表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/67

24話:解放される魔力

「あんずるでない。妾達が魔蟲を退け、必ずや囚われの者達を救い出してやる故」

「はい。よろしくお願いします」

「うむ。今代魔王ゼイドリッツ・アルデ・バド・ネイクリシトが98番目の孫娘、ルシュメイア・アルデ・バド・ネイクリシトの名に懸けてな」


 妖精ちゃんへ向けて、囚われ魔族の救出を宣言するルシュメイア。

 その後に続く魔王の孫娘という血統誇示。悠然と腕を組み、得意気に見下ろす氷華族の傲慢スタイル。

 彼女を安心させたいんだか、自分の血筋を自慢したいんだか。


「ルシュメイア様と仰るのですか。ありがとうございます」

「うむ、任せておけ。なに、心配には及ばん。なにせ妾は魔王の孫娘じゃからな。魔王の」

「はぁ? 魔王、ですか?」


 しかし当の妖精ちゃんは緩く小首を傾げるだけ。驚きもなければ、畏怖もない。魔王という単語にもピンときていない様子だ。

 この反応から見るに、彼女は極北大陸の出身者ではなく、無法境界線の育ちと思われる。極北大陸の魔族ならば、深森に暮らす妖精族でも魔王の名は知っている。対して無法境界線側で暮らす魔族にとって、魔王の名は殆ど馴染みがない。当然、そこへ特別な価値も感じない。


「あの、どうかなさいましたか?」

「……いや、なんでもない」


 妖精ちゃんの無反応ぶりを前に、ルシュメイアは腕組みを解いて明後日の方向へ視線を逸らした。

 魔王の名声は世界共通と思っていたのだろう。自信満々で家名をひけらかしたものの、相手がまったく認知していないという現実。これはなかなか恥ずかしい。

 少しばかり同情的な気持ちを湧かせていると、ルシュメイアはすごい形相でこちらを睨み、足早に詰め寄ってきた。


「彼奴等が魔蟲の腹に収まったというなら、油断を誘う必要は既にあるまい。もはやこの戒めを付け続ける意味などないのだから、早々に外せ!」


 青白い肌へ若干の赤味を交えて捲くし立ててくる。

 羞恥心を紛らわすために、僕へ八つ当たりするのは止めてもらいたい。

 とはいえルシュメイアの言い分は尤もだ。挑む相手が妖典族でないのなら、この段階で首輪を壊しておいた方がいい。


「プルルン、頼むよ」

「プルルー」


 僕の目配せに一度弾んで応えると、プルルンは勢いよく岩床を叩いて跳ぶ。

 そのまま正確にルシュメイアの首元へ達し、厚みのある硬枷へ貼り付いた。首輪だけを対象にして、彼女自身の素肌には触れないよう注意深く。

 下手に触ると、またなんだかんだと喚きそうだからね。プルルンもその辺りは配慮しているようだ。

 あとは首輪を緑粘体の中へ取り込み、強力な消化作用を引き起こす。魔剣の時と同様に、ほどなくして白煙が上がり始め、鋼材の成分分解が進められた。それから間を置かず、プルルンは再び跳んで下へ降りる。

 彼がルシュメイアから離れると同時に、輪の一箇所が完全に消滅し効力の絶えた首枷が、彼女の身より外れて落ちた。

 それまで繋がっていた武骨な重物が消えたことで、ルシュメイアは自分の両手で首を擦る。待ち望んだ解放の実感を得たのだろう、今までにない晴れやかな顔で口角を吊ってみせた。


「プルル」

「ご苦労様。さて、気分はどうかな、ルシュメイア」

「ふふふ、悪くないぞ。ようやっと忌まわしい戒めが解けて清々するわ」


 満足気に頷いた後、ルシュメイアは落ちた首輪の残骸を踏み砕き、手中に魔力を集め始める。

 同じタイミングで僕も同じことをしたとしたら、彼女は僕よりも早く、且つ多くの魔力を掌へと集約させた。集った魔力が淡く紫の輝きを灯す中、彼女の手は魔力塊を握り込み、掛けられた圧に従い力の結集は拡散していく。弾けた魔力が一陣の弱風を周囲へ放ち、飛び散った燐光がルシュメイアの全身へと吸い込まれていった。

 一瞬だけ眩い光が彼女を包み、これが引いていく後には、蒼と銀の双色へ彩られた甲冑が生まれている。白衣だけというみすぼらしい恰好だったルシュメイアは、この僅かな時間でまったく異なる姿へ至る。自らの魔力で練り上げた丸味を帯びた篭手と、鋭角な突起が目立つ具足、そして清烈な魔気により整えられた戦鎧が全身を覆っていた。


「ようやっと、まともな装いになることができたわ」


 額に氷晶の象られたサークレットを輝かせ、ルシュメイアは形成した鎧姿を見下ろし、自分の目でも確認している。

 出来栄えに納得すると、御満悦の様相で胸を張った。


「ふふん。やはりこうでなくては調子も出ぬというものよ。小さき者、どうじゃ?」

「とても勇ましく、それに大変麗しいです、ルシュメイア様」

「そうであろう、そうであろう」


 今さっきのやらかしを帳消しにするが如く、妖精ちゃんに感想を求めるルシュメイア。

 今度は期待通りの言葉がもらえたようで、随分なドヤ顔を決めている。

 とはいえ実際のところ、彼女が作り上げた鎧装は並々ならぬ魔力密度を誇り、十分自慢に値する性能を感じさせた。凡百の魔法を弾き返し、生半可な物理的衝撃など寄せ付けないだろう。

 魔力を凝縮して物質化するのに特別な技術は必要ない。ただただ純粋に膨大な魔力が要るだけだ。大量の魔力を注げばそれだけ堅牢で強力な装具となり、魔力が乏しければ形だけのガラクタ同然にしかならない。

 ルシュメイアはこれといった苦も無く作ってみせたけれど、これだけの代物を簡単即座に完成させてしまうのは、凄まじいの一言へ尽きる。

 流石は氷華族。流石は魔王の血脈。彼女本人の未熟さや詰めの甘さを差し引いても、脅威足り得る。やはり卑怯な追い込みをかけてまで配下にしたのは正解だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ