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美貌で三割増しです

 ――これは反則だ。


 美少年の微笑みは、兵器に等しい。

 テオドールはレオンハルトのことを『羊の皮をかぶった兵器』と呼んでいたが、グラナートは『かぶった羊の皮自体が兵器』だ。

 直接見るのは危険だ。


 思わず視線を逸らすと、隣に立つペルレがそっとエルナの肩に手を置く。

 見上げれば、これまた美しい微笑み。

 王族の美貌が、とどまるところを知らない。

 王太子妃になったら、こんな人達と始終一緒なのか。


 これは、眼福が過ぎて倒れかねない。

 エルナが死んだら、死因は『美貌による栄養過多からの、ときめき死』だ。

 きっと、歴史の中でもトップクラスの残念で幸せな死因だろう。



「先ほど、王族の区域のそばでエルナさんと会いましたの。グルーバー侯爵令嬢も一緒でしたわ」

 ペルレの言葉から、知人と楽しく会っていたわけではないとわかったのだろう。

 グラナートの表情が一転して曇る。


「一般区域とはいえ、用もない令嬢が入れるところではありません。警備の問題か、権力を使ったか。……どちらにしても、良い話ではありませんね」

 控えていたテオドールにちらりと視線を送ると、心得たとばかりにうなずいている。

 確か近衛騎士になると言っていたから、そちらの方面に通達するのだろう。


「それで、エルナさんは大丈夫ですか? 何かされたのですか?」

 心配そうに聞くのは、以前アンジェラ王女に定型の嫌がらせをされて楽しんでいた前科があるからだろう。

 クッキーを叩きつけられた上に踏まれはしたが、それを言うと粉末クッキーを見せる羽目になる。

 エルナ自身に害があったわけではないので、ここは伏せておきたい。


「いえ、大丈夫です。ちょっと古典的なセリフを聞かされただけで」

「……と言うと?」

 眉を顰めているのはグラナートだけではない。

 その背後でテオドールも同じような顔をしている。

 レオンハルトは大概エルナに甘いが、テオドールも結構甘いのだ。


「今に見ていなさい、だそうです」

「……全然、大丈夫じゃないな」

 テオドールが呆れたと言わんばかりにため息をついた。



「そう言えば、テオ兄様はいつ、その紅の髪と偽名をやめるんですか?」

「条約の調印式の前に、近衛騎士の叙任式がある。そこまでは続けるよ。俺は髪色を変える魔法を使えないから、解除できる人を探さないといけないな」

「そもそも誰に魔法をかけてもらったんですか?」

「母さんだよ。だから、領地にわざわざ帰りたくない……じゃなくて、帰っている時間がないから」


 帰りたくないという気持ちはよくわかった。

 それにしても、ユリアはそんな魔法まで使えるのか。

 乙女ゲームのヒロインというものは、本当に恐ろしい。


「あら。でしたら、わたくしが引き受けましょうか?」

「姉上、そんなことができたのですか?」

「剣を取ることはできませんでしたから、代わりに色々学びましたわ。幸いにも王族ですから、それなりの魔力ですし」


 にこりと微笑む姿は美しく、同時に何だか怖い。

 もしかするとペルレはユリアと気が合うかもしれない、と何となくと思った。



 そこに、扉を開けてアデリナがやって来た。

 美少年と美女でもお腹いっぱいだったのに、更に美少女までやって来た。

 追い鰹ならぬ、追い美人だ。

 こうなると、見慣れた兄が癒しの存在になる。

 思わずじっとテオドールを見つめていると、さすがに気付いたらしい。


「……何だ? 俺の顔に何かついているのか?」

「何もない素晴らしさを堪能しています。あとは黒髪に戻ってくれれば、更に落ち着きます」

 不可解そうなテオドールから視線を移すと、アデリナもまた不可解そうな表情を浮かべていた。


「殿下の執務室に来るようにとは、どういうことですの?」

「わたくしがお願いしましたの。小さな綻びも、早期発見早期対応が大切ですもの」

 ペルレの笑顔に促され、テオドール以外がソファーに座る。


「確かに、姉上の言う通りですね。グルーバー侯爵令嬢に注意するよう、警備にも伝えましょう」

「シャルロッテ・グルーバー侯爵令嬢ですわね。何かありましたの?」

「王族区域の手前でエルナに接触してきた。ザクレス公爵のおかげで被害はないが、今に見ていろとエルナに言っている」

 テオドールの説明に、アデリナの眉が顰められる。


「あの方は殿下に執着していましたわ。何よりも、妃への野心を感じました」

「アデリナ様も何か言われたのですか?」

「わたくしは候補の筆頭扱いされていましたし、公爵家の人間ですから。表立って非難はできませんわ」

「なるほど」

 さすがは完璧な御令嬢。


「そう。だから、表からは見えないところで色々ありますの」

 感心してうなずいていると、アデリナはすっと目を細めた。

「ああいった方は、目に見える権力がなければ調子に乗ります。最初が肝心ですのよ?」


「……アデリナ様が怖いです」

「そのあたりは、追々学んでいただきますわ」

 笑顔のアデリナと怯えるエルナを見て、グラナートがため息をつく。



「アデリナさん、程々にお願いしますよ」

「エルナさんの正直なところは、わたくしも好ましいと思いますけれど。それだけで生き抜くのは難しいですわ。特に、まだ候補でしかないという扱いをする者がおりますから」

「エルナさんへの侮辱はグラナートへの侮辱だとわからない愚かな者は、相応の目に遭わないと気付かないのでしょうね」

 アデリナとペルレが微笑みを交わしている。


 どうしよう。

 なんだか、美貌の二人が怖い。

 美しい分だけ、三割増しで怖い。


 困惑と恐怖を感じつつ視線を動かすと、グラナートが優しく微笑みかけてくれる。

 何たる癒しだ。

 エルナは美貌で癒しも三割増しになるということを、身に染みて理解した。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの御令嬢のやらかしを正確に伝えるためにも、粉末クッキー見せてもよかったんではなかろうか。きっと殿下なら食べてくれる……気がする そして女性陣の殺る気もアップするかもしれない
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