43話:鼓動する魔導炉
次に僕が訪れたのは、中央指令部の中からプルルンが横穴を広げ、新たに増設した隣室空間だ。
極端に広いわけでもなく、さりとて息苦しさを感じるほど狭くもない。四角い中規模空間は、僕が命じてプルルンに掘らせたもの。
今はその中に、洞窟をダンジョンとして成立させるための最重要物『魔導炉』が設置されている。
魔導炉は血塗れた肉腫めく外観の巨大な装置。赤黒い胞嚢の肉瘤が球状を取り、部屋の中心部に据え置かれる。全高は3メートル近くへ及び、上方部分には大きく開かれた目玉が一つ、その下へ小さな目玉が四つ埋め込まれた、非常に独特な形状をしていた。
五つの目玉達はそれぞれが個別に動き、規則性なくギョロギョロと蠢いて、部屋中に視線を注ぐ。
また魔導炉の底面と最頂部からは長々とした肉管が複数伸ばされ、室内の床や壁、天井へ張り付き、これらへと微細な根を広げて半ば以上融合する。加えて肉管群は室内に留まらず、外へまで際限なく伸び続けていた。
無機物ではなく有機物で造成された生物的な見た目の魔導炉は、自身が生体由来の熱を持ち、心臓の如く鼓動を打っている。僅かに内側へ縮まり、即座に外へと膨らみ、その動きを間断なく繰り返す。そしてその度に、低くも力強い脈動の音が響いた。
「魔導炉の調子は良さそうじゃないか。作業は順調、と見ていいかな?」
「我が主か。最初期に比べれば随分と安定してきた。今のところ目立った問題はない」
僕が語り掛けることで、魔導炉と向き合っていた黒いローブが振り返る。
縦に長い頭部の中で、真紅へ染まる四つの複眼が一斉に僕を見た。
魔導器や呪物の製造や扱いが得意な妖典族として、アルデには魔導炉の管理を任せている。この魔導炉自体が、彼の主導で作られたものだ。僕は細々とした手伝いのみで、殆どアルデが組み上げてしまった。
素材としたのは工房組の製作物たる残存していた魔導器と、女王ムカデの屍骸。加えて殲滅した魔蟲達の亡骸。そして女王の体内で消化されきらずに残っていた妖典族達のパーツ群。これらを組み合わせて、巨大な魔導炉が完成している。
魔導炉は膨大な魔力を生成し、ダンジョン内に供給するための魔導装置だ。
ダンジョン内に設置されるトラップの原動力となり、張り巡らされる数々の魔法を発動維持する基幹となり、ダンジョンで生きる者達へ魔力を渡らせ、生命力や身体能力に加護を与えるという、多様な役割に欠かせないもの。文字通りダンジョンにとっての心臓部と言える。
これが無いと罠や魔法に逐一誰かが魔力を送らねばならず、手間も時間もおそろしく無駄になり、非効率極まりない。だが魔導炉ならば内部域へ根を張り巡らせることにより、それ単体でダンジョン全体に万遍なく魔力を行き渡らせることができる。
「魔力生成率はどんな感じだい?」
「当初の予定値へ到達した。純度も申し分ない。洞窟内への侵食も想定通りに進んでいる。もっとも、拡張担当の仕事が早いので、全域へ及ぼすのにまだ時間は掛かるがな」
ローブの袖から伸びる紫色の触腕を使い、アルデは傍に置かれている台座から濃紫の小さな結晶体を一つ摘み上げた。
妖しい輝きの内包されるそれを魔導炉へ近付けると、正面域で脈打つ血色の肉膜が左右へ裂け、一つの穴が開かれる。そのままアルデの触腕は穴の前へと進み、中へと結晶体を放り込んだ。
同時に肉膜が戻って穴が閉じ、魔導炉全体が一際強い鼓動を打つ。合せて強い魔力の波動が炉内で燃え上がり、随所へと伸び拡がる肉管を取って流れ出した。
僕達の魔導炉は、洞窟下部深奥の遺跡層に溜め込まれている魔力結晶体を糧として、潤沢な魔力を生成するための調整が施されている。
並みの魔導炉では魔力結晶体を取り込んでも、溢れ出す力を制御しきれず持て余すか、悪くすれば暴走爆発することが容易に想像できた。希少素材である魔力結晶体を使うことが、想定されていないためだ。そのため魔力結晶体を利用できるよう、独自の規格でアルデが設計し製造してくれた。これによって大出力の魔力にも耐え、恙なく循環させられる洞窟ダンジョン専用の魔導炉となっている。
地下遺跡層は僕が封じて誰の侵入も出来ないようにした。だからアルデも立ち入ることは不可能。だから空間を裂いて異空間移動する局所転移魔法の使い手シラユキに命じ、聳え立つ魔力結晶体の大山から部分部分を運ばせている。
魔力結晶体は扱いが難しいものの、高度な魔導技術で創造されているゴーレムのシラユキは、妖典族に負けず劣らず結晶体を巧く扱える。お陰でアルデの元まで運んでくること自体は難しい話じゃない。
あとは届けられた結晶体をアルデが使い、魔導炉の燃料としたり、新たな魔導器の材料にしたりと、色々活用させてもらっている。
「しかし贅沢な代物だ。極北大陸全土を探しても、魔力結晶体を基本的な消費物として稼働する魔導炉など存在しまい」
「そうだろうね。それに魔導素材としても使いたい放題だよ。此処を離れたら、二度と同じ環境には巡り合えないと思うけど」
「分かっている。我は主の下で、まだまだ働かせてもらおう」
アルデは魔導炉を見上げながら、ゆっくりと頷いた。
プルルンと違い、彼の忠誠心は見せかけにすぎない。本質は自分本位で、僕の下で働くのも知的好奇心や研究欲求を満たすのに都合がいいから。僕に仕える旨味が消えれば、簡単に袂を別つ。かつて彼自身が属していた工房組をそうしたように。
だがそれ故、現在の環境はアルデを強烈に此の地へ縛り付けている。魔力結晶体の存分な運用もそうだし、僕が継承した『力』にも興味はあるだろう。本人は何も言わないし、分かり易い行動にも出ないけれど、彼の関心が付き纏っているのをそこはかとなく感じている。
僕もアルデも、自分の利のため相手を利用している間柄。この関係は当分続きそうだ。




