侍女として
学園に迎えに来た馬車は装飾こそ控えめだが、よく見れば作りも塗装も美しい。
御者の隣にもう一人座っているのは、交代要員か、あるいは護衛なのかもしれない。
さすが王宮の馬車と納得していると、扉が開く。
中の人影を見たエルナは思わずぽかんと口を開けてしまった。
「ペルレ様? 何故ここに?」
真珠の瞳を輝かせて、ペルレは微笑んだ。
「わたくし、姉妹というものに憧れがありましたの」
馬車が出発すると、ペルレは上機嫌で笑った。
「グラナートは可愛いけれど男性ですし。お兄様はお兄様ですし。わたくし、姉妹と一緒にドレスを選んだりお茶をしたりお話をしたり……そういうものに、ずっと憧れていましたのよ」
ペルレは移動のためか控えめな装飾と色合いのドレスを着ていたが、それでも溢れる気品は翳りを知らない。
この女性が本気で着飾ったら、それはそれは美しいのだろう。
母ユリアは『聖なる威圧光線』を放ってくるが、ペルレなら『輝く気品光線』だ。
それは是非とも、受けてみたい。
今日のためにエルナに用意されたドレスも素敵だったが、どうせならあれをペルレに着て欲しい。
なんなら、アデリナとペルレの支度を手伝う係になりたい。
半分現実逃避の邪な目線を送っているとも知らず、二人は楽しそうに話を続けている。
これぞ眼福。
世の男性に羨ましがられること間違いなしだ。
「ですから、そういった場合には本人には気付かれないように家に手を回すと、話が早いですわよ」
「勉強になりますわ。個人でしたら逃げ道がありますが、家相手なら難しいですものね」
……何だろう。
内容はわからないが、もの凄く不穏な空気を感じる。
花が綻ぶような麗しい姿なだけに、余計に怖い。
「あの、王宮にはそろそろ着きますか? 馬車移動をしたことがなくて、時間がわからないのですが――」
思い切って話しかけた瞬間、馬車が急停止した。
勢い余って椅子から落ちかけたエルナは、咄嗟に正面の椅子を蹴る形で何とか持ち堪える。
混乱しつつも馬車内を見渡せば、ペルレは半身、アデリナは全身が椅子から落ちていた。
「大丈夫ですか?」
二人に手を貸して起こしていると、外が騒がしい。
何か揉めているのだろうかと窓から覗いてみると、馬車は大勢の男達に囲まれていた。
ただの近隣住民でないことは腰に佩いた剣や殺気立った様子からわかる。
御者と護衛が男達の中で剣を交えているところからして、狙いはこの馬車らしい。
盗賊か、それとも。
振り返れば、そこには麗しい女性が二人。
王女にして公爵と、公爵令嬢。
狙われても仕方ない高貴な女性だ。
「大勢の剣を持った男性に囲まれています」
事実を告げると、二人の顔色がさっと青くなった。
御者と護衛が剣を交えているが、多勢に無勢。
このままでは末路は見えている。
「何が目的でしょう」
「……恐らくは、エルナさんですわ」
エルナの呟きに、眉を顰めたペルレが答える。
問い返す前に、扉の外から歓声のようなものが上がった。
その直後から、馬車の扉をガタガタと揺らす音が響く。
「――王太子妃候補は、灰色の髪の女だ。確認しろ!」
外から男の叫び声が聞こえた瞬間、ペルレはエルナの手を引いて座らせると、その頭に手をかざす。
「髪色を変えますわ。せめて時間を稼げるように」
「色は、紅にしてくださいませ」
アデリナはそう言うと、エルナの肩を掴む。
「あなたはわたくしの侍女、エル・ベルクマン。テオ・ベルクマンの妹です。よろしいですわね?」
真剣な眼差しにうなずくとペルレの手が離れ、視界の端の髪が紅の色に変わっていた。
その瞬間、扉がこじ開けられる。
大柄な男は馬車内を見回すと、思い切り眉を顰めた。
「――騒がしい。何事です」
堂々としたペルレの態度に、男が怯むのがわかる。
生粋の王女の堂々とした振舞いに、エルナも思わず息を呑んだ。
図らずも、『輝く気品光線』を受けてしまったらしい。
「王太子妃候補はいたか!」
「――灰色の髪の女は、いない」
背後からの叫びに、大柄な男が答える。
どうやら本当に、エルナを狙って襲って来たらしい。
男はじろりと三人を睨みつけると、忌々しそうに舌打ちをする。
「おまえ達は誰だ」
誰何というよりも、苛立ちや八つ当たりに近い声だ。
「……わたくしの顔もわからぬ者が、声をかけても良いと思っていますの?」
絵に描いたような高貴にして高飛車な態度のペルレに、男が更に苛立つのがわかった。
「何だと――」
男がペルレに手を伸ばそうとするのを見て、咄嗟にエルナは腕を出してそれを阻む。
「……何だ、おまえは」
「失礼です。手を下げてください」
エルナが睨み返すと男は一瞬眉を顰めるが、すぐに何かに思い至ったらしく、視線をエルナの後方に向ける。
「金髪に真珠の瞳、銅の髪に黄玉の瞳。……まさか、王女とミーゼス公爵令嬢か?」
今度は明確な意思を持って伸ばされた手を、エルナが手のひらで叩き落とす。
大した力ではないから、痛みはないだろう。
だが、邪魔をされたという事実が男を苛立たせたらしく、明らかに表情が変わった。
「何をする」
怒りを露にされたことに恐怖を感じつつも、エルナはまっすぐに男を見据える。
侍女、侍女。
ゾフィだ、ゾフィを思い浮かべろ。
見知らぬ男がエルナに触れようとしたら、ゾフィはどうするか。
「――ペルレ様とアデリナ様に許可なく触れることは、私が許しません」
「おまえは何だ? お前ごときに指図される謂れはない」
男が鼻で笑うのを見て、エルナは大きく息を吸った。
「私はアデリナ様の侍女、エル・ベルクマン。私の大切な方々に害を与えようというのなら、私は命を賭しても阻みます」
これだけの身分ある美女二人だ。
何かあってはいけない。
これがエルナを狙ったものだというのなら、なおのこと。
絶対に、守らなければ。
全力で男を睨みつけると、ゆらりと空気が揺れた気がした。










