14話:追ってきた黒
「キミを攫ったという連中か。聞きそびれてたけど何者だい?」
「妾にも分からぬ。ローブを羽織って、正体を見せん」
ルシュメイアの言葉通り、洞窟の先から現れた存在はローブによって外見が分からない。
黒い覆いに頭頂から足先までを収め、こちらからは中身を確認することが出来なかった。
得体は知れないが、魔王様の孫娘且つ氷華族であるルシュメイアを捕えてきたという点から、かなりのやり手だろうことは想像に難くない。更に彼女の口振りから単独ではなく、複数人で活動している集団らしいことも窺える。
こんな所で押し問答しているべきじゃなかった。と思っても後の祭りだ。
ただ相手が何者であろうとも、この洞窟を制圧するうえで障害となるなら倒さねばならない。元より先住者は配下に加えていくつもりだった。出会い、対立する構図となれば、屈服させるまで。こっちには頼りになる配下もいることだしね。
「我等の器に手を出そうとは、怖れを知らんな、余所者が」
黒衣のローブ姿が、温かみの欠けた冷たい声を送ってきた。
友好的な成分は一切ない。にこやかに握手とは、やはりいかないようだ。
「怖れるも何も、そっちのことを何も知らないんだ。情報がないんだから思うところもないよ」
言い返しつつ、僕は一歩二歩と前に歩み出た。
魔力を封じられて役に立たないルシュメイアを、背後へ庇う位置へ立つ。
彼女の戸惑う視線を背中に感じるけど、別段善意でやっているわけじゃない。重要な戦力候補を、ここで向こう側へ渡すわけにはいかないからね。
「その器から聞いたのではないか? 我等が、魔王の血族を捕えた事実。それだけ分かれば、こちらの力量も読めてこようというもの」
「確かに聞いたけど、正面から正々堂々挑んだとは聞いてない。奇襲や罠、搦め手を使って捕らえたんなら、直接的な実力は関係なくなってくる」
「口が回るな。まぁいい。器を置いて去れ。そうすれば、後は追わん。お互い無駄な面倒事など避けようではないか」
「残念だけど、僕はこの先に用があるんだ。今から引き返す気はないね」
「用だと? 財宝でも眠っていると思うのか? 何もないただの洞窟だ」
「お宝があるなんて初めから思ってないよ。僕が欲しいのはこの洞窟自体だ。最深部までいって、全像を把握したいのさ」
「棲み処を求めて流れてきたか。ならば生憎だ。奥は我等が使っている。これ以上、仲間を増やすつもりもない。他所へ行くがいい」
「だったら丸ごと貰い受けよう。キミ達も、洞窟も、勿論彼女も。全て僕が支配させてもらう。それで万事解決だ」
「……成る程、話し合いの余地はなさそうだな。個人的にはその我欲、嫌いではないが。邪魔立てするというのなら、消えてもらおう」
黒衣ローブの全身から魔力が流れ出してくる。
乱れなく静かな放出は、なかなかの完成度を感じさせた。場数を踏んでいる手合い特有の落ち着いた魔力運動だ。
正面からの魔法戦になるか、妙手を打ってくるか。ルシュメイアに呪物を嵌めさせている点から見て、卑怯卑劣を厭わず、勝つ為ならあらゆる手段を講じる連中だと分かる。何でもありの総力戦になる可能性が高そうだ。
「プルルン、彼女の傍に付いて護衛を担当だ」
「プル!」
「主従契約を完了させるまで首輪は壊せない。彼女と一緒に少しずつ下がって、危険から離れておくんだ」
「プルルル!」
「ゾン子、前に出て相手へ攻撃するんだ。注意を引きつつ、魔法が撃たれれば壁役として阻むんだよ」
「ヴ……ヴ……」
プルルンとゾン子に指示を出し、僕も魔力を手中へ集わせる。
総取りを宣言した以上、向こうは全力で僕達を潰しに来るだろう。全力で対処し、まずは先住集団の先鋒を降す。
あのローブ者を倒したうえで、配下に加え情報も提供させれば、暗中模索より遥かに勝率は上がる。
なにはなくとも、まずはこの一戦を制することだ。
「ウーズ族に、死霊族とは、面白い組み合わせだ。ならばこちらも手勢を呼ぶとしようか」
ローブの下から漏れる冷めた声が、僕達へ届いた時。面と向かう洞窟の奥側から幾つもの動音が聞こえてきた。
警戒を強めている前で、照明魔法の範囲内に音源の群が姿を現す。
岩肌の壁面や天井を這い進み、僕の片腕ほどはあろうかという何かが複数匹やって来た。
黒と赤の斑で染める外殻に、数え切れない肢を生やし、節で連なる体を捩りながら、鋭いハサミの具わる口部を晒す。生理的嫌悪感と共に、獰猛な気性を感じさせる大ムカデの群だ。
「魔蟲使いとは、いい趣味してる」
「同胞は空腹だと訴えていてな。丁度、食事の時間だった。後で聞かせてもらおう。生きながらに貪り喰われる感想を」
黒ローブが感慨もなく言い終えるや、大ムカデ達が一斉にこちらへと突き進んできた。
洞窟内の足場を横向きだろうと逆さだろうと委細構わず、激しい移動音を響かせて蠢き渡る。
「ゾン子、命令変更だ。あの蟲達を叩き潰せ!」
「ヴ……ヴ……」
魔蟲の出現に応じて指示を変えれば、ゾン子は躊躇なく飛び出していった。
一歩目から力強く石床を蹴り、二歩目でトップスピードに乗ると、最先頭を行く大ムカデへと固めた拳で殴り掛かる。
青地のコルセットスカートを閃かせ、闘鬼族由来のアンデットが死拳を叩き込んだのは、ムカデの頭だ。一切の加減を乗せない硬い拳が唸り、魔蟲頭部の甲殻を絶大な圧力で粉砕してしまう。
たった一発の拳打だったが、強烈な破壊の力はムカデの守り諸共頭を砕き、緑色の体液を迸らせた。そこから更に左脚が蹴り上げられ、汚れた革製ブーツによって、痙攣する魔蟲の長躯は半ばから空中へ吹き上げられる。
かと思えば中途から節が裂け、蹴撃の威力に負けた大ムカデの体が真っ二つに引き千切れた。
力任せに壊された断面部から緑の体液が周囲へ散り、ゾン子の血色悪い頬を濡らす。




