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64話:一撃離脱

「大成を留める氷、破業を熾す銀牙、貫くことなく閉じ込める瞬きよ」


 窮地のプルルンを直線上へ置き、詠唱によって魔力を練る。

 集中に集った力の胎動、それを五指によって握り潰した。拡散しようとする魔力を纏い、手を湖の中に突き込む。

 同時に解放された魔力が水中を瞬時に駆け、迫り来る大ナメクジへ到達。直後に力場が噴出し、粘体獣の全躯を巨大な氷の柱に閉じ込めた。

 湖中から突き立つ太い氷柱へと変わり、大ナメクジの行動は完全に停止している。白く霜が掛かるも澄んだ氷に、固く封じられた粘体獣の静止姿が透けて覗けた。プルルンにも被害はない。


「プルル~」

「わー、危なかったー」


 プルルンとレイドが一緒になって息を吐く。

 胸を撫で下ろす狼少年の一方、プルルンは緑の体を小刻みに揺すっていた。

 とはいえ完全に問題が解決したわけじゃないんだけど。


「安心するのは少し早いね。今の氷結魔法は僕の持つ魔法内で最速の凍結速度を誇るけど、一時的に動きを封じる効果しかない。粘体獣は生きているし、しばらくしたら氷が溶けてまた動き出す」

「えー!」

「だから今のうちにトドメを刺しておく必要がある。レイド、頼めるかな?」

「うん、任された!」


 元気よく自分の胸を叩いて、レイドは闘志を漲らせる。

 大きく息を吸い込んだ後、両手の拳を打ち合わせ、湖の淵から離れて後ろへ下がった。

 ある程度の距離を開けると、今度は湖へ向かって全速で駆け出す。岩床を軽快に踏み締めて十分な助走をつけ、岩床と水域の境目で跳躍した。

 ローンウルフ族のしなやかな脚力が少年の体を高々と跳び上がらせ、目標目掛けて放物線を描いていく。そのまま氷漬けにされた大ナメクジへと接近を遂げた。


「うっりゃーッ!」


 腹からの雄叫びを上げて、レイドの右腕が振り上げられる。

 五指の先に鋭い爪が光り、照明魔法を眩く反射した。

 跳び行く少年の細身が氷柱へ届くと共に、力強く振り下ろされる右腕。速度の乗った鋭爪の斬撃が氷柱を捉え、強烈な一閃が衝撃を生み、氷の塊を粉々に粉砕する。

 氷柱に閉じ込められる大ナメクジも同じ運命を辿り、破砕された氷諸共に分断四散し湖へと落ちていった。


「とおっー!」


 大ナメクジを撃破するやいなや、レイドは砕けた氷の大きな一欠けらを踏み、全身で捻転。即座に氷片を蹴り送り、岸側へ再跳躍を実行する。

 今度は助走をつけられないため最短距離の直線路を、こちら目掛けて跳んでくる。その途上、湖面スレスレを抜ける際に左手を下へ伸ばし、軌道上に浮いていたプルルンを掴んだ。

 五指で握り爪で引っ掛け、優しくとはいかなかったが、それでも緑の粘体を水中から引っこ抜く。手早い救出劇を成功させたレイドは、岸部へと一直線に突っ込んできた。


「そよぐ風緩く巻き、馴染んだ壁に抱擁を以て」


 頭からこちらに跳んでくるレイドへ向けて、微風魔法を展開する。

 彼の進行路に軟らかな風が巻いて描く壁を設け、逸れずに奔る狼少年をその中へ受け止めた。

 優しい風壁の覆いがレイドとプルルンを抱き込み、全ての衝撃を逃がしていく。着地のことまでは考えていなかったろうレイドも、無理なく止まることが叶った。

 その足で岩床の上に降りたレイドが手を放すと、プルルンも求めた足場の上に着地する。


「ふわぁ、ありがとうリーダー!」

「プルルルー」


 両手を広げて伸びをするレイドの隣で、プルルンは全身震わせ水気を飛ばす。

 一仕事を終えて戻った二人に頷いて、僕は魔力を閉じた。柔い風が自然に消え、湖の前には再び静けさが戻る。

 レイドに砕かれた大ナメクジ入りの氷柱は、彼が戻ってくる間に全て水中へ没した。見ている限り、一欠けらも浮いてはこない。


「よくやったね、レイド。日々行って来た努力の成果を、しっかりと見せてもらったよ」

「えへへ、リーダー、ボク強くなってるでしょ! 偉い? ねぇ偉い?」

「ああ、偉いよ。よく頑張ってる。感心した」

「わっふ~!」


 レイドは期待感を満載した顔で見上げ、僕の腕を引っ張ってきた。

 その頭に手を置いて、群青色の髪と一緒に撫でてやる。すると目を細めて嬉しそうに笑い、狼の耳は姿勢よく上に立った。尻尾は早く強く左右へ振りまくられ、ブンブンと風を切る音さえ聞こえる。

 実際、レイドの成長は目覚ましい。身体能力も然ることながら、咄嗟の判断力が特に目を引く。大ナメクジを砕いた後、岸側へ戻る為の足場として最も大きな氷塊を見定め、的確なバランスと移動で必要な跳躍力を作り出した。更にプルルンを拾っていく行程も加味しての行動は見事なものだ。

 ただし頭で考えて行ったというよりも、本能的な部分で肉体が必要な措置を採択し、反応したきらいがある。野性味の成せる業か。それもローンウルフ族の強味には違いない。


「プルルー」

「プル先輩も無事でよかったよー」

「そうだね。二人とも御苦労だった」


 プルルンは球形になってレイドの周りを飛び跳ね始めた。

 湖から引き上げてもらったことに感謝している。

 後輩の助けへ素直に謝意を述べられる理性的さは、やはり粘体獣とは大きく異なる差だ。元を辿れば同じウーズ族の系譜ではあるものの、あの大ナメクジは魔蟲と同じで魔物に類する。魔族には至らない敵対的な下位種。

 幼生体の頃から育て上げれば忠実な下部となるけれど、既に個我が確立されている成体は従えることが難しい。魔導器や洗脳魔法でも使わない限り、命の奪い合いになることは避けられないだろう。


「この湖は水棲粘体獣の餌場兼棲み処といったところか。あの一体だけとは考え難い。まだまだ潜んでいる可能性が高いな。今回の調査はこのぐらいにして、一度戻ろう。今後どうするか皆と話し合いたいしね」

「がってんだー!」

「プルップルー!」

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