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5話:立ち塞がるのはゾンビ女子

 洞窟を奥へ奥へと進むことしばらく。目に見える光景は変わり映えのしない石質構造。

 天井の高さは入口付近と同様で、両壁の間隔が緩やかに開けてきている。どうやら深部へ向かうほど空間自体が広くなっていくようだ。

 問題点としては、プルルン未侵入の箇所なために足場が自然窟そのままというところか。突き出した岩塊や転がっている岩の数は増し、注意していないと危ない。

 照明魔法の光球で進路を明らかにしているけれど、灯りがなければ歩くことさえ難しかったろう。

 しかしここで早速プルルンが役に立ってくれた。僕に先行して邪魔な障害物へ取り付き、消化することで道を作ってくれる。

 彼は空腹を癒すことができ、僕は恙なく進むことができる。実に効率的だ。


「いいね、プルルン。キミのお陰で大分歩きやすいよ」

「プルー」


 働きを評価すると、満足気なゲップが返ってきた。

 こころなしか、緑色の粘体表面も前より艶やかになっている気がする。

 食べた物をエネルギーに変換し、自己の維持力と共に体力の回復も行っているんだろう。ウーズ族が持つ生存能力の高さを垣間見る瞬間だね。


「ん?」

「プル?」


 プルルンの協力で尚も先行く途上で、僕の鼻に妙な臭いが届き始める。

 一方でプルルンは気付いていないらしい。不定の粘質体には臭気を感知する器官がないから。


「この先から臭いがする。やっぱり洞窟内には何かが潜んでいるようだ」

「プルプル」


 一歩を踏む毎に臭いは強く、近くなっていく。

 臭いに鈍感なプルルンも、何者かの気配を察知して警戒し始めた。

 鼻を衝くのは饐えた刺激で不快感を誘う。この独特な臭いは、生命活動を止めた遺骸が放つ死臭に間違いない。

 先に待つものへの覚悟を固めて、更に踏み出す。

 照明魔法の灯す光域が前へと伸び、沈んだ闇間を払って視界を解いた。

 明らかとなる世界。僕達の進路上に見えたのは、洞道の只中に立つ一つの人型だ。


「プルル!」

「プルルン、待った」


 現れた人型を新たな障害物と見做し、プルルンが飛び掛かろうとする。

 間一髪、僕の制止で緑の体は動きを止めた。先走って突っ込む直前、プルルンは力を失い床面へと落ちる。


「先手必勝もいいけどね、相手が何者か把握するのも重要だ。下手に間合いへ入って、強力な反撃を受けたら痛いだけ損だよ」

「プルル~」


 僕に襲い掛かった時を思い出したのか、プルルンは小さく震えながら引き下がっていく。

 しかし前方に立つ人型の方は動かない。照明魔法を伴って移動している以上、こちらが相手を認めた時には、向こうもこっちを確認している筈だけど。

 一定の距離を保ち、注意深く観察してみた。洞窟の真ん中に立っているのは、どうやら女性らしい。

 身長は150cmに満たない小柄ぶり。首筋程度まで無造作に伸びて、手入れがされずボサボサになっている金髪。フリルがついて少女チックではあるけど、あちこちに汚れが目立つドレスシャツと、端々の破れた青地のコルセットスカートを身に着けている。

 使い古された革製のブーツを履いていると思ったら、それは左足だけ。右足のブーツは壊れたのか失くしたのか、今は何もないから裸足という状態だ。

 なにより特徴的なのは、生気が感じられない土気色の肌だろう。左右の瞳も白濁していて色艶がなく、そもそも焦点が合っていない。なまじに目鼻立ちが整う可憐な容貌をしているから、異様さがより際立っている。

 臭いの発生源は彼女自身。これといった欠損は見られないけど、生命力はまったく感じない。完全に死んでいる。だというのに自分の足で立ち、体を支えているところから見て、アンデットだと分かった。


「アンデットは全体的な感覚が鈍く、知覚域も狭い。この距離だと僕達の存在に気付いてないかもね」

「プルプル?」

「いや、素通りは難しいと思う。どんなに壁寄りを進んでも、あんな風に中央で陣取られたら、どうやっても活動範囲に引っ掛かるだろうから」


 アンデットとは、死者が外的な要因によって再び動き始めた存在、死霊族だ。

 数ある魔族の中でも特異性が最も高い。まず先天的な死霊族は存在しない。あらゆる死霊族は元々別種族で、それが死後何かの原因によって再動することで死霊族となる。完全な後天系種。

 例えば僕が死に、誰かの施した不死化魔法で甦ったなら、その時点で僕はデーモン族でなく死霊族ということになる。

 死霊族とそうでない者の違いは、なによりも既に死んでいることの一点へ尽きる。

 死んでいるため体力という概念がなく、ほぼ永久に動き続けることが可能。ダメージも意味をなさず、限界を知らないため尋常じゃない運動能力を発揮する。止める方法は動いている体そのものを徹底的に破壊するよりない。

 飲食や睡眠、休息も不要だ。ただし自力での繁殖はできない。

 また感覚が殆どなく、或いは絶無。五感が機能しないから、外界の情報に対して無防備且つ受け身だね。

 死霊族の系統も幅広い。骨だけが動き出すスケルトンや、肉の残る死体が動くゾンビ。ゾンビの中でも生きた血肉を渇望する食欲の権化はグール。この辺りは頭の中がカラッポか、脳味噌が文字通り腐っているから知能は低い。

 実力の優れた魔族が高等転生魔法で自らを不死存在へ昇華したリッチ。肉体の柵を棄て、霊的存在としての自己確立を求めたレイス。リッチが更に長い研鑽と探求の果てに至るダークメシア。この辺りは魔法作用を用いることで逆に高次の知性を獲得し、より高みへと昇っていく。

 魔王四天王の一角、アンデットマスターのゾルテシオ卿はダークメシアで、2000年以上生きてきたらしい。人類と比べればずっと長命な魔族の中でも、更にダントツだ。


 立ち塞がっている女性アンデットは、肉体を持っていることからゾンビだろう。元が何の種族かは分からない。

 スケルトンやゾンビといった低級アンデットは、ネクロマンサーが実験ないし労働力として魔法で作る場合が多い。それ以外だと、土地に宿る魔力や呪詛が死体と結びついて偶然生まれる場合。死体が生前に持っていた魔石や装備類に付与されていた効果で自動的になってしまう場合が考えられる。

 もし彼女が前者なら、この洞窟の奥にはネクロマンサーが居る可能性が高い。しかし後者なら、何の意図もなくただ存在しているだけだ。しかしどちらにしろ近付けば戦いは避けられない。

 ネクロマンサーの使い魔であれば役割は番兵だろうし。天然ゾンビであれば制御の利かない暴走体で、近付くものを無秩序に攻撃してくる。

 さて、どうしたものかな。

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