29話:複合魔法
女王が復権した以上、かつての配下達を操って攻撃してくることは予想していた。でも予想外だったのは、支配下に置いている手勢の数だ。まさかここまで大量の大ムカデが潜んでいて、一斉に襲い掛かってくるとは思っていなかった。
「プルル~」
プルルンは力無く全身を揺すり、目に見えて悄然としている。
僕に退路の確保を命じられていたけれど、敵勢に圧倒されて奪われてしまったことが申し訳ないらしい。
「プルルン、あんなに多くの魔蟲が来るとは僕も思ってなかった。あれだけの数をキミとクラニィで捌くのは無理だ。それは分かってる。後ろは取られたけど、キミはクラニィの護衛はしっかり果たしたじゃないか。いい働きをしたよ」
「プル?」
「プルルン様が素早く後退の判断をされたのは間違いじゃなかったと思います。そうでなければ私達は今頃孤立して、魔蟲達の総攻撃を受けていたでしょうから」
「プルルー」
クラニィのフォローを受けて、プルルンの心持ちはようやく上向きになったようだ。
さっきとは違う軽快さで、緑の粘体を揺すって応える。
「それで、これからどうする。我等にせよ前衛組にしろ、魔力は無限にあるわけでない。このまま総数の知れない相手を、尽きるまで延々処理し続けるのは分の悪い賭けだが」
燃え盛る炎陣魔法を維持し、突っ込んでくる大ムカデを焼き払い続けるアルデ。
彼の言葉はまさにその通りで、現状の対処療法的処置ではジリ貧を免れない。女王の狙いが大勢力による僕達の封じ込めと疲弊であるなら、完全に敵の術中に嵌まってしまっている。この状況をどう打開するか。
「逃げ場がない以上、前へ進むよりないね。大ムカデの終わりが見えないなら、女王を仕留めきるしかない。既に大ダメージを与えているから、もう一押しで決められる筈だ」
「女王を落とせば統率が乱れる、か。了解した。どう攻める?」
「アルデは現状維持だ。魔蟲の侵攻を阻んでいてくれ。プルルンは万が一に備えて待機」
「我が主に従おう」
「プル!」
「クラニィは僕と複合魔法で女王にトドメを刺す。二人分の魔力を束ねて、あの頭を貫こう。出来るかい?」
「分かりました」
僕が問えば、クラニィは引き締めた表情で生真面目に頷いた。
彼女の一本気な性格が知れる。
効率的な魔力運用が得意なアルデには防衛線の堅持を任せ、攻撃は僕達が行う。複合魔法は両者の魔力を組み合わせ、一つに練り上げることで、相乗的に密度と濃度が引き上げられる。これにより構築された魔法は、単独使用時よりも大幅に増強された大威力化が見込め、極めて有効な攻撃手段となる。
女王ムカデの生命を確実に狩り取るには、ルシュメイアが放った魔撃に匹敵するほどの魔導火力を叩き出さねばならない。彼女自身は続々と群がってくる大ムカデを破ることに手間取られ、女王への攻勢が滞っている。女王へ対する最大の脅威と認識されたらしく、集まっている魔蟲の数はこっち側より多いからだ。
ルシュメイアとゾン子が大ムカデ群の注目を集めている今、僕達が女王へ攻撃を届かせなければ勝利は得られない。ただ問題として、複合魔法は術者同士の魔力を同調させねばならないため、発動が難しい。本来なら兄弟姉妹や、親しい間柄の友人で行うというのが通例。僕とクラニィのような、初対面で実行するのは無謀だろう。
それは彼女も分かっている筈。にも拘わらず異論を挟んでこないのは、他に手がないからだ。無茶でもなんでも、勝って生きるにはここで複合魔法を完成させる。それ以外に道はない。
幸いにして僕達はデーモン族と妖精族。支配系統種としての特性で魔力運動を把握しやすいデーモン族と、魔法理解力の高さから操作性に定評のある妖精族なら、他種族同士よりかは合わせやすい。あとはこの状況で、どこまで集中できるか。
「始めよう」
「はい」
互いに一つ息を吐き、僕達は同時に魔力を高めだした。
相手が育てる魔力の波長へ意識を向け、それと重なるように自分の魔力も整える。
クラニィの練り方は少し独特で、卵を包む形に力を巡らせていく。僕もそれに倣い、普段の炎を燃やすイメージとは違う、卵型の循環を意図してなぞらせた。
彼女の発する魔力と自分の魔力のズレを少しずつ消していき、隣り合う高まりが自分のものであると定義。焦らずに落ち着いて、揺れ幅を抑える。
「「来たれ、無辺の果てに土を食み、天幕の誘いを担うもの」」
二人で揃い、同じタイミングで詠唱を開始する。
呼吸と音韻を等しく並べ、不足も余剰もなく整息した。
紡がれるスペルに応じて両者の魔力が結び付き、絡まりながら融け合っていく。僕とクラニィ、それぞれ別個に送る魔力が感応を深め、次第に同じ一つの流れへ収斂する。
「「歪な檻の執行者、貫く処刑の飼育人、燃えて盛って荒ぶる無名」」
詠唱最後の節を踏み、僕達の間に乱れはない。
一繋ぎに纏まった高質な魔力が、膨張と共に赤熱現象を遂げ、火の粉を大量に散らしながら密集する。
僕達の複合魔法で生み出されたのは、轟々と燃え滾る巨大な絶火。それが螺旋状に荒々しく巻かれ、猛然と回転する獄熱の焔槍だ。
無事に完成した。




