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13話:主従契約の魔法

「お互いの名前も知れたところで、主従契約を完成させようか」

「やむを得ぬ」


 話の本筋を戻せば、ルシュメイアは渋面を刻んで俯いた。

 不本意さをこれでもかと、全身から放っている。だからといって僕に止めるつもりはない。

 魔王様の血に連なる孫娘と分かったところで、畏れ敬う気持ちは湧いてこないからだ。

 此処に居るのが僕でなく兄ならば、彼女へ頭を垂れて忠意も示し、新たな旗印として軍団の再編まで買って出ただろう。けれど僕は兄と違って、魔王様への忠誠心はそこまで高くない。亡き主君の仇を討つつもりはないし、その血族にまで忠義を捧げるつもりもない。

 寧ろその逆。かつての主が血縁者を支配するという事実に、昏い悦びを感じている。些か変則的な形ではあるけれど、下剋上というのは気分がいいものだ。


「ユレ・イグナーツの名が命じる。ルシュメイア・アルデ・バド・ネイクリシトの生命と身体、そして魔魂は我が物となる」


 主従契約の魔法は、ゾン子に使った洗脳干渉魔法とは違う。

 洗脳系魔法が相手の意向を無視して強制的に支配下へ置くのに対し、契約魔法は従える者と従う者の双方が同意を以って執り行われる。

 支配者側が編む契約の魔力を、隷属側が受け入れることで成立し、両者の間には言葉や精神的な繋がり以上の強固な結び付きが生まれる。魂同士を縛り合う共同性だ。

 隷属側には契約の証である紋章が刻まれ、支配者に危害を加えることや、許可なく一定以上の距離を離れることが出来なくなる。ただし自我に影響はなく、自由意思も失うことがない。

 また支配者側から常に魔力が供給され、自身が生来具えている魔力へ更に支配者からの提供分が上乗せされるため、未契約時よりも遥かに強大な力を揮うことが可能となる。

 支配者は裏切る心配のない手駒を獲得し、隷属側は主を害さない誓約こそ結ばされるが並々ならぬ力を我が物とする。同意さえあるならば、どちらにとってもプラスとなる結果が約束される魔法だ。

 古くより使われ方は二通りあった。

 元々主従関係にある者同士が、互いの絆をより確かなものとして、大きな成果を導くべく執った陽性の使い方。

 そして一方の裏切りを抑止して支配するためで、都合よく手勢を利用するべく執った陰性の使い方。

 後者は戦いに敗れた相手や、断れない状況へ追い込まれた相手へ対し強要される。まさに今の僕達のように。

 洗脳系魔法が対象の人格を破壊してしまうリスクがあるのに対し、そうしたデメリットを発生させないのが主従契約魔法の大きな利点といえる。

 実行に際して相手側の同意が不可欠であるため、これを必要としない洗脳系魔法と比べて、使える状況は限られてくるけれど。


「さあ、契約の魔力を飲み干すんだ。これが済めば、キミの嫌いな首輪を壊してあげよう」


 右手に集い紫光を輝かす魔力塊、それをルシュメイアへと差し出す。

 彼女は顔を背け、直視しようとしない。

 しかし分かっている筈だ。ここで僕の魔力を受け取らない限り、自分が進むも退くもならないことを。


「気が変わったのなら、取り止めにするかい? その場合、キミを引き摺って行って奥の連中へ手渡すことになるかもしれないけど」

「性根腐りめが。やはりデーモン族など栄えある四天王メンバーへ迎えるべきではなかったのだ。叛逆の芽を抱え込んでいた結果がこれとは」

「一応、種族の名誉のために言っておくけど、極北大陸史を紐解いてみるとデーモン族の忠臣だってちゃんといるんだ。時の魔王に重用された例は少なくない」

「同じ数だけ反逆者もおろうが。魔王統治下で最も多くの逆臣を出してきた一族が、なにを偉そうに」


 ルシュメイアは僕を睨みつけ、精一杯の毒を吐きつけてくる。

 どんな言葉も無駄だと悟っているだろうに。反抗心を折ることができないのは氷華族故か。

 少しすると唇を噛みながら、僕の右手へ視線を定めた。静かに揺れ動く紫の魔力を見詰め、また一つ長々と吐息を零す。


「何故、このようなことに」

「時世か、運命か。なんにせよ、僕達は今を生きていくしかないのさ」


 ようやく意を決したのか、ルシュメイアは目を瞑り、口を開けた。

 無念そうに歪められる顔を見下ろしながら、僕はそこへ右手を近付けていく。

 あとは契約の魔力を彼女の口内へ押し込み、無理矢理にででも嚥下させれば、それで支配は完了する。一度結んだ契約魔法は、どれほど一方が望んでも拒んでも破棄できない。双方の同意がない限り、例え片方が死んだとしても契約効力を解くことは不可能だ。


 だがルシュメイアへ魔力塊を流し込もうとする、まさにその瞬間。

 右手の上で輝く魔光が、横合いから飛び込んできた黒い魔力の矢に貫かれ、砕け散った。

 完成していた術式が外からの干渉によって破壊され、紫の光は跡形もなく霧散してしまう。


「あと一歩というところで」


 突然の妨害に奥歯を噛み締め、僕は黒矢の飛んできた方向へ顔を向けた。

 洞窟の奥へと続く道。依然として沈むその暗がりから、何者かが歩み出てくる。

 異変に気付いたルシュメイアも両目を開け、同じ者の姿を見た。それと同時に表情を引き攣らせ、全身へ緊張を帯びさせる。


「彼奴等じゃ。追って来おった」


 喉の震えをダイレクトに伝える声。

 敵意と警戒と怯えに染まる金の瞳。

 白衣の下で小刻みに揺れる体は、この場から逃げ出したい衝動を隠していない。

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