38話:情報開示
前話の後書きで木曜と金曜は投稿できないと書きましたが、本日の予定が変わったので更新可能となりました。
「皆、大丈夫だ。彼は僕を誘拐した犯人だけど、敵じゃない」
戦意剥き出す一同の前へ片手を伸ばし、端的な説明で制止を試みた。
僕が口を挟んだことで、今度は配下同士で顔が見合わせられる。何度か視線が行き交った後、各自の戦闘姿勢は解かれていった。
「私のことはシラユキ、とでも呼んでくれればいい。ユレ殿の安否を伝えた折、声だけは聞いているかと思うがね」
「その声、確かに聞き覚えがあるの。されども、かように怪しげな格好で現れれば、警戒するのは当然じゃ」
「プルプル!」
「我が主かどわかしたの件も含め、詳しい話は聞かせて貰えるのだろうな?」
「求められるなら隠さず語ろう。ただし進みながらで宜しいか。ユレ殿を奥へ通したい」
アルデ達に応えながら、シラユキはこちらへ背を向けると、通廊の先を目指して歩き始めた。
重厚な鎧姿のわりに軽快な足取りで、僕達を先導する形で進み出す。
自分の目的優先で勝手に状況を引っ張る背へと、僕はすぐ呼び止めの声を投げた。まだやってない事がある。
「ちょっと待った。キミが保護してる誘拐被害者達を解放してないよ。さっきは僕と一緒に外へ戻すって言ってだろ」
「皆は無事なんですか!」
「ああ。女王へ襲われる前に、彼が異空間へ引き入れたらしい。僕も直接会ってはないけど」
工房組に囚われた人々の話へ、クラニィが両手を固く握り合わせた。
不安そうに揺れていた瞳が、希望の灯を宿していく。
一方でシラユキは、足を止めず肩越しに僕の方へ視線を寄越してきた。
「勿論、約束は覚えている。反故にするつもりなどない。しかし、ここはまだ危険だ。女王を失った魔蟲達が、いつ雪崩れ込んでくるかもしれない。貴君が『力』を正式に継承し、完璧に安全が確保されまるで、私の異空間に匿っている方がよいだろう」
シラユキはもっともらしいことを言っているけど、要するに人質というわけだ。
外に出た僕が翻意して継承者を蹴ってしまわないよう、事が終わるまで捕らえられた人々を抱えておく。僕が言葉通り継承者になるまで、解放しないという腹積もりだろう。
用心深いというか、疑り深いというか。どうであれ今は相手の誘導に従うよりない。
「分かったよ、先を急ごう。クラニィ、悪いけど、もう少し待っていてほしい」
「はい、ユレ様がそう仰るのでしたら」
困惑を交えつつも、クラニィは頷いてくれた。
僕とシラユキの間でどういうやり取りがあったかを説明していない段階では、納得しろというのも無理な話だ。
釈然としない様子で首を捻られても仕方ない。
「プル?」
「なんの話じゃ。誘拐犯の分際で妾達に隠し事など許されはせぬぞ」
「ヴ……ヴ……」
「では私の役目から話していこう」
白い通廊を道なりに進む途上で、シラユキは皆に僕へ語った歴代の務めを教えていった。
衝撃的というよりも疑惑的な内容に、話を聞き終えた一同の表情も微妙なところ。情報量も多いため、各自が完全に咀嚼するのへ時間が掛かっている面もあるだろう。
「古代先史文明の遺産を守護してきた一族じゃと? 俄かには信じ難い。そもそも氷華族は古代文明に否定的じゃ。そんな物はないと思っておるのでな。洞窟引き篭もりの妄言としか思えん」
「私も御伽噺としてなら聞いたことはありますが。ただ史実だと言われると、すぐに理解は難しいですね」
「歴史的な可能性としては面白いがな。明確な証拠が少なすぎる現状では、全面的な肯定など無理な話だ」
ルシュメイアにクラニィ、それからアルデも、シラユキの言い分を頭から信じていない。
大昔のことであるから、余計に把握し辛いのは分かる。僕も同じだから。
アルデも初耳というところからして、妖典族の工房長は仲間内にシラユキやその関連事を話してはいなかったようだ。シラユキから口止めされていたわけでもないだろうに、誰にも告げなかったのは、工房長自身この話を信じてはいなかったのかもしれない。シラユキに上手く合わせて、魔力結晶体だけ持ち出していた可能性もある。
「先史種族がどうこう以前に、シラユキは妖典族襲撃の直接原因だ。アルデとしては仲間の仇になるわけだけど」
「我が主に工房の情報を売った時点で、我と彼等の関係は切れている。既になんの感慨もない。それに裏切り者である我は、今更義憤を感じる資格もあるまい」
女王ムカデによる工房攻めがシラユキの引いた糸だったことを知っても、アルデは冷静さを乱さなかった。
なんでもないことのように淡々と返してくる。けれど最後の一言だけは、少々の自嘲が含まれているように感じた。
「というかの、貴様が妖典族の工房長に余計な入れ知恵をした所為で、彼奴等が調子付き悪事を働いたとも考えられよう。つまるところ貴様が諸悪の根源も同じではないのか!」
「私が彼等に誰かを攫えと指示したわけではない。私の話を聞き、何を思い、どう動いたか。その全ては妖典族工房長が自身の意思で行ったこと。それを私の責にされても困るがね」
「恐ろしいのは、妖典族の工房長を最初は持ち上げていたのに、ユレ様が継承者というものに相応しいと判断したら、次からはもう邪魔者だから消してしまおうとした。その考え方です。今後、ユレ様以上に継承者へ相応しいと認める者が現れたら、貴方は同じことをするということでしょう?」
「一つ勘違いをしているが、妖典族工房長は継承者候補であり、正式な継承者として『力』を受け継いではいない。その前段階で、まだ私は様子を見ていた。継承者候補は所詮候補でしかない。真の継承者とは違う。故にユレ殿が真の継承者となった暁には、私は従順な下僕となるのだ。以後はユレ殿の下で守護者として働こう。そうなれば逆らうことなどない」
「僕が『力』に呑まれて狂気の暴走をしない限りは、だろ?」
「その通りだ。つまり、このまま恙なく進み、ユレ殿が『力』を受け継げば、私が妖典族にやったのと同じことを行うことはなくなる。理解したかな」
素顔の知れない兜が首と共に動き、横一線の亀裂から漏れる真紅の明光が、ルシュメイアとクラニィへ当てられた。
彼女達を諭しているのかもしれないが、鎧姿の二重音声による凄みが、威圧感しか与えていない。
シラユキに射竦められ、怯えた様子のクラニィが後ろへ下がる。庇う形で僕が彼女の前に踏み出すと、ルシュメイアも動いてシラユキの眼前に立ちはだかった。




