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45話:ふところどころの魔厨房

 拡張中の洞窟内通路、魔導炉の起動室、魔生植物の育成所、それぞれを巡ったあとに僕が足を向けたのは、新設した厨房だ。

 掘削作業と同時に消化吸収するプルルンと、アンデットであるため飲食を必要としないゾン子、ゴーレムとして創られたシラユキは食事を必要としないけれど、僕を含めそれ以外のメンバーはそうもいかない。一部を除いた魔族と人類は、等しく食事を摂らなければ生きていくことができない。

 その意味では皆が食べるご飯を作る厨房、これこそがダンジョンにとって重要な生命線となる。なくてはならない施設であり、そこの主である料理長は大幹部相当と呼んでも過言ではないだろう。


 プルルンが掘った横穴の一つから辿り着ける厨房は、元々妖典族の工房に散乱していた器具資材を流用して作り上げた。白く滑らかな床材を敷き詰め、壁や天井にも同じ鋼材を貼っている。

 魔力によって炎を灯す大中小の三台竈に、冷却魔法を封じた魔導器で作られる食料用保冷蔵、魔力を水に変換する魔導装置の組み込まれた流し台、シラユキが提供してくれた刀剣を打ち直し揃えた包丁の数々、鎧や兜を再加工して作った大鍋や調理器具たち。

 魔王城の大厨房には及ばないながらも、洞窟の中に築いたものとしては十分過ぎる良質な設えが完成した。そんじょそこらの貴族家よりも余程立派な仕上がりとなっている。

 こうして整えられた厨房で、今日も忙しなく立ち働いているのは、背が高く体格よい女性の後ろ姿。

 黒を基調としたメイド服に身を包み、竈と流し台の前を行き来する。首筋で切り揃えられた黒髪が、その動きに応じて緩く揺れていた。


「おっと、お邪魔だったかな」

「ア、御主人様。イエ、大丈夫デス」


 僕の呼び掛けに振り向いたのは、たった一つの赤い目が顔の中心に位置付いている女性。

 7番目の配下になる単眼族のカリナだ。

 彼女は妖典族に囚われていた魔族の一人で、僕が先史種族の『力』を継承した後、シラユキの異空間から解放された。

 以前は極北大陸中原に暮らす貴族の屋敷でメイドとして働いていたが、工房組に襲われて屋敷が焼け落ち、主人達も命を奪われてしまったらしい。両親も早くに亡くし身寄りがなく、天涯孤独なため自由になっても途方にくれていた。だからだろう、僕がクラニィを部下に誘った時、話を聞いていた彼女は自分から僕の配下にしてくれと頼んできた。丁度、家事全般や雑事を任せられる人員を求めていたから、その場で採用したというわけだ。

 彼女の種族である単眼族は、その名が示す通り顔の中にある一つだけの瞳が最大の特徴となっている。単眼族の目は一つのみだが非常に視野が広く、遠くを見通す視力も高い。加えて夜目も利き、闇の中でも昼間と変わらず世界を見ることができる。まさしく視ることへ特化した種族といえる。

 一方で背が高く男女問わず体格はいいものの、争い事には向いていない。基礎体力はしっかりあるが運動神経は下の上といったところ。肉体が丈夫というわけでもなく、魔力に優れているということもない。とかく戦闘センスというものが殆どなく、単眼族の成人男性が闘鬼族の女児と戦うと、簡単に単眼族が負けてしまうほど。

 性格的にも控えめで、自己主張をしない。喋ることが苦手で、黙々と働くタイプ。細かいことに気が回り、仕事熱心で、自分の為より誰かの為に働くことを好む。そうした面から執事や女給としての評判がよく、彼女達を好んで雇い入れる魔族も少なくない。


「いい匂いだね。今夜の料理も美味しそうだ」

「アリガトウ、ゴザイマス。マダ少シカカルノデ、オ待チ下サイ」


 大きな単眼を伏せ目がちにして、カリナは控えめに微笑む。

 片手にはオタマを、もう片方には小皿を持ち、どうやら汁物の味見をしていたらしい。

 口数こそ少ないが真面目に仕事へ取り組み、何事にも一生懸命な彼女を僕は評価している。作る料理は毎日違い、バリエーションに富んで尚且つ美味いときた。掃除洗濯にもそつがなく、日々拡大しているダンジョン内を極力綺麗に保とうと、細々動き清掃業務へ余念がない。

 最近ではルシュメイアの協力を得て、成長した魔生植物のうち特に大きく動くものたちを使い、分担して掃除をするという面白い試みも行っているようだ。

 報告してきたクラニィによると、人型の動くニンジン『マナキュロット』が、カリナと一緒に箒を持って掃き掃除している場面も目撃したとのこと。


「いつも御苦労様。キミが絶品料理を作ってくれるから、皆のやる気が充填される。今後とも期待してるよ」

「勿体ナイ、御言葉デス。デモ、嬉シイデス。アノ、コレカラモ頑張リマス」


 褒められ慣れてないのか、性分なのか。カリナは顔面を紅潮させて俯いてしまう。

 それでもたどたどしく意気込みを伝えてくる姿には、素直に好感を抱くというもの。

 交わす言葉は少なく、僕達は互いに相手をよく知っているわけじゃない。しかし仕わす者と従う者の関係としては、細かく面倒な事情を挟まずシンプルに、だからこそ良い形でまとまっていると思う。

 自身へ与えられた仕事へ真摯に挑み、よりよい成果を一歩ずつでも着実に目指していく。僕の配下達には共通した姿勢だ。それぞれの働く姿が良い影響を与え合っているとすれば、彼女も既に欠くことのできないピースであることは間違いない。

 今から自分だけで料理を作ってみろと言われても、困るしね。

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