33話:地下の道
「ふぅむ、また珍妙な場所に出くわしたものじゃ。どうなっておるというのか」
「プルプル~」
「ヴ……ヴ……」
この新しい領域に、各々が困惑している様子だ。
気持ちは分かる。僕も自然窟の底の底で、こんな構造体に出会うとは思ってなかった。
何者かの手が入っていることは確実。問題はそれが誰かだ。現状、可能性として一番考えられるのは。
「アルデ、これはキミ達工房組の仕事かい?」
「いいや、違う。我はこのような通路の敷設には関わっていない。そもそも、この空間の存在すら知らん」
「でも魔力結晶体が此処にあると見破って、研究利用のために使っていたんだろ?」
「魔力結晶体の存在は感知していたが、採掘は工房長が自分だけで行っていた。最も純度の高い部分を、集中して探したいからと言っていたがな。我々は工房長が持ち帰ってきた魔力結晶体の欠片を使っていたのだ。此処へは工房長以外、誰も降りてきていない」
「なるほど、そういう形なのか。じゃあ、その工房長が移動し易くするために、この道を作ったと思うかな?」
「いや、これだけの物を工房長単独で作ったとは考え難い。随分な手間が掛かるうえ、資材の搬入も必須。転移の力を持つ魔導器でも一度に大量の転送は出来ないからな。魔力結晶体を取りに来ている間に作ったとしても、工房長が地下に潜っている時間は然程多くなかった。時間的猶予から考えて無理がある」
「つまり妖典族は関わっていないと。キミ達が洞窟を見出す以前に、何者かが作ったということになる。こうなってくると誰の仕事か見当は付かないね」
順当に考えれば、妖典族が工房を構えるより以前に魔力結晶体を発見した者。それが移動手段か搬出手段か、それらを企図して設けたということ。
洞窟の地下空間に、ここまで堅実な通廊を築く技術力はかなりのものだ。知識に財力も持っていたことが予想される。それこそ魔王級の権力者でなければ難しいだろう。
そうでないとしても魔力結晶体という巨大なお宝のためなら、無理無茶無謀を重ねる者が居ても不思議はないけど。
「ここで考えていても答えは出ないか。まずは道なりに進んで、魔力結晶体を拝ませてもらおう。幸い進める道は一本で迷うこともない。こっちに落ちてきている誰かが居れば、何処かで合流できるだろう」
「はい!」
「プル!」
「ヴ……ヴ……」
クラニィとプルルン(とゾン子)の元気ある返事を受けて、僕達は白亜の通廊を進み始めた。
洞窟内の岩床とは違い、微細な凹凸もなく、真っ直ぐに設えられている足場は歩きやすい。障害物が道を塞いでいることもなければ、途中で断裂しているといったハプニングもない。天井部がすっぽり抜けた大穴になっているというのに。
本来天井があり、女王ムカデが壊して登ったのなら、その際に砕かれた破片などが転がっている筈。けれどその痕跡物が何処にもないから妙だ。まさか空腹が過ぎた魔蟲が食べてしまったのか? いや、ウーズ族ならそれもありえる話だけど、魔蟲類は無機物を食べはしない。
いったいこれはどういう事なのか。それも奥へ向けば判明するのだろうか。
「洞窟の奥にこんな道があるなんて、不思議な感じですね」
壁や床を見て回りつつ、クラニィは感嘆の吐息を落とした。
安定している屋内的な造質は、これだけ見せられれば此処が自然窟の深部だと聞いても、信じられはしない。違和感が先行するのはその為だ。
踏む度に浅く響く冷たい硬音、変化のない床形、これを足裏に感じるほど、作り物だという認識は明確さを増した。明らかに移動の利便性を考慮して敷かれている。
「鋼とも違うの。見たことのない金属で成り立っておる。かなり高度な錬金術師が関わっておるのやもしれん」
ルシュメイアは歩きながらも壁際により、床面同様均一に伸びる壁を片手で叩いた。
すると妙にくぐもった鈍い音が低く返る。
彼女の言う通り、通廊を構成する素材には見覚えが無い。僕も全ての金属を網羅しているわけじゃないから正確なところは言えないけれど、少なくとも多彩多様な金属類を用いて建造されていた魔王城の中で、これらと同じような物はなかったと断言できる。
錬金術師が独自に練成した金属という見立ては、良い所を突いているんじゃないだろうか。
「アルデ、キミはどう見る」
「確かに我の記憶にも類似物は存在しない。市場に出回っていない特殊金属と考えるのが妥当だ。誰が手掛けたかは現状で探りようもないが。存外、この製作者も魔蟲に襲われ滅びたのかもな」
アルデの意見もルシュメイアと同路線だ。与えられた情報からは、不明瞭な部分を想像するよりない。
そうこうして進んでいるうちに、僕達の頭上へ広がっていた空洞は白い天井へ変わった。開いていた大穴の端を越えて、洞窟を更に奥へ踏み入ったということ。
妖典族の工房エリアを通り抜けたことで、通廊の元の姿が始まったか。やはりというか、壁や床と同様に天井も白い同一金属で仕上げられている。
ゾン子を除く全員が、得体の知れなさに奇妙さを覚えていた。それぞれの顔色や気配から、緊張や警戒の程度が感じられる。そして前へ歩むだけ、先から漂ってくる魔力は大きさを確実に強めていた。




