24話:解放される魔力
「あんずるでない。妾達が魔蟲を退け、必ずや囚われの者達を救い出してやる故」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。今代魔王ゼイドリッツ・アルデ・バド・ネイクリシトが98番目の孫娘、ルシュメイア・アルデ・バド・ネイクリシトの名に懸けてな」
妖精ちゃんへ向けて、囚われ魔族の救出を宣言するルシュメイア。
その後に続く魔王の孫娘という血統誇示。悠然と腕を組み、得意気に見下ろす氷華族の傲慢スタイル。
彼女を安心させたいんだか、自分の血筋を自慢したいんだか。
「ルシュメイア様と仰るのですか。ありがとうございます」
「うむ、任せておけ。なに、心配には及ばん。なにせ妾は魔王の孫娘じゃからな。魔王の」
「はぁ? 魔王、ですか?」
しかし当の妖精ちゃんは緩く小首を傾げるだけ。驚きもなければ、畏怖もない。魔王という単語にもピンときていない様子だ。
この反応から見るに、彼女は極北大陸の出身者ではなく、無法境界線の育ちと思われる。極北大陸の魔族ならば、深森に暮らす妖精族でも魔王の名は知っている。対して無法境界線側で暮らす魔族にとって、魔王の名は殆ど馴染みがない。当然、そこへ特別な価値も感じない。
「あの、どうかなさいましたか?」
「……いや、なんでもない」
妖精ちゃんの無反応ぶりを前に、ルシュメイアは腕組みを解いて明後日の方向へ視線を逸らした。
魔王の名声は世界共通と思っていたのだろう。自信満々で家名をひけらかしたものの、相手がまったく認知していないという現実。これはなかなか恥ずかしい。
少しばかり同情的な気持ちを湧かせていると、ルシュメイアはすごい形相でこちらを睨み、足早に詰め寄ってきた。
「彼奴等が魔蟲の腹に収まったというなら、油断を誘う必要は既にあるまい。もはやこの戒めを付け続ける意味などないのだから、早々に外せ!」
青白い肌へ若干の赤味を交えて捲くし立ててくる。
羞恥心を紛らわすために、僕へ八つ当たりするのは止めてもらいたい。
とはいえルシュメイアの言い分は尤もだ。挑む相手が妖典族でないのなら、この段階で首輪を壊しておいた方がいい。
「プルルン、頼むよ」
「プルルー」
僕の目配せに一度弾んで応えると、プルルンは勢いよく岩床を叩いて跳ぶ。
そのまま正確にルシュメイアの首元へ達し、厚みのある硬枷へ貼り付いた。首輪だけを対象にして、彼女自身の素肌には触れないよう注意深く。
下手に触ると、またなんだかんだと喚きそうだからね。プルルンもその辺りは配慮しているようだ。
あとは首輪を緑粘体の中へ取り込み、強力な消化作用を引き起こす。魔剣の時と同様に、ほどなくして白煙が上がり始め、鋼材の成分分解が進められた。それから間を置かず、プルルンは再び跳んで下へ降りる。
彼がルシュメイアから離れると同時に、輪の一箇所が完全に消滅し効力の絶えた首枷が、彼女の身より外れて落ちた。
それまで繋がっていた武骨な重物が消えたことで、ルシュメイアは自分の両手で首を擦る。待ち望んだ解放の実感を得たのだろう、今までにない晴れやかな顔で口角を吊ってみせた。
「プルル」
「ご苦労様。さて、気分はどうかな、ルシュメイア」
「ふふふ、悪くないぞ。ようやっと忌まわしい戒めが解けて清々するわ」
満足気に頷いた後、ルシュメイアは落ちた首輪の残骸を踏み砕き、手中に魔力を集め始める。
同じタイミングで僕も同じことをしたとしたら、彼女は僕よりも早く、且つ多くの魔力を掌へと集約させた。集った魔力が淡く紫の輝きを灯す中、彼女の手は魔力塊を握り込み、掛けられた圧に従い力の結集は拡散していく。弾けた魔力が一陣の弱風を周囲へ放ち、飛び散った燐光がルシュメイアの全身へと吸い込まれていった。
一瞬だけ眩い光が彼女を包み、これが引いていく後には、蒼と銀の双色へ彩られた甲冑が生まれている。白衣だけというみすぼらしい恰好だったルシュメイアは、この僅かな時間でまったく異なる姿へ至る。自らの魔力で練り上げた丸味を帯びた篭手と、鋭角な突起が目立つ具足、そして清烈な魔気により整えられた戦鎧が全身を覆っていた。
「ようやっと、まともな装いになることができたわ」
額に氷晶の象られたサークレットを輝かせ、ルシュメイアは形成した鎧姿を見下ろし、自分の目でも確認している。
出来栄えに納得すると、御満悦の様相で胸を張った。
「ふふん。やはりこうでなくては調子も出ぬというものよ。小さき者、どうじゃ?」
「とても勇ましく、それに大変麗しいです、ルシュメイア様」
「そうであろう、そうであろう」
今さっきのやらかしを帳消しにするが如く、妖精ちゃんに感想を求めるルシュメイア。
今度は期待通りの言葉がもらえたようで、随分なドヤ顔を決めている。
とはいえ実際のところ、彼女が作り上げた鎧装は並々ならぬ魔力密度を誇り、十分自慢に値する性能を感じさせた。凡百の魔法を弾き返し、生半可な物理的衝撃など寄せ付けないだろう。
魔力を凝縮して物質化するのに特別な技術は必要ない。ただただ純粋に膨大な魔力が要るだけだ。大量の魔力を注げばそれだけ堅牢で強力な装具となり、魔力が乏しければ形だけのガラクタ同然にしかならない。
ルシュメイアはこれといった苦も無く作ってみせたけれど、これだけの代物を簡単即座に完成させてしまうのは、凄まじいの一言へ尽きる。
流石は氷華族。流石は魔王の血脈。彼女本人の未熟さや詰めの甘さを差し引いても、脅威足り得る。やはり卑怯な追い込みをかけてまで配下にしたのは正解だった。




