30話:女王ムカデ墜つ
「できた……出来ましたよ、ユレ様!」
「ああ。まさか一度目で成功するとは思わなかった。クラニィ、お見事だね」
クラニィは少し呆然とした後で、表情を和らげる。
気負いの抜けた満面の笑みに、煌めく瞳。大輪の華を思わす喜びの顔がそこにあった。
微笑ましさに僕も口元が緩んだけれど、大仕事はこれからだ。
束ねた魔力から意識を逸らさないで、クラニィへ目配せする。
「思い切り喜ぶのは女王を倒してからだよ。このまま撃つ」
「はい!」
僕は右手を、クラニィは左手を、二人一緒に前へ差し出す。
応じて、完成された螺旋獄槍が女王ムカデ目掛けて射出された。触れる外気を焼いて裂き、無数の火の粉を軌跡に散らせ、高速回転する灼熱は一直線。
女王を護ろうと躍り掛かってきた大ムカデが何匹もいたが、超熱量に炙られ、近付くだけで灰となり砕けていく。
重ねた魔力と意志とが瞬き、眩い閃光を放じて巨敵へ挑みかかる絶火の魔槍。最短距離を直進し、あらゆる妨害も寄せ付けず、女王ムカデの項垂れた頭部へと命中した。爆音が轟き、揺動が工房全体へ響く。
大魔蟲の甲殻と燃える螺旋。両勢の力が反抗し、激面から夥しい火炎が吹き荒れる。火花も盛り猛音が木霊する。耳を聾する灼音と、視界を焼く超光が、洞窟一点を支配していた。
どちらも退かない。強く危うく鬩ぎ合い、双方が押し合う膠着状態。魔力と外殻の激突が、次第に各所へ亀裂を刻み、競う要の周辺を乱し始める。飛び火する過大なエネルギーの余波が方々を擦過する度、接触面は零れ、欠片は瞬時に蒸発した。
「思った以上に硬い。だけど――」
「押し通します!」
僕達は最後の呼吸を合わせ、二人同時に同じだけの魔力を奔出した。
与えたものは稼働中の複合魔法へと瞬時に注ぎ込まれ、極熱の螺旋回転が勢いを更に増す。
それが決め手だ。同等の力で押し合っていた絶火と甲殻だが、一方の強化でバランスは崩れた。それまでの抵抗を飲み下し、もはや止まらぬ破竹の域で、螺旋焔槍は一気に疾る。
防ぎきれなくなった魔蟲の額が割れて焼け散り、外縁を舐めながら内部へと侵入していく灼熱は、あらゆる生体組織を肉から骨から体液まで、余す事無く焼き尽くす。
僕達が操る獄熱の大螺旋は、女王の頭部を粉々に焼却し、冷厳に全体を葬り去った。
標的を抉って討ち果たした時、紅色の明光が閃き、蓄えられた魔力が爆散する。盛大に光が弾け、燃え盛る螺旋槍は解体された。
頭を滅砕された女王ムカデは一切の力を失い、自重に任せて倒れ始める。大きく前のめりに傾いて、支えなく床面へと落ちていった。そのまま剥き出しの岩盤にぶつかり、鈍重な衝撃音を撒き散らす。後はもう動かない。
「やっつけた、のでしょうか?」
「死霊族でない限り、頭を潰された生物は生きていられないからね」
クラニィの不安げな眼差しに返して、僕は周囲を見回した。
今まで共通の目的に向かい、一塊として動いていた大ムカデ達は、早くも勢いを衰えさせている。見るからに動きが鈍り、攻撃目標を逸したようにウロウロと彷徨う。
かと思えば隣り合う同族へ喰らい掛かり、あちこちでムカデ同士が蛇玉を作り始めていた。
「統率体を失ったことで、混乱に陥っている様子だな。こちらの狙い通りに」
アルデの評は正しい。
既に魔蟲達は敵味方の区別なく、前後不覚状態にある。近くの存在へ無差別に襲い掛かり、混迷を極めていた。
ゾン子達の側も状況は同じ。大ムカデ間での乱闘が其処彼処で発生し、彼女達への攻勢は大幅に弱まっている。だからこそゾン子の拳とルシュメイアの氷剣は、それまで以上の苛烈さと速度で魔蟲を屠っていく。
次々に殴られ、蹴られ、或いは切断され、薙ぎ払われる大ムカデの躰が、宙へ飛んでは放られて、彼女達の歩みに合わせて掻き分けられた。大海を割って進むかの如く、統率欠いた魔蟲群を突き破る。進路上の敵勢を情け無用に粉砕し、ルシュメイアとゾン子は僕達の元へ戻って来た。
「先程の魔法は痛快であったな。女王が墜ちた故に魔蟲共が烏合の衆となっておるわ。よい仕事であった、誰ぞ?」
存分に魔力を揮い、並み居る外敵を蹴散らしてきたルシュメイアは、今までで一番上機嫌だ。
艶のある笑みを浮かべ、満足気な様相でこちらに金瞳を向けている。
「我が主とクラニアムの複合魔法だ」
「プルル!」
「ほぉ、クラニィの一手であったか。実に良い。胸のすくような活躍であったの」
「いえ、私は自分のことに夢中で。ユレ様が魔力を巧く合わせて下さったからこそです」
ルシュメイアの賞賛に対して、クラニィは淡く首を振った。
続いて僕の方へ翡翠色の双眸を流し、照れ混じりの微笑を投げてくる。
その言葉を聞いたルシュメイアは、両腕を組み、値踏みするような目で僕を見てきた。
「ふむ、そうか。他者の魔力運動を知覚できる魔族は多くないと聞く。知れるだけでは意味もないが、魔力の同調もこなせるとなれば、けして無能ではないということか。まぁ、仮にも妾の主なのじゃ。それぐらいの度量は持っていてもらわねばな」
「それはどうも」
なかなか上から目線の物言いではあるけど、彼女なりに僕の事を認めてくれたようだ。
弱味につけこみ主従契約の魔法を交わしたから、ルシュメイアとの関係性は冷え切ったままかとも思っていたけど。これを契機に多少なりとも歩み寄りの道が開けたかな。




