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7話:死を敷く剣

「プルル!?」

「まずい。プルルン、離れるんだ!」


 異変に気付き振り返るプルルンを制し、僕はすぐさま魔力を編む。

 僕とプルルン両方を護る為に、防御用の魔法を詠唱した。


「護りの方陣、迫る脅威に抗う壁を、我等が前に齎さん」


 溢れた魔力が僕達の前面に結集していき、透明な光の壁を構築する。

 物理、そして魔法双方へ耐性を持つ障壁だ。注いだ魔力も少なくない。そう簡単には抜かれない筈。


「ヴ……ヴ……」


 僕の氷結拘束を破壊したゾンビ娘は、虚ろな目のまま低く唸っていた。

 目玉刻印が不気味な黒刃の魔剣は、彼女の左手に握り持たれたまま。しかしゾンビ娘自身は、今は佇み動く様子がない。

 魔剣が現れた空間の亀裂も、既に閉じて見えなくなっている。あれは何処へ通じていたのだろうか。距離を越えた別の場所。或いは魔剣が自らを収蔵するために作った疑似空間。可能性は幾つかある。

 魔剣とは文字通り魔力を備えた剣。魔武器の中の一系統だ。

 炎や氷といった属性を有しているだけの物もあれば、まったく異質な魔力を、それこそ空間を裂き移動するような力が宿っている物もある。

 生まれ方も様々で、偶然が重なり鍛冶屋が生み出してしまう場合や、逆に特殊な武器を造ろうと意図的に鍛造される場合。強力な怨念、妄執を込めて人類が打ち上げてしまう場合。高位の魔族が己自身を魔剣へと変容させる場合など、経緯も多岐に渡る。そして生まれた理由・目的に応じた力を秘めていることが殆ど。

 言えることは何処にでも転がっている代物じゃなく、かなりの珍品、希少品の部類だということと。それ自体が並々ならぬ力を持った闇の魔導器ということ。

 強力であるからこそ使い方を誤れば持ち主は容易に破滅してしまうし、周囲にも未曽有の災禍を撒き散らす。とても危険で扱い難い。好んで関わりたくはない物品だね。


「キミ達は何者だ。どうして此処に?」


 相手の目的や方針が知れないため、試しに問い掛けてみた。

 するとゾンビ娘の頭が動き、何も映さない白濁した双眸が、僕の方を見る。

 こちらの声に反応したのか。そう思った時には、黒い魔剣を振り翳して彼女が飛び出していた。


「ヴ……ヴ……」


 艶のない小さな唇からは抑揚ない唸りだけを零し、目にも表情にもまったく力はない。

 だというのに体は躍動的に前進し、左腕は高々と振られる。頭上に掲げられた黒い刃の切っ先が、天井擦って火花を散らす。

 ゾンビ娘自身には自我も敵意も感じない。しかし行動はどう見ても敵対的。本能に拠る反射行動か、そうでないなら操られているか、どちらかだ。

 なんにせよ、加減を知らないゾンビの膂力で魔剣を叩き付けられたら、これは流石に冗談じゃ済まない。

 僕は更に後ろへ飛び退きつつ、狙うべきはどちらかを考える。


「吼え渡る怒号の雷霆、遍く破を従える連綿、ここへ倣い矛先と穿て」


 右手の中に詠唱で転じた魔力の雷を湛え、ゾンビ娘が持っている兇器、黒い魔剣へと差し向けた。

 束ねた雷撃が紫電の閃光となって解き放たれ、迷うことなく魔剣へと飛び直撃する。届いた雷閃は強烈な瞬きを発し、刃全体を駆け回って、衝撃音を掻き鳴らす。

 洞窟内を鮮やかな明滅が躍り、めまぐるしい雷音が四方へと反響した。耳を衝く轟きと、多段に爆ぜた火の粉が、五感の半分を妨げるほどに荒れる。

 連続する擦過音の源で、黒い刀身に纏わりつく雷電の紫線。それが剣全体を捕えている間、握っている側のゾンビ娘は動きを止めていた。

 魔剣を掲げた状態で左腕こそ上げているものの、僕へ向かっていた筈の足は床面を踏んだまま動かない。やはりというか両の瞳は相変わらず何処も見ていないし、本人は進もうとしているのに体が言うことを聞かない、という様子とも違う。

 その不自然に静止した姿を見て、僕もようやく読めてきた。


 ゾンビ娘を操っているのは洞窟の何処かに潜んでいるネクロマンサーではなく、あの魔剣だ。

 雷撃魔法が命中し、魔剣が衝撃を負った途端、彼女の動きが止まっていることから考えて間違いない。魔剣がゾンビ娘を支配操作しているから、魔法によるダメージで妨害が入ると操作が中断され動かなくなる。

 アンデットを操る力があるということは、おそらくアンデットを作る力もある。ゾンビ娘はあの魔剣を用いて用立てられた可能性が高い。本来の魔剣の持ち主が、魔剣の力を使って作ったのか。魔剣自体が手足として使うために作ったのか。細かいところまでは分からないけど。

 ただ一つはっきりした。あの魔剣を押さえれば、ゾンビ娘の支配が叶う。新たに手勢としてアンデットを作り出すこともできる。

 狙うべきは魔剣の方だ。


「プルルン!」

「プル!」

「あの剣が親玉だ。僕が魔法で弾き飛ばすから、キミが抑え込んでくれ」

「プルルー!」


 プルルンに行動方針を伝えてすぐ、僕は魔法の詠唱に入る。

 先刻と同じ要領で魔剣を狙い、反撃する暇を与えず釘付けにしてやろう。


「吼え渡る怒号の雷霆、遍く破を従える連綿、ここへ倣い矛先と穿て」


 再びの雷撃魔法を手中に描き、即座に魔剣目掛けて撃ち放った。

 二度目の紫電が閃光となって宙空を駆け、吸い寄せられるように黒い刃へと襲い掛かる。


「ヴ……ヴ……」


 だが、雷撃の到達より先にゾンビ娘が行動へ入った。

 左腕を引き下げながら前傾姿勢となり、こちらへ向かって大きく踏み出す。今一歩のところで、先の衝撃から魔剣が抜け出したために。

 黒の刀身が高く掲げられていた位置より瞬時に下り、魔法の軌道から逸れて雷電の紫閃は標的を逸した。目標を捕らえられず、進むまま洞窟の天井へぶつかり、岩に散らされる形で消えてしまう。

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