44話:生い茂る魔生植物
続いて様子を見に向かったのは、こちらもプルルンによって新しく拡げられた部屋の一つ。
洞窟中間部から掘られた横穴を真っ直ぐ進み、三股に枝分かれした道を右へ折れ、進んだ先で更に四つに割れる通路を左に踏み込んでしばらく。奥まった場所に設けられた離れの空間が其処だ。
入って最初に目へ付くのは、赤や桃色、橙や黄色といった色鮮やかな植物たち。それは肉厚な大輪の花であったり、ねじくれた茎や鋭利に伸びた葉であったり、毒々しい笠を開いた茸類であったり、観賞目的にしては奇抜に過ぎる様々なもの。多様な色彩と異様さを持つ植物群が生い茂り、仄かに甘い芳香を漂わせている。
此処で生育されている植物は、見た目からしても分かる通り普通の草花ではない。魔力を糧に成長し、浅位だが自我を持つ魔生植物だ。
水も肥料も必要なく、魔力さえ吸っていれば生きていられる。彼等の生命力は非常に強靭で、大地がなくとも洞窟の岩盤に根を張って、悠々と生命を繋ぐ。これによりどんな過酷な環境でも逞しく育ち、繁殖力も高いため栄養さえ確保できれば幾らでも増えていく。
彼等自身は言語を操ることが出来ないものの、自意識を持ち、こちらからの語り掛けには応じてくれる。一般的な植物と違って自らの力である程度動くことも可能。
僕はこの魔生植物達を、ダンジョン内防衛機能の一環として配置することにした。侵入者に対して茨や蔦を使った鞭撃、精神に異常作用を齎す、或いは肉体へ直接弊害の誘発される毒性花粉を吹き付けるなど、多彩且つ不意を衝く攻勢が行える。
少しずつダンジョン内に広げていき、天然のトラップとして蔓延らせるべく、目下育成中。
これら魔生植物の管理は、強大な魔力を宿す氷華族のルシュメイアに任せてきた。
「魔生植物君たちは今日も元気そうじゃないか」
「なんじゃ、主殿か。珍しいのぉ」
後ろ腰まで届く蒼い髪、その向こうへ隠れた背中へ声を送れば、ルシュメイアは優雅な所作で振り返った。
特徴的な青い肌に、白く華やかなドレス姿が、複雑怪奇な植物群の只中で鮮烈な存在感を示す。
気の強そうな貌と、鋭い金色の双眸は、僕を正面から見据えていた。
細い眉が僅かに寄り、艶と潤いに富む唇が、呆れる気風の吐息を落とす。
「いつも司令部に引き篭もって、クラニィを使いっぱしりにこき使っておる者が、外に出てくるとはな」
「こき使っているとは人聞きが悪い。過剰な仕事はさせていないし、好きなタイミングで休めばいいとも伝えてあるんだけどね」
軽く肩をすくめてみせると、ルシュメイアは整った容貌を嘲り半端手前にして笑う。
僕の秘書として就けたクラニィが、期待を掛けられれば応えようと懸命に取り組んでしまう性分だと、理解しているのだろう。僕が分かって仕事を振っていることを、見透かしている顔だ。
「まぁよい。それで、今日はなにか文句でも言いにきたのかえ?」
「自分の目で様子を見ておこうと思っただけだよ」
「ふむ、ならば見ての通り。なんの問題もない。皆が健やかに育っておる。ほんに愛い子らじゃ」
青い指先で近場の黄色い花弁を触れなぞり、ルシュメイアは艶然とした微笑みを浮かべる。
これら魔生植物は、妖典族の工房跡に保管されていた種を使い、一から育て上げてきた。魔導炉が完成する前で、定期的な魔力供給法も確立していなかったため、最も豊富な魔力を有すルシュメイアが植育へ携わった。
彼女が全ての種に魔力を与え、その成長を促し、母株として見守ってきたのだ。無機質で彩がなく、面白みに欠ける洞窟内で、実に多種多様な色味や造形を持つ魔生植物の世話は、ルシュメイアにとっても大いに楽しめる作業らしい。
植物達を相手としている時は常に上機嫌なのだと、クラニィからも報告を受けている。
実際、彼女の植物群へ向ける眼差しは、慈愛と歓喜、そして母性に溢れたもの。自我を持ち、魔力と愛情を注ぐだけ相応に育ち反応する魔生植物は、ルシュメイアにしてみれば我が子同然なのだろう。
「順調なら、それに越したことはない。魔導炉から送られてくる魔力も安定化してきた。この調子で更に増やし、品種改良も重ねっていって欲しいところだ」
「子らを掛け合わせ、新たな特性を引き出すのは愉快なものじゃ。より鮮やかに、より美しく、その魅力を開花させゆくは心が躍る。主殿に言われるまでもない」
「いや、外観よりも能力重視で頼むよ。魔生植物君たちには、生きたトラップとしてダンジョンを護ってもらいたいわけだから」
「無粋よな。雅たることこそが草華の艶じゃ。皆もそう思うであろう?」
うっとりとした眼差しで、色鮮やかな花々の群を見渡すルシュメイア。
彼女の声が一帯へ染みた後、全ての植物が葉茎を揺らし、ワサワサと唸る大合唱となる。
魔生植物達は今でこそ魔導炉から魔力を貰っているが、それでも育ての親で長らく魔力の提供元であったルシュメイアを絶対的な存在と位置付けているらしい。
彼女の言葉にこそ従順で、それ以外の優先順位は高くない。僕の命令さえ、ルシュメイアの口添えがなければ聞くかどうか怪しいほど。
主従契約の魔法で彼女を縛っていなければ、魔生植物を従えて反旗を翻していたかもしれない。というのは考え過ぎだろうか。




