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48話:妖精の働きぶり

 中央指令所は、妖典族の築いた工房跡を作り直し整えた僕の部屋だ。

 シラユキが異空間の中に雑多な品々を溜め込んでいるため、それを幾つか供出してもらう形で調度品は揃えている。歴代の守護者が、後継者候補の持ち物を回収してきた結果、溜まったものらしい。

 僕一人が使うには十分な大きさを持つ執務机、古びてはいるが頑丈で且つ座り心地のよい椅子。秘書であるクラニィ専用の小さな執務机と、霊木から削り出したという妖精族のための椅子。大きな本棚には研究書、趣味本、物語など多種多様な書籍が並ぶ。併設されるクローゼットは僕が着るローブが何着も収められ、日用品をまとめて置いている小テーブルも隅に一つ。

 指令所の中心には砂状の流体物質で作られ、ダンジョン全像を模した箱庭がある。構成する流体物質は与えた魔力に反応して自在に動き、プルルンによる拡張が進む度、自動的に模型庭が同じ形へと変化していく。お陰で現在のダンジョン全景を、いつでも俯瞰的に確認出来る。これは妖典族の置き土産。

 同じく妖典族が遺した掌サイズの魔法球は、ダンジョン内に散っている配下達へ、一括で僕の声を届けることができる通信用の魔導器だ。ただし送信機能しかなく、向こうからの声までは届かない。緊急時以外で使うことはないだろう。

 ダンジョン模型の傍には、もう一つの魔法球が設置されている。頭一つ分ほどもある大きさで、こちらはダンジョン内で実際に起こっている状況を、立体的な映像として投射できる優れもの。望む場所の現在を直接映し取り、目の前へ展開させてくれる。これにより指令所へ居ながら、全体の様子を把握することが可能となった。

 元々あった魔導器を、アルデが手を加え改良した一品だ。


 主要部の見回りと、行商人ミシガンへの注文を終えた僕は、指令所に戻りクラニィの作成した報告書へ目を通していく。

 魔導炉の状態及び稼働率、生成された魔力の濃度と量を観測した細かな情報、配分に於ける案、改修点の提案とそれによる機能性向上の予想値。

 ダンジョンの大きさ、作られた通路と小部屋の数、長さと広さ、使用用途の候補、今後必要とされるルート候補。

 育成中である魔生植物の種類と総数、現在の成長具合と効用の一覧、特性を鑑みた配置の草案。

 確保されている食料の目録に、日毎の消費量を数値化したデータと今後の傾向予想、求められる物資の優先順位表。

 1日あたりのダンジョン侵入者と撃破記録、討伐対象から徴収した持ち物の有用度一覧。

 今後の警備計画と人員の配置案、仕掛けるトラップの範囲と効果考察。

 各配下達の情報に各々からの要望、働きぶりに現状への満足度。


「有能だなぁ」


 綺麗に揃った文字で事細かに、それでいて分かり易く記された報告書の束を捲りながら、僕は思わず呟いていた。

 こちらの知りたいことを網羅し、見落としていることを的確に掬い上げている過不足のない見事な仕上がり。それを毎日抜けなく提出し続けてくれるクラニィは、既になくてはならない僕の右腕となっている。

 当初は生真面目な彼女なら秘書として良い働きをしてくれる、程度の考えで迎え入れたものだけど、蓋を開けてみれば良い働きどころの話じゃない。予想を遥かに超える有能秘書として絶大な助けとなってくれているじゃないか。嬉しい誤算極まれりといった感じだ。


「ユレ様、報告書に不備がございましたか?」


 本棚の前で作業していたクラニィが、僕の声に反応して飛んできた。

 一房に束ねられた銀髪が揺れ、背中に生える透明な翅が羽ばたく度、微かな光の粒子が軌跡を描く。

 出会った頃は粗末な白衣一枚きりの姿だったが、今では肩から膝丈まで一繋ぎになっている深緑の軽衣を着ている。末端部が花びらのように四方へ開けているのが特徴的。足には白いブーツを合わせ、落ち着いた装いとなっていた。

 清楚な淑やかさと気品の薫る容貌は、逃げ出した頃の汚れが取り払われていることで、瑞々しい美しさをより華やかに感じさせる。

 翡翠色の瞳へ小さな疑問の光を含め、僅かに傾げられた白皙の首。恵まれた容姿と可憐さは、些細な所作ですら画になる魅力だ。ともすれば全てを忘れて見詰めそうになってしまう。


「いや、何も問題はないよ。毎回完璧に仕上げてくれるから助かってる」

「そうでしたか。良かった」


 僕の言葉を受け取ったクラニィが浮かべたのは、安堵したような微笑み。

 そのまま軽やかに宙を舞い、日用品をまとめている小テーブルへと飛んでいった。


「少し休憩にしましょう。温かい紅茶を入れますね」


 にこやかに告げて、クラニィはティーポットの前に立つ。

 妖精族の身の丈で見れば自身と同程度はあるポット。内容物に満ちていることもあり、彼女の非力では持ち上げることなど不可能だ。しかしそこは妖精族、持ち前の魔力をティーポットへ伝え、触れることなく浮き上がらせてみせた。同時に行う魔力操作でソーサーの上へカップを置き、スプーンを副える。これが終われば浮遊状態のポットを傾け、明るい茶色の液体がカップへと注がれていく。

 妖精族のクラニィは体が小さく、僕達の中で生きるとなれば何につけてもサイズ差がついて回る。けれど豊富な魔力を使い、必要な道具類を操ることで、その問題を解決していた。これによって紅茶を淹れることも、羽ペンを操って羊皮紙に文章を記入することも自由に行え、体格のハンデをものともしない。

 僕等が私生活の中で四六時中魔力を使おうものなら、然したる時間を置かずして枯渇するのが当然だ。魔法という定型化された現象への昇華行を経ることで、無駄な消費を省き、効率的な出力を実現させ、目的に応じた作用を導いてる。

 クラニィのように魔法というプロセスを用いず、魔力そのもので直接世界へ干渉するのは、一般的な魔族にとってはすさまじく燃費が悪い。こんなことが平然と出来るのも、魔力内在量が段違いな妖精族ならでは。

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