9話:第二配下ゾン子誕生
「プルルルルー!」
すかさず躍り掛かるはプルルンの勇姿。
緑の粘体を軽快に弾ませ、落ちた魔剣へ有無を言わさず覆い被さった。
実にいいタイミングだ。見事な動き。
「プルルン任せた。そのまま抑え込んでいてくれ!」
「プルップルー!」
「今のうちに、僕はこっちを黙らす」
魔剣が離れ、しかもプルルンに封じられたことで、ゾンビ娘は再び停止している。
さっきまでの猛威が嘘のように、佇んだまま特別な動きを見せない。
おそらく最後の好機だ。ここで決着をつけねばならない。
僕は右手に魔力を集め、今度はこちらからゾンビ娘へと駆け寄っていく。
「内なる声を知るでなし、外なる声を聞くでなし、己に刻むは我が呼び声のみ」
無防備なゾンビ娘へ迫り、詠唱を終えた直後に、伸ばした右手を彼女の額へ叩き付ける。
その際、ボサボサの前髪が掻き上げられ、額に浮かぶ朱色の紋様が一瞬見えた。いや、今は気にしている場合じゃない。
冷たい死者の肌へ触れ合わせた手から、強力な洗脳干渉魔法を注ぎ込む。
相手の内面へと無遠慮に踏み入り、意識を強引に操作して、個人の価値観を塗り替えるという陰鬱非道の魔法だ。普通の魔族がこれを受ければ、自己防衛本能と魔法による強制干渉の狭間で自我を掻き乱され、最もナイーブな心の奥底を弄られる反動で、精神崩壊を起こし廃人化してしまうことも珍しくない。
対象の肉体ではなく、精神を侵し支配するための魔法。消耗が大きい割に効果が浸透するまで時間が掛かり、万全に通っても相手の心を壊して木偶人形の如く変えてしまう可能性が高いという、とても使い勝手が悪い魔法だ。
でも今回は例外に該当する。なにせゾンビ娘は死霊族、死んでいる時点で自我はなく、精神も何も残していない。だから遠慮なく最大出力で魔法を送り込み、魔剣によって張り巡らされた傀儡の糸を断ち切り、僕の支配下として塗り替えていくことが出来る。
「ヴ……ヴ……」
ゾンビ娘は僕に内面へ侵入されていても、拒絶反応の類は一切示さない。
口を半開きにして、ろくに動かず、低く呻くばかり。
魔剣に操られている間は何度も肝を冷やさせられたけれど、こうなってしまえばこちらの物だ。
プルルンが頑張って抑えつけてくれている間に、主人としての書き換えを完了させる。
「そういえば、キミは闘鬼族から死霊族になったんだね」
「ヴ……ヴ……」
洗脳干渉魔法を施している間に、僕はさっき気付いた事を問い掛けてみた。
彼女自身の正体へ関わる話題についてではあったけど、やはりというかまともな返事は返ってこない。
闘鬼族は魔族の中でも、その名が示す通り特に戦闘へ秀でた種族だ。闘争本能が高く、反射神経などにも優れ、何よりも戦いを好む性質がある。
そのため争い事を求めて古くから極北大陸各地を放浪しており、戦いがあれば積極的に参じていく気性から傭兵魔族とも呼ばれてきた。
個人主義的な性格も強く、同族間で固まって生活することは殆どない。親子ですら早い段階で別々の道を歩き始める。しかも戦場で敵対すれば、それが血を分けた肉親であろうとも気負いなく互いの命を奪い合うという、生粋の戦闘民族というのは有名な話。
彼等は全般的に魔法の扱いが不得手で、専ら自身の肉体を用いての直接戦闘を行う。これは持って生まれた魔力総量が他の魔族に比べて少ないということではなく、無意識のうちに内在魔力を身体能力強化や再生能力の向上へ割り振っているため、魔法として消費するだけの余力がないためだとか。
そんな闘鬼族の特徴は、額に独特な紋様が存在していること。ゾンビ娘の額に件の紋様を見付けたから、僕は彼女が闘鬼族なのだと知ることができた。
生来より戦いが得意な闘鬼族を、アンデットとして甦らせたのなら、具える戦闘力は相当なものといえる。配下として加えるのに、尚の事相応しい。
「僕の言うことが分かるかい?」
「ヴ……ヴ……」
「僕がキミの新しい御主人様だよ」
「ヴ……ヴ……」
魔法として必要な魔力を全て流し終え、ゾンビ娘の額から手を放した。
見た目には特段の変化がない。虚ろな眼差しもそのままで、表情にも思慮は感じられない。
僕の方を見ないけど、他の何かへ関心を寄せているふうでもなし。この時点では成功か失敗か、まだ分からないね。
「いい子だから、言われたとおりにしてごらん」
「ヴ……ヴ……」
「しゃがんで、自分の膝を抱え、いいと言うまで動かないこと」
「ヴ……ヴ……」
僕が命じると、ゾンビ娘は逆らうこともなく座り込み、指示通りに膝を抱えた。
どうやら洗脳は無事完了したようだ。これで一つ憂いは消えた。
あとは魔剣を確保して、彼女へ触れさせないよう注意していないといけない。魔剣の力でまた洗脳し直されたら面倒だから。
「そうだ、名前がいるね。とはいえ本名は分かりようもないし。……よし、キミは今から死霊族のゾン子だ。今後、僕はキミをゾン子と呼ぶ。自分の呼称を記憶するんだ。いいね、ゾン子」
「ヴ……ヴ……」
ゾンビ娘だからゾン子。なんのヒネリもない安直な名前だけど、こういうのは分かり易いのが一番だよ。
というわけでゾン子を配下第二号に定めて、僕は魔剣が落ちた場所へ向かうことにする。
一度振り返ってみたけど、ゾン子は大人しく座った状態で動いていない。命令には忠実に服従する姿勢が確認できた。