58話:続、教えてクロバコ君
一番初めに『黒い箱』の適合者となった、そう語るクロバコ君の中の人。
適合者とはおそらく継承者と同じ意味だろう。僕以外に過去8人の継承者が居たという。新しい情報はありがたいけど、僕が知りたいのはもっと根本的な部分だ。
彼女ならば全てを知っているかもしれない。クロバコ君の記憶が修理されるには、まだまだ時間が掛かる見込みだから、この機に彼女から色々な話を聞いておきたいところ。
「聞きたいことが幾つかあるんだけど」
「まぁ、そうでしょうね。気持ちは分かるわよ。答えられることなら、話してあげられると思うわ」
「是非ともお願いしたいね。さっきまでクロバコ君の声には魔性の魅力が宿っていたけど、今は何も感じない。キミがなにかした?」
「あのままじゃ話辛かったでしょ。溢れる魔力を制御して、外へ漏れないように調整してるの。ナビゲーションAIはそういう作業が得意じゃないから、魔力がダダ漏れだったのね」
「キミにしろ、その体の主にしろ、古代先史文明の民ということで間違いない?」
「ユレ君からすればそうなるかしら。私からすれば未来人と対面してるわけだ。でも実感はないわね。此処じゃ時間の概念なんてあってないようなものだし」
「先史種族は魔族とも人類とも違う異種族と聞いてきた。でもその姿を見るに姿形は人型で、言葉も通じる。意外だよ」
「言っておくけど、私達の使ってる言語は別物よ? アルスノーヴァの中だから人格子アカウントの言語基体を同調させて、不自由なく会話が成立するように整えてるだけだからね。それと姿は似てても遺伝子構造が別規格なのはチェック済み。魔族に人類、そういう種族名も私にとって馴染みがないわ」
「なるほど、似ているようでもやっぱり違うということか」
同じ魔族の括りでもデーモン族とウーズ族は容姿から言語まで大きく違う。この例があるように、魔族は一見すると異種族同士にしか見えない者達も多い。それでも全てが傍系列で、根源的には同じ枠組みとなる。
その証明は、魔族の身へ流れる血だ。デーモン族だろうが、氷華族だろうが、妖精族だろうが、ウーズ族だろうが、どの魔族傍系種であっても血液の受け渡しが出来る。輸血しても一切の拒絶反応がなく、完全に馴染んでいく。つまり僕の血をプルルンに与えても問題ないし、アルデの血をクラニィに与えても問題ない。こうした血で繋がっている特性こそが魔族の証となっている。
逆に人類の血と魔族の血は交わらない。人類の血を魔族に入れる、あるいは魔族の血を人類に入れると、どちらの種族も肉体が受け付けず、臓器の機能不全、魔力の暴走、意識の喪失、肉体の破壊といった凄まじい反動が発生し、間を空けず死に至る。例外はない。
だから人類と魔族は完全な別種と考えられてきた。どんなに姿形が似ていても、デーモン族と人類は異なる種で、デーモン族とウーズ族こそが極めて近しい種となる。
魔族と人類の間に子供は生まれないけれど、魔族同士であれば傍系種の違いはあっても子供は作れる。これも分かり易い差だ。
こうした範例から考えると、僕達と先史種族が似ているようで差異があるのも納得できる。
「キミ達は、自分達をどう呼んでいたんだい?」
「ガイアゼル」
「ガイアゼル?」
「『地星ガイアの尊き子』という意味なんだけど。はっきり言って口当たりのいい言葉を選んで付けただけの過ぎた自称よ」
どこか投げやりな調子で語るクロバコ君の顔には、自嘲に歪む薄い笑みが浮かんでいた。
その表情だけで彼女が自分の種族に誇りや愛着をもたず、あまり好意的でないことが読める。
「棘のある言い方じゃないか」
「技術力は卓越しているけど、賢くはないもの。生命の価値を低く見て、権勢や利益の方が重視される社会性は、不健全の極地でしょ。誰もが優しさを忘れ、黒い欲望へ夢中になる種族の、どこが尊いんだって感じよ」
「古代文明の闇は深そうだな。なら次は――」
「悪いんだけど、ここまでにしてちょうだい。起きたばかりで動いたから、眠気がキツくなってきた。そろそろ落ちるわ」
更に質問を送ろうとした矢先、クロバコ君が僕へ向けて掌を突き出してきた。
空いているもう一方の手で額を押さえ、また俯いて吐息を零している。
「なんだって? 一番重要なことを聞いてない。『黒い箱』とはなんだ? 何をするための装置? 使えば何が出来る? 何が起こる? キミ達は『黒い箱』を使って何をした?」
「焦らなくても、じきにクロバコ君が教えてくれるわよ。今のままじゃ、何も出来はしないし、自己修復が完了するのを待てばいい。ユレ君も、もう戻りなさい」
こちらの問いにはもう明確な答えを返さずに、クロバコ君は両目を閉じた。
僕は当然ながら、まったく釈然としていない。不完全燃焼も甚だしい。ここで引き下がるのは我慢ならない。
そうは思っても、望む通りにいかないのが『黒い箱』関連だ。
一瞬、目の前を光の線が走って見えた。
不満を感じるより先に、駆け抜けた光へ意識のピントが合う。そして気付けば、僕は自分の肉体へ戻って来ていた。
立っているのは、巨大に佇む『黒い箱』の前。抜けるような青空ではなく、頭上の遠くに見えるのは天井だ。砂浜も海原も何処にもない。閉塞された無機物の世界で、僕は意識を取り戻している。




