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2話:最初の出会い

 勇者によって魔王四天王と魔王様が討たれ、人類勢力の手へ落ちた魔王城より脱し、早20日。

 僕は今、魔族支配領の極北大陸と、人類勢力圏の南方大陸に挟まれる『無法境界線』に来ている。

 その中でも西端山脈に沿った深部辺境帯だ。

 峻厳な崖棚が延々と連なり、踏み均されていない剥き出しの岩塊が行く手を阻む。北から運ばれてきた寒風が不揃いな斜面を下って激しく吹き荒び、魔法で防護していなければ満足に進むこともままならない。全ての自然が猛威を揮う此処は、天然の要害と呼ぶに相応しい。

 そんな難所へ広がる山肌の一点で、僕の前に洞窟が口を開けている。

 外から覗いても内部は暗く、全体的な深さや状態は窺えない。

 こういう場所に穿たれている洞窟というのは、得てして魔物の巣穴である場合が多い。過酷な環境下で生きる生物が身を護り、繁殖地として利用するのに適しているからだ。

 僕にとっても都合がいい。


 そもそも僕達デーモン族は、放浪や旅暮らしをする魔族じゃない。

 一つの拠点を定め、其処を根城に支配権を確立する。次いで下位の魔族を従え、自分の領域を拡張し、力を蓄えながら、陣容を整え、準備が出来れば他領へ侵攻し、攻略し、併呑して、より強く大きくなっていく。

 デーモン族はそういう支配型体系種だ。

 母も200年以上前は、そうやって巨大な軍団を率いていたらしい。周辺悉くを取り込んでいった若かりし頃の母は、当時即位したばかりの魔王様へ挑み、極北大陸の支配権を奪い取ろうとした。

 けれど母は敗れ、魔王様の説得に応じて魔王四天王の一角に就いたのだとか。

 つまり自前の領地と配下を揃え、一城の主として生きるのが、僕の正しい姿というわけだ。

 そこで目を付けたのが、魔王四天王の威光も意に介さない無法境界線特有の先住者が巣食っていそうな、この洞窟。

 内奥に根付いているだろう者達を実力で以って下し、それらを部下として引き入れて、洞窟の支配権を掌握する。此処を僕の新しい拠点にしなければならない。

 そういうことなので、まずは中の探索が必要になる。暗くて何も見えないので、魔法で照明を作っていこう。


「魂の灯よ、輝けく先行きを照らせ」


 詠唱によって内在魔力の一部が掌へと流れ集まり、煌々とした明光を放つ光球となった。

 生み出した魔力による照明灯は自ずから浮遊して、僕の頭上より高所を取ると静止する。

 持続性が高く、光量も広く取れる中級魔法。その穏やかな灯火によって、闇の濃い陰が払拭されていく。露わになったのは、高い天井と奥行きを持つ空洞の道だ。

 左右の壁は距離が近いけれど、僕一人が通る分には問題ない。見える範囲に落盤の形跡もなく、壁面や足元にも目立った亀裂や陥没は見当たらなかった。

 岩盤自体はそれなりに頑丈らしい。拠点土台としての強度は、まず合格といったところかな。


 照明魔法で照らしながら洞窟内を進んでみるけれど、誰かの手が加えられた形跡はない。長い歳月をかけて自然そのものが作り出した洞穴なのだろう。

 岩質層が露出している内壁は、うっかり足を滑らせてぶつかれば、無視できない痛手を被りそうだ。

 奥へ入っていくほどに外風の荒音は遠ざかり、足音の反響が耳へ届く幅を占めていく。

 内形を観察しつつ歩を重ねていると、途中でひとつ気付いた。

 壁や天井は岩肌そのままで、目に見えてゴツゴツしている。けれど洞窟の底面、通ってきた足場には目立った障害物が存在しない。整地されているというまでではないけれど、歩くのへ特別不便を感じない程度には平坦な道型だ。

 極端な起伏がなく、転がっているのも小石が精々。頻繁に躓くような要素はなかった。

 この不自然な指向性には心当たりがある。

 違和感の正体を突き止めるため、更に奥へと踏み込んでいく。

 耳に意識を集中させ注意深く聞いていると、一歩、また一歩と進む度、水桶が泡吹くような音が拾え始めた。

 今まさに向かっている先、闇の満ちる奥間から漏れ聞こえる。

 洞窟内はここまで枝分かれのない一本道。ただ道なりに歩くだけで、その独特な音域へと近付いていった。

 一手頭上に浮く光球が底面を暴き、拭われた陰の虚から音の出所が現れたのはすぐ。

 変化なく続いた岩床の上へ、緑色の粘体が広がっているじゃないか。ぱっと見、森の中に出来た水溜まりのようだけど、勿論違う。

 緩やかに盛り上がる粘性の水膜は、魔力の光に当てられたことで全体が震え、岩盤上を右へ左へと滑り始めた。

 ここまで吹き込んでくる風はない。自然現象で動いているのではなく、自分から動いて逃れようとしている。


「やぁ、驚かせて悪かったね。この洞窟はキミの棲み処かな? 少し話をしたいんだけど」


 僕が語り掛けると、震え混じりに右往左往していた粘液体は動きを止めた。

 そうかと思えば平たい状態から上側へ膨れ上がり、饅頭めいた楕円型を作る。

 特徴的なこの体、不定形魔族のウーズ族だ。地域によってはスライムやゲル、ゼリーやブロッブなんかとも呼ばれているね。

 暗く湿った場所を好み、洞窟や古代遺跡でひっそりと生活している。

 粘性の体は決まった形を持っていないから自由に姿を変えられるうえ、とても柔軟で小さな隙間さえあれば何処へでも入り込めてしまう。そのため独自のテリトリーを作り易く、縄張り意識というのは然程強くない。

 雑食性で食い意地は張っている。苔や木の実から、昆虫や小動物、果ては岩石や金属に至るまで何でも体内に取り込んで、分泌する消化液を使い溶かして吸収する。

 洞窟内の足場が妙に安定していたのも、大きな岩なんかは彼が食べてしまったからだろう。

 また持って生まれた貪欲な食欲は、同族間で食べ物の奪い合いを引き起こす。複数のウーズ族が一つ所に集まっていると、瞬く間に何もかも食べ尽くしてしまうからだ。そうして主だった食料がなくなると、今度はウーズ同士で共喰いを始めてしまうから凄まじい。

 そんなわけで大抵の場合、一つの洞窟や遺跡には、そこがよほど広くない限りは一種類のウーズ族しか生息していない。

 見た目から誤解されがちだけど、彼等はかなり知能が高い。状況に応じて不定の体を的確に変化させ、上手く獲物を追い詰めて捕獲する様は、なかなかにゾッとする。

 ただし食べることが絡まない限りは無意味な争いを好まず、穏当に暮らしたがるという大人しい性格だ。


「プルプルプル」


 丸味を帯びた全体を小刻みに揺すり、ウーズ君は独自の言語で応じてくれた。

 水粘性の体内で動いた気泡が魔力作用で音を生み、意思の有り様をこちらへと伝えてくる。

 ゆっくり昼寝していたところを、僕にいきなり照らされて飛び起きたらしい。寝惚けて大慌てしたのだと、かなりご立腹な様子。

 当然といえば当然だけど、僕の事は警戒しているみたいだね。

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