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長兄の恋人は、剣だそうです

「最近、また魔鉱石の原石が値上がりしているみたいだね」


 兄がぽつりと呟いた言葉に、エルナは顔を上げた。

「そうなんですか?」

 レオンハルトはうなずくと、紅茶のカップを置いて何やら書類を手に取った。


「魔鉱石の鉱山がある領地は良いね。資源があるのは、強い。……ノイマン領は山がちで魔物も多いしなあ」

 そう言いながら書類に目を通すと、何やらサインをして執事見習いのフランツに手渡す。

 フランツは書類を受け取ると新しい書類を机に乗せ、礼をしてそのまま退出する。

 ノイマン子爵代理として働く長兄は、いつも忙しそうだった。


「レオン兄様。忙しいのなら、私はおいとましましょうか?」

「大丈夫だよ。たまには、エルナとゆっくりお茶を楽しみたいからね」


 そう言って微笑むと、再び紅茶のカップを手に取る。

 一つ一つの所作が美しいところは、エルナも見習わないといけない。

 かといって、地獄と称される母ユリアの特訓は受けたくない。

 どうにか見様見真似で吸収するべく見つめていると、レオンハルトに苦笑された。



「……鉱山って、そんなに凄いんですね。国内の鉱山の名前は習いましたけど、いくつかありますよね」

「有名なのは、アメルハウザーとか、グルーバーとフォルツ辺りかな。でも、もうじき価格は安定するだろうから、とりあえずは一安心だね」


「そうなんですか?」

「和平と通商の条約をブルート王国と結ぶ話は、知っているかい?」

「はい。詳しい内容まではわかりませんが」


 ブルート王国王太子となったヴィルヘルムスは、ヘルツ王国との関係を重視している。

 互いに魔鉱石の原石産出国と加工国なので利点があるし、ヘルツ王国の王太子であるグラナートと面識ができたことも大きいようだ。


「簡単に言うとね、これまでは鉱山を持つ領主が自由に原石を売っていたものを、国の管理下に置くんだ」

 エルナが焼いたクッキーを美味しそうに食べながら、レオンハルトは続ける。

 食べる仕草も美しいのは、さすがと言って良い。


「その代わりに、ブルートをはじめとした諸外国との税のやりとりを代行したり、国として取引の後ろ盾となる。和平の条約を結ぶことで、物資の運搬もスムーズかつ安全になる。この二つで、取引量の管理と価格の乱高下の予防を図り、安定的な取引を目指すんだ」


 わかりやすい説明に、エルナはうなずく。

 ここ最近はグラナートがこの条約のために忙しく、ダンスレッスンで少し顔を見るくらいしか会うことがない。

 だが、聞く限り重要な条約だし、忙しいのも当然だろう。


 幸か不幸か、エルナは『毎日会わないと寂しくて涙が止まらない』というような乙女な思考は持ち合わせていない。

 会いたくないわけではないが、忙しいところを邪魔するつもりはない。


 ということで、最近会ったのは七日ほど前のダンスレッスン。

 その前は十五日ほどは会っていなかった気がする。

 それを伝えると、リリーとアデリナは思いきり眉を顰めていたので、たぶん一般女子とは意見が違うのだろうということは何となくわかった。


 あの破格の美少女達を一般のくくりに入れて良いのか、甚だ疑問ではあるが。



「この条約は、両国の王太子の尽力が大きい。多少窮屈にはなるし、鉱山を所有していた領地にとっては痛手だろう。でも、将来を考えれば良い話だからね。概ね歓迎されているよ」

「そうなんですか。レオン兄様は物知りですね」

「父さんの代理で社交もこなしているから、必然的に。……それにしても、エルナの王子様は優秀だね」


 突然グラナートのことを振られ、言葉に詰まってしまう。

 グラナートが優秀なのは、彼自身の努力だ。

 でも、褒められれば自分のことのように嬉しい。

 何と言って良いのかわからず照れている様子を見て、レオンハルトが微笑む。


「ああ、エルナもお嫁に行ってしまうのか。寂しいな。テオドールも恋人を見つけたようだし、何だか取り残された気分だよ」

 そう、次兄のテオドールは、いつの間にやらアデリナと両想いになっていた。

 きっかけはエルナと言われたのだが、全く身に覚えがない。

 だが、アデリナの想いを知る身としては、何だか嬉しい気持ちになる。


「レオン兄様は、誰か想う方はいないのですか?」

 レオンハルトは田舎出身とはいえ、次期子爵だ。

 容姿だって悪くないし、穏やかで優しいので、モテそうな気がするのだが。


「俺の恋人は剣で、エルナとテオドールが子供みたいなものだったんだけど。困ったことに、先に巣立たれてしまうね」

 そう言って笑うレオンハルトには、まったく困った様子はない。

 このままでは剣と添い遂げるのではないかと、少しばかり不安になった。



 誰か、レオンハルトの恋人になってくれそうな女性はいるだろうか。

 余計なお節介だろうと思いつつも、考えてみる。


 真っ先に剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)のファンだと微笑んでいた、ペルレの顔が浮かぶ。

 だが、ペルレは公爵だ。

 兄であるスマラクトと共に、二人で継いだと聞いている。

 そもそも王女だし、今現在も公爵となれば、とても子爵家に嫁に来るような人ではない。


 とはいえ、エルナには他に思いつく人がいない。

 何にしても、レオンハルトの嫁は、即ちユリアの娘になるわけだから、相当タフでないといけない。

 あるいは、底抜けに天然か。

 エルナは腕を組んで考えた。

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