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1話:魔王城から逃げ出した弟

 極北大陸全域を版図とする魔族支配領と、南方大陸を統べる人類勢力圏諸王国連合は、有史以来、両大陸の直結中間点『無法境界線』を挟んで睨み合ってきた。

 皇歴700年、過去幾度となく繰り返されてきた魔族と人類の小競り合いが激化し、ついに両勢力による全面衝突『人魔戦役』が始まる。一進一退の攻防を重ねる未曽有の大戦争は泥沼の様相を呈し、決め手に欠けたまま長々と続けられた。

 しかし皇歴830年、人類勢力圏から現れた一人の戦士によって終結を迎える。

 それこそは人類軍に於ける単騎最強戦力。魔族からは恐怖を以って、人類からは賞賛を以って『破陣の勇者』と呼ばれた存在。

 勇者は単身で魔族支配領深部へと入り込み、前線の要衝である四大要塞を相次いで強襲した。抵抗勢力を降しながら快進し、魔族軍の陣頭指揮を執っていた各要塞の防衛司令官たる魔王四天王、マジックマスター、ソードマスター、アンデットマスター、デーモンマスターを次々に討滅する。

 司令官を失い混迷した魔族軍は、諸王国連合軍の大攻勢に抗しきれず、戦線の後退を余儀なくされた。その最中、勇者は魔王城へと潜入を果たし、王城守備部隊を蹴散らしながら玉座の間まで食い込むと、一騎打ちの末に魔王様を斃してしまう。

 魔族の最高指導者であり象徴そのものだった魔王様の敗没は、魔族軍の士気を決定的に挫き、軍団の壊乱と瓦解を誘引した。諸王国連合軍への対処能力を失った魔族軍は、苛烈な追撃戦により徹底的に叩き潰される。

 こうして130年に渡って続けられた人魔戦役は、人類勢力の大々的な勝利によって幕を閉じた。


 大敗した魔族には魔王様の無念を晴らさんと、再集結して反攻軍を築こうとする動きもあった。中心になっていたのは、幹部クラスの上位種によって構成される魔王親衛隊の生き残りだ。

 僕の兄もその中にいた。

 魔王四天王の紅一点でデーモンマスターを務めたエリザス・イグナーツの長子、ゲオルグ・イグナーツ。

 僕と違って母から強大な魔力を与えられ、生まれながらのエリートとして魔王様からの信任も厚かった偉大な兄。

 周囲の期待を背負い、それに見合う活躍と成果を示し、世間から脚光を浴びる姿は、自信に満ち溢れ威風堂々たるものだった。

 一方で僕はといえば、母によって取るに足らない者として見限られ、誰にも期待を持たれず、注目もなければ、何かを求められたこともない。

 家名に傷をつけないよう、体裁のために母の力で魔王城勤務へ定められ、中層区第8予備倉庫の倉庫番を任ぜられてはいたけれど。やることと言えば出入りのない荷物を日がな一日眺めているだけ。体のいい厄介払いに他ならない。居ても居なくても変わらない者として扱われてきた。

 魔王四天王の一角を母に、魔王親衛隊の精鋭を兄に持ちながら、二人の影に隠れて生きるよりなかった僕の道。

 僕も魔族だ。魔族たるもの功名心を逸らせ、栄誉栄達を夢見て、大成の野望を燃やし、覇を掲げたいという欲求が燻っている。だからこそ現状にはずっと不満があった。

 けれど母と兄に意見など出来ようもない。厳格な実力主義者である母は当然のこと、兄も僕の声など聞き入れはしないから。


 兄のことは尊敬していたし、破滅を望んでいたわけじゃない。

 僕が兄に劣っているのは事実で、個々人の血筋と力が重要視される魔族社会に於いて、上位者が下位者へ無関心なのは普通のことだ。それでも久々に会う度、路傍の小石を見るのと同じ眼差しを向けられることが、僕には我慢ならなかった。

 冷めきった兄の目が射抜くほど、僅かばかりの自尊心は容赦なく擦り減らされる。

 これが他の魔族だったら違ったろうか。僕は早々に諦めをつけていたと思う。だけど血を分けた兄弟でというなら、そうはいかない。どうあっても癇に障る。

 僕達が元々は一つ、同じ存在だったと思えば余計に。


 数多くの傍系種を持つ魔族の中で、僕達デーモン族は純血種と呼ばれている。

 同種交配と異種交配の他に、自身の血液へ魔力を与え、分身体を創り出す『創血繁殖』が行えるからだ。

 創血繁殖では血液に含ませる魔力量が多ければ多いほど、本体に近しい個体が誕生する。

 兄は母の持つ全魔力の3分の1を使って生み出された。

 対して僕はその際の余剰魔力(概ね母の全魔力中9分の1程度)から生まれている。

 つまり僕と兄は大元を等しくしている個体同士。同じ過程を経て生を受けた、文字通り半身と言っていい。自分と本質を共通させるものに軽んじられるのは、まったくの他者から蔑まれるよりも神経を逆撫でる。

 だから僕は兄が苦手だし、嫌いだ。


 魔王様の弔い合戦を謳う兄の呼び掛けに、僕は応じなかった。

 母も、魔王様でさえ勝てなかった相手へ何が出来る。疲弊を極めた状況で敵う筈がない。勇者への恐怖。命惜しさ。我が身可愛さ。それから兄への確執と意趣返し。幾つもの感情を渦巻かせ、僕は魔王城から逃げ出した。

 兄をはじめとした反攻軍が強硬な抵抗を始めたことで、勇者や諸王国連合軍の注目が集まり、僕のような逃走組へ向けるマークは厳しくなかった。おかげで労せずして魔王城から脱出できたし、残党狩りの出足が鈍ったのも幸運だ。

 兄達が結局どうなったかは知らない。

 風の噂で魔王城は完全に陥落し、人類勢力が押さえたと聞いたから、おそらくは全滅したのだろう。

 母が討たれたと聞いた時もそうだったけど、喪失感はあまりない。

 肉親の死に悲しみが湧いてこないのは、母と兄への思い入れが、自分で思っている以上に無いからなのか。

 ただの一度も認めてもらえなかったことは、残念で、寂しいとは感じている。


 僕は魔王城を出た後、極北大陸を西回りに外進し、諸王国連合軍の展開域を大きく迂回した。

 西端山脈帯へ入って南下すると、他者の目から逃れつつ無法境界線まで辿り着く。

 無法境界線は人魔戦役を経た今も独自の緊張状態を保っている地帯だ。魔王様の支配を受け入れない亜人氏族や、反人類姿勢の強い蛮族などが巣食っている。

 彼等は魔族あるいは人類と同系種ながら、どちらの陣営にも属さない隔絶された勢力の集合体。自分達だけの法理を持ち、信仰を持ち、外部から齎される威光に従おうとはしない。そのため関わり合う度に対立抗争が発生してきたことから、人魔戦役後は本格的な不可侵が常態化していた。

 無法境界線を越えて魔族支配領まで侵攻した諸王国連合軍も、中央部へ開かれている大陸行路のみを足早に抜けるだけで、それ以上は留まろうとしない。

 そういう土地柄だからこそ、僕が身を潜めるには都合がいい。

 勿論、外から来た僕を快く迎え入れてはくれないだろう。苛烈な排斥行動が予想される。僕は力尽くで先住者を屈服させ、自分の価値を彼等に認めさせなければならない。

 母の名前でも、兄の役職でもなく、僕自身の力だけで。

 でもそれでいい。与えられただけの倉庫番より、余程やりがいがある。

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