得たスキルは、『天気予報』という、とんでもない外れスキルだった。
――――――――――
「はぁあああぁぁぁ……」
儀式を終えた後、俺はその場から逃げ出した。
他のみんなは、剣とか魔法とか、強くなることができそうなスキルを得ていた。
あるいは、鑑定とか収納とか、戦闘能力はないものの非常に有用なスキルを授かっていた。
それなのに……俺は、天気予報。
あまりの落差。
あまりの外れスキル。
誰もが俺を笑い、哀れみ、最後には同情をして……
それらの視線に耐えきれなくなった俺は、その場から逃げ出したのだ。
村中を走り、人気のない丘に上り……
「はぁあああああぁぁぁ……」
膝を抱えてうずくまる。
もはやため息しか出てこない。
「天気予報ってなんだよ、天気予報って……そんなスキルで、どうやって英雄になれっていうんだよ……なれるわけないじゃん、詰みじゃん……俺の夢、終わった……」
情けないことに、じわりと涙が出てきた。
感情がうまくコントロールできない。
でも、仕方ないのだ。
だって、それくらいに英雄に憧れていたのだから。
絶対に英雄になると、強く思っていたのだから。
その夢が打ち砕かれて……
果てしなく虚しく、泣けてきた。
「お?」
ふと、俺以外の人の声がした。
振り返ると、見知らぬ男の人が。
いや……見知らぬ人じゃない。
依頼で村を訪ねている冒険者だ。
村の近くに出没した魔物を討伐するために、村長が呼んだとか。
英雄は、基本的に冒険者がなるものだ。
だから俺は、冒険者にも強い興味を持っていて、わざわざ宿に押しかけて色々と聞いた覚えがある。
突然、こんな子供に質問攻めにされたら、機嫌を損ねてもおかしくないんだけど……
彼は笑顔で質問に答えてくれた。
あと、自身の冒険譚をおもしろおかしく話してくれた。
そんな彼の名前は……
「……シュテルさん……」
「おうっ、シュテルさんだ。誰かと思ったら、ユウじゃねえか。どうしたんだ、こんなところに一人で?」
「それは……」
話しづらいことなので、口ごもってしまう。
そんな俺を見たシュテルさんは、隣に座る。
そのままなにも言わずに、俺の頭を撫でた。
「うわっ」
「そんなシケた面してるんじゃねーよ。ガキは毎日笑ってるもんだ」
「そんなこと言われても……」
「なにがあったんだ? 俺でよかったら話を聞くぞ。っていうか、話せ。気になる」
「……強引だなぁ」
シュテルさんらしい態度に、わずかに気分が浮上して、苦笑した。
それから俺は、自分のことについて話した。
英雄に憧れていること。
しかし、得たスキルはとんでもない外れだったこと。
「……っていうわけなんだ。こんなスキルじゃあ、英雄になんてなれっこない……これから、って思っていたのに、先がまったくなくて……ホント、泣きたいよ」
「諦めるには、まだ早いんじゃねーか?」
「え? だって……」
こんな外れスキルでどうしろと?
どうすることもできない。
できるわけがない。
シュテルさんは、落ち込む俺を放っておくことができなくて、どうにかして慰めたいと思っているんだろう。
元気になってほしいと思っているんだろう。
でも。
そんな適当な理由じゃなくて、シュテルさんは、本気の顔をしていた。
諦めるには早いと、本気でそう思っているようだった。
「ユウが得たスキルは、なにかしら意味があるはずだ。俺は、そう思う」
「意味……?」
「だって、女神さまがしてることだぜ? ただ天気予報をさせるためだけに、そんなスキルを授けるなんてこと、しねーだろ」
「そう言われてみると……」
「ひょっとしたら、とんでもなく強力なスキルかもしれねーぜ? あるいは……今は使えなくても、鍛えればモノになるかもしれねーし」
「……鍛える……」
シュテルさんの言葉が胸に染みる。
そうだ……シュテルさんの言う通りじゃないか。
まだスキルを得たばかりで……
そもそも、一度も使用していない。
それなのに、可能性がないなんて諦めるのは、早いんじゃないか?
仮に、本当に天気を予報するだけのスキルだったとしても……
それだけで終わるなんて、決めつけてしまう必要はない。
シュテルさんが言うように、鍛えれば進化する可能性はある。
スキルは、使用する具合によって、変化すると聞いたことがあるし……
俺のスキルも、このままで終わらないかもしれない。
そうだ!
こんなところで諦めて、腐り、泣いている場合じゃない!
「シュテルさん!」
「お?」
「ありがとうございます! 俺、目が覚めました」
「おーおー、やる気が出たみたいだな?」
「はいっ、シュテルさんのおかげです! 本当にありがとうございます!」
「俺は大したことしてねえけどな。その情熱は、ユウが元々持ってたもんさ」
「でも、それに火を点けてくれたのはシュテルさんです」
「そんな役があったのなら、ま、うれしいわな」
「俺、必ず冒険者になります! そして、英雄になってみせます! だから……いつか、一緒に冒険をしてくれませんか!?」
精一杯の勇気をこめて言う。
すると、シュテルさんはニカッと笑い……
「おう、いいぜ。その時を楽しみにしている」
「あ……はいっ!」
俺とシュテルさんは拳をコツンと軽くぶつけて、男と男の約束を交わした。
思いつきで、もう一つ新作を始めてみました。
本日19時に、もう一度更新します。