26話:洞窟工房へ
ゾン子とルシュメイアを先頭に、アルデ、僕と続き、その後ろをクラニィとプルルンが付いてくる。
作戦指示を反映した6人隊列で洞窟内を駆けていくと、前方の闇域から幾多の気配が迫ってきた。岩盤を這い進む不揃いな移動音が、こちらを上回る速度で近付いてくる。
照明魔法の範囲を前側へ差し向ければ、明らかとなった洞内の壁に床に天井を、十体以上の大ムカデが行進する姿が確認できた。
口吻に具わるハサミを激しく動かして、肉食の気性を剥き出しに僕達を狙っている。
「邪魔くさい連中じゃ。そこを退けい」
蟲群の対峙を目の当たりにしても、ルシュメイアは走る勢いを落とさない。
同じ速力を維持したまま、右手へ魔力を集約させる。集まった紫光は一瞬眩く光った後、蒼白の刀身を持つ長剣として実体化した。
ルシュメイアは魔力によって形成した剣を、右腕と共に薙ぎ払う。すると強大な魔力が進行方向へ一気に圧し進み、距離を詰め続けていた大ムカデの群を飲み込む。凍気へ変換された魔力は即座に全域を舐め、視界内に居た魔蟲を一体残さず完全に凍り付かせた。次には誰が手を下すでもなく、全ての敵が粉々に砕け散る。
僅か一閃で大ムカデを全滅させたルシュメイアは、落ちる氷片を意に介さず、通廊を真っ直ぐ突き進んだ。無論、僕達も速度を緩めず続いていく。
「すごい、あれだけいた魔蟲を一振りで屠ってしまうなんて」
目の前で繰り広げられた殲滅撃へ、クラニィは驚嘆の声を上げた。
彼女の気持ちも分かる。魔法を使ったわけでもなく、宿す魔力を放っただけで敵勢を討ち破るのは、上級魔族ならではの芸当だ。武具を強力に物質化させられることといい、ルシュメイアが宿す魔力総量は僕達の中で最も高いと考えて間違いない。
とはいえ妖精族であるクラニィもまた、潜在的に秘める魔力は負けていないと思うけど。
「工房は此の先だ」
アルデの声が静かに響き、似通った洞窟風景が幾らか流れた先で、ついに開けた空間へと踏み込んだ。
目的地への侵入を迎え、先頭集団が足を止める。
辿り着いた場所は、今までの道とはまったく違う広大さだった。天井が高く、左右の壁まで及ぶ間隔も大幅に遠い。足場や壁は岩肌が剥き出しているままだが、自然物とは異なる棚や机、椅子や大掛かりな硝子筒が目に付く。
外から持ち込まれた調度品、日用物は雑然と散乱し、まるで大嵐が吹き荒れた後かのよう。大型の魔蟲が暴れただろうことは明らかで、見れば床面のあちこちに血痕も確認できた。
しかし此処を拠点としていた妖典族の遺骸はなく、その一部でも転がってはいない。争いの形跡は確かにあるものの、全てが終わった後を示すだけだ。肝心の巨大ムカデも姿が見当たらなかった。
「なんじゃ、何もないぞ?」
「奥にもう一つ空間がある。魔導器の保管場所として使っていた。この床が問題なく在る点から見て、抜かれたのは向こう側だろう」
「皆が囚われているのも其処です」
アルデが指し示した方向、離れた箇所の壁に一つ穴が開いている。身を屈める必要もない、一人が立ったまま余裕を持って潜れる大きさの穴だ。
クラニィもそちらを指差して、それから周囲を注意深く見渡していく。
「私が逃げていく時、ここはまだ荒れていませんでした」
「奥からこっちに戦場が移ったんだろうね。かなりの出血痕があちこちにあるから、亡骸が点在しててもおかしくないのに。綺麗に平らげてる様子だから、巨大ムカデは余程空腹だったか、それとも妖典族を怨んでいたか。或いはその両方かな」
「どちらにせよ、こちら側に居ないということは、向こうに潜んでいる公算が高い」
長らく暮らしてきただろう妖典工房の有り様を見ても、アルデは特に感情を乱すことがない。
平坦な声音に冷静な分析は、何事もなかったかのように健在。敵へ対して警戒こそしているが、悲哀や怒りといった心の揺らぎは感じられない。
実感が湧いていない、ないしは感情を押し殺している。そういう風体とも違って見えるのは、気の所為じゃないだろう。僕に寝返った段階で、かつての共同作業者へ対する仲間意識は断ち切ったか。この辺りの割り切り方は素直に見事だと思う。
「よし、もう一つの方へ向かおう。隊列はそのまま維持だ」
僕の声に応じて、ゾン子とルシュメイアが再び歩き出した。アルデ達も付かず離れずを保って付いていく。
道中で大ムカデの群が襲ってきた以外は、今のところ敵の気配も感じない。
大いに乱れ散らかされている工房跡を、半ば程度まで進んだ時だ。僕達が目指している隣接空間への穴、その暗い奥部で紅い光が瞬いた。
その直後、地鳴りのような雄叫びを上げ、件の巨大ムカデが這い出して来る。
紅く光るのは二つの眼部。赤紫の外殻と、節繋ぎの体躯。数え切れない多数の肢に、長大な丈は5mへ達する程もあった。
平板な頭部の下へ開いた口は、外へと幾多の牙が張り出している。その左右面から上下に並んだ二対のハサミが交互に動く。
素早く駆け回る長躯が暗穴から躍り出て、蛇行しながら工房内でとぐろを巻いた。僕達の前方へ陣取り動きを止めると、そこから半身を持ち上げ、上方からこちらを見下ろしてくる。




