36話:仕掛けられた真実
正直なところ、シラユキの話を聞いても未だに古代先史文明の存在は信じられない。
ましてや先史種族が強大な遺産を隠していたなんてことは尚更だ。
そんな伝承は聞いたことがないし、魔王城が内包していた極北大陸随一の魔導書庫でも、その手の蔵書は見たことがなかった。
だけど古代人がどうとかは別にして、この洞窟に大きな力が眠っているのは事実だろう。魔力結晶体という力が。
おそらく、かつて此処で魔力結晶体の塊を発見した者達が、その危険性も考慮して番人を設けたんじゃないだろうか。それが長い時間の中で少しずつ変質し、シラユキの語る先史種族からの指示という形で伝わっている。そう考える方が自然だ。
「だけど妖典族は実験や研究のために深部へ踏み込み、魔力結晶体を持ち出していたそうじゃないか。キミの仕事は守護者じゃなかったのかな?」
「工房長を名乗る妖典族の長は、自らで此の地を見出し、蔓延る魔蟲を退け、洞窟深奥に到達した。知力胆力共に優れ、下へ従う者達を取り纏める器もある。よって先史種族の遺産を継承するに足る資質有りと見做し、力へ触れることを許した」
「へぇ、そういうことか。もしかして今の僕みたいに呼び寄せて、こんな話を?」
「そうだ。遺跡に辿り着いた有資格者として招いた。そして彼人は古代先史文明の遺産を信じ、その継承を快諾した」
「でも彼等は女王ムカデの逆襲を受けてもう居ない。キミの見込み違いだったわけだ」
「見込み違いか、確かにそうだな。私は当初、妖典族の工房長こそ継承者に相応しき者だと判断した。だが彼人は能力こそ申し分なかったが力への欲に邁進するばかり。目的のために恐怖を敷き、容易に他者の領域を侵す。その在り様は力を得た際に災厄を撒く典型といえた」
高音と低音が二重で発せられる声からは、内心の機微というものが読み取れない。
それでもシラユキが落胆、ないし自嘲の響きを乗せているのは感じる。
僕の指摘に反論もしないところを見るに、自分の選択を失敗だと認めているのは間違いない。ただ後悔の成分は含まれていない様子なのが、どうも気になる。
「そんな折だ。新たに洞窟へ踏み込む者が現れ、私は常の仕事としてその者を監視していた。彼人はウーズ族を降した後に配下へ加え、次に死霊族を従える。妖典族に攫われ逃げ出した氷華族へ接し、追って来た妖典族の一人を打ち倒す。敵対した者達を一人、また一人と手勢として取り込んでいった」
「一から十まで全部覗かれてるってのは、やっぱり気分が悪いね」
「貴君の動向を追い続けていく中で分かったことがある。魔力や戦闘能力、闘争本能、そのセンス、全般的な実力は妖典族の工房長が勝っていた」
「ああ、そうかい。別にいいけど」
「だが他者を率いて動く者としては、懐の深さ、各々の力の引き出し方、采配など貴君の方が優れている。冷静な目と機転を利かす頭もあり、加えて己の欲するを得るに貪欲。必要とあらば下劣な手も臆さず使い、それでいて屈服させた相手を軟化させる、魔族たらしという得難い才も持つ」
「後半のは誉めてるのか?」
「これらを比べて思索を経た結果、貴君の方が継承者として相応しいと判断した」
「ん? 継承者っていうのは、何人もいていいもの?」
「いいや、一名のみだ。守護者に見出された唯一人だけが、『力』を受け継ぐ資格へ至る。故に妖典族の工房長は不要な存在となった。それどころか先史種族の遺した眠れる『力』を知ってしまったため、邪魔でしかない」
雲行きが怪しいぞ。
嫌な予感しかしないじゃないか。
「そのまま在られても困るのでね。かつて妖典族に倒された魔蟲の女王へ魔力を与えて甦らせ、彼等へとけしかけた。あとは貴君も知っての通り。妖典族は強襲してきた魔蟲に敗れ、貴君の部下となった一名を残して全滅した。この戦いで疲弊した女王は貴君らが討ち滅ぼし、遺跡への路を踏んだ」
「全部キミの仕込みだったと。どおりでタイミングが良すぎると思った。女王の開けた穴下が綺麗だったのも、僕達のためにキミが片付けておいたんだろ?」
「その通り。加え言っておくと、工房内に囚われていた者達は既に救出し、私が保護している。貴君が部下達の元へ戻る際、共に送ろう」
全てがシラユキの思惑通り。僕達は彼(彼女か?)の掌の上で踊らされていたということだ。
誰かの都合のために用意された一本道を、それと気付かず漫然と進まされていたとは。控え目に言って気分はよろしくないね。
これじゃあ、魔王城で倉庫番をやらされていた時と大差ない。僕にとっては最も屈辱的な展開だよ。
「不満そうだな」
「そりゃ面白くはないだろ。僕に限らず、大抵の魔族は道具扱いされるのが嫌いだよ」
「さりとて貴君にも利の有る話だ。一国一城の主になりたかったのだろう? 継承者として先史種族の遺した『力』を得れば、大願の成就も難しくはないぞ」
「おいおい、力とやらを好き勝手に使われちゃ困るから護ってるんだろ。なのに振り翳すのを勧めるってどういうこと」
「無論、無秩序に揮われるのは認められない。が、節度を守って運用する分にはかまわない。重要なのはバランス感覚。貴君には、手に入れた力へ呑まれず御する器があると、私は見ているからな」




