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22話:小さな光

「天変地異の類じゃなければ、工房で何か起こったと考えるのが妥当だけど、さて。アルデ、心当たりはあるかな?」

「魔導器の暴走か、実験の失敗か。我々も完璧ではない。攫った素材に逃げられることもあれば、実験中の事故とて経験はしてきた。しかし今のそれはかつてないものだ。工房長が何か無茶をしたのかもしれん」


 言いながら、アルデは頭部の触角を小刻みに揺すり始めた。

 魔力の反応を調べているのだろう。僕も意識を集中し、周囲へと知覚域を広げてみる。

 周囲に存在する物を形としてでなく、漂う波として捉え直す。壁や床や天井は揺れのない単調な水面。配下達は具える生命力や魔力によって異なる大きさの波紋。それぞれが特徴を示すこの場へ在る。

 そこへ流れ込んでくる別の波形があった。今まさに僕達が向かっていた先、洞窟の深奥部側から、酷く安定性のない乱雑な波が押して入り、引いて戻る。尋常な状態ではない異様な魔力流が感じられた。

 アルデも同じものを把握したのだろう、触角の動きを止め、触腕を組む顔は、珍しく難し気に見える。


「工房長の魔力を検知したが、様子がおかしい。異なる大量の魔力が澱んでいる。同胞達のものも含まれ混沌とした状態だ。端的に言って危険だぞ。状況を見極めるべきと思うが」

「彼奴等を混乱させて討つという算段であろう。妾達が手を下すまでもなく、自分達で混乱してくれているなら好都合。一気呵成に攻め潰すべきじゃ」


 慎重論を推すアルデに反し、ルシュメイアは即時攻撃を求めていた。

 どちらの意見も一理ある。

 不用意に突っ込んで利を得られるか。留まり様子見へ徹することで機を逃すか。どんな可能性も否定できない。圧倒的に情報不足だ。斥候を出して大まかな内情だけでも探らせるか。


「プル? プルル!」


 行動方針を勘案している最中、プルルンの報せで近付いてくる者の反応を知った。

 思考を中断して工房に続く洞道へ見流すと、小さな光の球が闇の奥からこちらへと向かってきている。

 乱れた魔力の波へ被さるため、奥からの魔力反応を見逃していたのか。

 照明魔法の範囲へ入り明らかとなったものは、光球の中に浮かぶ女性の姿だ。

 背中に生える透明な羽で飛び、掌へ収まる程度の小さな体。それは妖精族の特徴そのもの。


 妖精族は魔族全体の中でも特に穏当で思慮深く、そして美しい種族で知られる。

 争いを好まない平和主義者で、歌や踊りを愛する彼女達は、深い森の中に聳える勇壮な霊樹へ居を築き、ひっそりと暮らしてきた。

 物欲や支配欲に乏しく、必要以上を望まない妖精族は、勢力拡大を本能的悦びとする僕達デーモン族とは、対極的な存在と言っていい。

 しかしけして脆弱な魔族というわけじゃない。体は小さく確かに非力ではあるものの、生来より保有する魔力は大きく、魔法理解力がとても高いため、その気になって魔法戦を行えば相当強い。

 魔王位継承争いに挑んでいれば、氷華族や幻魔族に比肩し、十分に魔王の座を狙えるとされるほど。

 母も古い馴染みという妖精族を側近として重用していた。

 思えば魔王城に勤務していた頃、母にも兄にも一顧だにされなかった僕を、彼女だけが一人前の魔族として扱ってくれたっけ。肉親からも向けられたことのない笑顔と優しい言葉は、今も僕の中で色褪せることなく刻まれている。

 母が勇者の討たれた時も傍に居た筈だから、共に倒されてしまったのだろう。そこだけは悔しい。


 僕達の前に現れた妖精族は、銀色の長い髪を一房に束ねている若い娘だった。

 身に着けているのはルシュメイアと同じ薄い白衣一枚きり。その様子からアルデが話していた捕らわれの魔族だと知れる。

 幽閉生活が長かったからか、あちこちに汚れが目立つ。けれどそれでも尚、損なわれることのない清楚な気品が感じられた。

 望まぬ状況に置かれた中で表情は強張っているが、秀麗な顔の造作は妖精族特有。いや、それ以上の美貌をしている。

 使命感の灯る理知的な眼差し、艶めく水蜜のような唇、清純さと淑やかさの共存する輪郭、白皙でなめらかな肌。どことなく母の側近だった彼女に似ている。際立って美しく見えるのは僕の欲目か?

 翡翠色の瞳が僕達を映すと、戸惑いが過ぎった後、瞬時に警戒へ染まった。


「誰ですか」


 毅然とした声が妖精から発せられる。

 不安と怯えを内包しながらも、退かない決意が芯を通していた。

 魂の強さにしなやかな麗しさ、その双方を持っているようだ。


「心配しなくていい。僕達はこの先にある妖典族の工房を攻撃するため外から来たんだ。キミは連中に捕まっていた魔族だね? 僕達は敵じゃない、安心してくれ」

「外から来た……助け?」

「ああ、そうさ」


 僕の言葉を反芻し、彼女の瞳へ落ち着きの色が広がっていく。

 かと思ったら、僕達の中にアルデの姿を認めた途端、より頑なな拒絶感が宿ってしまった。


「そこに居るのは妖典族!」

「おっと待った。確かに彼は妖典族、キミを攫った連中の一味だった。でも僕に負けて部下になっている。工房の攻略に協力し、攫われた皆を解放する助けでもある。キミ達に悪さはさせない」


 僕の顔とアルデを交互に見て、彼女は逡巡を覗かす。

 信じるべきか疑うべきか、思い悩んでいるのが分かる。

 時間にして2、3秒を思案にあてた後、一度だけ浅く頷いた。

 話に納得したというよりも、僕達が敵でないことに賭けた。そんな顔だ。

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