10話:先輩と後輩と
洞窟内に落ちた魔剣には、余計な動きを許すまいとプルルンが覆い被さっていた。
巨大な刃が相手でも勝手はさせないという強い決意を滲ませ、緑色の粘体が広がった状態で張り付いている。
プルルンの身を挺した足止めがあったからこそ、ゾン子の確保は無事叶った。敵の注意を引き付ける的確な行動もそうだし、彼の戦果は非常に大きい。
「プルルン、ご苦労様。本当によくやってくれたね。お陰でゾンビ娘は従えることが出来た」
「プルルー」
「それじゃ魔剣を僕に……ん?」
プルルンに近付いていく途中で、妙なことに気付いた。
緑の覆いから何故か白煙が立ち昇ってきている。幾筋もの薄い煙が、洞窟の天井へ流れているじゃないか。
魔剣の抵抗か。
いや、違う。
「プルルン、まさかキミ、消化してないかい!?」
「プル!?」
僕の指摘を受けて、跳ねるようにプルルンは剥がれた。
彼の真下から出てきた黒い剣体は、切っ先から鍔から握りまで、全てが半ば以上溶けてしまっている。
なるほど、どうりで反撃行動の類を実行しない筈だ。
「プルルル~」
申し訳なさそうにプルルンが謝ってくる。どうやら無意識だったらしい。
いつも獲物をそうするように全身で取り込んだら、自分でも意識しないうちに消化作業を進めてしまっていたようだ。
げに恐ろしきはウーズ族の捕食本能か。
「いやはや、凄いな。まさか得体の知れない魔剣までこの有り様とは」
屈み込んで、柄の一端に指を触れてみる。
するとそれだけで魔剣全体が砂細工のように砕け、一瞬にして壊れてしまった。しかも破片は更に小さく細かく灰の如く崩れ去り、完全に原型を失っていく。あっという間に見る影もなく磨滅し果たす。
これではどうやっても魔剣の利用は出来ない。死霊族を増産することも不可能だ。
「プルル~」
「まぁ、済んだことは仕方ないさ。キミが戦ってくれなければ、僕はやられていたかもしれない。それにだ」
「プル?」
「魔剣を手に入れたとして、僕がそれを上手く制御できたかも分からない。魔剣は生半可でなく危険な代物だ。使い方を誤ればこちらが身を滅ぼしかねないからね。強大な力を宿すからこそ、存分に振るいたくなる魔性の誘惑も付いて回る。下手に手元へ置いておくより、いっそ壊してしまった方が後腐れなく良かったとも考えられるよ」
「プル! プルー」
僕の言葉を受けて、ようやくプルルンも元気を取り戻してきた。
確かに魔剣が秘める力は魅力だったけど、それに振り回されないという保証がないのも事実。流石に相手が相手だから『僕なら完璧に支配できる』と断言もできない。
既に壊れてしまった物を惜しんで、あった場合をあれこれ思い煩うのも建設的じゃないだろう。無くなったなら無くなったものとして、ありのままを受け入れていくしかない。
ただこれで当分ゾン子の修復は望めそうにないから、彼女を使うにしても注意していかないとね。
「プルルル?」
「魔剣の正体か。気にならないと言えば嘘になるけど、今は深く考えることでもないさ。それよりは、この洞窟を制覇して地盤固めを狙う方が重要だ。また引き続き奥を目指して行こうじゃないか」
「プル!」
「おいで、ゾン子。洞窟の先へ進むから付いてくるんだ」
「ヴ……ヴ……」
僕の呼び声に従ってゾン子が立ち上がり、こちらへと向かってくる。
その姿を見たプルルンはゾン子の前へ滑り出て、楕円の体を誇示するように立った。
「この子の名前はゾン子。キミの後輩ということになる」
「プル! プルルル、プルル」
「ヴ……ヴ……」
プルルンは早速に先輩としての威厳を見せようと、ゾン子へ配下の心得を語り始めている。
しかし彼女は虚ろな表情を返すばかりで、どう見ても話を聞いて理解している風じゃない。無理もないところだけど。
「プルルン、残念だけどゾンビである彼女は自分というものを持っていない。僕から与えられた命令を実行することしか出来ないんだよ。他の誰が何を言っても、頭の中を素通りするだけなんだ」
「プルル~」
僕が教えると、プルルンは大袈裟に落胆した様子。
緑色の粘体もこころなしショゲたように凹んで見える。先輩らしいことをしてみたかったのかもしれない。
ゾン子とプルルンの間に、配下としての活動時間へ大した差はないけども、それは野暮な話かな。
「次に配下とする者は、キミが色々教えてあげるといい」
「プル!」
「ヴ……ヴ……」
こうして死霊族の戦闘要員を新たに加え、僕達は洞窟踏破行を再開した。
さっきまでと同様にプルルンが先行して障害物を消していき、その後ろへ僕が続く。ゾン子は更に僕の後ろをヒタヒタ付いてくるという隊列だ。
明確な敵勢が現れた場合はプルルンを下げて、ゾン子を前に出すことで対処する。
照明魔法の光球が照らす先行きは、まだまだ闇の深部を覗かせていた。天井までの高さは概ね一定であるものの、横幅は少しずつだが確実に広がりを見せる。
流石にかなりの距離を踏んでいるからか、もはや入口付近の様子は分からない。一本道を営々と進んできたけれど、緩やかに蛇行している感覚もあった。
外界と隔絶されてこれだけ深いのだから、これはいよいよ更なる先住者の存在があったとしても、なんら不思議ではないと思えてくる。ゾン子の例もあるし、予想だにしない脅威が眠っているのかもしれない。
未知だからこそ危険はある。それと同じぐらい挑む価値もある。今は頼れる部下達もいるのだから、何が待っていても簡単には負けないさ。




