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47話:行商人きたる

 ダンジョン各部で仕事に就く配下達を見て回り、最後に顔を出したのは洞窟入り口付近となる。

 外界へ向けてぽっかり開いた洞窟への穴。其処から射し込む明かりが切れ、内部を見渡せなくなる場所から少し進んだ先に、ゾン子は独り佇んでいた。

 闇の中に浮かぶのは、レイドと同程度の背丈をした小柄な背中。以前は無造作にボサボサだった金髪も、今ではクラニィやカリナが世話を焼いて手入れするため、綺麗に整えられている。

 フリル付きのドレスシャツは洗濯され、青地を基調としたコルセットスカートも、裾の破れやほつれが修繕されていた。ゾン子が最初から履いていた革製ブーツは、同じ設えの物が作られて、前まで裸足だった右足へ収まる。

 アンデット特有の土気色をした肌や、白濁する瞳こそ変わらないが、身の回りが小綺麗に整えられていることもあり、初めて会った時とは随分印象が違う。ぱっと見は、可愛らしい少女そのものだ。

 もっとも、半開きになっている口と焦点を結ばない視線の所為で、ある程度近付くと異質さが明らかになるけど。


「レイドへの訓練御苦労様。彼は前より動きが切れてきてる、いい先生ぶりじゃないか」

「ヴ……ヴ……」


 声を掛けると、茫洋と立っていたゾン子がゆっくり振り返ってくる。

 相変わらず何処も見ていない両目は、生命の煌めきを一欠けらも宿していない。

 低く呻く声は、意図があって出ているものではなく、反射運動的に返しているだけ。

 彼女の脳機能は停止していて、洗脳魔法を施した僕の言葉へ従い動く以外、自発的な行動を起こすことはない。

 そうとは分かっているんだけど、ついつい語り掛けてしまう。人型実体だからこそ意識があること前提で接してしまうのは、魔族人類問わない共通の性かもしれない。

 クラニィ達女性組もゾン子のことを気に掛けて、妹同然に可愛がってるしね。


「僕がこの洞窟に踏み込んでから1年が経つか。結局、キミのことだけは未だに分からないままだ」

「ヴ……ヴ……」

「シラユキの話だと、キミは妖典族が工房を作った随分後に、自分で歩きながら洞窟の中に入ってきたらしいじゃないか。やっぱり地下の魔力結晶体に引き寄せられたのかな?」

「ヴ……ヴ……」

「いったい、どういう経緯で死霊族になり、あの壊れてしまった魔剣とどういう関係があったのやら」

「ヴ……ヴ……」

「ははは、返事も相変わらずだな」

「ヴ……ヴ……」


 ゾン子は何も語らない。おそらく僕の話しかける言葉も理解していないだろう。

 反映するのは明確な命令だけだ。

 彼女にはずっと、ダンジョンの入り口回りで番人をやらせている。増設中のダンジョンはまだまだ未完成で、外部からの侵入者に邪魔されても困る。意図的にしろ偶然にしろ、入り込んでくるモノを最優先で迎え撃ち、撃滅するよう指示を与えた。

 あとはレイドの訓練相手としても。全力のゾン子が相手をすれば、情け容赦なく狼少年を挽肉にしてしまう。それはまずいから、レイドと戦う時は大幅に力を抑えてやり合うよう、命令を上乗せした。成果は上々、彼も今ではゾン子のことを先生と呼び慕っている。


「ヴ……ヴ……」


 話の途中で(僕が一方的に語り掛けてるだけ)、ゾン子が動いた。

 洞窟の入口側を向いて、静かに腰を落としていく。侵入者を感知したために、迎撃態勢へ入ったようだ。


「待った。これは僕のお客だ」


 今にも飛び出そうとするゾン子の前へ片手を差し出し、制止する。

 僕の命令を受けた彼女は反論もなく、大人しく警戒を解いて立ち上がった。

 それとほぼ同時に、ペタペタという足音を響かせて、見慣れない者が姿を現す。入り口を潜って入り込んできたのは、薄汚れたローブに全身を包み、重々しい大袋を担いだ奇妙な人物だ。

 頭のフード部分は猫の耳を模しており、ウェアキャット族なのかとも思わせるが、顔には大きく口が裂けた笑い顔の仮面を被っていて、素顔は知れない。


「おんや。久々に来てみれば、いつも出迎えてくれる旦那じゃないときた。オニーサン、妖典族の旦那はどうしたんで?」


 仮面の下から、くぐもった声が流れてくる。

 怪しくギザついた音質からは、性別のほどを判別出来ない。


「僕は妖典族からこの洞窟を貰い受けた者だ。彼等の一員から話は聞いてる。キミは旅の行商人だね」

「左様で。ヒヒヒ、アッシャ、ミシガンってぇケチな商い人でさ。お見知り置きを」


 低く笑いながら、ミシガンと名乗る行商人は恭しく腰を折った。

 アルデの話によると、工房組は定期的にこの行商人と取引し、必要な物資などを仕入れていたらしい。ミシガンが何者で、何処でどんな商売をしているかは知らないが、頼めばどんな物でも用立ててくれるのだとか。

 工房を築いている段階ではちょくちょく利用していたが、工房と転移の魔導器が完成してからは、以前ほど使うこともなくなった。そのため概ね一年に一度覗きにくる程度へ、頻度は落ちていたようだ。

 そろそろ行商人が訪ねてくる時期だろうと聞いたので、ゾン子の様子見がてら待ってみた。


「キミは有能らしいじゃないか。僕とも商売をしてくれないかな?」

「ヒヒヒヒ、そりゃまたたいそう持ち上げてまさぁ。アッシャただの商い人、出すもの出していただけるんなら、相手が妖典族だろうがデーモン族だろうが、魔族だろう人類だろうが、かまいやしません」

「だったら早速注文をしたい」

「へい、どうぞ」

「凶暴で強力だがそこそこ賢く、従順に育つ魔物の幼体を10匹ほど貰いたい。それから各種穀物と肉類、酒に紅茶に甘味の類を以前この洞窟へ運んでいた倍の量頼もうか。支払いはコイツでいいかな」


 僕は懐から小さな透明の容器を取り出し、ミシガンへと放った。

 飛んできたそれを、怪しい行商人は危なげなく掴み取る。そうして容器を掌に乗せ、中に入っている濃紫の微結晶を注意深く窺った。


「ヒヒヒヒ、こりゃ魔力結晶体じゃねぇですかい。一欠けらでもたまげる程の価値がある。これだと随分お釣りがきやすぜ」

「手間賃に取っておくといい。その代わり、上物を出来るだけ早く届けてもらいたい」

「デーモン族の旦那は気前がいい。ようがす、承りやした。ひと月ほどお時間を頂けりゃ、必ずお届けしまさぁ。どうでやしょ?」

「ああ、それでいい。よろしく」

「お任せくだせぇ。ヒヒヒ、今後ともよいお付き合いをして頂きたいもんで」

「僕もそう願ってるよ」


 アルデに作らせた魔力結晶体の保管容器、それを覗き込むミシガンが、愉し気な笑い声を上げる。

 得体は知れないものの口が堅く、商取引には真摯で、約束を違えないのが信条という話だけど。さて、実際はどうなのか。


「しかしこいつぁ些か貰い過ぎでさぁ。アッシにも商い人のプライドがありやすんでね。対価に見合うだけの商品を卸さにゃ気が済みやせん。そこでどうでがしょ、旦那に一丁情報を売るってのは」

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