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ゾフィ・シュトラウス 2

「伝説の剣士か。……まあ、そうとも言えるのかな」


 男性は、手に持っていた本を積み上げると、椅子に腰かけた。

 ボサボサ頭に分厚い眼鏡の男性を見つけた時には別人であれと願ったが、本に囲まれたこの人物こそがゾフィの探すゲラルト・ダンナーその人だった。


「それで、会ってどうするんだい?」

「剣の教えを請いたいのです」

「……うーん。難しいんじゃないかな」


 ダンナーは腕を組みながら、眉を顰めている。

 じっくりと見てみると、意外にも顔立ちは整っている。

 髪と眼鏡をどうにかすれば、結構な男前かもしれない。



「まあ、でも、俺が決めることじゃないしね。とりあえずは王都の屋敷に行ってみるといいよ」

「王都にいるのですか?」

「いや、いない。彼女は普通の子爵夫人として、田舎で夫を助けつつ、子供達と暮らしているよ」

 騎士でも剣士でもないとは聞いていたが、田舎暮らしで子持ちの貴族の御婦人とは。

 あまりにもゾフィの想像から外れていたので、びっくりしてしまう。


「王都には長男がいるから、まずはそこに相談するんだね」

「ありがとうございます」

「それから、行くなら早めが良いよ」

「……どうしてですか?」


 ゾフィとしては、早々に訪問するつもりではいる。

 だが、わざわざそれを促すのなら、何かしらの意図があるのだろう。

 子爵家だというのだから、何か貴族的な理由があるのかもしれない。

 貴族のことはよくわからないので、ダンナーの言葉をじっと待つ。


「夏には、もう帰るだろうから」

「帰る? 帰省するということですか?」

「いや。長男は学園に通っているんだけど、たぶん落第する」

「……はあ」

 思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 そんな個人的な情報を教えても良いのだろうか。


「それは、魔力に恵まれていないということですか?」

「ないね。見事にない。気持ち良いくらいに、ない」

 きっぱりと言い切るダンナーは、何故だか楽しげだ。

 だが、剣士の家系は魔力に恵まれないことが多いというから、それほど珍しい話でもないのだろう。

 やはり、天は二物を与えないのだ。


「それで、どちらのお屋敷に行けば良いのでしょうか」

「ノイマン子爵家だよ。君が言う伝説の剣士は、ユリア・ノイマン子爵夫人。王都にいるのはレオンハルト・ノイマン。地図と紹介状を書いてあげるよ。まあ、頑張ってみるんだね」

 分厚い眼鏡をきらりと光らせて、ダンナーはペンを取った。




「ゾフィ・シュトラウスさん、でしたか。申し訳ありませんが、ユリア様に取り次ぐのは難しいですね」

 ダンナーの書いた紹介状と地図を持ってノイマン邸を訪れたのだが、応対してくれた使用人の青年にあっさりと却下されてしまった。


 だが、それくらいは想定内だ。

 相手は貴族の御婦人で、こちらは騎士とはいえ平民の出。

 普通に考えれば、取り次いでもらえるはずもない。



「フランツ、どうかした?」

 忍耐と根性には自信があるので、どうにか粘ってみようと思っていると、背後から声が聞こえる。

 振り返ると、そこにいたのは焦げ茶色の髪に瑠璃(ラピスラズリ)の瞳が美しい少年だった。


 いくら交渉に集中していたとはいえ、騎士であるゾフィが真後ろに立たれるまで気が付かないとは。

 これは、だいぶ気が緩んでいるのかもしれない。

 少し鍛えなおさなくては、と決意を新たにする。


「レオンハルト様、お帰りなさいませ。ダンナー先生の紹介状を持った方がいらしたのですが、ユリア様にお会いしたいと言うので、帰っていただくところです」

 さらっと帰宅を促されたゾフィは、慌てて首を振る。

 フランツと呼ばれた使用人は、どうあってもゾフィを帰そうとするだろう。

 ここは、攻撃の方向性を変えるのが得策だ。

 ゾフィはレオンハルトに頭を垂れた。



「騎士のゾフィ・シュトラウスと申します。ユリア・ノイマン様にお会いして、可能ならば剣の手ほどきを受けたいと思っています。分不相応なお願いなのは重々承知していますが、剣の道を歩む者として、ユリア様のお話をどうしても伺いたいのです」

「……ダンナー先生からの紹介状もあるし、別に良いんじゃないか?」

 レオンハルトの声に顔を上げると、フランツが渋面で紹介状を受け取るところだった。


「ですが、あのユリア様が万が一手ほどきをすると仰った場合、面倒です」

 取り次ぐのが面倒というのならわかるが、手ほどきをすると面倒というのは一体どういう意味なのだろう。

 よくわからないが、フランツは取り次ぎそのものというよりも、そちらが気がかりのようだった。


「それじゃあ、俺が相手をしてみるというのは?」

「はい?」

 意味がよくわからずに首を傾げるゾフィの横で、フランツが顔色を変えた。


「――いけません。レオンハルト様の手を煩わせるまでもありません。でしたら、私がお相手します」

 フランツの必死の様子に、レオンハルトもうなずく。

 これは主君の手を煩わせたくないということなのだろうが、ゾフィからすれば幸運な展開だ。


 ユリアの息子で子爵令息のレオンハルト相手では、万が一にも怪我をさせるわけにはいかない。

 だが、使用人であるフランツ相手ならば、多少のことは何とかなるだろう。

 何せ、ユリアに会うためにはゾフィの腕前を確認してもらう必要があるのだ。

 フランツには悪いが、少し手荒にならざるを得ない。




 庭に移動すると、剣を手渡される。

 木製なので、そこまで酷い怪我にはならないだろうと安堵していると、フランツがため息をつきながら上着を脱いでいる。


「そんなに嫌なら、俺が相手をするよ?」

「いけません。剣術大会を終えれば、私の言っている意味がわかります」


 フランツの言葉から察するに、レオンハルトも剣術大会に出るのだろう。

 ということは、騎士見習いということか。

 見習いで剣術大会の参加権を勝ち取るとは、なかなかの腕前だ。

 血は争えない、ということなのだろう。


 剣を構えて対峙したフランツは、意外にも様になっている。

 これは、簡単には勝たせてもらえないかもしれない。

 ゾフィは気を引き締めると、剣を握り直した。

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