27話:パーティーアタック
「見覚えがあるな。我々が倒した筈の女王ムカデだ。生きていたとは驚きだが」
「これだけの大きさとなれば、生命力も高そうだからね。仕留めきれてなかった可能性はある」
巨大な魔蟲を見上げ、特段の感慨もなく呟いたアルデ。
言葉とは裏腹に、当人は然して意外そうにもしていない。
一方で敵側もアルデに気付き、引き裂けた口腔を大きく開いて威嚇してきた。居並ぶ牙の合間からボタボタと垂れ落ちる握った液体が、頭部の真下へ粘着質な溜りを作っていく。
女王ムカデの臨戦態勢は明らかだ。
「護りの方陣、迫る脅威に抗う壁を、我等が前に齎さん」
僕はまず防御魔法を詠唱した。
放出された魔力が透明な光壁となり、ゾン子とルシュメイアの正面に張り巡らされる。
これを合図に、前衛の二人は女王ムカデ目掛けて勢いよく駆け出した。
「魔蟲風情が王を僭称とは。簒奪に等しい不遜ぞ!」
ルシュメイアは怒りの吐言と共に、魔力製の氷剣を走りながら薙ぎ払う。
すると膨大な魔力が吹き荒れ、剣圧の進路上へ幾つもの氷柱を発生させた。そのまま剣動の魔閃は女王ムカデへ到達し、その長い胴体を横一文字に傷付ける。
叩き込まれた衝撃に甲殻が激しく軋み、刻まれた横傷が瞬時に凍り付いていく。
「ヴ……ヴ……」
ルシュメイアの隣を並走していたゾン子は、彼女が生成した氷柱へと地を蹴って跳び乗った。
更に一つの足場を踏み叩き、次の氷柱へと跳び移り、同じことを繰り返しすことで女王ムカデへ接近していく。
「泉の底より湧き立つよう、水面を噴いて聳えるよう、猛る内火を今彼方へ」
僕達の後方でクラニィが魔法を唱えた。
小さな両手へ赤い光が灯り、目にも止まらぬ速さで解き放たれる。飛び出した赤光はゾン子へ急接近すると四つに分かれ、彼女の両手足へと吸い込まれた。
身体能力、特に腕力と脚力を上昇させる強化魔法だ。クラニィの補助を受け取ったゾン子が、最後の氷柱を蹴り砕いて跳躍する。
高々と舞い上がった彼女は、女王ムカデの上方へと到達し、完全に頭上を取った。両手を握り合わせて振り上げると、そこから一気に降下して、魔蟲の頭部へ急速肉薄。落下により距離を詰め切ったところで、握り固めた両手拳を思い切り振り下ろす。
魔法強化された死霊族の拳打が完全なタイミングで炸裂し、重々しい激突音が空間へ響いた。拡散された衝撃波によってゾン子の髪とスカートが盛大にはためき、女王ムカデの頭は強制的に下へと落とされる。
頭部甲殻の打突面は一撃で罅割れ、護りの殻が何割か砕けて分散した。
「猛火の嵐よ、焦げ付く轍を刻んで奔れ」
生体急所の一つである頭へ重撃を受けた女王ムカデへ、アルデは即座に追い打ちを掛ける。
詠唱によって魔力を炎へ昇華させ、両の触腕へ渦巻かせると前方に向けて押し出した。
標的を定められた火炎の螺旋が双方向から迸り、工房の床面を燃え上がらせて魔蟲へ達す。進路上にあった氷柱は炎の熱量に炙られて溶けていき、白から赤へと変じた背景の中、渦巻く火勢が女王ムカデの全周を覆う。
「一針に澄まされた風の渡り、研いで絞り打壊の焦点を此処に」
アルデへ続き僕も魔法を詠唱した。
集った魔力が回転する風へと至り、一本の槍として力場を刻む。それを女王ムカデへと射ち放つ。
射出された螺旋風槍は炎の揺らぎを貫きながら飛翔し続け、瞬く間に魔蟲の巨体へと接近していた。
「ゾン子、使え!」
「ヴ……ヴ……」
僕の声に反応し、拳撃を終えて落下していくゾン子が動く。
狙って放ったからこそ丁度に届き、すぐ下へ飛び込んできた僕の風迅魔法。ゾン子は一瞬だけ風槍へ足を付け、直後に逆巻く風圧を受けて跳ね上がった。
再び上昇した彼女は、俯く形となっている女王ムカデの頭を正面にして、クラニィの強化魔法と僕の風助を授かった脚で蹴り出す。高速の蹴撃が魔蟲の頭部を正確に捉え、拳に勝るとも劣らない威力を爆発させた。
衝撃が突風を生み、女王ムカデの頭が今度は外側へ強制的に振らされる。
追撃を見事に決めたゾン子は、螺旋する風槍が魔蟲の連なる節の一つへ減り込む傍で、軽やかに着地を決めた。
「卑しきものよ、見せてやろう。これが王の技。――ヴォルゲング・スレイ!」
アルデとゾン子が攻め立てる間に、女王ムカデの傍近くまで辿り着いているルシュメイア。
彼女は氷剣握り持つ右腕を引き、刃に多量の魔力を纏わせると、すかさず魔蟲の胴部へ至近刺突を繰り出した。
間近から放たれた回避不能の一刺しが、堅固な甲殻を容易く裂いて猛襲する。氷の剣が魔蟲の胴を貫通した刹那、蓄えられた魔力が奔騰。一拍の停滞を経て、刃を基点に膨張するや、剣筋へ沿い一直線に噴出した。
それはさながら魔力の砲だ。膨大な高魔力が剣身の突き刺さる女王体内で弾けて暴れ、反対側の背面を突き破って外へと躍る。線上の途中にあった全てを掻き消し吹き飛ばす、圧倒的な破暴の壊力。食らった魔蟲の部位は削れて千切れ果てており、その一発で女王ムカデの胴体には大穴が穿たれた。
正面から向こう側が覗けてしまうどころか、歩いて通り抜けられそうなほどの貫通痕。左右の端で肉質が辛うじて残っているのみ。
魔王の血族で氷華族なら強いだろうとは予想していたけれど、ルシュメイアが本気で魔力を揮えばこうなるのかと。女王ムカデの絶叫が工房全体を揺さぶる中で、僕は堂々たる結果に驚愕以上の怖気を感じていた。




