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出会いはうっかりらしいです

「それで、今度条約の調印式がありまして。その後に舞踏会が開かれるんですけれど。リリーさんもご招待したいのですが」

「そ、そんな場所に平民が入り込むわけにはいきません」

 慌てて首を振ったので、リリーの虹色の髪が激しく揺れる

 きらきらと光る様子はまさに虹のようで、思わず見入ってしまう。


「私としても、リリーさんがいてくれると嬉しいです。ヴィル殿下も会いたいでしょうし」

「でも、場違いですよ。恐れ多いです」


 このままではリリーは舞踏会の参加を辞退してしまう。

 行きたくないというのなら仕方がないが、恐れ多いという理由ならば強引に誘っても問題ないのかもしれない。

 エルナはリリーの興味を引くべく、思考を巡らせた。


「調印式は高官が参加すると言っていました。舞踏会にも来るでしょうから、官吏の方とお話するチャンスかもしれませんよ?」

「本当ですか」

 一か八かで放った矢は、どうやらリリーの心を射抜いたらしい。

 紅水晶(ローズクォーツ)の瞳を輝かせてエルナの手を握りしめてきた。


 良かったけれど、これは困った。

 官吏と話をさせてあげたいのは山々だが、エルナにはまったく伝手がない。

 せっかくの好機を逃したくなくて、アデリナに視線で援護を要請する。

 銅の髪の美少女は小さなため息をつくと、にこりと微笑んだ。


「王宮の官吏には顔見知りがいますわ。よろしければ、少し話をできるように取り計らいましょう」

「――行きます!」

 俄然やる気を見せたリリーは、立ち上がって拳を掲げている。


「あちらの殿下には申し訳ありませんが。……色恋とは程遠い気がしますわ」

 アデリナの呟きが聞こえたらしいリリーがすとんとベンチに座る。



「色恋と言えば。アデリナ様はテオ様……テオドール様、でしたっけ? 一体、いつの間に恋仲になったのですか?」

「な!」

 突然の攻撃に、見ているこちらが気の毒なほどアデリナがうろたえている。


 そう言えば、テオドールが護衛を始めたこの一年の間に出会っている、ということくらいしか知らない。

 アデリナがテオドールに好意を持っていたのは知っているが、その後の経緯はどうなっていたのだろう。

 エルナがきっかけと言われたが、それも何のことだかよくわからない。


「出会いは、テオ兄様が殿下の護衛を始めた頃ですか?」

「そうだと思いますわ」

「……まさか、あのテオ兄様がアデリナ様に声をかけるとは」

 分かりやすい面食いで、意外と積極的だったらしい。

 兄の意外な一面を知り、何とも言えない気持ちになる。


「いえ、テオ様はそんなことなさいません」

「え? じゃあ、アデリナ様から?」

 どうやら墓穴を掘ったらしいアデリナは、頬を真っ赤に染め始めた。


「あれは、魔がさしたというか。あの時のわたくしは、ちょっと平静ではなくて。うっかり、と言いますか」

「うっかり? うっかり声をかけたんですか?」

 しどろもどろのアデリナに、リリーが容赦なく一撃を浴びせる。


「いえ、声をかけたというか。その、ひとめぼれを信じるか聞いただけで」

「ひとめぼれなんですか!」

「ああ、そうではなくて!」

 リリーは唖然としているし、アデリナは真っ赤な顔を手で覆っている。

「……あんなこと、口にしたこともなくて。そんなつもりもありませんでしたのに」



 うっかり。

 そんなつもりはない。

 ……何だか、心当たりのある内容だ。


「アデリナ様。もしかして、テオ兄様は護衛のお仕事中で……何かありましたか?」

 嫌な予感を抱えつつ、恐る恐る聞いてみる。

「え? ええ。殿下への攻撃をテオ様が防いだところに、たまたまわたくしが居合わせたのです」


 これは、もしかしてもしかすると、聖なる魔力の影響ではないだろうか。

 何だかだまし討ちのような状態なので、エルナの方が申し訳なくなってくる。

 でも、心にもないことは言わないらしいから、ひとめぼれ自体は間違いないのだろう。

 ……そう信じたい。


「何にしても、想い合う方がいるのは良いですねえ」

「リリーさんなら、望めばその瞬間にでも男性がやってくるのでは?」


「そういう軽薄な方はお断りです。私の夢は官吏ですから、それを邪魔しない人が良いですね」

 どこまでも男前な美少女は、同性すら見惚れる微笑みを浮かべた。




「あっという間に、当日ですねえ」

 リリーはそう言いながら、エルナの髪をいじっている。

 相変わらず器用な彼女は、編み込みをしたり垂らしてみたりとエルナの髪型を考えるのに忙しそうだ。

「そんなに髪をいじりたいのでしたら、一緒に王宮で支度すればよろしいのに」

 アデリナが読書の手を止めて提案すると、リリーは三つ編みしながらため息をついた。


「もう、駄目ですよ。平民が王宮で支度だなんて。揉め事の種をわざわざ抱えない方が良いです」

「リリーさんも一緒の方が、嬉しいのですけれど」

 振り返りつつ見上げて声をかけると、リリーは麗しい眉を少しばかり下げた。


「……エルナ様。そういう顔は、殿下にして差し上げてください。きっと手放しで喜びますよ」

「顔? 私、何か変な顔ですか?」

 慌てて両手で頬に触れる。

 よりによって舞踏会の日に顔が変とは。

 何とも運が悪い。


「……まあ、元が元ですから、気にする必要もありませんね」

 日頃麗しい周囲を見慣れていると、自分の平凡顔などどうでも良くなってくる。

 ということは、参加者も同様だろう。


「どうせ皆、殿下を見ているでしょうから。とりあえず不潔で不快でなければ、良いですよね」

「いえ、そういうことではなく」

「……エルナさんがこれだから、殿下も紙袋ひとつ大事にせざるを得ないのでしょうね」

「紙袋?」

 首を傾げるリリーに、アデリナが粉末クッキー紙袋拉致事件を説明し始める。

 すると、リリーの麗しい顔がみるみる曇った。



「正式に候補に認められても、まだそんなことをする人がいるんですね」

 リリーはシャルロッテの行動が許せないらしく、ぶつぶつと文句を言いながらエルナの髪を梳かす。

「結局、自分達の思い通りにならない限りはしつこく食い下がるでしょう。今はまだ候補だからと言っていますが、王太子妃になれば今度は側妃がどうこう言うのは目に見えています」


「面倒臭いですね、貴族って」

 エルナの髪を持ったままリリーが肩を竦めると、アデリナが苦笑した。

「そうですわね。だからこそ、対応も色々ありますの。そのあたりも、エルナさんには学んでいただきますわ」

 鬼教官の黄玉(トパーズ)の瞳が煌めくのを見て、エルナの背筋に悪寒が走った。


「そ、それにしても。お迎えの馬車はまだでしょうか」

 不穏な空気を吹き飛ばそうと、話題を変えてみる。

 学園から王宮への移動のために馬車が来ることになっていて、同じく参加予定のアデリナも一緒に乗る予定だ。


 エルナが未来の王太子妃として参加するように、アデリナもまた大貴族であるミーゼス公爵令嬢として参加しなければならない。

 ペルレの計らいで王宮に二人の支度部屋を用意してもらい、必要なものは既に届けてあるし、侍女もそちらで待機しているのだ。


「やっぱり、リリーさんも一緒だと良かったのですけれど」

「いけませんよ。また後で、会場でお会いするのを楽しみにしていますね」

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