11話:逃亡者
「プルル?」
「また何か見付けたかな、プルルン」
僕達の前に立ち最先頭を行くプルルンが、進行方向上に新しい発見をしたようだ。
照明魔法の光球を少しばかり先行させ、光源の裾野で暗がりを散らしてやる。すると幾許か先の闇間から、石壁へ寄りかかるようにして蹲っている人影が現れた。
「まさか、今回も死霊族なんてことはないだろうね」
「ヴ……ヴ……」
灯りに照らされて浮き彫りとなる何者か。目を細め、その姿を確認しようと試みる。
差し向ける光に気付いている人影は、其処から離れようとしないものの、こちらを警戒する気配があった。
慎重に一歩ずつ近付いていくと、全身の輪郭が明らかとなっていく。
どうやらまた女性のようだ。
蒼く長い髪が後ろ腰近くまで伸びている。
身に着けているのは巫女が着用するような白衣だけ。露わになっている顔や脚の肌は青白い。
これはゾン子のように血色悪く生気がないからではなく、元々が青い肌だからだと分かる。
裸足で何も履いていない。
気の強そうな貌立ち。鋭い目付きに、金色の瞳が印象的だ。
面長で眉が細く、鼻梁がすっきりと通り、凛然とした美麗さがある。
艶と潤いに富んだ唇は引き結ばれ、当てられる照明魔法へ眩しそうにしているけれど、威嚇的に僕達を睨みつけていた。
中でも僕の目を引いたのは、首に巻かれた鈍色の鉄製首輪。分厚く武骨なそれは、しなやかな女性の身にはあまりにも不釣り合いで、異彩を放っている。
「誰じゃ? 妾を追って来たのか?」
冷たくも澄んだ声音が、洞窟内の空気を震わせた。
気丈さと怯えの混在された声が、僕の耳朶を打つ。
「僕達はこの洞窟の最深部を目指して進んできた。キミのことは知らないな。何者だい?」
「外から入り込んできた者か!?」
僕の言葉を聞いた瞬間、彼女の両目が見開かれた。
期待と安堵、そして若干の不安。幾つもの感情が金瞳へ揺れている。
「ウーズ族に死霊族、これを従えるのはデーモン族か。なるほどの、確かに彼奴等の布陣とは違う」
彼女の双眸から、少しだけ警戒の色が抜けていく。
それに合わせて緊張に凝り固まっていた顔も、僅かばかりにほころびを覗かせた。
「そういうキミは氷華族だね。瞳と肌の色で分かったよ」
金色の瞳に青白い肌は氷華族の身体的特徴だ。
氷華族は魔族が生きる極北大陸で、最も古い一族として知られている。それがために『始まりの魔族』とも呼ばれる血統。豊かな魔力と天性の才能へ恵まれ、過去多くの魔王を輩出してきたエリート中のエリートでもある。
ちなみに氷華族の次に魔王を送り出しているのは幻魔族。デーモン族から魔王の座に就いた者は一人もいない。魔王に逆らって潰された者は何人もいるけどね。
氷華族は自分達が並外れて優秀なことを知っているから、とても気位が高い。負けず嫌いで自分本位。傲岸不遜な生まれついての支配者気質。
そんな氷華族を疎ましく思う魔族も少なくない一方、心酔し崇拝する魔族も同じぐらいいる。
「洞窟の中で随分な軽装、何かに怯えている様子、極めつけはその首輪。なんとなくキミの状況は読めた。何者かに捕まって、この奥から逃げてきたってところかな」
「流石に小賢しさで並ぶ者のないデーモン族じゃな。概ね推理通りではある。分かったら、はようこの忌まわしい首枷を壊し、妾を外へ連れていけ」
「流石は魔族一傲慢な氷華族だ。自分の有り様を見て、まだ命令できる立場にあると思えるとは。驚きを通り越して称賛ものだよ」
僕が返せば彼女の眦が吊り上がり、怒りの相が表へ出てきた。
端整な面貌には口惜しさが滲み、歯軋りの音まで聞こえてきそうなほど。
「優れた魔法戦士である氷華族が見ず知らずの魔族に助けを求めるなんて、よっぽどだ。僕が思うに、その首輪は魔力を封じる類の呪物なんじゃないかな。付けられた側からは自力で外すことが叶わない」
僕を見る彼女の目が険しさを増していく。
本人は口を噤んでいるけれど、表情が正解だと物語っていた。
あまりにも分かり易い。隠し事が苦手なタイプらしい。
「その首輪を嵌めている限り、キミは凡百の魔族にさえ劣っているとみた。今僕がキミに危害を加えようとしたら、果たしてキミは抗えるのかな?」
「何が言いたい」
彼女は悔しさと苦々しさに顔中を歪め、烈火の形相で僕を睨んできた。
プライドの塊みたいな氷華族からしたら、格下の相手へ優位を取られて侮られるのは、業腹の極みだろう。
屈辱に唇を噛む優等魔族の姿を眺めているのは、これはこれで悪くないけど。でも僕は自分の加虐心を満たしたいから彼女を嬲っているわけじゃない。これは今後の交渉をスムーズに運ばせるための必要措置だ。
彼女へ自分が圧倒的不利な状況にあることを正しく理解させ、僕が平易に手を貸すような相手ではないと分からせる。お互いの力関係を認識させねばならない。
なにせこんなところで氷華族に出会えるとは思っていなかった。しかも大きく力の削げた状態で。
これはかつてない僥倖だ。最高級の力持つ魔族を、僕の配下として取り込める好機だからね。




