はじまり。
手に持ったランタンに火をいれる。俺の仕事の始まりだ。懐中電灯に比べれば心細い灯りだが、これから進む暗闇の中ではこれだけが頼りだ。背中のリュックに括り付けている小さな鳥かごからはかわいらしい声が聞こえる。
「チッチ、今日も頼むな。」
小さな相棒に声をかけて今日も地下へと潜っていく。記憶を頼りに地下へ地下へと。
俺がこの街で生きていけるのは記憶があるからだ。かって繁栄していたこの街の記憶。俺の思い出の中ではこの街はたくさんの店があり、多くの人や車が行きかっていた。地下鉄の路線はこの街を中心に蜘蛛の巣のように広がっていたし、世界で一番便利な街としてこの土地に住むみんなの自慢の街であった。もともと雨の多い気候の街で濡れるのを嫌がった人々は地下街を発達させた。もちろん地下だけじゃなく、地面から生えてきた超高層ビルたちはにょきにょきと空を隙間なく埋め尽くしていたのだった。だが、今はその頃の面影はまったくない。世界で一番高かったグランドタワーの薄汚れた先端部だけがちょびっと見えている。過去の繁栄はすべて砂の下だ。見渡す限りの砂まみれ、水もなければ、生き物もほとんどいないこの街は「モグラ」といわれるトレジャーハンターの聖地だ。モグラは危険を顧みず地下へと潜り、そして過去のモノたちを持って帰ってくる。俺の仕事は「モグラ」だった。
この砂漠の中で珍しくグランドタワーの周辺は活気づいている。地下へと潜るには地上に生えるように突き出ているグランドタワー屋上部から潜るしかない。なのでグランドタワーの周りには水や消耗品、お弁当や保存食などなんでも手に入る市場が広がっていた。俺は人込みの中を縫うようにすすんでいく、早くから並ばないと受付が混んでしまい、潜る時間が少なくなってしまう。もう受付には数名が並んでいるのが見えている。その列の最後尾へと早足で滑り込んだ。
「よう。今日はどこまでいくんだ?」
前に並ぶ男に話かけられた。モグラ仲間の男だ。この街の男たちは風呂に入らないからむちゃくちゃ汚い。ついでにいうと口も臭い。
「たまには歯ぐらいみがけよ……今日は35階までアタックしてみようと思ってるんだ。西ブロックから降りていくルートを見つけてね。」
うんざりした顔で答える。見つけたもなにも、もともとこの街で遊びまわっていた俺はグランドタワーやその周辺を良く知っている。今は安全に通れるかどうかを確認しているだけなのだがそんなことわかりはしないだろう。
「そんなに清潔にしてるのはお前ぐらいだぞ。というか、俺にもそのルート教えてくれよ。」
「そうだな、お前が40階まで降りられたらお祝いに教えるよ。降りれたらの話しだけどな。」
笑いながらそう伝える。こいつは臭いが嫌いじゃない。俺がこの街にきて初めて話しかけてくれたのもこいつだった。ふとその時を思い出し、懐かしさに浸る。
「いいのか??約束だぞ。まぁ、まだまだ先は長いからな。その時は頼むよ。俺が死ぬまでに追いつければいいけどな。おっと俺の番だ、先に行くな。」
前のパーティの手続きが終わったようで列が進んでいく。人懐っこい顔でにやりと笑うと、三本の指しかない異形な手のひらを大きく振りながら男は受付へと向かって行った。受付はすんなり終わったようで俺の番となり、免許をだしながら、今回のアタックプランを記載していく。といっても目標階と帰還予定日を記載するだけなのだが。
「1泊2日ですか?珍しいですね。」
「西ブロック経由の35階を目指そうかなと思ってるんです。あのあたりはまだ掘られてないかなと。」
西ブロックは昔よく遊んだゲームセンターがあったなと思いを馳せる。あそこに行けると思うとわくわくしてくる。
「確かに西ブロックの40階以下はほとんどだれも入っていませんからね。面白いものを見つけたら教えてくださいね。」
受付嬢に笑顔で承認スタンプを押され、渡された探索者タグを腕にはめる。ここからは何が起こっても自己責任の世界だ。地中にたまったガスにやられることもある、何かの事故で死んでしまうこともあるだろう、金に目がくらんだやつに襲われることも。それでも俺はこのモグラという職業が好きだった。誰もいない地中で思い出に1人で浸るができる。この世界では地中にしか俺の思い出は無かったから。思い出の中にしか俺の場所は無いのだから。