35話:見極めの守護者
「最初に断っておくが、私に危害を加える意図はない。もしその気なら、こんな回りくどい手段を用いないだろうこと、貴君ならば既に気付いている筈。違うかな」
「なるほど、お見通しか。だったらこっちも変に構えず、話とやらをさせてもらおう。ただし無警戒とはいかないよ。この状況を見れば、僕が安心出来ないことも分かるだろ?」
「今すぐ腹を割って、といかないことは理解している。緊張を解すという訳でもないが、まずは貴君の質問に答えよう」
シラユキと名乗る灰鎧の騎士は、泰然とした姿勢を崩さない。
主導権を握っているのは向こうなのだから、精神的な余裕も当然ある。対して僕には切れる手札が殆どない。
なんにつけても突然すぎた。いきなり異空間に引き摺り込まれ、正体不明の騎士と相見えると、どうして想像できようか。
ただ一つ僕にも目があるとしたら、魔王城陥落以後から洞窟侵入のこっち、予想外の事態に度々遭遇してきたことで『何が起こるかわからない』ことへ多少なりとも耐性が付いていることだ。お陰で今も極端に慌てふためき、混乱に苛まれるという窮状にだけは陥っていない。
冷静さを失っては、破れるものも破れなくなる。
「さっきも言ったけど、聞きたい事だらけなんだよ。……そうだな、どうして僕の名前を知っているのか? 僕が魔王四天王の一角、デーモンマスターの息子だから?」
「魔王四天王など関係はない。貴君自身が名乗っているのを聞いたからだ」
「キミとは初対面の筈だけどな。いや、もしかして、僕達を監視していた?」
「その通りだ。貴君のみならず、この洞窟に踏み込んだ者の動向は常に把握している。どう動き、何を話したかな」
「なんだそれは、随分と怖い話じゃないか。キミは洞窟内に工房を築いた妖典族の生き残りかい?」
「いいや、違う。彼等がやって来る以前から、この洞窟を守護してきた。それこそ魔蟲達が住み着く前からな」
「先住者というわけか。僕がさっきまで歩いていた金属の道を作った者と、そう考えていい?」
「それは違う。遺跡を設けたのは私より更に古い種族だ。彼等は魔族とも人類とも違う。古代先史文明といえば、分かるかな」
古代先史文明だって?
またとんでもない話が出てきたな。伝説や神話、あるいは御伽噺に分類されるものじゃないか。
今より何百万年もの昔、まだ魔族も人類もいなかった時代。極北大陸と南方大陸、そして無法境界線の全てを版図に栄えた先史種族の一大文明があったとされる。それが古代先史文明だ。
現在を遥かに凌駕する高度な技術力によって未曽有の繁栄を遂げ、神の如き権能で全世界を統べていたが、何らかの理由によって滅んだのだとか。
ごく稀に恐ろしく古い時代の建造物の残骸が見付かることがあり、それが古代文明の存在した根拠となっている。
その一方で、先史種族の化石や生活していた痕跡といったものは一切発見されていないため、古代文明の存在を否定する論者も多い。
学者の勘違い、発見者の売名行為、トレジャーハンターや冒険野郎の願望やらホラ話、各地に点在する伝承や寓話の拡散曲解、そういったものが積み重なって巡り廻り、古代先史文明という幻想を作り出したというのが、現在最も有力視されている説だったりする。
僕も古代文明は信じていない。だからシラユキの言葉を鵜呑みには出来なかった。
「確かに謎の金属と高い技術で仕上げられてはいたけど、だからといって古代先史文明と結びつけるのはどうかな。その話には懐疑的とならざるおえないね」
「ならば言い方を変えよう。私は先代の守護者から、あれが古代先史文明の遺物であると教えられた。先代は更にその先代から、先々代は更にその先代から、そうやって代々の守護者へ同じ話が伝わっている。真実かどうかは私にも分からない。伝え聞く話を信じている、それだけだ」
「先代に先々代って、じゃあキミ達はずっと昔からこの洞窟で暮らしてきたのか?」
「そうだ。古き先史種族はこの地の深奥に『ある力』を遺した。彼等の最後の民は、私達の始祖にその守護を託したと聞く。以来、私の一族は営々と役割を果たしてきた」
「『ある力』?」
「古代先史文明の遺産。使い方次第で巨大な災禍を引き起こすもの。歴代の守護者は、それが外部へ漏れることを防ぐため此の地に在る。そして遺された力を引き継ぐに足る存在、理想的な継承者が現れるのを待ってもいた」
どうも話が妙な方向に飛んでいっているじゃないか。
洞窟を監視している先住者は、古代文明の守護者で、継承者を待っていた?
なんだか悪い冗談みたいだな。
だけど嘘を吐いてるような気配はない。少なくともシラユキは、自分が知っていることを脚色なく語っていると思う。だからこっちは余計にこんがらがってくるんだけど。
「ちょっと待ってくれ。キミは古代先史文明の遺産を護るのが仕事なんだろ。それなのに誰かへ譲るのかい?」
「始祖が先史種族から託されたのは、彼等の遺した『ある力』を正しく取り扱える者が現れ、力を無事に継承するまでの間、漏出を防ぐ役割。また継承者足り得ない者が、不用意に力へ近付くことを妨げること。守護者は見極めるのも役目なのでな、洞窟へ踏み入ってきたものは須らく監視してきた」




