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40話:眠れる遺産

「これは、凄いな」


 シラユキに付いて空間の隔たりを越えた先で、僕を出迎えたのは大きく開けた広間だった。

 それまで通ってきた白い通廊とは異なり、正面に広く、縦に長い。洞窟の中ということを忘れそうになる、広大な領域が置かれている。

 床などを構成する素材は、あの通廊と同じ白い未知金属。設えにも大差はない。しかしそれとは別の物が、場の大部分を占有していた。

 眼前の巨大な空間を、濃い紫色の結晶体が半ば以上満たしている。下方面から結晶の塊が伸び立ち、文字通りに山の如く聳え立つという光景。妖しい輝きを内包し、角張った屈折面の全周から、静かに深い存在感を滲み出させる。

 近付けばこちらの顔が映り込む、鏡のような表面。滑らかに見えて、それでも細々とした凹凸が確認できた。

 驚くべきは、その総量だ。僕の身の丈を遥かに超え、見上げるばかりの大結晶。十数メートルは優に達しているだろうか。

 更に加えて芳醇な魔力の波動も無視できない。濃紫結晶から漂ってくる魔力は、日常生活で感じ取れる遍在量を凌ぎ、この場へ靄じみた薄膜を幻視させるほど。

 魔族であれば問題ともいえないが。魔族よりも魔力耐性の低い人類であれば、高濃度の魔力へ中てられて精神に変調をきたしかねない。

 この見た目、そして醸し出す魔力、双方から鑑みても、これこそが洞窟内に眠る魔力結晶体であることは確実だ。それにしたって、まさかこんなに途方もない山塊とは思わなかった。

 これだけの魔力結晶体を使おうものなら、最も低位な初歩的火球魔法ですら、要塞を周囲の土地ごと痕跡なく焼滅させてしまえるレベルへと、簡単に引き上げることが出来る。いや、それですら使用法の一端にすぎない。活用して行えることの幅は計り知れない。

 予想を上回る一財産。確かにこれは尋常ならざる『力』といえる。


「大した遺産だよ。これだけの魔力結晶体があれば、どれだけのことが出来てしまうか。考えるのさえ少々恐ろしくなるぐらいだ」

「何を言っておるのやら」


 僕の前に立ち、超大量の魔力結晶体を背としながら、シラユキは二重音声を平板に返してきた。

 想像を絶する提供物に僕が示す驚嘆。それを一顧だにすることもなく、簡便な一言で受けて取る。

 度肝を抜かされたこちらの興奮、それと比例して潜む恐怖を余所、まったく違う熱量で灰銀のゴーレムは佇んでいた。


「ユレ殿は勘違いをされているな」

「なんだって? どういうことかな」

「貴君は此処に見えている魔力結晶体を、先史種族が私達に守護を命じた中核、古代の遺産だと思っているようだな」

「ああ、そうだよ。これだけの魔力結晶体、こんな大山級の塊は見たことも聞いたこともない。おそらくこの洞窟以外で、こんな大層なお宝を拝んだ魔族は居ないんじゃないかな」

「残念ながら、その認識は誤りだ。この結晶塊は、私が護るべき遺産ではない」

「違う? これだけある魔力結晶体が、か?」


 シラユキの言っている言葉が、すぐには理解できなかった。

 どう考えても、この結晶体の山は『力』だ。外部へ漏れ、心無い者が不用意に揮えば、それだけで災禍を振り撒く脅威と成り得る。シラユキの語った条件に符号するし、他の可能性と言われても思いつかない。


「古代先史文明が此の地に封じた遺産は、あの魔力結晶体の中にこそある。外側の結晶体など、遺産から漏れた魔力の残滓が堆積し、凝り固まった末に生まれた付属物でしかない」

「付属物って、これだけの魔力結晶体がオマケ程度だと、そう言うのかい?」

「その通りだ。こんな物は欲しければ幾らでも持っていけばいい。現に、妖典族の工房長へは幾許かを提供している。私にとっては護るに値する物ではないのでね」


 表情のない兜型をした頭部は、なんでもないことのように告げて、濃紫の結晶山を見上げている。

 この期に及んで嘘を吐く必要はない。即ち彼の言葉は真実を表すものだ。

 僕の意表を衝いて困惑顔を晒させ面白がる、という意図でもない限り、本当の価値は別にあるということ。

 これは思った以上に、よりいっそうとんでもないことになってしまったかもしれない。


「だったら、本当の遺産とやらは……」

「この結晶体に触れてくだされば、反応してくるでしょう。さあ、どうぞ」


 シラユキは一歩退き、僕の前に道を譲った。

 聳える魔力結晶体の一面が、真正面に妖光を湛えて待ち受けている。

 ここまで来ては後戻りなどできない。残されている選択は進むのみ。

 僕は覚悟を固め、促されるに従う形となりながら、濃い紫の密集物へと踏み出す。

 一歩ずつ近付く度に、結晶体から薄く流れ出る魔力が手足へと纏わり付き、不可視の鎖に囚われてしまう錯覚へ陥った。


「古代文明の遺産なんてのは今も半信半疑だけどね。でもこれで何が得られるか。正直なところ、興味はある」


 小さく深呼吸を一つして、僕は右手を魔力結晶体へと差し向け、伸ばし、触れ合わせた。

 掌と濃紫の結晶物が接触した瞬間、その基点から赤い光線が生まれ、結晶体の全表面へと拡散していく。

 僕自身に痛みや、魔力の消費といった異変はない。ただ目の前の結晶体を赤線が駆け抜け、その光域が消えたと思ったら、今度はあちこちに亀裂が生まれ始める。

 最初は小さな罅割れ、それが次第に大きな疵口となり、魔力結晶体の随所へと刻まれていった。

 なるほど、確かにこれは、結晶の内部に何かがある。それが外へ向けて、動き出したからこその異変か。


「なにが、出てくるやら!」

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