28話:魔蟲の群波
「よくあんなのを捕えられたね」
「言った筈だ、混乱している渦中を突いたと。でなければ、我々は消し炭となっている」
ルシュメイアの猛烈な魔撃を見て、僕はアルデへ感心混じりに声を送る。
彼もまた女王ムカデの抉られた胴体を見詰めたまま、淡々とした調子で返してきた。
あれ程の力を持っていて魔王の孫娘だ。まだ若く経験も浅い、成長途上の魔族。そして魔王様は当然彼女よりも遥かに長く生きており、数多くの修羅場を潜ってきている。魔族としても最高レベルに完成していた存在。
それが勇者に討たれたのだから、魔王血統の混迷は凄まじかったのだろう。負ける筈のない者が負けたのだから、どれだけの衝撃を受けていたか。
そこを巧く利用した妖典族は技量よりなにより、まず度胸が賞賛に値する。一歩間違えば全滅。リスクがあまりに大きい。それでも目的のために動いた彼等は、見事に誘拐を成し遂げた。が、巡り巡って魔蟲に敗れ、その魔蟲を今ルシュメイアが攻め落とさんとする最中。なんともやるせない話じゃないか。
「なんじゃ、思っておったより大したことのない輩よな。所詮は卑しい魔蟲か。妾の敵ではない」
氷の剣を引き戻し、ルシュメイアは傲慢に鼻で笑う。
胴体の大部分を吹き飛ばされた女王ムカデは、ゾン子に蹴り飛ばされた頭を振り戻してこない。そのまま横向きへ傾き、ゆっくりと沈み始める。
工房組との戦闘で負った痛手もあるだろう。ルシュメイア達の連撃が、削れていた敵の生命力を更に激しく削ぎ落したのは間違いない。
このまま勝てるか。
「いや――来る!」
全方位に気配が立ち昇り、それが一斉に動き始めた。
四方八方から這い進む足音が聞こえ、僕達へと集まってくるのが分かる。
「プルルル!」
「ユレ様、私達の通ってきた通路側から大ムカデが沢山入ってきました!」
クラニィの声に振り返れば、工房の外へ通じる穴側から、壁床天井を使って数え切れない大ムカデが侵入してきていた。
プルルンは粘体を球状に変形させて、近付く大ムカデへ体当たりを仕掛けている。その後で接触と同時に張り付き、敵を頭から消化しているが。兎にも角にも数が多い。
一匹を相手している間に次から次へ集まってくるムカデ、またムカデの群。プルルンは連中に囲まれ、緑の体のあちこちを鋭いハサミに突っつかれ始めていた。
固形でなく粘液体のウーズ族であることが幸いし、物理的な攻撃は水を掻くように擦り抜けるだけ。切れることも、千切れることもなく、まだ深刻なダメージにはなっていない。けれど更に大ムカデが増え、間断なく攻め続けられるとそうもいかない。
「音に聞く風、易く巻く旋風、声に応え音に答えよ」
プルルンを救うべく、僕は束ねた魔力を詠唱によって研ぎ澄ます。生まれた風を複数本の流れにして、狙い定めて後ろへ放つ。
飛び出した風陣はそれ自体が鋭利な刃となり、プルルンの周囲を抜けて行った。
彼へ群がる大ムカデを風の刃が切り裂き、節目に非ず外殻諸共体を寸断する。何陣もの風が必殺の断爪を描き、集まっていた魔蟲は幾つもの塊に割れた後、体液を噴出させつ滑るように崩れ落ちた。
「プルル!」
「はい、分かりました。光気よ来たれ、眩い靡き、道阻む悪意へ抗わん」
解放されたプルルンの意見へ頷き、クラニィも揃って僕の方へ退いてくる。
その間にも追い縋ろうとする大ムカデ群へ、彼女の紡いだ魔法が飛んだ。
詠唱後に光の波動がうねり、近付く外敵を痛烈に叩いて弾き返す。一瞬の光波が長躯の魔蟲を逆側へ吹き飛ばすことで、それ以上の接近を許さない。
とはいえ敵の数が多く、先頭集団を押し戻しても間を空けず後続が迫ってくる。稼げる時間は僅かなもの。
「灼熱の遺灰が積もり、燻る赤は唸る、かつての火は未だ終えず」
隣へ立つアルデの詠唱により生み出された業火が、岩床の上を円形に回り始めた。
僕達の周りを一巡するごとに外へと広がり、燃える足跡は襲い来る大ムカデを飲み込み焼き撃つ。猛烈な熱火に包まれた魔蟲達は次々に燃え崩れ、灰と化して積み重なっていった。
これにより一時的な安全圏となった僕とアデルの傍へ、プルルンとクラニィが合流を果たす。
「さっき女王が放った絶叫は痛みのためじゃなく、眷属を呼び寄せるためのものみたいだね」
「知らぬ間に随分と繁殖している。まるで数が減らん」
「プルルル~」
「ルシュメイア様達も襲われています」
言われて視線を向ければ、ゾン子とルシュメイアの周りにも大ムカデが殺到していた。
洞窟内のあらゆる場所を這い進み、際限なく集まってくる魔蟲の波が、前衛の二人を完全に取り囲んでいる。
だがゾン子は徒手空拳で最寄りの大ムカデを次々と撃砕し、ルシュメイアも大魔力の剣閃で氷漬けとした後ただちに破壊していく。
夥しい魔蟲の群を物ともせず、容赦のない即応で叩き潰している姿は、助けが必要そうには到底見えない。彼女達に限って言えば、放っておいても問題はないだろう。
「あの二人は基礎能力が段違いだからね、心配はいらないさ。それより問題は事態の根本的な解決をいかに進めるかだ」




