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56話:砂浜の戦い

「マスター、上位排除プログラムは大変危険な相手です。正面から立ち向かうべきではありません」

「ああ、見れば分かるよ」


 僕とクロバコ君の抵抗を物ともせず、石鎧と大鉈で武装した巨人は三歩目を踏み出した。

 持ち上げられた脚が海面へ沈む度、新たな波が生まれて浜辺へと押し寄せてくる。それと共に聳え立つ人型は着実に距離を縮め、長い腕の有効射程に僕達を捉えてきた。

 巨人の右腕が、大鉈を握ったまま大きく振り上げられていく。目に見える攻撃動作に、僕とクロバコ君は立っていた場所より逃れるべく走り出した。

 太く雄々しい腕の頂が頭部を越えたところで、それが一度止められる。かと思えば、自重を乗せて素早く振り下ろされてきた。

 上がった時と同じ道を、最短距離で滑り、一気に砂浜へと迫る。握られた大鉈が轟々と風を切り、凶暴な圧力を伴って、少し前まで僕達の居た場所へ叩き付けられたのは直後だ。

 鉈の斬面が砂浜へ高速で激突し、爆ぜた衝撃が大量の砂を吹き散らす。重々しい動音も激しく響き、その一撃だけで地鳴りと振動が一帯へ伝わった。


「おおっと! こりゃ、とんでもないな」


 地揺れに足を取られながらも転ぶのは耐える。

 顔の前に手を回して舞い荒ぶ砂幕へ抗い、僕は鉈から腕、そして巨人へと見上げていった。

 暗い洞穴めいた頭部は奥側が見えず、視線の動きから次の攻撃を読むことはできない。

 勢いよく砂地を叩き、大鉈は深く減り込んでいる。とはいえ敵の巨体と剛力ならば、苦も無く振り上げることが可能だろう。

 今の一撃は避けることができたけれど、いつまでも逃げ続けてばかりいられるかどうか。拘束系の魔法は通じなかったが、こちらからも積極的に攻撃を加えていく必要があるかもしれない。


「音に聞く風、易く巻く旋風、声に応え音に答えよ」


 巨人を見上げたまま、僕は魔力を束ね詠唱によって研ぎ澄ます。

 目の前へ瞬時に幾本もの風が生まれ、旋風を巻いて砂粒が巻き上げられた。生じた風を狙い付け、巨大な右腕目掛けて解き放つ。

 飛び出した風陣は速度を得て鋭利な刃となり、目標点へと逸れなく向かった。

 相手が動き出すよりも早く、風の刃は右の二の腕へと衝突する。大ムカデの甲殻であっても容易に切り裂く鋭利の風だが、巨人の外筋へぶつかると軽い破裂音と鳴らして消え去ってしまった。

 一筋さえ傷は付いていない。堅牢な肉体の守りが、斬撃魔法を討ち破っている。


「どういう強度をしてるんだか。だったら」


 初手は無意味に終わったものの、それで諦める訳にはいかない。

 僕は再度魔力を練り、実体のない体ではあるけれど、委細構わず意識を集中する。


「吼え渡る怒号の雷霆、遍く破を従える連綿、ここへ倣い矛先と穿て」


 右手の中で、詠唱を経た魔力が雷に転じた。その手を巨人が脚を浸す海へと向ける。

 束ねた雷撃が紫電の閃光となって撃ち出され、眩い明光を散らせて海面へと直撃した。細波の渦中へ到達した雷閃は強烈な瞬きを発し、周辺部へ帯電状態を作り、稲光の感電音を掻き鳴らす。

 澄んだ青海を電流が駆け抜け、巨人の脚を伝って雷速により伝播。恐ろしいばかりの巨躯が紫と金の複合色に包まれ、あちこちからささやかな黒煙が上がり始めた。

 海を介した魔法攻撃。直接当てて駄目なら、環境を利用して使えばどうなる。


「マスター、危険です」


 クロバコ君の声が聞こえたと思った瞬間、僕の胸回りを黄金の鎖が一周し絞められた。

 次いで後ろ側へ遠慮ない力と速度で引かれ、対処しきれずバランスを失ってしまう。両足が砂地から浮き、背中と尻が同時に砂の中へ落ちた。

 視点は反転。見ていた巨人から真上の青空へと変わり、自分が仰向けに倒れているのだと気付く。

 そうかと思えば、今まさにその視界内を武骨な大鉈の側面が流れていった。一拍置いてから突風もかくやという風圧が吹き抜け、大量の砂を押し流していく。

 咄嗟に上体を起こして鉈の進路を追えば、巨人が右腕を横薙ぎに払っている姿があった。

 砂浜に叩き付けた大鉈を寝かせ、その場から僕を狙って振り払ったということか。

 クロバコ君の鎖が僕を引き倒していなければ、大鉈の薙ぎ払いに巻き込まれ、上半身が弾け飛んでいたことになる。

 雷撃魔法は命中したが、敵の動きを阻害する役には立っていないのか。最悪の結末を一瞬だけ想像して、全身に怖気が走った。


「助かったよ、クロバコ君」

「いえ、この程度のことしか出来ず申し訳ありません」


 振り返って見ると、クロバコ君は清廉な美貌を俯かせ、心苦し気に謝罪を口へする。

 今さっき命を助けられたばかりの身としては、そこまで落ち込まれると逆に辛くなってくるほどだ。なまじ魔力を含んだ声であるだけに、一語一句がこちらの感情を揺さぶってくる。

 ただしその効力があるのは現状で僕へだけ。あの巨人にはまったく効き目がない。


「僕の魔法もまったく用を為さないから困る。規格外の魔法抵抗力だ。こうなってくると、本当に逃げ回る以外に手段はなくなってくるな」

「バグの修正は続行中です。もう暫く時間を稼ぐ必要があります」

「とにかく早いところ頼むよ。はっきり言ってかなりのピンチだ」

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