23話:変転する状況
「キミが此処に居るということは、上手く逃げ出して来れたと考えていいかな。奥で何があったのか、教えてくれるかい?」
「私も混乱しているので、上手く説明できるかどうか……私や他に囚われていた魔族の人達は、妖典族が実験場にしている中で、それぞれ個別の牢獄に閉じ込められていました」
「攫ってきた魔族ごとへ、対応した封印を施していたからだ。一緒くたにせず個々へ専用の檻を用いた。器、いやルシュメイア殿は工房の入口へ辿り着く前に逃げ出したので、完全な封は出来なかったが。本来ならば捕らえた者が自力で破ることはできない」
妖精ちゃんの伝える話を、アルデが補足する。
要するに、今現在僕達の前に彼女がいることはありえない、ということか。つまりそれだけ工房側で想定外が発生したことを意味している。
「長い間、囚われていたように思います。洞窟の中では時間の感覚が掴めませんが。妖典族は平時、私達にまったく関心を示していませんでした。定期的に食事は出されましたが、それ以外は特に話しかけてくることもありません。酷く無感動で、全員が淡々と魔力を使った作業を繰り返していて」
妖精ちゃんの目は、警戒しつつアルデを窺っていた。
どうやら工房内の妖典族も彼と似たような性情らしい。いざ実験という段へ至るまでは、捕らえた彼女達のことさえ眼中にないと。
ユーモアの欠片もない尖った職人集団が、洞窟の奥地に篭って黙々と魔導器を弄る日々。それを幽閉された状態で眺め続けるとしたら、確かに異様な光景だったろう。
「異変は突然起こりました。実験場の床面に亀裂が走り崩れたかと思えば、底から巨大な魔蟲が現れたのです。見たこともない大きさでした。妖典族一人一人よりもずっと巨大で、斑色の外殻に包まれた長い体に、数え切れない肢を持っていた。ムカデ型の魔蟲です」
「超巨大ムカデ!?」
「ほぉ」
思っていたのとはまた違った展開に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
アルデも予想外だったようで、興味深そうに複眼を輝かせている。
「大魔蟲は実験場で暴れ始め、止めようとした妖典族を次々と襲い、頭からガブリと……」
妖精ちゃんは口を手で覆い、表情を苦し気に歪めた。
巨大な魔蟲に妖典族が食い千切られていく様を、彼女は目の当たりにしたのか。生々しい記憶に吐き気が込み上げてきている様子。
何が起こったのか、直接見てきた彼女の情報は重要だ。精神面を慮って『もう話さなくていいよ』と言ってあげられないのが心苦しいところではある。
「妖典族と大魔蟲の戦いが始まり、激しい混乱状態となりました。魔導器が幾つも持ち出されてきて、でも魔蟲の攻撃を受けてそれらが爆発しました。強烈な魔力と衝撃が暴れ回り、直撃を受けた牢獄が壊れたんです。私の魔力を封じるための檻が、外からの魔力も遮断してくれたようで、私自身は無事でした」
「なるほど。それでキミは逃げ出し、外へ向かっていたというワケだ」
「はい。奥ではまだ囚われたままの人達もいるので、なんとか助けを呼んでこようと思って」
妖精ちゃんは両手を握り合わせ、双眸に使命の光を再び灯した。
自分だけが逃げられる状態にありながらも、他の者の救出を念頭に動いている。迷いなく、それをすべきことと定めて。
正義感の強く、心根の優しい子だ。今の世では最も割を食い、放っておくと早死にしそうなタイプでもあるけれど。
「我々が工房を築くために倒した魔蟲の女王が生きていたか。或いは残されていた卵から孵った別個体か。どちらにせよ地下から襲い来たということは、埋没していた魔力結晶体の影響を強く受けているのだろう」
「さっき把握した魔力反応は妖典族個々人のものでなく、捕食されて魔蟲に併呑されたものってことか。さて、やりやすくなったのやら、面倒になったのやら」
ここで退くという選択肢は勿論ない。
洞窟を制覇して僕の根城とする当初の目的は変わらないし、豊富な魔力結晶体の存在が分かった以上、これはなんとしても押さえたい。しかも妖典族が遺した工房まで付いてくる。
元より先住者からは全て奪うつもりだったわけで、相手が大型魔蟲になっただけ。行動目標は依然として変わらない。
「フン、彼奴等へ目にもの見せてやろうと思っておったが、勝手に滅びよるとはな。まぁ、よい。魔蟲に喰らわれて死に果てるなら、順当に相応しい最期というところじゃ」
ルシュメイアはつまらなさそうに鼻を鳴らし、溜息を一つ落とした。
自分自身の手で報復できなかったことは不満そうだが、妖典集団の壊滅を受けて留飲は下がったらしい。
ただそれで戦意を喪失したという風でもない。寧ろ逆だ。彼女には工房襲撃直前までとは、また違った種類のやる気が漲っている。
自分と同じ境遇、妖典族達に攫われてきた者を救い出すという意志が、復讐と置き換わっているようだ。




