3話:VSウーズ戦
ウーズ族はその食性からあらゆるものを食べていく。これは彼等自身の食欲を満たす意味とは別に、高度な掘削能力があることも意味している。岩でもなんでも消化してしまうため、閉鎖された空間を掘り進み、拡張していくことが出来るからだ。
普段、ウーズ族は意図して住環境を整えようとはしない。何処へでも潜り込んで生息可能な適応力もあって、状況をそのまま受け止め生きていく。だからこちらで能力の方向性を操作してやらなければならない。
この洞窟を僕の拠点とする以上、いずれは大きく広げていくつもりだ。その時、ウーズ族の力は大きな助けになる。
先住者を降し洞窟の支配権を握る必要もあり、配下と労働力の確保を考えてもここは抑えておくべき。
そうなると問題は過程だけど。穏当なウーズ族なら交渉で友誼を結べるか、それとも。
「お互い知らない同士だ、まずは名乗り合っておこうよ。僕の名前はユレ。ユレ・イグナーツ。イグナーツ家って、聞いたことある?」
「プルル」
初耳、と。
魔王四天王の一角デーモンマスターのイグナーツと言えば、極北大陸では知らない者はない。って感じだったんだけどね。やっぱり無法境界線では何の影響力もないか。
親の七光りはアテにできないわけだけど。そうでなくっちゃ面白くない。
「次はキミの名前を教えてくれるかな?」
「プルルル」
「プルルンか。広がりがあっていい名前だね。それじゃプルルン、一つ聞きたいんだけど」
「プル?」
「僕は家なしで住むところを探してるんだ。この洞窟は住み心地が良さそうで気に入ったから、腰を落ち着けたいと思ってる。この辺りだと手狭だから奥に行きたい。ここより先には他に誰かいるかい?」
「プルプルプル」
ここで暮らしてるだけだから奥がどうなっているかは知らない、か。
流石にウーズ族。今住んでいる場所以外へ関しては無頓着なんだな。
洞窟の深さによっては、別の魔族が居を構えている可能性も否定できない。残念ながらプルルンからは有益な情報を得られなかったけど。
「ありがとう。じゃあちょっと通させてもらう……」
「プル!」
「おっと」
僕の言葉が終わるより早く、プルルンが動いた。
楕円を象っていた一部が鋭く尖り、こちら目掛けて勢いよく飛び出してくる。
突然、鋭利な棘状になったウーズ族の体が、僕を貫こうと襲って来たんだ。
咄嗟に右脚を後ろへ下げ、上体を半身に反らすことで直撃は避けた。
そんな僕の顔のすぐ横を、緑色の切っ先が掠めていく。
あと半瞬反応が送れていたら、あの一刺しは僕の額を抉っていたろう。
「プルルルプルルル」
僕を狙った棘串を引き戻し、元の楕円形へ整えながら、プルルンは悪びれもせず告げてきた。
曰く、本当ならまだ3日は眠り続ける予定だったが、僕が邪魔をしたため目が覚めた。目が覚めたからにはお腹が空く。なので起こした責任を取り、僕にご飯になれと。
なかなかどうしてブッ飛んだ理屈だ。僕を殺してから、ゆっくり3日をかけて消化するつもりらしい。
「起こしちゃったのは悪いと思うけど、だからってハイソウデスカと、命を差し出すつもりはない。キミが食べるのを諦めないなら、僕は全力で抗い捻じ伏せるまでだ」
とはいえ形を自在に変えられるウーズ族と真正面から殴り合うのは得策じゃない。
粘体質で弾力のある体は衝撃を吸収し、重い攻撃も受け流してしまう。斬るも、突くも、殴るも、物理的な攻撃は大した効果を期待できないからね。
それ以前に僕は武闘派じゃない。だから取るべき手段はデーモン族らしく魔法主体。相手の力量が分からない状況で、初手から全力を出してしまうのも躊躇われる。
まずは中級魔法をぶつけて、プルルンの魔法耐性がどの程度あるか探ってみよう。
「紅蓮の息吹よ高く燃え立ち、我が敵を引き裂く爪となれ」
詠唱の終わりと共に、僕の右手へ魔力が集まる。
手の全面を覆った魔力はそのまま一気に燃え上がり、紅に猛る炎爪を作り出した。
「プルルル!」
同じ時、プルルンは体を球状に丸め、一抱えほどはあるボール型へと変形している。
一度二度と床面で跳ねると、大きくバウンドした後、加速をつけてこっちへ突っ込んできた。
飛んでくるプルルンを正面に据え、僕は燃える右手を振り上げる。
視線は緑の球体から逸らさない。直線軌道から逃げ出さず、袈裟懸けに炎手を振り下ろした。
魔力の炎が激しく盛り、腕の動きを踏襲する。振ると同時に右手から離れた魔炎は瞬間的に膨張し、赤く輝く軌跡を描く。荒ぶる猛火が五本の爪で宙を行き、達した空間上を切り裂いた。
高速で襲い来るプルルンと、放たれた炎の鉤爪は、双方が進むに任せて激突。
眩い紅蓮の光が弾け、熱波が周囲へと走る。幾つもの火の粉が舞い、小規模な爆発音が空気を叩く。
空洞全体が微細に揺れる中、組まれた魔力を消費し尽くし、生まれた炎は掻き消えた。
それへ伴い目の前が晴れ、再び元の情景が戻ってくる。僅かな焦げ臭さが漂う以外、目に見える所へ変化はない。
ただ僕へ向かって飛んできていた筈の緑球は、既に其処からなくなっていた。
「プルルン、おーい。何処に行っちゃったんだい」
呼び掛けてみるけど返事はない。
まさか今の一撃で、塵も残さず焼いてしまったのか。向こうは随分とやる気だったから、かなりの強者かと思っていたんだけど。
警戒は解かないまま辺りを見回すと、少し離れた石壁の下に黒い塊が蹲っているのを見付けた。
駆け寄って見てみれば、真っ黒に焦げたプルルンだ。
しかも焼けているだけじゃない。上から中程までにかけて、五本の爪状に裂けた傷もある。原型留めない憐れな姿。