39話:不可視の路
「その厳めしい装備で威嚇するでない。歩み寄りを示すなら、まずは顔を見せんか」
「残念だが、それは無理だ。この姿、貴君らには外装と見えるだろうが、実際は私の一部。これら全てが私を構成する要素であり、私自身なのだから。生まれた時からこの姿なのでね、取り外すことが出来ない」
「生まれた時から……つまりキミはゴーレムなのか」
「その通りだ」
ゴーレムは魔族とも人類とも違う、第三の種族になる。高位の魔導師が疑似的な生命を吹き込んで創り出す魔導生命体だ。
素体となる体によって種類が異なり、木材を中心に創られるウッドゴーレム、石から成るストーンゴーレム、鉄を用いたアイアンゴーレム、死肉を寄せ集めてのフレッシュゴーレムなどがある。
完成度の低いゴーレムは創造主である魔導師の命令のみに従い、簡単な仕事を単調に行うだけで発展性がない。逆に完成度の高いゴーレムは高い知性と自我までも有し、創造主の命令を絶対使命としながらも、独自の判断が可能となる。後者の場合、姿形を魔族や人類に似せて創れば、接していてもゴーレムであるとは分からないほど。
シラユキは更にその逆か。外見は鎧姿の騎士体で、精神面が僕達と同等というタイプ。
実際、僕も鎧を着ている魔族か人類だと思っていた。まさかそれがゴーレムだったとは、まったく予想していない。
でもそれなら彼の役目へ対する執着にも納得がいく。与えられた命令のためにこそ生きているのだから。
しかしあれほど見事な人格を宿らせるとは、シラユキを生み出した魔導師は尋常ならざる使い手ということになる。いったい何者なのだろう。
「私達の一族と言っていましたけど、他にも同じようなゴーレムがいるということですか?」
「確かに存在しているが、活動しているのは私だけだ」
クラニィがおずおずと問えば、シラユキは顔を正面へ戻し、通廊の歩みを再開した。
そうして直進路を進みながら、後に続く言葉を繋げる。
「守護者として働き、永年を経て体が限界を迎える時、私達は封印保管されている真新しい個体へ自らの知識を注ぐ。それを終えて体が機能停止すると、知識を授かった次の個体が目覚め、新たな守護者として役割に就く。私達一族はそうやって代々守護者として此処に在った」
「長い時間を掛けて活動することが前提の仕様ということか。キミ達を創り出したのは、どんな魔導師だったのか興味あるね」
「創造主に関する情報は伝わっていない。私達の始まり、最初の一人である始祖が、先史種族から守護者の任を託されたことしか情報はない。ともすれば彼等こそが私達の創造主なのかもしれないが、真相は分からないな」
シラユキの高低重なる声には、自身の出自へ対する関心が微塵も感じられない。
誰に創られたか、或いはそれ以外のあらゆる事物より、与えられている役割を完遂することに意欲の比重が置かれている。
そういう精神構造として設計されているからこそ、直向きに職務を全う出来ているのだろう。最初の段階から全てを想定されていることが、遠大な計画性を窺わせた。
「さて、語らいの時間もここまでだ。目的地に到着した」
そう言って、シラユキは足を止める。
しかし彼が示すのは、依然として真っ直ぐに伸びる通廊の道半ばだ。僕達の正面には、まだまだ先へと続く白の四方枠が厳然と存在する。どう見ても行き止まりじゃない。
「なんじゃ、何処にも着いておらんぞ。まだ先が伸びておる。向こう側も見えぬ程にな」
「魔法的処置が施されているのだ。同じ景色に見えるだろうが、此処より先は果ての無い異空間。守護者の導きを得ていない者は、どれだけ進んでも同じ路を歩き続けることとなる。一度踏み込めば二度と出られない、永遠に閉じた世界を」
「ふむ、面白いがえげつない罠だな。これも『力』を護るための仕掛けというわけか」
「資格なき者が不用意に触れてよいものではない。だからこその備えだ。ここより先はユレ殿だけに来ていただこう。他の者は待っているように。私の言葉を疑うなら付いてきてもいいが、ユレ殿以外の無事は保障しかねる」
「まぁ、ここまで来て騙すメリットもないだろうしね。皆は大人しく待っていてくれ。僕だけで行ってくるから」
プルルン、ゾン子、アルデ、ルシュメイア、クラニィ、一人一人の顔を順繰りに見遣って、僕は浅く頷いた。
プルルンとクラニィは不安そうに、アルデとゾン子は無味乾燥、ルシュメイアは面白くなさそうな、それぞれの表情が浮かべられる。
また離れることになるけど、今度は唐突なものでないため引き留める声もない。一同より向けられる納得の視線が僕を送り出す。
「では往こう」
シラユキは特に何かをすることもなく、それまで通りと同じように歩き出した。
白い通廊の先へ踏み込んだ時、変わり映えのしない正面空間が水面のように揺れる。そのまま灰銀の全身鎧は姿が消え、視認できなくなった。
異空間が設けられているという話は本当らしい。
僕も意を決し、同じように前へと進む。すると一瞬だけ視界が暗転し、奇妙な浮遊感に包まれた。
だが驚く間もなく全ての感覚は正常となり、目の前には見えていたものと違う景観が出現している。




