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会わないと、何もなかった気がしてきます

「いっそ、剣術つながりでゾフィ、どうですか?」


 部屋に戻ったエルナは、事の次第を説明すると共にゾフィに聞いてみた。

 だが、もの凄い顔をされた。

 目の前に腐敗した果物を差し出したって、あんな顔はしないだろう。

 そんなに嫌だったのだろうか。


「私は使用人ですよ、エルナ様。それに、こう言っては失礼ですが――嫌です」

 あまりにもきっぱりと断る様に、エルナも驚く。


「レオン兄様のことを尊敬している風だったのに」

「尊敬はしていますよ。敬愛の心ならありますが、決して恋慕の情はありません」

「そうなんですか?」


「剣をとったものにしか、伝わりきらないものがあるのでしょう。まして、エルナ様はレオンハルト様に剣を向けられたことがありませんから」

「それは確かに、ないですけれど。……ゾフィはあるんですか?」


「稽古ですが。それでも十分です。テオドール様が『羊の皮をかぶった兵器』と呼んでいますが、その通りです。兵器に恋はしません。そういうことです」

「……そ、そうですか」


 何となく言いたいことはわかった。

 つまり、剣を持つレオンハルトと接したがゆえに、ゾフィにとってレオンハルトは男性というよりも剣そのものなのだ。



「でも、それじゃレオン兄様にお嫁さんは来ないことになりますよ」

「剣を持たずにいれば、普通の好青年ですから大丈夫ではありませんか」


 確かにそうだ。

 子爵家の嫡男で、子爵代理の仕事もこなせ、容姿も悪くないし、物腰穏やか。

 妹の欲目が多少あるにしても、間違いなく好青年のはずだ。


「でも、いざという時にびっくりして引いちゃうのも困りますよね」

「レオンハルト様の本質をご存知な上で、それを受け入れ。なおかつユリア様にも動じない、豪胆な方を探すしかありません」


「……いるでしょうか? そんな女性」

 何だか雲を掴むような気持ちになってきた。

 兄は良い人なのだが、剣とユリアが重しになっている。


「世の中は広いですから。一人くらいはいますよ。……出会うかどうかは別にして」

 ゾフィはそう言って、エルナに微笑んだ。




「美味しいです、エルナ様」

「本当に。甘すぎなくて、ちょうど良いですわね」

 学園の中庭でクッキーを食べる美少女二人を見て、エルナは感嘆の息をつく。

 クッキーも破格の美少女に食べられて、さぞや喜んでいることだろう。


「絵面が良いですね。最高です」

「え?」

「何でもありません。あと、チョコを入れたものもありますよ」

 新たな包みを取り出すと、リリーが可愛らしい歓声を上げた。


「私、チョコ大好きです。いただきますね」

 幸せそうに頬張るリリーを見ていると、こちらも幸せな気持ちになる。

 美少女って、偉大だ。

 彼女達の微笑みひとつで、世界は平和になると思う。


「エルナさんは料理ができますのね」

「料理というほどではありませんが。簡単なものなら、作れます」


 自立を促すユリアの教育方針のおかげで厨房にも自由に入っていたエルナだが、普通の貴族令嬢はそんなことをしないだろう。

 となると、王太子妃になってしまえばお菓子作りもできないのか。

 そう思うと少しばかり寂しくなった。



「そう言えば、あれから殿下とは会っているんですか? この間は五日会っていないとか言っていましたよね?」

 一通り食べて満足したらしいリリーは、ようやくクッキーから手を離した。

「いえ、今のところ八日です。その前は、十五日ほど。殿下もお忙しいですから」


「……もう少し、わがままを言っても良いんじゃありませんか?」

「確かに今は条約の関係で忙しいでしょう。それにしたって、王宮で王妃教育を受けているのに、それほど会っていないとは思いませんでした」

 アデリナは呆れたと言わんばかりにため息をつくと、チョコクッキーに手を伸ばす。

 笑顔を見る限り、どうやらお気に召したらしい。


「エルナ様は寂しくないのですか?」

 リリーの質問はなかなか良いところをついていて、思わず苦笑してしまう。


「会った次の日は、ちょっと。……でも、数日すれば平気ですし。七日を超えると、ふと思うんです」

「何をですか?」

「私が王太子妃候補なんて、夢か何かだったんじゃないかと。殿下は遠い人だなあ、と思います」

 美少女二人が示し合わせたように、表情を曇らせ始める。


「それで、十日以上経つと、会わないのが普通といいますか。その方が気楽といいますか。元々何もなかった気がしてきます」

 今度は二人同時にため息をついた。

 美少女というものは、間も似ているのかもしれない。


「もう少し、女性らしくなさってください」

「女性らしくって、寂しいとか会いたいとか言うのですか? 面倒じゃないですか」

「どちらがですの?」

「私も面倒ですし、殿下だってうっとうしいでしょう?」

 今度は二人同時に、盛大なため息をつく。


「……あれだけ大切にされていて、これとは」

 アデリナの眉間に大渓谷が刻まれている。

 それでも美しいのだから、美少女というものは本当に眼福だ。


「エルナ様って、アレだなとは思っていましたが。本当に、やっぱりアレですね」

 リリーが疲れ切った様子でクッキーを手に取り呟いているが、どういう意味だろうか。


「では、このクッキーをお届けするというのはどうですか?」

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