徒歩が不評です
「そう言えば、ブルート王国との条約というのは。やはり、ヴィル殿下ですか?」
「はい。ヴィルヘルムス王太子のおかげで迅速に話を進められました。今度、その調印のために王太子がヘルツ王国に来ます。式典の後は、王太子を招いての舞踏会です」
ということは、久しぶりにヴィルヘルムスに会えるわけか。
「それじゃ、私の友人を呼んでも良いですか?」
名前を告げなくても誰の事かはわかったらしく、グラナートはうなずいた。
「もちろんです。……未来のブルート国王に、存分に恩を売っておきましょう」
これで、リリーも一緒に舞踏会に参加できる。
やはり仲の良い友人が参加しているというのは、心強い。
「調印式自体はごく少数の高官だけが参加しますが、舞踏会では一緒にいられます。当日は王宮に部屋を用意しますから、朝からゆっくりと支度をしてくださいね」
「いえ、私は舞踏会まで時間がありますから、学園に行ってから伺います」
王宮で夜までじっと待っているなんて、何だか疲れそうだ。
だったら、学園で勉強している方が気が楽というものである。
「でも」
「ちゃんと馬車で移動しますから、心配しないでください。間に合わないと困りますものね」
最初は困惑した様子だったグラナートの眉が、微かに顰められる。
「……ということは、普段は馬車ではないのですか」
「はい。歩いてます」
学園から王宮はそれほど遠くない。
エルナの足なら二十分もあれば着いてしまう。
だがその答えを聞いた瞬間、グラナートはがっくりと肩を落とした。
「え? 駄目ですか? うちから学園も歩いて通っているのですが」
「本当ですか!」
「は、はい。学園への登校と王宮からの帰りは迎えに来てもらって、歩いて帰っています」
「結局、歩いているんですか……」
再び肩を落としたグラナートを見て、どうやらあまり良いことではないらしいと気付く。
「……駄目でしたか?」
「駄目と言いますか。……迎えに来てもらう、と言うのは?」
「我が家の使用人です。兄の専属と、エルナの侍女のどちらかです。どちらも、並の騎士よりも使えますので、その点は問題ありません」
フォローしてくれはしたが、そのテオドール自身も不満そうである。
……というか、騎士だったというゾフィはまだしも、フランツも『並の騎士より使える』とはどういうことだろう。
テオドールがあまりにも当然という態度なので何となく口を挟めないが、おかしい気がする。
ノイマン家の剣士率は、おかしい気がする。
「使用人、ですよね?」
「はい。……二人共、兄と稽古をしています」
皆の疑問を代表したグラナートの質問に、テオドールはそう答えた。
その瞬間、グラナートとペルレが納得したという顔で静かに頷く。
唯一アデリナだけは理解できないようだったが、空気を読んで特に何も言わなかった。
「馬車を使えとは言っているんですが。歩いた方が早いからと、さっさと出て行ってしまうらしく」
「だって、歩きなら近道できるんです。馬車よりも早く着きますし、楽しいですよ?」
馬車だとどうしても道幅のある大通りを通らざるを得ないので、迂回して時間がかかる。
だが、徒歩なら融通が利く。
おかげでエルナは近隣の路地まで詳しくなっていた。
「……エルナさんには、もう少し危機感を持ってもらわないといけませんね」
深いため息をつくグラナートは、まさに愁いを帯びた美少年という感じで、不覚にも少しときめいてしまった。
「おまえは、ただの子爵令嬢じゃないんだぞ。未来の王太子妃で王妃だ。もう少し気を付けろ。移動は馬車。でなければ、学園から王宮の移動もゾフィかフランツをつけろ。いいな?」
「そんな、大袈裟な」
「――エルナさん」
「……わかりました」
愁いを帯びた美少年に名前を呼ばれ敗北を悟ったエルナは、大人しく返事をした。
美少女は正義。
そして、美少年もまた、正義なのだ。
「ええ、知っています。今回の条約は本当に素晴らしいです」
虹色の髪の美少女はそう言うと、エルナの手をぎゅっと握って力説する。
「今までは、鉱山を持つ領地の一人勝ちです。気分次第で採掘量を変えられるので、価格も乱高下することがありました。ブルート王国のような輸入国はもちろん、国内でも魔鉱石の原石の安定供給は待ち望まれていました。しかも、和平で国境の安全が確保されれば更なる発展が望めます」
一気にまくしたてると、楽しそうに頬を染めている。
とても妙齢の美少女が口にする話題ではない。
リリーにお近づきになりたい男性は、まず政治経済から学ぶのが良いかもしれない。
中庭のベンチでクッキーを食べながら、今日もエルナ達三人は話に花を咲かせていた。
「殿下もさすがですが、ヴィル様も有言実行ですね。素晴らしいです」
「リリーさんがブルートに行っていた時に、こういう話もしましたの?」
アデリナの問いに、リリーは首を振る。
「そこまで詳細には話していませんが、方向性は聞きました。やはり加工国は原材料の確保が必須ですからね。そうして国が安定して、自分の基盤も盤石になったら、ようやく欲しいものに手が届くかもしれないそうです」
「欲しいものですか?」
「何でも、お金では買えなくて、時間がかかりそうだと。でも、諦めないそうです。何でしょう、街道整備に水道整備……は、お金の問題でしょうか。では、貴族の削減とか?」
リリーは楽しそうに自分の予想をあげている。
欲しいものってリリーのことではと思ったが、エルナが口を出しても仕方がない。
ヴィルヘルムスは長期戦を覚悟していると言っていたから、お手並み拝見だ。
エルナはリリーが幸せなら、どちらでも構わないので応援するだけだった。










